いよいよ迫ってきて悩んでいます
2020年8月19日 05:47
全国の毒舌ファンの皆様 Tommyセンセです。
ということで、Fb(フェイスブック)をきっかけに、下のようなイベントにでることになった。
正直話せば、“しくじり先生”である。
ZOOMを使った授業などやったことがないし、勤務校で一斉にオンライン化をしたわけでもない。どちらかといえば、取り組まなかった部類にはいる。
ただし、この休校期間にずっと考え続けてきたことがあったので、それをカワイイ後輩である主宰のツッコミにあわせて吐露してしまおうということだ。
正確には覚えていないが、静岡県下の学校は4月の始業式あたりから休校措置をうけて、5月の終わりまで登校が禁止された。最初の勢いでは、この休校措置がいつまで続くか分からず、オンラインによる授業が模索された。しかし、幸いなことに、小学校~高校までの休校はそれほど長く続かなかった。
これが、もう少し伸びるようだとさすがにオンライン授業に移行せざるをえなかっただろうが、とりあへずコロナは5月の終わりにいったん収束したように見えたので、かろうじて学校が再開されオンライン授業への移行はうやむやになった。今、学校現場でオンラインの授業が続けられているのは大学だけである。なぜ大学だけがオンラインを続けているのだろうという理由を考えれば、「小学校~高校」まではオンライン授業は不向きであるが、「大学」での学習はオンラインで十分である。ということに尽きる。
では、高校までの勉強は、なぜオンラインに不向きなのだろうか?
正直、ここが分からない。
ヒントの一つは、学校を構成するのは授業だけではない、ということだろうが、上のイベントまで3日間あるので、もう少し深く考えてみることにする(答えは少しずつ見えてきているがここに書くのはネタバレになってしまうのでやめる)
しかし、休校措置になって、“先生とはどういう存在か”と自問自答する時間がやたらと長くなった。もちろん、“授業とは何か?”とか、“学力をつけるとはどういう意味か?”などもやたらに考えた。もちろん、某県立高校(ここまできて某〇〇と名乗るのも馬鹿げているが)でしかも進学校とされる高校で勤務しているので、そこでの与えられたミッションがあるのは承知している。自分が先生と認知されその仕事で給料をもらっているのはそのミッションをそれなりに遂行しているからだろう。しかし、そのミッションも「学校に行かなくても勉強はできる」という存在を知って、ぐらぐらと揺れてくる。自分のやっていることは対価に見合っているのか?(要するに学校としての価値があるのか?)という問いに答えなければならない。
この“オウチ先生”という取り組みは、我々リアル先生への強烈なカウンターパンチである。もっと正確に表現すれば、“リアル学校”に対するカウンターパンチになりうると思う。したがって、“オウチ先生”と“リアル学校”と真剣にリング上で打ち合えば、相手の強さも武器も戦術も理解できるし、自分の弱点(リアル学校)も鮮烈に理解できるだろうと思っている。
このオンライン授業(学習?、この2つは似て非なるものである)の件で、なかなかかみ合わないことの一つに、「コンテンツに残すのか残さないのか?」という問題があった。zoomによるオンライン授業の目的の一つは「集まりたいけれど集まることができない人々」向けの授業なのだが、、大きな欠陥として、時間に制限ができることと、コンテンツとして残すのが難しいことの2つがあった。
ワタシが休講の期間中に考えていたことは、「どうせならいつでもどこでも誰でも学ぶことができる」方法である。
それは、ワタシがブログをほぼ、20年間やっていて自覚したことによる。正直いえば、こんな社会的に影響力のない人間のへたくそな文章のブログであるから、毎日のヒット数はせいぜい1000~500の間である。ほとんどがFB(フェイスブック)関連や学校関連の読者であって、それ以外はどうしても波及しない(ヒット数を増やすだけならばもっと方法がありそうだが、めんどくさいのでやっていない)。しかし、ブログ作者だけが閲覧できる「アクセスリポート」を見ていると、変な記事に時々アクセスされていることがある。おそらく、グーグルか何かの検索エンジンで、クリックした痕跡だろう。
・・・・ワタシのアクセスレポートで不思議なヒットは、1ヶ月に1回くらい「曾野綾子」でヒットされていることである。
もちろん、同じことを自分自身でやっている。朝の4時~6時の時間は、ブログも書くが、それ以上に「検索」していることの方が多い。つまり、自分が生徒との対面をせずに、授業を構成するとなれば、「いつでもどこでもだれでも勉強できる」という、教育上の時間軸をぶっ壊すことなのだなと思うようになった。
いつでもいい、だれでもいい、誰かの検索にヒットして読んでくれればそれでいいのだ。こんなことを休校中に考えていた。
そして、もうすぐ「永遠に休校中」が実現できる運びとなった。ワタシは定年まであと3年と7ヶ月である。ここから少しずつ準備をして、「永遠に休校」時代をセンセらしく過ごしたい。正直白状すれば、今からでも「永遠に休校」にしたい。だんだん頭脳が衰え、かつ教育をとりかこむ環境が凄い進化して、今の仕事(進路部長)を全うすることがかなり難しくなった。少しずつフェードアウトしていって、ブログ爺(じじい)になりたい。