還暦進路課長最後の叫び
2024年1月12日 05:25
全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。
ということで、共通テストまであと1日。今日の4限目は3年生の共通テスト激励会です。
進路課長として、何かを言わなければならない。還暦進路課長としては大勢の前で話すのが最後となる。つまり人生最後の講話だ。次に生徒の前で話すのは3月末の離任式の日であって、その時は進路課長ではない。単なる一老教員としての言葉となる。
進路課長(学年主任とか教務課長とかもほぼ同じ)という役職は、学級担任の代わりに「教員担任」みたいな感じで、生徒を動かすだけでなく教員を動かしたり教員の意識を変える(もしくは維持する)ような立場になる。なので、進路課長講話って、生徒に対する話が50%、にやにや後ろの方で聞いている教員に対する話が50%くらいの配分で用意するべきなのね。
これから進路課長(学年主任や教務課長も)になる若手教員の皆さん、「あなたの話を聞いているのは、生徒だけではなく、教員も興味津々で聞いているのよ」。
さてと、今回の話の内容は、次の3つ。ワタシはこのブログを備忘録として使う。これが、原稿ということになる。
①君たちは絶対に共通テストで失敗する。
もちろん土日の共通テストは全力でやって下さい。当たり前です。問題は次の月曜日から始まる自己採点です。自己採点の日、あなた方受験生は、ほとんど全員が失敗する。こんなこと毎日君たちと接していればわかることである。泣きじゃくる人が続出するかもしれない。でも、それは想定内。みんな共通テストで上手くいかなくて最悪の月曜日を経験するでしょう。
なぜならば、君たちの「共通テスト得点に対する要求水準」が格段に上がっているからです。今までずっと勉強してきて、6月の模試なんか全然出来なくて、それでも2学期の終わり辺りから少しずつ点数が上がりだして、時にはC判定がでたりして、少し調子がよくなってきた。誰でも、「共通テストはキャリアハイの高得点をとろう」と今思っているはずです。「出来れば全科目85点、760点くらいはゲットしたい。」でもそんなに共通テストは甘くない。そんな高得点はほとんどの人はとれないのです。だから、「全員が失敗した」と思う。
月曜日、「共通テストはダメだった」と感じるのは当然のことなんです。みんなが失敗だと錯覚してしまうのです。自分だけで落ち込まないように。月曜日は、淡々と自己採点して業者の判定を待ちなさいい。
②共通テストって、世界で一番受験生に優しいテストシステムである。
共通テストって、考えてみればとっても不思議でへんてこりんなシステムで行われるテストなんです。共通テストのあとには個別試験がまってます。普通、2回に分けて試験が行われる場合(例えば、公務員採用試験)は、1回目のテストで学力を試し、2回目はその他の要素(コミュニケーション能力とか)を試します。なので、1回目をクリアすると次のまた違うステージで受験者を絞り込んでの勝負となる(SASUKEのように)のが普通です。
しかし、共通テストと次の個別試験は、なんと合算。つまり、共通テストの成績が、(圧縮される場合もあるが)そのまま生かされるのです。だから、次の個別試験で難点とれば合格できるのかがたちどころにわかる。これが、日本の共通テストが唯一無二の不思議な部分です。
しかもしかも、共通テストの出来がわかってから出願が出来る。加えて、そこには、全国の受験生の自己採点データを用いた膨大なビックデータが受験各社から提供されのです。自分の位置、相手の位置、募集人員、人気度、倍率(倍率だけでなく、どれくらいの受験者がどれくらい集まっているかという心優しいグラフまで出来ている)、
情報という目で見れば、
これほど相手の情報がダダ漏れな試験は他にありません。たとえると、相手のカードを見ながらトランプしているみたいなもんです。
それで、みすみす負けるって可笑しいでしょ。情報を上手く分析したら、“絶対勝てる”。
この集会に集まった(つまり我が校の受験生)中には、情報系の学部学科を志望している奴が30人くらいいます。
「お前ら、情報系を志望しているくらいなら、共通テストで与えられた情報をすべて活用して、自分の最適解を求めてみろ!!!!!! ここで思考停止してしまうような奴に情報系の学部に行く資格はない」
③ 君たちは戦友
したがって、実は共通テストよりも、その後の個別試験までの勉強の方が断然重要です。共通テストは受験校を決めるテスト、個別試験は合否を決めるテスト、なんですよ。
ワタシは、もう齢60になりました。受験校・進学校で教えて30年くらいになります。多くの卒業生を出してきましたが、その中の誰一人として、「教え子」と呼ぶ気になれません。自分には教えた気がありません。生徒が勝手に勉強してきました。では、教えた子たちとどのような感覚で接しているのか、それは、「戦友」です。生徒と教師って、「ともに戦ってきた仲間」なんです。こんな楽しい15歳~18歳の時間を奪い、
理不尽で無意味(かもしれない)な勉強を強制させきた受験という敵に対して、
一緒に戦ってきた仲間なんです。だから、「戦友」。
一緒に辛い思いをし、一緒に喜びを分け合ってきました。
(前からずっとそうですが)受験生と先生って、対立している存在でもないし、上下関係でカクカク(ギスギス)している状況でもないんです。これからの3月までの勉強は、一番高レベルな勉強になります。そして、一緒に戦っているのです。先生だって、大学の入試問題を必死になって問いているのです。一緒に入試問題を解いている仲間(友人)なんです。しかも、ちょっと君たちよりも経験豊富なんですね。こういう仲間(友人)を味方として持っているのです。この貴重な仲間を上手に使って下さい。遠慮はいりません。だって、「戦友」なんですから。
2月のある日、生徒から「センセ、この問題、解き方(書き方)がわからないのですが、少し教えて下さい」と聞かれ、「あっ、ごめん。今凄い忙しいから、明日、もう一度来て」とだけ答え、その日の夜徹夜してその問題(実は、小論文だった)を解き、次の日に何食わぬ顔で偉そうに個別指導した経験が、ワタシだって何回もあります。
英作文を指導している英語の先生は、「生徒の視線で、生徒の知識で、この英作文を完成するためには、どうするか」をいつも考えています(仲間ですから)。英作文の模範解答が、赤本の解答と似ているような先生は信頼できません。赤本の解答は、仲間(高校の先生)が書いた解答ではありません。
某F高の数学科では、“3年生の廊下を一人で歩いてはいけない”という鉄則がありました。もし数学の先生が一人きりでいて、受験生が難問を質問した場合、対処に困るからです。2人いれば何とか道筋が思い浮かぶ。2月の受験勉強って、先生方でも戸惑う難問・奇問・珍問がたくさんあります。問題を見て瞬時に「こんな問題、誰も解けないから合否に関係ないよ」と指導してくれる先生がいい先生なんです。
「難しい問題を、生徒が解くように解く」。こういう教え方をしてくれる先生が、一番いいですよね。(この反対が、簡単な問題を偉そうに解く)
相当長くなりました。本番では、少し縮めて話しましょう。ここ数ヶ月のクセで、最後の方は先生方へのイヤミっぽく聞こえそうですが、ワタシを嫌う先生は、そもそもブログなんか読まないので、無視します。
では、学校に行ってきます。(おっと、今日は特別なTシャツを着なくては)