ノーマルビュー

不規則なガラス構造に潜む規則性を発見

著者: contributor
2023年11月25日 16:38

不規則なガラス構造に潜む規則性を発見

ガラスの物性評価や効率的な新規ガラス開発の指針に

【発表のポイント】

ガラス (注1) 構造から抽出したリング形状を定量化することで、 無秩序に見えるガラス構造に内在する規則性を数値評価する技術を開発しました。

リング形状と その周辺における原子の存在確率を定量化することによって、ガラス中における結晶(注2) に類似する構造の抽出に成功しました。

新開発の材料構造の定量評価技術は、ガラス材料の物性発現の解明、さらに、データ駆動型の高性能材料探索への寄与が期待されます。

【概要】

ガラスは、窓ガラスやディスプレイのように現在の日常生活に欠かせない基盤材料です。一方で、 その原子配置が一見無秩序で複雑なために、 構造の理解や制御が難しく 、 合理的な機能材料設計には多くの課題が残されています。これらの課題を解決するためにガラス構造の定量的な評価技術が必要とされ、これまで国内外で幾何学などに基づく解析法の開発が取り組まれてきました。

東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター(同大学院情報科学研究科兼任) の志賀元紀教授と 早稲田大学理工学術院の平田秋彦教授ら の研究グループは、シリコンと酸素だけからなるシリカガラス(石英ガラス) のネットワークに内在するリング構造に着目して、 真円度および粗さという新たな指標を開発し、 リング構造の3 次元的な定量化に成功しました。 従来、 リングの構成原子数のみが解析に用いられてきましたが、 本指標を用いることで、 ガラスを構成するリングには、数種のシリカ結晶と同様なものと 、 ガラス独特の形状のリングが共存することを初めて明らかにしました。さらに、リング周辺における原子分布を定量化することによって、ガラスの局所構造は結晶と同様に異方性を持ち、強い秩序が存在することを明らかにしました。

本研究成果は、 Communications Materials 2023 11 3 日にオープンアクセス公開されました。

【詳細な説明】

研究の背景

ガラスは、窓ガラスやディスプレイのように日常的に欠かせない物に含まれており、 その機能をさらに強化することは大事な課題です。ガラスの原子配置は、結晶材料のような規則正しいものでなく一見すると無秩序ですが、隣接する原子間の化学結合長を超えた距離スケールでの規則性が放射光施設(注3 ) などでの計測によって確認されています。 一方、 ガラスにおける特性の理論的な理解を困難にしている原因はこの複雑な構造であるため、ガラスにおける構造の規則性を定量的に評価し、 構造と機能との関係を理解することは、機能性ガラスの合理的な開発のために大事な課題となっています。 近年、 結晶材料等においてデータ駆動科学(注4) は急速に普及しつつあります。これに基づく高効率的な材料設計を、ガラス材料に対して実施するためには、ガラス中におけるリングの構成原子数のみが解析の指標として用いられてきた従来のアプローチでは限界がありました。

今回の取り組み

東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター(同大学院情報科学研究科兼任) の志賀元紀教授、早稲田大学理工学術院の平田秋彦教授、物質・材料研究機構マテリアル基盤研究センターの小野寺陽平主任研究員、産業技術総合研究所材料・化学領域の正井博和研究グループ付ら の研究グループは、材料中の化学結合ネットワークに内在するリング構造の規則性の3次元的な定量評価を行いました。これまでの研究では、ガラス中に存在するリングを構成する原子数のみを指標として解析が行われてきましたが、3次元的な形状の異なるリングを区別することは不可能でした。今回の研究では、 真円度粗さ という指標(図 1) を新たに定義することによって「リング形状」 の定量評価法を実現しました。

この技術を、窓ガラスなどに用いられるシリカ(SiO2)のガラス、 および、SiO2 組成を有する複数の結晶の構造解析に応用し、 ガラスおよび結晶に含まれるリングの代表的な特徴(形状および対称性)を網羅的に解析しました。 シリカ には他の化学組成の材料では見られないほど多様な結晶構造が存在しますが、今回の解析によって、 ガラス中には数種のシリカ結晶に類似した構造が存在する一方、ガラス特有の形状を有するリング構造も数多く存在していることを新たに明らかにしました。この新たな知見はリング形状の定量評価技術によって初めて得られたものであり 、 ガラス化および結晶化のような状態転移を理解するために重要な結果といえます。

本研究では、さらに、リング形状だけでなく 「リングの向き」を自動決定する計算法を開発し、その手法に基づき「リング周辺の原子の存在確率」 を計算する技術を開発しました(図 2)。この技術を用いたガラスの構造解析によって、ガラス構造の規則を理解する上で大事な 2 つの知見を得られました。

番目の知見は、 ガラス構造においても 、 結晶構造と同様な異方性が存在することです。 マクロ レベルのスケールでは、 ガラスは等方的と考えられていますが、 異方性を持つ局所構造の秩序を、リング構造の方位を揃えて原子分布を可視化することで、その特徴を初めて定量的に明らかにしました。

2番目の知見は、 ガラスに含まれる規則正しいリングの周辺には、 結晶に似た規則正しい構造秩序が形成されていること です。 ガラスにおいては、前述のように、化学結合長を超えた距離スケールでの構造の規則性が放射光施設などにおける計測によって確認されています。例えば、ガラスの回折実験で観測される特徴的な鋭いピーク(First Sharp Diffraction PeakFSDP(注5 ) は、ガラスにおいて、化学結合長を超えたスケールでの構造秩序(中距離構造秩序) が存在する証拠となります。 今回得られた知見は、これまでも議論されてきたこの構造秩序と密接に関係しており 、 すなわち、 中距離構造秩序あるいは FSDP の形成に寄与する構造ユニットを初めて同定した成果となります。

今後の展開

本研究で開発したリング形状の定量評価技術は、無秩序な構造に含む規則正しい構造ユニットの抽出を 可能にするだけでなく、ガラスにおける不規則なリング構造を定量的に議論することを可能にするものです。これによって、様々な条件で合成されたガラス構造の違い、そして、構造の違いが引き起こす物性の変化を捉えることができるようになります。さらには、様々な実験条件下で合成された材料の構造データ および物性データを蓄積・活用することによって、 機械学習(人工知能) に基づく 未合成材料の物性予測が実現できるようになると考えられます。 この未合成材料の物性予測技術は、 データ駆動型の高機能性材料の自動探索につながり、材料開発を加速的に推進すると期待されます。 本研究で開発された材料におけるガラス構造の定量評価法は、 将来的なガラスの物性予測及び新規材料探索だけでなく、材料科学の深化に寄与できるものと 考えられます。

【謝辞】

本 研 究 は 、 JSPS 科 研 費 JP20H05878JP20H05884JP23K17837JP20H05881JP20H05882JP20H04241JP19K05648 および JST さきがけJPMJPR16N6 の支援を受けたものです。

【用語説明】

1. ガラス:

不規則な原子配置から構成される 非晶質(アモルファス) の固体。 ガラスの構造は、 各原子の化学結合の数(配位数) や角度に分布があるが、完全に無秩序ではない。

2. 結晶:

規則正しい原子配置から 構成される固体。

3.  放射光施設:

放射光とは電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって曲げられた時に発生する強力な電磁波(光)のことである。放射光施設は高輝度 X 線などの放射光を用いて幅広い研究を行うための大型施設であり、 SPring-8(兵庫県佐用町) やナノテラス(仙台市) がこれにあたる。

4.  データ駆動科学:

既知データに基づいて新仮説の構築や未知事象の予測を行い、新しい事象や法則を発見する科学のアプローチ。

5.  First Sharp Diffraction PeakFSDP) :

ガラスの X 線回折実験や中性子回折実験によって観測される特徴的な鋭いピーク。ピーク位置から、化学結合長さを超える距離スケールでの構造秩序の証拠として知られる。

【論文情報】

タ イ ト ル:Ring-originated anisotropy of local structural ordering in amorphous and crystalline silicon dioxide
著者:Motoki Shiga*, Akihiko Hirata, Yohei Onodera, and Hirokazu Masai
*
責任著者: 東北大学未踏スケールデータアナリティクスセンター 教授 志賀元紀(しがもとき)
掲載誌:
Communications Materials
DOI:
https://doi.org/10.1038/s43246-023-00416-w
URL: https://www.nature.com/articles/s43246-023-00416-w

 

異なる戦略で形成した大脳オルガノイド血管系の特徴を明らかに

著者: contributor
2023年11月14日 14:10

異なる戦略で形成した大脳オルガノイド血管系の特徴を明らかに

移植医療や再生医療、ヒトに対する薬剤スクリーニングなど幅広い分野における応用に期待

発表のポイント

ヒト特有の脳の発生過程や疾患の解明、また治療薬開発の鍵としても注目を集める大脳オルガノイドは、それ自身が血管系を有さないために、酸素・栄養の供給や、毒性代謝物の排出が自発的にできず、そのためサイズも制限されるなどの課題に直面し、発展的な利用の足枷となっていました。
既に大脳オルガノイドに機能的な血管構造を導入する戦略が複数提案されてきましたが、それらを統合的に比較した研究がこれまで存在しなかったため、それぞれの血管形成戦略の特徴や課題などを正確に把握できませんでした。
今回の研究において、公開データセットで入手可能なシングルセルRNAシークエンシングデータを用いた解析を行うことにより、異なる戦略のもとで大脳オルガノイドに導入した血管構造を構成する細胞の特徴を明らかにすることができました。将来的に、より実際のヒトの脳に近い血管化大脳オルガノイドを作製する際の指標として活用されることが期待できます。

図1 機能的な血管構造を導入した大脳オルガノイドと胎児脳のシングルセルRNAシークエンシングデータの統合解析

早稲田大学(以下、早大)総合研究機構の片岡孝介(かたおかこうすけ)主任研究員理工学術院の朝日透(あさひとおる)教授、大学院先進理工学研究科3年(一貫制博士課程3年)の佐藤由弥(さとうゆうや)らの研究グループ(以下、本研究グループ)は、公共データベース*1上のシングルセルRNAシークエンシングデータ*2を再解析し、ミニ人工脳である大脳オルガノイド*3において血管構造を導入するための複数の戦略(以下、血管化戦略)が、大脳オルガノイドを構成する神経系等に対して異なる影響を与えることを明らかにしました。さらに、血管構造を導入した大脳オルガノイド(以下、血管化大脳オルガノイド)における血管系と神経系の間の相互作用が、血管が正しく脳の血管として機能するために重要である可能性を示しました。

本研究成果は、ドイツ・イギリスに本拠を置く学術出版社であるSpringer Nature社発行による『BMC Biology』誌(論文名Integrative single-cell RNA-seq analysis of vascularized cerebral organoids)に2023年11月9日(木)午前1:00(グリニッジ標準時GMT)に掲載されました。

(1) これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

多能性幹細胞*4由来で人工培養された細胞集団であるヒト大脳オルガノイドは、ヒト大脳皮質の発生過程、組織、神経活動を模倣した、三次元のミニ人工脳です。大脳オルガノイドを用いた研究により、神経発生、進化、疾患の理解にかつてない機会がもたらされています。さらに、コロナウイルス感染症のパンデミックでは、ヒトオルガノイドモデルがその病態を理解する上で有望な結果を示し、治療薬開発の鍵としても注目されました。

このようにオルガノイドの応用範囲が急速に拡大しているにもかかわらず、大脳オルガノイドには未だにいくつかの課題があります。大きな課題のひとつに血管系が存在しないことが挙げられます。そのため、従来の大脳オルガノイドは、栄養、酸素、有害代謝産物の交換を培養液における受動的拡散のみに依存しています(図2)。血管系を持たない大脳オルガノイドはサイズも制限され、オルガノイドの中心部では細胞死が引き起こされてしまいます(図2)。

図2.血管を形成させていない従来の大脳オルガノイドの欠点

この課題を打破するために、大脳オルガノイドに機能的な血管構造を導入するための複数の戦略が提案されてきました。これらの研究では、血管構造の導入が大脳オルガノイドを構成する神経細胞などの細胞集団の機能、組成、細胞間相互作用等へ与える影響が独自に解析されてきました。しかし、これらの血管構造を導入するための異なる戦略が大脳オルガノイドに与える影響を実際の脳血管と統合的に比較した研究はなく、それぞれの血管化戦略の特徴や課題などが不明でした。そのため、それぞれの血管化大脳オルガノイドにおける血管構造が実際の脳の血管系をどれほど正確に模倣しているのかを確認することができず、より最適な実験プロトコルを見つけ出すことが難しいという問題がありました。

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究グループは、異なる戦略で作製された血管化大脳オルガノイドを横断的に評価することを目的に、公開データセットで入手可能な血管化大脳オルガノイドと実際のヒト胎児脳のシングルセルRNAシークエンシングデータを統合的に比較しました。その結果、次の3点が明らかになりました。

①いずれの戦略で血管化しても大脳オルガノイドの遺伝子発現プロファイルは、非血管化大脳オルガノイドのそれと比べて、実際のヒト胎児脳の遺伝子発現プロファイルに近づくこと(図3)。

図3.血管を形成させることで大脳オルガノイドを構成する細胞集団の遺伝子発現プロファイルが胎児脳に近づく

横軸に各大脳オルガノイドを構成する各細胞種、縦軸に各血管化手法、各マスに実際のヒト胎児脳との遺伝子発現プロファイルの相関値(類似性を示す)を示す。相関値が高いほど胎児脳と近い遺伝子発現パターンを持つことを示す。本結果から、ほとんどの細胞種において、血管化によってヒト胎児脳との相関値は増加していることが明らかになった。

②血管化大脳オルガノイドにおける血管構造を構成する細胞には機能的に重要とされる遺伝子の一部が発現していないこと、およびこの遺伝子発現の欠損の特徴は血管化戦略によって異なること(図4)。

図4.血管化大脳オルガノイドにおける血管系は戦略によって異なる遺伝子発現プロファイルを持つ

横軸に各大脳オルガノイド、縦軸に血管特異的に発現するマーカー遺伝子を示す。実際の胎児脳の血管系細胞は、マーカー遺伝子をすべて発現しているにも関わらず、各血管化オルガノイドや血管オルガノイドは不十分な発現プロファイルを持つことがわかる。また、戦略によっても異なる発現プロファイルを持つこともわかる。
注:血管オルガノイドは、iPS/ES細胞を血管組織に分化誘導したオルガノイドであり、血管化オルガノイド(血管を形成した大脳オルガノイド)とは異なる。

③血管構造を構成する細胞と神経系の間の相互作用が、血管が脳血管としての特徴を作り出すために重要であり、血液脳関門*5などの脳に特徴的な血管系の機能に関与する遺伝子の発現に重要であること。

本研究成果により、複数の血管化戦略が神経系および血管系の細胞の分化や遺伝子発現プロファイルに及ぼす影響についての知見が得られました。本研究で得られた知見は、将来的に血管化大脳オルガノイドを作製する際の指標となると考えられます。

(3)研究の波及効果や社会的影響

血管化大脳オルガノイドは、細胞死が起こりにくく実際のヒトの大脳皮質に近いと考えられるため、これからの大脳オルガノイド研究のスタンダードになると考えられています。本研究成果は、血管化オルガノイドのベンチマークとしての活用が期待されます。より実際の胎児脳に近い血管化大脳オルガノイドが完成することで十分にオルガノイドが成熟できるようになり、成人への移植医療や再生医療、ヒトに対する薬剤スクリーニングなど幅広い分野における応用といった社会的影響が期待できます。

(4)今後の課題

今回、公開データセットで入手可能なシングルセルRNAシークエンシングデータを用いた解析により、異なる戦略のもとで大脳オルガノイドに形成させた血管系の特徴が明らかになりました。今後は、解析によって明らかになった血管化手法の弱点を克服する方法を模索するとともに、脳を構成する細胞の機能等、シングルセルRNAシークエンシングデータ以外の情報にも着目した研究を進めることが期待されます。

(5)研究者のコメント

オルガノイド技術は、癌などの疾患や老化などのこれまで人類が対抗できなかった壁を乗り越える可能性をもつ技術です。しかし、血管化などの問題から、実際の脳を十分に再現することができていないという現状があります。本研究成果が、より実際の胎児脳に近い大脳オルガノイド血管化手法のヒントとなり、これまで治療が難しかった疾病を解決する一助となると信じています。

(6)用語解説

1.公共データベース

研究者たちが行う研究で得られた塩基配列等のデータを保存、共有するためのオンラインプラットフォーム。これにより、研究者は自分たちの研究に必要なデータを簡単に検索し、アクセスすることができ、また自分たちのデータを世界中の他の研究者と共有することができる。公共データベース上のデータは、他の研究者によって新しいコンテキストで再利用されたり、実験結果を検証し再現するために使用されたりする。

2.シングルセルRNAシークエンシング

個々の細胞ごとのmRNA塩基配列を読み取る技術。従来のRNAシークエンシング技術は多数の細胞をまとめて分析するため、細胞の個々の違いを見ることができなかった。一方、シングルセルRNAシークエンシングは、多様な細胞から構成される組織においても各細胞に特徴的な遺伝子発現情報を解析することができる。

3.オルガノイド

人や動物の臓器の機能や構造を模倣した、三次元で培養された細胞集団。これらの細胞は、本物の臓器と類似した機能を持つため、薬物スクリーニングや疾患モデル、臓器移植などへの応用が期待されている。

4.多能性幹細胞

体内のさまざまな種類の細胞に分化する能力を持つ特殊な細胞。

5.血液脳関門

脳の血管と神経細胞などの細胞の間で物質の移動を制限する機構。全身投与された薬剤が中枢神経系に到達することも制限するため、神経疾患に対する治療薬開発の最も大きな障壁の一つにもなっている。

(9)論文情報

雑誌名:BMC Biology
論文名:Integrative single-cell RNA-seq analysis of vascularized cerebral organoids
執筆者名(所属機関名):Yuya Sato, Toru Asahi, Kosuke Kataoka (Waseda University)
掲載日時(現地時間):2023年11月9日(木)午前1:00(グリニッジ標準時GMT)
DOI:https://doi.org/10.1186/s12915-023-01711-1

(10)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:科学研究費補助金 若手研究
研究課題名:カンナビノイド受容体CB1によるマイトファジー調節機構と加齢性記憶障害への関与
研究代表者名(所属機関名):片岡孝介(早稲田大学)

研究費名:科学研究費補助金 若手研究
研究課題名:内在性カンナビノイド系の変調がもたらす加齢性記憶障害の分子基盤の解明
研究代表者名(所属機関名):片岡孝介(早稲田大学)

 

ALCA-Next「資源循環」領域に採択

著者: contributor
2023年11月14日 14:09

2023年度JST「戦略的創造研究推進事業 先端的カーボンニュートラル技術開発(ALCA-Next)」に採択

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の2023年度戦略的創造研究推進事業 先端的カーボンニュートラル技術開発(ALCA-Next)において、書類及び面接選考を経て、理工学術院 関根泰教授の提案が採択されました。(応募総数:198件、採択総数:28件)

採択された技術領域「資源循環」では、資源の効率的な循環利用を低環境負荷で可能とし、温室効果ガス排出量の削減に大きく貢献する技術や材料、化学的プロセスの研究開発を推進することを目指しています。資源循環の観点から、提案の斬新性や実現可能性、温室効果ガス排出量をどの程度削減可能かという点が重視され、エネルギーフローやマテリアルフローの観点から、温室効果ガス削減について定量的な目標を設定の上、それを達成する具体的な技術が示された提案であるかが優先された結果の採択となりました。

採択課題(技術領域:資源循環)

関根 泰(理工学術院 教授)
「ケミカルループ法による革新的CO2転換材料の開発」

 

ALCA-Nextとは

世界各国においてカーボンニュートラルの実現に向けた動きが加速し、GX(グリーントランスフォーメーション)関連投資も急速に拡大しています。GXの実現のためには、2050年のカーボンニュートラルを実現するとともに、産業競争力の強化、経済成長・発展が必要不可欠です。今後の温室効果ガス(GHG)削減目標の達成や将来産業の創出に向けては既存技術の導入だけではなく新規技術の創出が必要であり、そうした技術を継続的に生み出すためには、産業界における実証や技術開発と並行してアカデミアにおける研究開発と人材育成への支援、企業とアカデミアの真の連携による社会実装が求められます。
これに応えるために開始されたALCA-Nextは、カーボンニュートラルへの貢献という出口を明確に見据えつつ、個々の研究者の自由な発想に基づき、科学技術パラダイムを大きく転換するゲームチェンジングテクノロジー創出を目指す事業です。(出典:JST ACLA-Nextウェブサイト)

【設定されている技術領域】
・蓄エネルギー
・エネルギー変換
・資源循環  ※今回本学が採択された領域
・グリーンバイオテクノロジー
・半導体
・グリーンコンピューティング・DX

動的条件下でのX線CT撮影技術を開発

著者: contributor
2023年11月14日 14:08

動的条件下でのX線CT撮影技術を開発

―ゴム材料に限らず生体撮影も可能、バイオ関連分野への応用にも期待―

【研究のポイント】

材料の内部構造を非破壊検査する方法として普及しているX線CT※1は、動的条件下での材料の観察には不向きであった。
ストロボ効果※2を利用した動的条件下でのX線CT撮影技術を開発し、複合化したゴム材料の動的粘弾性試験※3と動的X線CTによる計測を同時に行うことが可能になった。
心臓のような繰り返し変形するようなものであれば、生体の動的X線CT撮影も可能となる技術で、テラヘルツ波を用いたCT撮影など、材料に限らず医療・バイオ関連分野への応用も期待できる。

【研究概要】

早稲田大学理工学術院松原真己(まつばら まさみ)准教授を中心とする研究グループは、複合化したゴム材料の内部構造および動的挙動と減衰特性にどのような関係性があるのかを解明するために、ストロボ効果を利用した動的条件下でのX線CT撮影技術(以下、動的X線CT )を開発(図1)、動的X線CTと動的粘弾性試験を同時に実施する実験系を構築し、ゴム材料のミクロな内部構造とマクロな特性である減衰特性の関係を分析しました。

図1:動的X線CTの概略図

本研究成果は、オランダのエルゼビア社が発刊する国際学術誌『Mechanical Systems and Signal Processing』にて、2023年10月19日(木)に掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

ゴム材料に微粒子を複合化すると、減衰特性が更に向上します。これは微粒子界面における摩擦や、微粒子による変形阻害等が要因であると指摘されていますが、直接観察した事例はなく、そのメカニズムは未解明でした。近年、材料内部の構造を非破壊検査する方法としてX線CTが普及し、マイクロ・ナノオーダーの分解能での計測が可能となってきました。一方で、X線CTは対象物を回転させながら計測するため、動的条件下での観察には不向きです。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと

材料の減衰特性評価では引張状態で振動を加え(加振)、そのときに発生する荷重と変位を計測する動的粘弾性試験がよく利用されます。この動的粘弾性試験の動的条件下においてX線CT撮影による計測を同時に実施することができれば、複合化したゴム材料の内部構造および動的挙動と減衰特性の関係性が明確になると考えました。

そこで本研究では、動的粘弾性試験では材料が繰り返し変形することに着目し、加振周期、CT回転ステージの回転速度、CT画像用のカメラのシャッタータイミングを制御することでストロボ効果を利用した撮影手法を開発しました。そして、大型放射光施設SPring-8※4(BL20XU)に、今回開発した新たな小型動的粘弾性試験を導入し、動的粘弾性試験と動的X線CTによる同時計測を実現しました。今回の成果を得るためには、 SPring-8の極めて明るく安定した光源と高速度カメラを利用したCTが必須でした。

この撮影技法が有効であるか確かめるため、制振材としてよく利用されるスチレンブタジエンゴム(SBR)に、球状、板状の形状をもつ酸化亜鉛(ZnO)を複合化した試験片を用意し、動的X線CTを実施しました。ZnOは安価かつ形状の種類が多く、複合材(微粒子)としてよく利用されます。静的および動的条件下のCT画像を比較した結果、動的条件下の内部構造を可視化できたことから本研究で開発した動的X線CTが有効であることを確認しました。

また、内部構造と減衰特性の関係を分析するため、CT画像からμmオーダーの空間でひずみ(局所ひずみ)を算出した結果、複合化する微粒子形状の違いによって材料内部のひずみが均一ではなく不均一になることがわかりました。図2 は立体像内で確認できた局所ひずみの大きさをヒストグラムとして評価したものです。SBR単体および球状の場合は、ヒストグラムは鋭いピークをもっており、均一な変形が起こっていることを示します。一方、板状では広域的な分布となっておりひずみの大きさにばらつきがあり、不均一な変形が起こっています。このように、ミクロな動的挙動の特徴を捉えることが可能となりました。

図2:スチレンブタジエンゴム(SBR)に酸化亜鉛(ZnO)の球状(左図)と板状(右図)を配合した際の局所ひずみの大きさを表した分布図(ヒストグラム)。

(3)研究の波及効果や社会的影響

本研究では動的条件下でのX線CT撮影技術の開発に取り組みました。例えば、生体であっても心臓のような繰り返し変形するようなものであれば、動的X線CT撮影が可能となる技術です。テラヘルツ波を用いたCT撮影にも利用でき、材料に限らず医療・バイオ関連分野への応用も期待できます。

(4)今後の課題

動的条件下でのX線CT撮影は可能になりましたが、複合化したゴム材料の減衰特性と動的挙動の関係性についてはまだ明確になっていません。動的挙動からエネルギー散逸に関わる情報を抽出することが課題となっています。

(5)研究者のコメント

もともと高速回転タイヤの接地面ゴムの微小変形計測用に組んできた撮影技法をX線CTに実装しました。提案法をベースに材料や構造物の力学特性を決定付ける構造的な因子は何かを探究できればと考えています。

(6)用語解説

※1 X線CT:

X線を用いて物体の断面像や立体像を得る手法。CTはComputed Tomographyの略で、コンピューター断層撮影を意味しています。

※2 ストロボ効果:

ストロボはストロボスコープの略で、ある時間間隔で光を点滅させることを指します。この点灯タイミングで撮影すれば、対象物が高速回転体であれば、あたかも止まったような画像を得ることができます。通常、回転体の回転周期よりも十分に短いフレームレート(1秒間に撮影できる画像の枚数)のカメラで撮影しなければ、回転体の撮影はできませんが、ストロボの点灯タイミングと回転体の回転位相をコントロールすることで、回転周期よりも長いフレームレートのカメラでも撮影が可能となります。ここではその効果をストロボ効果と呼んでいます。

※3 動的粘弾性試験:

試験片に変位振動を与え、それによって発生する応力と歪みを測定することにより、貯蔵弾性率、複素弾性率、損失係数(減衰特性)といった力学的特性を測定する方法です。

※4 大型放射光施設SPring-8:

太陽の100億倍もの明るさに達する「放射光」という光を使って、X線回折、小角X線散乱、X線CT、光電子分光などの分析ができる研究施設設。材料開発にとどまらず、生体の分析、半導体や燃料電池の開発など産業分野でも活用されています。

SPring-8 |http://www.spring8.or.jp/ja/

(7)論文情報

雑誌名Mechanical Systems and Signal Processing

論文名In-situ measurement of dynamic micro X-ray CT and dynamic mechanical analysis for rubber materials

執筆者名(所属機関名):松原真己1、髙良領2、駒津泰一2、古田将吾2、小林正和2、虫明仁夢3、上杉健太郎4、河村庄造2、田尻大樹2

1早稲田大学、2豊橋技術科学大学、3 兵庫県立工業技術センター、4 公益財団法人高輝度光科学研究センター)

掲載日(現地時間):2023年10月19日(木)

掲載URL:https://doi.org/10.1016/j.ymssp.2023.110875

DOI10.1016/j.ymssp.2023.110875

(8)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:科研費基盤研究(C)

研究課題名:動的X線CTによる微粒子複合ゴムの振動減衰メカニズムの解明

研究代表者名(所属機関名):松原真己(豊橋技術科学大学)

準安定相型メソポーラス半導体 (CuTe2)の合成に成功

著者: contributor
2023年11月14日 14:06

準安定相型メソポーラス半導体 (CuTe2)の合成に成功

~光エレクトロニクス材料として優れたテルル化合物の応用に道を~

【本研究のポイント】

電気化学的ミセル注1)集積法により、常温下で準安定相型注2)メソポーラス注3)半導体注4) (CuTe2)薄膜の合成に成功した。
準安定相CuTe2薄膜の合成に重要な基板素材として、アルミニウム基板を用いることで、優れた結晶性と長期安定性を示した。
本研究成果は、加工が困難だったテルル化合物を光エレクトロニクス材料として活用する新たな手法を提案するものであり、光伝導素子、可調光センサー、検出器などの改良への貢献が期待される。

【研究概要】

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の山内 悠輔 卓越教授(JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト研究総括、クイーンズランド大学教授、及び早稲田大学客員上級研究員(研究院客員教授)兼任)、濱田 崇 特任准教授、早稲田大学の江口 美陽 准教授らは、クイーンズランド大学とニューサウスウェールズ大学との共同研究で、適切な基板選択と電気化学的ミセル集積法を用いて、常温下で準安定相型メソポーラス半導体(CuTe2)の薄膜の合成に成功しました。

従来のCuTe2薄膜は、光伝導素子、可調光センサーおよび検出器などの光エレクトロニクス材料への応用が期待されていますが、熱的安定性が課題であり、常温下でも安定なCuTe2薄膜が望まれていました。

本研究グループは、常温下でも安定な準安定相型メソポーラスCuTe2薄膜の合成には、基板素材の選択が重要であることを明らかにし、アルミニウム基板上で合成したメソポーラス型CuTe2薄膜は、優れた結晶性と長期安定性を示すことを見出しました。この技術により1.67 eVのバンドギャップを有する準安定相型のメソポーラスCuTe2薄膜の合成が実現できることから、種々の照明条件下で優れた光応答を示すことになり、光伝導素子、可調光センサー、および検出器などへの応用が期待でき、光エレクトロニクス分野のさらなる発展が期待できます。

本研究成果は、2023年10月18日付アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。

【研究背景と内容】

新規材料の探索は、学術的にも産業的にも重要であり、デバイスなどの高性能化、低消費電力、小型化、環境問題を含む新たな機能の創出につながります。材料の探索研究では、基底状態の構造を調べるなど、これまでに多くの効果的な材料が見つかっており、広く利用されています。最近では、高エネルギー状態である不安定な相(速度論的な構造)を持つ準安定相材料に注目が集まっています。この分野では、金属ハライドペロブスカイトや金属相(1T相)の二次元物質である遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenide, TMDs)注5)など、優れた材料が報告されています。特に、準安定相な金属で狭いバンドギャップ相を持つ第VI族であるモリブデンやタングステンのTMDsは、水素発生電気触媒や高容積キャパシタンスなど優れた性能を示します。このグループに属するいくつかの広いバンドギャップを持つ材料は、量子スピンホール相などの絶縁特性を示すこともあります。金属ハライドペロブスカイトの場合、多様なポリモルフ構造を持つ新しい構造変換性半導体としても分類されています。これらの材料は、高い拡散定数や対称性を持つため、固体電池のアクティブ電極材料として理想的です。鉛ハライドペロブスカイトは、高性能な光伝導体と光電子デバイスの開発にも使用されています。

従来の準安定相材料の製造技術には、イオン注入、直接合成、複数の前駆体法、化学的合成、物理的または化学的堆積、圧縮、急速冷却、ソフトケミカル、コンビナトリアル合成や機械的摩耗などがあります。また、メカノケミカル手法を用いて機械的エネルギー(例:ボールミリング)によって化学反応を誘発する手法も準安定相結晶の合成に使用されています。この手法は比較的環境に優しく、有害な有機溶媒を必要としない利点が挙げられます。

特に、硫化物やセレン化物の銅ベースのTMDシステムは、電気的および磁気的特性に優れ、広く研究されています。また、テルライド材料注6)は高い光変換効率と優れた熱電特性を持つため、多くの研究が行われています。例えば、Cu2Teや CuTeなどの銅とテルルの組成が異なる材料は、熱電材料への応用においても大きな関心を集めています。銅-テルル化合物注7)は安定相と準安定相など様々な組成を持つため、その結晶構造は複雑であり、銅-テルル構造は既知の銅ハライド中で最も複雑です。これらの材料の合成では、高温や高圧など過激な条件が必要で、実用化には課題が残っています。加えて、テルルは希少な材料であるため、テルルの特徴的な特性を活用しながら、コスト削減も求められています。

この研究では、ポリマーミセルを用いるソフトテンプレート法と電気化学的手法によりCuTe2の結晶構造を制御しつつ、高品質で安定したCuTe2を低温と常圧下で合成する効果的な方法を開発しました(図1)。さらに、異なる温度でのCuTe2の化学組成の安定性を調べるため、金属電極の析出方法の検討、”その場”観察によって構造と化学的変化を評価した。また、合成したCuTe2半導体の光電子特性の調査を行いました。

本手法では、適切な基板選択とソフトテンプレート法を用いて、準安定相CuTe2半導体を合成しました(図1)。この手法では、ブロック共重合体注8)が自己組織化することでポリマーミセルを形成し、メソポーラス半導体を合成するための基礎となります。安定なミセルの利用、及び合成条件(例:温度)を変えることで、結晶性の制御を可能にし、電極の選択が、メソポーラス準安定相型CuTe2膜の成長を容易にすることを明らかにしました。特に、金属電極が、酸化または還元電位、pHレベル、および電解質組成などの電気化学反応条件に大きな影響を与えることが明らかになりました。

一般的に、還元電位が高い(金などの)金属電極は、析出物に含まれる不純物の量を減少させる傾向があり、還元電位が低い(アルミニウムなど)金属電極は不純物の量を増加させる傾向があります。各金属電極の化学反応性は、材料の構造、光学、および電気的特性を時間とともに変化させることが可能です。実際、種々の電極上でメソポーラス型テルル銅半導体の合成に成功しました。アルミニウム電極上で合成した準安定相型メソポーラスCuTe2半導体はポリマーミセルのサイズに相当する16.8 nmのメソ孔を有することを電子顕微鏡から確認しました(図2)。一方で、金電極上で合成した準安定相型メソポーラスCuTe2半導体は16.6 nmのメソ孔注9)を有していました。

メソポーラスCuTe2半導体の光応答性を調べるために、光センサーを作製しました。この光センサー作製では、センシング要素となるCuTe2を幅1μmのアルミ電極間に析出させました(図3)。このセンサーに、赤色発光ダイオード(LED)、緑色LED、およびエアマス1.5注10)の疑似太陽光を照射して、アルミニウム電極上で合成した準安定相型メソポーラスCuTe2薄膜の電気伝導性を測定しました。−10から+10 Vの電圧範囲で応答を示し、疑似太陽光、緑色LED(16.8 mW/cm2)および赤色LED(10.6 mW/cm2)下で、顕著な応答を示しました。アルミ電極で作製した組成の異なる準安定相型メソポーラス薄膜(CuTe)センサーの応答を類似の照明条件(強度および波長)で比較したところ、電流密度が高くなり、メソポーラスCuTe2薄膜の光応答性がメソポーラスCuTe薄膜を上回る結果となりました。この強い光吸収特性は、メソポーラスCuTe2薄膜のバンドギャップ(1.67 eV)が後者のメソポーラスCuTe薄膜(2.35 eV)よりも低いためと考えられます。

【成果の意義】

本研究では、適切な基板の選択、及び温度制御結晶化技術により、アルミ電極上に16.8nmのメソポーラス構造を持つ準安定相型CuTe2薄膜を電気化学析出法で合成することに成功しました。このメソポーラスCuTe2薄膜は、赤外線吸収材料(バンドギャップ、Eg = 1.67 eV)として機能しました。本研究で提案する手法は、前駆体のイオン濃度(CuイオンとTeイオン)を変化させることによって、銅−テルルの二元系のエネルギーバンドギャップ幅を制御できることを示しており、新たな工学アプローチを提案することになります(メソポーラスCuTe薄膜のバンドギャップ、Eg = 2.32 eV)。”その場”観察法により、電極材料の選択が化学組成と銅-テルル半導体の構造の安定性に大きな影響を与えることを明らかにしました。従来の特殊な容器を必要とする高温、高圧下での合成手法と比較して、低コストでの製造プロセスが可能になり、エネルギーペイバックタイム注11)の短縮も期待できます。以上から、高い光電変換効率と優れた熱電特性を示すテルルをベースとする材料を、汎用的に利用できる可能性があることを実証しました。

本成果は、光伝導素子、可調光センサー、および検出器などへの応用が期待でき、光エレクトロニクス分野のさらなる発展が期待できます。

本研究は、2020年度から始まった「JST-ERATO山内物質空間テクトニクスプロジェクト」の支援のもとで行われました。

【用語説明】

注1)ミセル:

水になじむ親水部と水になじまない疎水部を持つ両親媒性分子が集まってできたコロイドのこと。

注2)準安定相型:

安定相よりもギブスの自由エネルギーが大きい状態のこと。

注3)メソポーラス:

メソ細孔を有する多孔体のこと。

注4)半導体:

電気伝導性が導体と絶縁体との中間の物質のこと。

注5)遷移金属ダイカルコゲナイド(Transition Metal Dichalcogenide, TMDs):

構成式がMX2で、遷移金属原子(M)と硫黄、セレン、テルルなどのカルコゲン原子(X)で構成される物質群のこと。

注6)テルライド材料:

テルルを含む材料で、テルル化カドミウムやテルル化ビスマスなどがある。

注7)銅-テルル化合物:

銅とテルルから構成され、組成と結晶構造で性質が変化する。

注8)ブロック共重合体:

二種類の異なるポリマーが連結した高分子化合物のことで、ブロック共重合体はナノ構造を発現する自己組織化材料としても知られている。

注9)メソ孔:

直径2 nm以下の細孔をマイクロ細孔、直径2–50 nmの細孔をメソ細孔、直径50 nm以上の細孔をマクロ細孔と定義されている。

注10)エアマス1.5G:

エアマスとは太陽光のスペクトルを表し、大気通過量のこと。エアマス1.5はその通過量が1.5倍での到達光を表している。

注11)エネルギーペイバックタイム:

電力や熱などのエネルギーを生産するエネルギー設備の性能評価のこと。

【論文情報】

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文タイトル:Mesoporous Metastable CuTe2 Semiconductor
著者:Aditya Ashok, Arya Vasanth, Tomota Nagaura, Caitlin Setter, Jack Kay Clegg, Alexander Fink, Mostafa Kamal Masud, Md Shahriar Hossain, Takashi Hamada, Miharu Eguchi, Hoang-Phuong Phan, and Yusuke Yamauchi
DOI: 10.1021/jacs.3c05846
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.3c05846

131.4億光年 最遠方の原始銀河団

著者: contributor
2023年11月14日 14:04

ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とアルマ望遠鏡の最強タッグで、最遠方の原始銀河団を捉えることに成功

発表概要

日本の橋本拓也助教(筑波大学)とスペインのJavier Álvarez-Márquez研究員(スペイン宇宙生物学センター)を中心とし、早稲田大学理工学術院の菅原悠馬次席研究員井上昭雄教授も参加する国際研究チームは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とアルマ望遠鏡を使った観測により、最も遠い131.4億光年かなたにある原始銀河団の中でも、とくに銀河が密集している大都市圏に相当する「コア領域」を捉えることに成功しました。多くの銀河が狭い領域に集まることで、銀河の成長が急速に進んでいることが明らかになりました。さらに研究チームはシミュレーションを活用して大都市圏の姿の将来予想をしたところ、数千万年以内には大都市圏が1つのより大きな銀河になることを明らかにしました。銀河の生まれと育ちに関わる重要な手がかりとなることが期待されます。

図1 (左)ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とアルマ望遠鏡で調べた原始銀河団A2744ODz7p9の中でも銀河の密集した「大都市圏」の想像図。(右)「大都市圏」の未来予想図(数千万年後の姿)。Credit: 国立天文台

研究の背景

星の集団である銀河の中で、個々の星がどのようにして生まれ、死に、その残骸からまた新しい星が生まれていくのか、そしてその集団としての銀河がどうやって成長していくのかを知ることは、宇宙における私たちのルーツを知ることでもあり、天文学の重要なテーマです。100個以上もの銀河がお互いの重力で集まった集団は銀河団と呼ばれ、これは宇宙における最も大きな構造の一つです。地球に比較的近い銀河の観測から、銀河同士が密集した環境のほうが、個々の星の生死のサイクルが急速に進むことが知られており、これは「環境効果」と呼ばれています。しかし、宇宙の歴史において、この環境効果はいつごろから存在したのかは、よく分かっていませんでした。これを知るためには、宇宙が誕生して間もないころの銀河団の祖先を観測する必要があります。銀河団の祖先は原始銀河団と呼ばれ、10個程度の、およそ100億光年以上かなたの銀河の集団です。幸い、天文学では、遠くの宇宙を観測することで、昔の宇宙の姿を観測することができます。例えば、130億光年かなたの銀河からの光や電波は130億年の時間をかけて地球に届くので、今、私たちが観測するのは、130億年前のその銀河の姿なのです。ただし、130億光年もの距離を旅して届く光や電波はその間に弱まってしまうので、観測する望遠鏡には高い感度と空間分解能が求められます。

研究内容と成果

日本の橋本拓也助教(筑波大学)とスペインのJavier Álvarez-Márquez 研究員(スペイン宇宙生物学センター)を中心とする国際研究チームは、高い感度と空間分解能を持つジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST、可視光・赤外線を観測)とアルマ望遠鏡(電波を観測)を用いて、原始銀河団A2744z7p9ODの「コア領域」を調べました。原始銀河団A2744z7p9ODは、欧米の研究グループによるJWSTを用いた観測により、最も遠い131.4億光年[1]かなたの原始銀河団であることが発表されていました[2]。「しかし、この原始銀河団の中で最も銀河候補が多い『大都市圏』に当たる『コア領域』を隈なく観測することはできておらず、銀河の環境効果が始まっているかどうかは不明でした。そこで私たちは、コア領域に注目した研究をすることにしたのです。」と研究をリードした橋本拓也助教(筑波大学)は語ります。

研究チームはまず、この原始銀河団のコア領域のJWSTによる観測に挑みました。可視光から近赤外線までの波長をスペクトル観測する装置NIRSpecの面分光モードを用いることで、視野内のすべての場所のスペクトルを同時に取得することができます。得られた面分光の解析手法を改良しながら、高い空間分解能でコア領域を調べました。その結果、天の川銀河の半径のさらに半分相当の36,000光年を一辺とする四角形領域の中で、電離した酸素イオンの光 ([OIII] 5008Å)を4つの銀河から検出することに成功しました(図2左)。この光の赤方偏移(宇宙膨張により光源の銀河が遠ざかっていることによる波長の伸び)から、4つの銀河の地球からの距離は131.4億光年と同定されました。JWSTデータの解析をリードした菅原悠馬研究員(早稲田大学/国立天文台)は「共同研究者とともに苦心して解析したデータから、酸素イオンの光がほとんど同じ距離で4箇所も検出されたときは驚きました。コア領域の“銀河候補”は、確かに原始銀河団のメンバーだったのです。」と語ります。

さらに、研究チームは、この領域についてすでに取得されていた、アルマ望遠鏡による塵の出す電波の観測データに注目しました。解析の結果、4つの銀河のうち3つから、塵の出す電波を検出しました (図2右)。これは、これほど過去の時代にある原始銀河団として、塵が検出された初めての例です。銀河の中の塵は、銀河を構成している重い星々がその進化段階の終末期に引き起こす超新星爆発により供給され、それが新しい星の材料になると考えられています。このため、銀河に多量の塵があることは、銀河内の第1世代の星の多くがすでに一生を終えており、銀河の成長が進んでいることを示しています。研究チームの立ち上げ時から本研究に携わったLuis Colina教授(スペイン宇宙生物学センター)は、「同じ原始銀河団のうち、コア領域以外の密集していない銀河では、塵は検出されませんでした。これは、多くの銀河が狭い領域に集まることで銀河の成長が急速に進んでいることを示しており、138億年前の宇宙誕生からわずか7億年余りの時代に環境効果が存在していたと考えられます。」と研究の意義を語ります。

図2. 背景のカラー画像はJWSTに搭載されたカメラで取得された、原始銀河団A2744ODz7p9のコア領域の光の強度(青→緑→黄→赤の順に強くなる)のマップ。光が強い箇所に銀河の候補が存在することを示す。四角形領域の一片は、天の川銀河の半径のさらに半分程度の大きさに相当する。(左) 等高線はJWSTに搭載された装置NIRSpecで取得した電離酸素の放つ光の分布を表す。4つの銀河が、131.4億光年かなたに同定された。(右)等高線はアルマ望遠鏡で取得した塵の放つ電波の分布を表す。4つの銀河のうちの3つから塵の放射が認められる。図中左下の白丸は、アルマ望遠鏡データのビームサイズを表す。
Credit: JWST (NASA, ESA, CSA), ALMA (ESO/NOAJ/NRAO), T. Hashimoto et al.

さらに、研究チームは、このコア領域に密集した4つ銀河が、どのように形成され、進化するのかを理論的に検証するため、銀河形成シミュレーションを行いました。その結果、観測された天体と同じく宇宙が誕生してから6.8億年のころに、図3(a)のようなガスの粒子が密集した領域が存在し、図3(b)のように拡大をすると狭い領域に密集した4つの銀河が形成されることが示されました。この4つの銀河の進化を追うために、シミュレーションでは、銀河を構成する星やガスの運動、化学反応、星の形成や爆発現象といった物理過程を計算しました。すると、数千万年という、宇宙の進化のタイムスケールとしては短い時間で合体し、より大きな銀河に進化することが示されました。「今回の観測銀河の再現は、我々のシミュレーションが高い空間分解能と多数の銀河サンプルを有するからこそ可能でした。今後はコア領域の形成メカニズムやその力学的性質を詳細に探っていきたいです。」とシミュレーションデータの解析を行なった仲里佑利奈大学院生(東京大学)は語っています。

図3. 銀河形成シミュレーションによる本天体の成⻑の予想。(a)宇宙年齢 6.89 億年における原始銀河団 A2744z7p9OD に似た領域のガスの密度の様子。(b)は(a)のコア領域の拡大図で、JWST で観測された領域相当の領域。図の濃淡は、酸素イオンの光の分布を示す。(b)から(d)は、シミュレーション天体の進化の様子。4つの銀河が次第に合体を繰り返して、より大きな天体へと進化する様子を表す。Credit: T. Hashimoto et al.

Javier Álvarez-Márquez 研究員 (スペイン宇宙生物学センター)は、「今後、原始銀河団A2744z7p9ODについて、アルマ望遠鏡でさらに高感度の観測を実施し、これまでの感度では見えなかった銀河が存在するかどうかを調べます。また、今回その威力が実証されたJWSTとアルマ望遠鏡のタッグによる観測をより多くの原始銀河団に適用し、銀河の成長メカニズムを明らかにしていくことで、宇宙における我々のルーツに迫ります。」と展望を語っています。

論文情報

この観測成果は、T. Hashimoto et al. “Reionization and the ISM/Stellar Origins with JWST and ALMA (RIOJA): The core of the highest redshift galaxy overdensity confirmed by NIRSpec/JWST’’として天文学専門誌 The Astrophysical Journal Letters に2023年8月30日付で受理され、今後掲載予定です。

研究成果は日本天文学会2023年秋季年会で9月20日に発表いたしました。

今回の研究を行なった研究チームのメンバーは、以下の通りです。

橋本 拓也(筑波大学)、Javier Álvarez-Márquez(スぺイン宇宙生物学センター)、札本 佳伸(千葉大学)、Luis Colina(スペイン宇宙生物学センター)、井上 昭雄(早稲田大学)、仲里 佑利奈(東京大学)、Daniel Ceverino (マドリード自治大学)、吉田 直紀(東京大学、Kavli IPMU)、Luca Costantin(スペイン宇宙生物学センター)、菅原 悠馬(早稲田大学、国立天文台)、Alejandro Crespo Gómez (スペイン宇宙生物学センター)、Carmen Blanco-Prieto (スペイン宇宙生物学センター)、馬渡 健(筑波大学)、Santiago Arribas (スペイン宇宙生物学センター)、Rui Marques-Chaves (ジュネーヴ大学)、Miguel Pereira-Santaella(スペイン基礎物理学研究所)、Tom J.L.C. Bakx(チャルマース工科大学)、萩本 将都(名古屋大学)、橋ヶ谷 武志 (京都大学)、松尾 宏 (国立天文台、総合研究大学院大学)、田村 陽一(名古屋大学)、碓氷 光崇(筑波大学)、任 毅 (早稲田大学)

助成金情報

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号 20K14516、22H01257、22H04939、23H00131)、日本学術振興会卓越研究員事業(HJH02007)、ALMA 共同科学研究事業(2020-16B)、the Spanish Ministry of Science and Innovation/State Agency of Research (PIB2021-127718NB-100)、Program “Garantía Juveníl” from the “Comunidad de Madrid” 2021 (CM21 CAB M2 01)、Co- munidad de Madrid under Atracción de Talento (2018-T2/TIC-11612)、the Ramón y Cajal program of the Spanish Ministerio de Ciencia e Innovación (RYC2021-033094-I )の補助を受けて行われました。

 

アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。

注釈

[1] 今回の天体の赤方偏移は、z = 7.88でした。これをもとに最新の宇宙論パラメータ(H0 = 67.7 km/s/Mpc, Ωm = 0.3111, ΩΛ =0.6899 )で距離を計算すると、131.4億光年になります。

[2] A2744z7p9ODは、欧米の研究グループを率いる森下貴弘研究員(カリフォルニア工科大学)らによって最初に距離が決定されました。

ロボットアーム運動生成 旧来比4倍を超える高速計算手法を開発

著者: contributor
2023年10月16日 11:25

ロボットアーム運動生成 旧来比4倍を超える高速計算手法を開発

量子インスパイアード技術「デジタルアニーラ」を活用した世界初の取り組み

発表のポイント

ロボットの運動時のエネルギー消費の低減に向けて、効率的な運動軌道を導いたり、その軌道を実現する各時間の加減速への考慮を行ったりするための最適化計算は、これまで運動そのものに比べて膨大な時間を要し、ロボット開発やその進歩にとって大きな障壁となっていました。
組合せ最適化問題を高速に解くことに特化した「デジタルアニーラ」の技術を用いて、ロボットアーム先端の軌道求める最適制御問題として定式化しました。
今回開発した計算手法によって、エネルギー消費の観点で最適な運動生成を達成する高速計算を実現すると同時に約10%のエネルギー消費の低減をもたらすことができました。

早稲田大学(以下、早大)理工学術院総合研究所の大谷拓也(おおたにたくや)次席研究員ならびに同大理工学術院の高西淳夫(たかにしあつお)教授らの研究グループは、富士通株式会社(以下、富士通)との産学連携により、次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式に属する、富士通の量子インスパイアード技術*1「デジタルアニーラ*」を用いて、ロボットの構造に応じたエネルギー消費の少ない運動を高速で計算する手法を提案しました。量子インスパイアード技術をロボットアームの運動生成に活用する取り組みとしては世界初となります。

本研究成果は世界最大の学術研究団体であり、全世界に40万人を超える会員を有する米国電子電気学会(IEEE)発行の『IEEE access』に2023年9月28日(木)(現地時間)に掲載されました。

【論文情報】
雑誌名:IEEE access
論文名:Energy Efficient Path and Trajectory Optimization of Manipulators with Task Deadline Constraints
DOI10.1109/ACCESS.2023.3320143

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

近年、様々な場面でロボットの実用化が進み始めている一方で、エネルギー不足の問題は、ロボット分野のみならず、世界的な問題として深刻化しています。ロボットのエネルギー効率が低いと、エネルギーが無駄に消費されてしまいます。人間は、身体に多くの関節を持ち、手の位置が同じでも様々なポーズで実現することができ、楽な姿勢をすればエネルギー消費は減ります。人間と同じく、ロボットがどのように動くかによってエネルギー消費は変わります。

そのため、ロボットが腕を動かして作業をする際の手の位置が同じであっても、どのように動くかをロボット自身が自動でエネルギー消費の少ない運動を求める計算ができれば、ロボットの運動時のエネルギー消費を低減できます。しかし、腕や足は複数の関節から成ることでその計算が複雑となるため、運動に対して膨大な時間が必要でした。また、ロボットの動く軌道と、その軌道を実現する際の各時間の加減速を同時に考慮することは困難でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

ロボットのエネルギー消費を低減する方法として、ロボットができる運動範囲の中からエネルギー消費の少ないポーズを考慮できれば、作業時間の一部はエネルギー消費の少ないポーズを経由して動くことができます。また、ロボット内にバネがある場合にはバネがロボットの腕の重さを支えてくれるポーズをとるなど、ロボットの取れる範囲で最適な動作を計画することができると考えました。さらに、ロボットに指示する作業完了時間に余裕がある場合は、作業時間すべてを使ってゆっくり動くよりも、エネルギー消費の少ない楽な姿勢で待機しておき残りの時間で動く運動も、エネルギー消費を低減することには有効です。

そこで本研究では、次世代コンピューティングの一つであるアニーリング方式に属する富士通株式会社の量子インスパイアード技術「デジタルアニーラ」を用いて、ロボットの構造に応じたエネルギー消費の少ない運動を高速で計算する手法(次項「(4)そのために新しく開発した手法」参照)を提案しました。本手法では、従来の運動生成手法よりもはるかに高速に、ロボットの可動範囲全体を考慮した低エネルギー消費の運動を生成できることがわかりました。一例として、従来はロボットの運動を数式として表現して連続的に計算する手法である内点法*3を用いて440秒かかっていた3秒間のロボット運動生成を、「デジタルアニーラ」による計算100秒で完了できました。旧来比で4倍以上の圧倒的な高速性を示すことができました。また、ロボットアームを前に伸ばす動作や、腕を上げる動作をシミュレーションし、ロボットの各部の重さや長さ、ばねの有無などを考慮してエネルギー消費を計算することで、腕を伸ばす際に短い状態で待機してから伸ばす動作や、腕を上げる際に真上にゆっくり上げてから少し前に出すような動作が生成されました(図2)。さらに、ロボット内にバネがある場合には、ばねが支えられる範囲で腕の重さを支えてもらえる位置に腕を移動した後、目標に到達する運動が生成されました。これらによって、一般的な比較対象として用意した、運動の開始地点から終了地点までの等速直線軌道を通った場合に対して、関節に必要な力の合計が約10%減少でき、エネルギー消費が少なくなりました。

(3)そのために新しく開発した手法

本研究が解くロボットの運動生成問題は、ロボットの運動時のエネルギー消費を最小化する離散化された一連のロボットアームの手の位置を求める最適制御問題として定式化します。本研究で提案する運動計画法は、主に以下の①~⑤からなる5つのステップから構成されます。

  1. ロボットの手の可動範囲を離散化する。
  2. 離散化された手の位置とそれらの組合せにおける各関節角度、角速度、角加速度を計算する。
  3. 実行する作業に応じて目的関数と制約条件を設定する。
  4. コスト最小化問題を二次制約なし二値最適化(QUBO)に変換する。
  5. イジングマシンによる最適化計算を行う。

空間内でのロボットの幅広い動作を単純化するために、ロボットの手の位置を離散化します。従来は、ロボットの運動方程式を構築し連続最適化問題として解く手法が提案されていましたが、ロボットのダイナミクスが複雑であると運動方程式も複雑になり数学的に解くことが難しいことが大きな課題でした。そこで、ロボットの手の位置の時間変化が軌道であるとして連続的な軌道を各瞬間の手の位置の組み合わせと考え、各瞬間にどの手の位置にあるかを組合せ最適化計算によって求めます。ロボットが消費するエネルギーはある時刻に手先位置がどのように変化したかによって計算できるため、離散化した手の位置の中から、手の位置同士の組合せごとに必要なエネルギーを計算し、ロボットのエネルギー消費ライブラリ*4を作成します。このデータから、各時刻の手先位置変化に必要なエネルギーの運動開始から終了までの合計が最小となる手の位置の一連の組み合せを求めます。

本研究では、量子現象に着想を得たデジタル回路設計により複雑な組合せ最適化問題を高速に解くことに特化した技術である、富士通の「デジタルアニーラ」を用いました。これにより、シミュレーテッド・アニーリング*5などの従来の手法よりも高速に組合せ最適化問題を解くことができます。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究は、ロボットアームを持つ形状のようなロボットであれば汎用的に使用できる技術となっており、論文の中でも複数のロボットアームに対して、それぞれに異なる運動を生成しています。これらによってエネルギー消費を低減できれば、これからロボットが普及していく際にも、ロボットのエネルギー問題を解決することに貢献できると考えます。また、ロボットのエネルギー消費が小さくなれば同じバッテリであっても稼働時間が長くなり、さらには、屋外環境や宇宙など、エネルギー量が限られる空間でのロボットの活躍にも貢献できると期待しています。

(5)今後の課題

現状の課題として、より関節数の多いロボットの運動生成を行うには長い時間を要してしまいます。最適化を行う範囲を段階的に設定して最適化するなどによって、さらに大規模な運動生成を高速に計算する手法が求められます。今後は、ロボットでの様々な運動生成の実証を進めるとともに、ロボットの大きさや重さだけでなく、各部の構造の違いとしてギヤの違いなどをさらに考慮していくことを目指します。

(6)研究者のコメント

最先端の量子インスパイアード技術を用いることで多くのロボットのエネルギー消費低減に貢献できる技術を開発できました。複雑なロボットの運動は既存の計算手法では解くことが難しく、量子コンピューティング技術を用いることでロボット技術もさらに発展すると思うので、これからも研究を進めます。

(7)用語解説

1 量子インスパイアード技術

量子現象に着想を得たコンピューティング技術で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解く技術

2 「デジタルアニーラ」

現在の汎用コンピュータでは解くことが困難な組合せ最適化問題を高速に解く富士通独自の量子インスパイアード技術。Fujitsu Computing as a Service Digital Annealer として提供。

3 内点法

連続最適化問題のアルゴリズムであり、特に大規模な問題を高速に解くことができる。

4 エネルギー消費ライブラリ

本研究で用いる、ロボットがあるポーズからあるポーズに短時間で運動するとどの程度のエネルギーを消費するかを、ロボットが実行可能なポーズすべてについて計算しまとめたもの。

5 シミュレーテッド・アニーリング

「焼きなまし法」とも呼ばれ、大域的最適化問題へのアプローチ方法の一つ。金属を熱してから冷ます焼きなましの工程をコンピュータ計算に応用しており、最適化問題を解くために古くから使われている。

 (8)論文情報

雑誌名:IEEE access
論文名:Energy Efficient Path and Trajectory Optimization of Manipulators with Task Deadline Constraints
執筆者名(所属機関名):Takuya Otani (Waseda University)、 Makoto Nakamura (Fujitsu Ltd.)、Koichi Kimura (Fujitsu Ltd.)and 、Atsuo Takanishi (Waseda University)
掲載日:2023年9月28日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/10266335
DOI:10.1109/ACCESS.2023.3320143

 

 

 

ノーベル物理学賞「アト秒関連技術」に関する新倉教授のコメントがメディアで紹介されました

著者: staff
2023年10月9日 10:29

2023年度のノーベル物理学賞は「アト秒関連技術」でした。
アト秒科学の黎明期から研究を行っている先進理工学部応用物理学科・新倉弘倫教授のコメントがNHKや新聞などのメディアで紹介されました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231003/k10014213781000.html
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0277D0S3A001C2000000/
https://mainichi.jp/articles/20231003/k00/00m/040/280000c

量子コンピュータのアルゴリズム開発

著者: contributor
2023年9月6日 12:54

Quanmatic社、英国OQC社と早稲田大学

量子コンピュータのアルゴリズム開発における基本合意書を締結

アルゴリズムに強みを持つ早稲田大学発のスタートアップ 株式会社Quanmatic(東京都新宿区、代表取締役:古賀 純隆、以下、Quanmatic)、欧州のゲート式量子コンピュータ*1のリーディングプレーヤである英国Oxford Quantum Circuits社(英国レディング、CEO:イラーナ・ウィスビー、以下、OQC)早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構(東京都新宿区、機構長:木村啓二、以下、早大GCS機構)は、2023年8月29日(火)にOQCのゲート式量子コンピュータを用いたアルゴリズム開発における基本合意書(Memorandum of understanding:以下基本合意書)を締結いたしました。

本基本合意書は、Quanmatic・OQC・早大GCS機構がOQCのハードウェアにおいて効率的に動作するアルゴリズムの開発と、現実問題への応用を目指すことを目標にしております。継続的な共同開発を行うことにより、ゲート式量子コンピュータによる実社会の課題の解決の早期実現を目指します。当面は早大GCS機構の戸川研究室が強みを持つ最適化の近似解アルゴリズムを現状のOQCのLUCY*2をベースに開発し、OQCの次世代ハードウェアであるTOSHIKO*3のリリースに伴い更に量子ビット数を増加させたハードウェアで、更に幅広いアルゴリズムを開発します。

Quanmatic 代表取締役社長 古賀純隆氏のコメント

この度は、欧州に拠点を置くゲート式量子コンピュータのリーディングプレーヤであるOQCと協業できることを誇りに思います。1日も早い量子コンピュータを用いた社会の重要課題の解決に努めてまいります。

OQCジャパン カントリーマネージャー 杉浦敦氏のコメント

Quanmatic様、早稲田大学様のアルゴリズム開発プラットフォームとして協業に参加することを光栄に思います。OQCはワールドクラスの量子コンピューティング・アズ・ア・サービスプラットフォームをシームレスに提供し、その高い可用性と信頼性により開発をより一層推進することに貢献します。

早稲田大学 戸川望教授のコメント

OQC社の量子コンピュータの実機と、Quanmaticの量子ソフトウェアに、大学の研究成果として得られた基盤的な量子アルゴリズムを導入することで、大きく量子アルゴリズム研究が進むことを期待しております。

用語解説

*1:ゲート式量子コンピュータ

量子力学を利用した汎用計算機。

*2:LUCY

OQC社が開発・運用しているゲート式量子コンピュータで、ヨーロッパで初めて商用に稼働したシステム。プライベート接続のほか、Amazon Braketからも利用が可能。

*3:TOSHIKO

OQC社が開発している次世代のゲート式量子コンピュータ。商用のデータセンターに設置され、Enterprise Ready Quantum Solutionとして広く一般に量子コンピューティング・アズ・ア・サービスを提供する。

【株式会社Quanmaticについて】

Quanmatic社は、量子関連技術の活用を目的としたコンピュータサイエンスアルゴリズムの開発を目的とし、早稲田大学戸川望教授(Chief Scientific Officer)の研究シーズを元に、CEO古賀純隆、慶應義塾大学田中宗准教授(Chief Technology Officer)とChief Product Officer武笠陽介の4名で2022年10月に設立したスタートアップです。アルゴリズム知財をビジネス課題に適用するための最適化エンジンの開発を継続して進め、ハードウェアに依存しない汎用的な量子計算技術の効率化ソリューションを展開します。https://quanmatic.com/

【OQCについて】

OQCは、量子コンピューティングの世界的なリーディングカンパニーです。お客様が量子をより身近に利用して、画期的な発見ができるよう支援します。当社の量子コンピュータは、データセンター、プライベートクラウド、Amazon Braketで利用可能です。OQCに関する詳細はこちらにてご覧いただけます。www.oxfordquantumcircuits.com

【早稲田大学戸川研究室について】

早稲田大学戸川研究室は、同大理工学術院基幹理工学部情報通信学科ならびに同大グリーン・コンピューティング・システム研究機構で研究教育活動を行っております。量子ソフトウェア、量子アプリケーションなどを研究開発し、産官学が連携して社会課題の解決を目指しています。 https://www.togawa.cs.waseda.ac.jp/professor.html

雲水の野外観測で初めてAMPsを検出

著者: contributor
2023年8月23日 17:33

雲水の野外観測で初めてマイクロプラスチックの存在を実証

雲水中のマイクロプラスチックが想定以上に環境および健康リスクを高めていることが明らかに

発表のポイント

  • これまで、野外観測により雨水から大気中マイクロプラスチック(AMPs)が検出されてきましたが、雲水中にAMPsが含まれていることは実証されていませんでした。
  • 本研究グループは、自由対流圏*1に位置する富士山頂(標高 3,776 m)、大気境界層に位置する富士山南東麓(標高1,300 m)、および丹沢大山山頂(標高1,252 m)で2021年から2022年にかけて雲水44試料を採取し、世界で初めて雲水の野外観測によりAMPsの存在を明らかにし、その特徴や起源を解明しました。
  • 本研究により、雲水中ではカルボニル基などの親水基を有するAMPsが濃縮され、本来は親水基を有しないポリエチレン、ポリプロピレンも紫外線劣化が進行することにより、これまでの想定以上にAMPsが雲凝結核*2や氷晶核として機能し、環境および健康リスクを高めていることが明らかになりました。

概要

早稲田大学理工学術院大河内 博(おおこうち ひろし)教授、同理工学術院博士後期課程4年の王 一澤(おう いちたく)、東洋大学理工学部応用化学科の反町 篤行(そりまち あつゆき)教授、およびPerkinElmer Japan合同会社をはじめとする研究グループは、雲水中に含まれる大気中マイクロプラスチック(Airborne MicroPlastics: AMPs)存在量と特徴を解明することに初めて成功しました。

マイクロプラスチックによる大気汚染の危険性が叫ばれる中、本研究成果はAMPsの実態解明の一貫として雲水中AMPsの存在量を明らかにすることで、まだ黎明期である同分野の今後の研究の必要性と新たな課題を浮き彫りにしました。

図1:大気中マイクロプラスチックの想定される起源と環境リスク

本研究成果は、『Environmental Chemistry Letters』誌(論文名:Airborne hydrophilic microplastics in cloud water at high altitudes and their role in cloud formation)にて、2023年8月14日(現地時間)にオンライン掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

自由対流圏は風速が強いため、主要な大気汚染物質の長距離輸送経路であるといえます。大気中マイクロプラスチック(AMPs)も自由対流圏エアロゾルから検出されており、自由対流圏を通じて極域に輸送されていることが先行のモデル研究によって明らかにされています。極域生態系は脆弱であることから、大気を通じて大量のAMPsが輸送されると、重大な環境破壊が懸念されます。
AMPsは大気中を輸送されるだけではなく、上空では紫外線が強いことから、地上部よりも劣化速度が速く、温室効果ガスであるメタンや二酸化炭素を放出したり、雲凝結核や氷晶核として雲形成を促進する可能性が指摘されています。

これまでの野外観測により、雨水からはAMPsが検出されています。プラスチックは疎水性であるために水をはじきますが、紫外線劣化したり、有機汚染物質や重金属が表面吸着すると親水性になることが指摘されてきました。しかしながら、雲水中にAMPsが含まれていることは野外観測により実証されていませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

世界ではじめて雲水の野外観測によりAMPsの存在を明らかにし、その特徴や起源を明らかにすることを目的として、自由対流圏に位置する富士山頂(標高 3,776 m)、大気境界層に位置する富士山南東麓(標高1,300 m)、丹沢大山山頂(標高1,252 m)で2021年から2022年にかけて雲水44試料を採取しました。

図2:雲水の採取地点

この結果、3地点で雲水から合計70個、9種類のAMPsを検出しました。さらに、PM2.5と比較すると雲水ではポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド6(PA)、ポリカーボネート(PC)などカルボニル基を有するポリマーが多く、本来はカルボニル基を有さないポリプロピレン(PP)では紫外線劣化が進行したものが多いことを明らかにしました。形状は破片状が多く、平均濃度は3地点で6.7~13.9(個/L)であり、実粒径は7.1~94.6 μmでした。さらに、後方流跡解析により、自由対流圏の雲水中AMPsの起源として、海洋マイクロプラスチックの飛散および輸送が重要である可能性が示されました。

図3:雲水中AMPsの実粒径分布と形状割合

 

図4:雲水中AMPsの個数濃度とポリマー組成(PE:ポリエチレン、PP:ポリプロピレン、PE/PP:エチレンプロピレン共重合体、PUR:ポリウレタン、PA:ポリアミド6、PC:ポリカーボネート、AR:アクリル樹脂、EP:エポキシ樹脂)

 

(3)そのために新しく開発した手法

PerkinElmer Japan合同会社との共同研究により、µFTIR ATRイメージング法*3によるAMPs計測手法の新規開発に取り組み、最小粒径で2 µm程度までの計測を可能にしました。また、AMPs劣化度評価とともに劣化度を考慮したAMPs専用データベースを新たに構築しました。作業効率と定量精度向上のために最終ろ過面積(Φ4mm)の22.4 %計測を標準とし、低濃度試料分析では最終ろ過面積をΦ1 mmに絞り、全面積70 %以上の計測を可能としました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究により、カルボニル基を有するAMPsが雲水中に濃縮されていることが明らかになったことから、カルボニル基を有する汎用プラスチックのみならず、本来は親水基を有しないポリエチレン、ポリプロピレンも紫外線劣化が進行することにより、カルボニル基や水酸基などの親水基を有することにより、モデル研究による想定以上に雲凝結核や氷晶核として機能している可能性が高いことが明らかになりました。

 

図5:カルボニルインデックスとヒドロキシルインデックス*4によるポリプロピレン劣化度評価

 

AMPsの雲形成能が高ければ、太陽光をより散乱して放射収支に影響を及ぼすとともに、降雨量分布を変化させ、気候変動に関与している可能があります。また、気候変動のみならず、健康リスクも懸念されます。雨水はすべての陸水の源ですが、雲水にAMPsが含まれていれば「プラスチックの雨」が地上に降り注ぐことになります。すなわち、AMPsを空気から直接、肺に取り込むだけではなく、雨水として地上に降りそそぐことにより水源を汚染し、陸水を利用する農業や畜産業を通じて体内摂取量を増大させ、健康リスクを高める可能性があります。今後、AMPsの存在量とその環境および健康リスクについての知見をさらに集積することが重要となります。

(5)今後の課題

本研究では、雲水中AMPsの実態解明を国内山間部3箇所で行いましたが、全容解明にはほど遠い状況です。全世界における高所山岳域、航空機を用いた陸域および海洋の雲水中AMPsの実態解明が必要となります。そのためには、国際ネットワークの構築が喫緊の課題といえます。
一方、AMPsの紫外線劣化に伴うメタンや二酸化炭素放出量の実測およびモデル研究はほとんど行われていません。AMPsが地球温暖化に影響するのか、地球冷却化に影響するのは未だに未解明であり、地球温暖化の将来予測において不確実性を増大させている可能性があります。

(6)研究者のコメント

本研究は、AMPsの実態解明の一貫として、雲水中AMPsの存在量と特徴を明らかにしたものです。AMPsの先行研究は手法が統一されておらず、十分な精度管理も行われていない状況です。AMPs研究は黎明期であることから、産官学民連携のオールジャパンでAMPs研究を推進し、世界をリードしてまいります。

(7)用語解説

※1 自由対流圏
対流圏内の大気境界層上空にある、地上からの直接的な影響を受けにくい高度約2から2.5 kmより上空の大気層のことです。自由対流圏は、地上から放出される大気汚染物質の影響を直接受けないのでバックグランド大気とも呼ばれています。

※2 雲凝結核
大気中では吸湿性粒子が存在しており、相対湿度が100%(水飽和)を超えると微水滴(雲粒)が形成されます。これらの吸湿性粒子は一般的には凝結核(condensation nucleus)といい、1~2%未満の水過飽和度で雲粒の大きさまで成長するものを雲凝結核(cloud condensation nucleus: CCN)と呼びます。

※3 µFTIR ATRイメージング法
プラスチック分析に使用される代表的な方法が、フーリエ変換型赤外分光法(Fourier Transform Infrared Spectroscopy; FTIR)です。数mm程度の大きさであればFTIRで分析可能ですが、100 µm以下の微小な物質をFTIRで判別する場合には顕微FTIR (micro FTIR; µFTIR)が利用されます。
大気中マイクロプラスチックを前処理後に集めた最終フィルタ上の広い面積を、可能な限り小さな領域に分割するので計測には非常に時間がかかります。このような広い面積の膨大なスペクトルを高速、高感度で取得する技術が赤外イメージング(FTIRイメージング)です。ATR(Attenuated Total Reflection)イメージングは、サンプルにATRクリスタルと呼ばれる高屈折率の光学結晶を接触させた状態でイメージング測定する方法であり、FTIRイメージング測定法の中で最も小さいものが測定できる技術です。

※4 カルボニルインデックスとヒドロキシルインデックス
光酸化されたPEやPPには分子量低下、カルボニル基や水酸基の生成と増加、サンプル表面の多数の割れや孔の発生などが観察されます。カルボニルインデックス(carbonyl index)やヒドロキシルインデックス(hydroxyl index)はプラスチックの劣化度の指標であり、プラスチックの光酸化によって生成したカルボニル(C=O)ピークの吸光度とベースとなるメチレン(CH2)ピークの吸光度の比、水酸基(OH)ピークの吸光度とベースとなるメチレン(CH2)ピークの吸光度の比から算出されます。

(8)論文情報

雑誌名:Environmental Chemistry Letters
論文名:Airborne hydrophilic microplastics in cloud water at high altitudes and their role in cloud formation
執筆者名(所属機関名):王 一澤1、 大河内 博1、 谷 悠人1、 速水 洋1、 皆巳 幸也2、 勝見 尚也2、竹内 政樹3、 反町 篤行4、 藤井 佑介5、 梶野 瑞王6、 足立 光司6、 石原 康宏7、 岩本 洋子7、 新居田 恭弘8
(1早稲田大学、 2石川県立大学、 3徳島大学、 4東洋大学、 5大阪公立大学、 6気象研究所、 7広島大学、8 PerkinElmer Japan合同会社)
掲載日時(現地時間):2023年8月14日
掲載URL:https://doi.org/10.1007/s10311-023-01626-x
DOI:10.1007/s10311-023-01626-x

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)

研究費名:(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20215003)
研究課題名:大気中マイクロプラスチックの実態解明と健康影響
研究代表者名(所属機関名):大河内 博(早稲田大学)

 

令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 受賞コメント

著者: contributor
2023年6月5日 14:48

令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰」において、本学から5名の研究者が受賞しました。
科学技術の発展等に寄与する可能性の高い独創的な研究又は発明を行った研究者を表彰する「科学技術賞(研究部門)」に理工学術院の 尾形哲也教授、柴田重信名誉教授、竹山春子教授、ゲスト・マーティン教授、萌芽的な研究・独創的視点に立った研究等高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績をあげた若手研究者を表彰する「若手科学者賞」に、理工学術院の水内良専任講師が選ばれました。
以下に、各受賞者のコメントを掲載いたします。

科学技術賞 研究部門

受賞業績:深層予測学習によるロボットのマルチタスク学習に関する研究
理工学術院 尾形 哲也 教授

受賞コメント
この度は、「深層予測学習によるロボットのマルチタスク学習に関する研究」に対し、文部科学大臣科学技術賞を受賞することができ、大変光栄に思っております。ロボットの知覚と身体運動の実時間予測を深層学習により実現することで、ロボットが複数のタスクを学習し、実世界での活動を自律的かつ効率的に行える方法論を追求しました。今回の研究成果は、ロボット工学の分野における新たな展望を切り拓くものであり、今後、産業応用、医療分野、災害対応など実社会の多様な分野への応用が期待できると考えています。受賞には、これまでに研究に関わってくれた多くの皆様の協力と支援がありました。改めて受賞に対して心からの感謝の意を表し、これからも一層の研究成果を追求していく覚悟をお伝えしたいと思います。ありがとうございました。。

受賞業績:時間栄養と時間運動の確立と健康科学への応用研究
理工学術院 柴田 重信 名誉教授

受賞コメント
この度は、栄誉ある科学技術賞 研究部門を頂戴し、大変光栄に存じております。この研究にかかわっていただいた皆様、特に研究室所属の大学院生スタッフ、さらに共同研究先の方々には大いに感謝しております。
本研究は、体内時計に支配される時間軸の健康科学を推進する一環として、食事や栄養素を摂るタイミングや運動のタイミングの重要性を学問的に明らかにしました。従来、健康維持には食物の内容、調理法、量についての要素が重要視されてきましたが、今回の発見により同じ食物でも朝食や夕食で効果が異なるなど摂取するタイミングも重要な要素であることが分かりました。運動も然りで、運動効果に対するタイミングの違いを明らかにしてきました。時間栄養学や時間運動学という新たな学問分野が開拓され、時間軸の健康科学の発展が期待されます。
引き続き、研究成果の社会実装に向け研究を続けており、今後ともご指導ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。

受賞業績:シングルセル技術による環境有用微生物の深層解析研究
理工学術院 竹山 春子 教授

受賞コメント
科学技術賞を頂くことができて大変光栄に思います。研究を支えてくださった先生方、研究室のスタッフ・メンバーには深く感謝いたします。
先進理工学部生命医科学科創立とともに研究室を立ち上げ、今回受賞に至った環境微生物のシングルセル解析技術の開発研究をスタートしました。環境に存在する多くの難培養性微生物の利活用が目的でした。将来どのような場所でも解析ができる技術を目標として、ドロップレットを用いたシングルセルのハンドリング方法、さらにはゲノム解析と進みました。また、ラマン分光法と出会ったことで、既存の機器分析手法では不可能であったシングルセルレベルでの代謝産物同定を可能とする道が開かれました。微生物シングルセルオミックス解析技術が多くの研究に貢献できるよう、プラットホーム化を産官学連携で進めております。
新技術が新たな道を拓く、という信念で今後もさらなる発展に努めたいと思います。今後とも皆様のご支援よろしくお願いいたします。

受賞業績:tt*方程式および量子コホモロジーに関する一連の研究
理工学術院 ゲスト・マーティン 教授

受賞コメント
I am very honoured to receive the Science and Technology Award in the Research Category. It has been a great privilege for me to have worked as a professor in Japan for more than 20 years, and I deeply appreciate the kindness of my friends and colleagues here, which have made this possible. My research area is differential geometry, a subject which combines algebra and analysis with geometrical ideas. The problems we study are often related to theoretical physics – quantum theory, string theory, mirror symmetry, and so on. Building the mathematical foundations of this area in the 21st century is a huge task, and one that is truly international. Until the 19th century, mathematics was regarded as a subject for brilliant young men (mostly European). In the 21st century the subject is too broad for any one man; everyone is needed: young and old, men and women, black and white, from every country. I would like to express my sincere gratitude for the opportunities I have received to take part in this endeavour.

若手科学者賞

受賞業績:自己複製分子システムを用いた原始生命進化に関する研究
理工学術院 水内 良 専任講師

受賞コメント
この度は文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞し、誠に光栄に存じます。
これまでご指導やご助言賜った先生方、選考委員の皆様に心より感謝申し上げます。本研究では、生命の起源という自然科学の根源的な問いに挑戦しました。原始生命の痕跡は現存生命や化石には残っておらず、これまではその進化過程を推測するほかありませんでしたが、原始生命を模擬した分子のシステムを試験管内で構築し、それを実験室の中で進化させることで、原始生命にありえた進化の道筋を直接観察できるようになりました。このような基礎研究を高く評価していただいたことを心より嬉しく思っています。
私は本賞の受賞とともに、2023年4月に早稲田大学に着任し、新たに研究室を主宰しております。これからは研究室メンバーと共に生命の起源の謎に迫り、また研究成果を合成生物学における技術開発へと繋げていきたいと考えています。今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

全固体空気二次電池を開発

著者: contributor
2023年5月25日 09:28

繰り返し充放電可能な全固体空気二次電池を開発

高分子電解質膜と酸化還元活性な有機化合物を組み合わせる

【発表のポイント】

水素イオン(プロトン)を可逆的に取り込みできる有機化合物とプロトン伝導性の高分子薄膜を組み合わせて、繰り返して充放電できる全固体空気二次電池を開発した。
一定速度(放電レート15C)における発電で、30サイクル繰り返し充放電可能なことを確認した。
小型軽量で液漏れや発火の危険性がなく折り曲げても使える可能性があるため、モバイル機器などへの応用が期待できる。

山梨大学クリーンエネルギー研究センター・早稲田大学理工学術院の宮武 健治(みやたけ けんじ)教授、早稲田大学理工学術院の小柳津 研一(おやいづ けんいち)教授らの研究グループは、水素イオン(プロトン)を可逆的に取り込みながら酸化還元反応する有機化合物とプロトン伝導性の高分子薄膜を組み合わせることにより、繰り返し充放電することができる「全固体空気二次電池」を開発しました。

空気電池※1は空気中の酸素(正極活物質)と金属(負極活物質)、イオン伝導性の電解質から構成される電池ですが、多くの場合液体電解質を用いているため、液体の漏れや蒸発、発火など安全性に課題があります。また、負極活物質が酸素や水分により劣化することも課題となっています。本研究により、プロトン伝導性高分子薄膜※2を電解質に、酸化還元活性な有機化合物を負極活物質に用いることで、可搬性と安全性に優れ、繰り返して充放電して使用することができる全固体空気二次電池の開発に成功しました。一定速度(放電速度15C)における発電実験で、30サイクル繰り返して充放電が可能であることも確認されました。今後、構成材料の高性能化・最適化や耐久性などを改善することで、携帯電話や小型電子デバイスなどモバイル機器用の電源として応用できる可能性があります。

本研究成果は、2023年5月16日(火)にドイツ化学会が発行するハイインパクトの学術雑誌『Angewandte Chemie International Edition』のオンライン版で公開されました。

【論文情報】
雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文名:All-Solid-State Rechargeable Air Batteries Using Dihydroxybenzoquinone and Its Polymer as the Negative Electrode
DOI10.1002/anie.202304366

(1) これまでの研究で分かっていたこと

繰り返し充放電が可能な二次電池は携帯機器や電気自動車など様々な分野に応用されており、小型軽量化、高容量化、低コスト化を目指した研究が世界的に活発に進められています。なかでも正極の活物質に空気中の酸素を使う空気二次電池は、他の二次電池と比べて著しく高い理論エネルギー密度を持つことから注目を集めています。

これまでの空気二次電池は負極活物質としてリチウムなどの金属、電解質として非水系の有機電解質溶液が主に用いられていますが、負極活物質の劣化や電解液の漏れ出しなど多くの課題があります。固体電解質を用いた全固体空気電池も提案されていますが、負極の課題は解決されていません。

最近、負極活物質に酸化還元活性な有機化合物を用いた空気二次電池がいくつか開発されました(Li et al., Chem, 5, 2159-2170, 2019: Oyaizu et al., Chem. Commun., 56, 4055-4058, 2020)が、高分子電解質膜との組み合わせによる全固体空気二次電池はこれまで存在していませんでした。

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

有機化合物を用いた電極と固体電解質から成る空気二次電池に挑戦しました。負極活物質としてプロトンを取り込みながら酸化還元活性を示す有機レドックス化合物(ジヒドロキシベンゾキノン※3およびその重合体)、電解質としてプロトン伝導性高分子薄膜(ナフィオン)、正極として白金触媒を含むガス拡散電極(活物質は酸素)を組み合わせた全固体空気二次電池の可能性を検討し、その結果、原理の実証に成功しました。

(3) 今回、新しく開発した手法

負極活物質であるジヒドロキシベンゾキノンの酸化還元反応を促進し、電解質膜との界面でのプロトン移動を円滑に進めるために、電子伝導性材料(カーボン粉末)とプロトン伝導性高分子(ナフィオン)を混合した負極構造を設計・構築しました。電流電位測定により負極での反応とその可逆性を確認し、充放電、レート特性、サイクル特性を評価しました。さらにジヒドロキシベンゾキノンを高分子化したところ負極活物質の利用率が40%以上向上し、全固体空気二次電池の容量も6倍以上向上することを見出しました。

本研究により開発した「全固体空気二次電池」は繰り返して充放電することができ、一定速度(放電レート15C)における発電で、30サイクル充放電が可能です。

(4) 研究の波及効果や社会的影響

リチウムイオン二次電池の性能や耐久性は日々向上していますが、リチウム資源は限られており、また、液体電解質を用いた課題(漏れ出し、蒸発、発火の危険性、など)は本質的に解決が困難です。本研究で開発した全固体空気二次電池は安全な有機レドックス化合物とプロトン伝導性高分子薄膜を用いており、これら物質はそもそも水分が含まれた状態で用いており水や酸素で電極が劣化することが無く、極めて安全性に優れています。また、高分子化合物の特徴を活かしてフレキシブルなデバイスにできる可能性もあります。今後、構成材料の高性能化・最適化や耐久性などを改善することで、携帯電話や小型電子デバイスなどモバイル機器用電源としての応用が期待されます。

(5) 今後の課題

酸化還元電位がより卑(マイナス)な有機レドックス化合物を用いることにより電池電圧を高くしたり、負極中の活物質を安定化させてレート特性やサイクル特性を改善することで、二次電池としての特性を一層向上させたいと考えています。

(6) 研究者のコメント

空気二次電池は二次電池と燃料電池の利点を兼ね備えた次世代のエネルギーデバイスとして期待されていますが、性能や安全性に関する技術的な課題が多く実用化されている例は限られています。本研究により、有機負極活物質と高分子電解質から成る全固体空気二次電池の開発に成功し、小型軽量化、高容量化、高安全性を兼ね備えた新しいタイプの空気二次電池の可能性を示すことができました。他方、今回の成果はまだ原理実証の段階であり電池電圧やレート特性、サイクル特性は改善の余地がありますので、今後、全固体空気二次電池の実用化に向けた追求を継続していきたいと考えています。

(7)用語解説

※1 空気電池

正極活物質として空気中の酸素を用いる電池。多くの場合、負極には金属が用いられている。電池内部に正極活物質を内蔵する必要が無いため、原理的に大きなエネルギー密度を持つという特徴がある。

※2 プロトン伝導性高分子薄膜

スルホン酸基などの酸性基を含む高分子から成る膜。燃料電池などの電気化学デバイスの固体電解質として用いられている。

※3 ジヒドロキシベンゾキノン

水酸基が2つ置換されたベンゾキノン。酸性条件下で酸化還元活性を示す。

(8) 論文情報

雑誌名:Angewandte Chemie International Edition
論文名:All-Solid-State Rechargeable Air Batteries Using Dihydroxybenzoquinone and Its Polymer as the Negative Electrode
執筆者名(所属機関名):Makoto Yonenaga (米長 諒)、Yusuke Kaiwa (海和 雄亮)**、Kouki Oka (岡 弘樹)**Kenichi Oyaizu (小柳津 研一)**Kenji Miyatake (宮武 健治)**
*山梨大学 クリーンエネルギー研究センター
**早稲田大学 先進理工学部 応用化学科
掲載日時:2023年5月16日(火)
掲載URL:https://doi.org/10.1002/anie.202304366
DOI:10.1002/anie.202304366

(9) 研究助成

研究費名:科学研究費補助金 新学術領域研究「ハイドロジェノミクス」(研究領域提案型)
研究課題名:高速移動水素による次世代創蓄電デバイスの設計
研究代表者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)
研究分担者名(所属機関名):小柳津 研一(早稲田大学)

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(B)
研究課題名:全固体空気二次電池の創製:原理実証と有機負極活物質の検討
研究代表者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)

研究費名:データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト
研究課題名:再生可能エネルギー最大導入に向けた電気化学材料研究拠点(DX-GEM)
研究代表者名(所属機関名):宮武 健治(山梨大学)

世界初 テラヘルツ波信号を分配・送信

著者: contributor
2023年5月16日 11:05

世界初、大容量テラヘルツ波信号を光ファイバ無線技術で異なるアクセスポイントに分配・送信する技術を実現

Beyond 5G時代の無線システム社会実装に向けて 途切れることのない通信や省エネルギー化に期待~

【ポイント】

大容量テラヘルツ波信号を異なるアクセスポイントへ透過的に分配・送信することに世界で初めて成功
新規開発のテラヘルツ波-光変換デバイスと光ファイバ無線技術で、毎秒32ギガビットの大容量光アクセス通信を実証
 光・電波融合技術が可能にするテラヘルツ波Beyond 5Gネットワークへの重要な一歩

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)、住友大阪セメント株式会社(住友大阪セメント、代表取締役 取締役社長: 諸橋 央典)、国立大学法人名古屋工業大学(名古屋工業大、学長: 木下 隆利)及び学校法人早稲田大学(早稲田大、理事長: 田中 愛治)は共同で、テラヘルツ波となる285ギガヘルツの周波数帯で毎秒32ギガビットの大容量テラヘルツ波無線信号を異なるアクセスポイントへ透過的に分配・送信*1するシステムの実証に世界で初めて成功しました。

これを可能にしたのは、新規開発のテラヘルツ波-光変換デバイスと光ファイバ無線技術*2です。今回開発したシステムは、テラヘルツ波帯の電波のデメリットとされる「遠くに届きにくい、広い範囲をカバーしにくい」といった課題を克服することができ、無線信号のカバー範囲を拡大し、Beyond 5Gネットワークにおけるテラヘルツ波通信の展開に道を開くことができます。

本実験結果の論文は、光ファイバ通信国際会議(OFC 2023)にて非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間2023年3月9日(木)に発表しました。

※本研究成果における早稲田大学代表研究者は、理工学術院、川西哲也教授です。

【背景】

テラヘルツ波通信は、Beyond 5Gネットワークのアクセスポイントで超高速データレートを得るための有力な候補です。しかし、テラヘルツ波の信号は、第5世代移動通信システム(5G)で使用されているマイクロ波帯やミリ波帯の信号に比べ、伝搬損失*3が非常に大きいため、長距離の送信や屋外から屋内など、障害物のある環境での通信が困難となります。また、テラヘルツ波帯の電波はカバー範囲が狭いため、ユーザーの移動がある場合、途切れなく通信を実現することが困難です。このような課題を克服するためには、テラヘルツ波信号を透過的に分配・送信することが重要ですが、これまでこれらを効率よく実現する技術はありませんでした。

【今回の成果】

今回、NICT、住友大阪セメント、名古屋工業大及び早稲田大は共同で、テラヘルツ波信号を光信号に変換し、様々なアクセスポイントに透過的に分配・送信する技術を確立することに世界で初めて成功しました。

要素技術の一つ目は、共同開発した、テラヘルツ波を光信号に変換するテラヘルツ波-光変換デバイスで、強誘電体電気光学結晶(ニオブ酸リチウム)を利用した高速光変調器*4です(図1参照)。結晶の厚さを従来比5分の1以下である100マイクロメートル以下とすることで、285ギガヘルツのテラヘルツ波にも対応可能な高速性を実現しました。

二つ目は光ファイバ無線技術で、テラヘルツ波信号の行き先を変更できる機能を付加した点です。テラヘルツ波信号を搬送するために、波長可変レーザにより生成した異なる波長のレーザ光を用い、波長を切り替えることで、テラヘルツ波信号をスムーズに切替え可能にしました。これにより、特定の波長が割り当てられた異なるアクセスポイントすなわちユーザーの位置に応じて配信することが可能になります。

これらの開発技術を組み合わせることで、4QAM変調*5で毎秒32ギガビットの大容量テラヘルツ波信号を直接光信号に変換し、異なるアクセスポイントに分配・送信する伝送システムの構築・実証に成功しました。また、テラヘルツ波の信号を10マイクロ秒以下という極めて短い時間で切り替えることができる可能性を示しました。

本成果を応用することにより、テラヘルツ波信号をあるアクセスポイントから他のアクセスポイントへ透過的に伝送することが可能となります。また、アクセスポイント間のテラヘルツ波信号の経路制御や切替えを行うことで、途切れることのない通信や省エネルギー化が期待されます。

【今後の展望】

今後は、今回確立したテラヘルツ波-光変換デバイスと光ファイバ無線技術を活用し、Beyond 5G時代の無線システムに向けた更なる高周波化、高速化及び低消費電力化を目指した技術検討を進めていきます。また、技術検討と並行し、国際標準化活動並びに社会展開活動を推進していきます。

なお、本実験結果の論文は、光ファイバ通信分野における世界最大の国際会議の一つである光ファイバ通信国際会議(OFC 2023、3月5日(日)~3月9日(木))で非常に高い評価を得て、最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)として採択され、現地時間3月9日(木)に発表しました。

<役割分担>

NICT: 光・無線直接伝送技術の設計・技術開発・実証実験・標準化活動
住友大阪セメント: 無線信号を光信号へ変換するデバイス、高速光変調器の設計・技術開発・標準化活動
名古屋工業大学: 光局発信号発生器、光ファイバ無線技術の研究開発
早稲田大学: 光ファイバ無線技術の研究開発

<採択論文>

国際会議: 第46回光ファイバ通信国際会議(OFC 2023) 最優秀ホットトピック論文(Postdeadline Paper)
論文名: Transparent Relay and Switching of THz-wave Signals in 285-GHz Band Using Photonic Technology
著者名: Pham Tien Dat, Yuya Yamaguchi, Keizo Inagaki, Shingo Takano, Shotaro Hirata, Junichiro Ichikawa, Ryo Shimizu, Isao Morohashi, Yuki Yoshida, Atsushi Kanno, Naokatsu Yamamoto, Tetsuya Kawanishi, Kouichi Akahane

<用語解説>

*1 透過的に分配・送信

テラヘルツ波が遮られる壁などの遮蔽物があった場合、その場所でテラヘルツ波を光信号に変換し、光ファイバで伝送した後に再度テラヘルツ波に変換することで、テラヘルツ波が遮蔽物を透過したと考えてシステムを構築することができる。このためには、光信号とテラヘルツ信号を何度も行き来できる多段のRoF*2システムを簡便な構成で構築することが必要である。

*2 光ファイバ無線(RoF: Radio over Fiber

無線信号で光信号を変調することで、無線信号を直接光ファイバで伝送する技術。携帯電話や地上デジタル放送の電波不感地帯対策で既に利用されている。
NICTでは、本技術と高速受光デバイスを利用し、空港滑走路上の異物を検知するレーダーシステムや高速鉄道へミリ波信号を送り届けるシステムの実現を報告してきた。

過去のNICTの報道発表

・2021年7月15日 ミリ波無線受信機を簡素化する光・無線直接伝送技術の実証成功
https://www.nict.go.jp/press/2021/07/15-1.html

・2018年4月26日 時速500kmでも接続が切れないネットワークの実現に目途
https://www.nict.go.jp/press/2018/04/26-2.html

*3 伝搬損失

電波が大気中を進む際、空気や空気中の水分などにより、吸収されたり、散乱されたりする。これにより、電波の強度は徐々に弱くなる。これを伝搬損失と呼ぶ。

*4 光変調器

入力した電気信号を光信号に重畳するデバイス。基幹光ファイバ通信等で利用されている。デジタルデータ信号だけでなく、無線信号等を光信号へ変換する際にも用いられている。
今回は、強誘電体電気光学材料(ニオブ酸リチウム)を薄くし、電極構造を最適化することで、285ギガヘルツの光・無線変換が可能な高速性を実現した。

*5 直交振幅変調(QAM: Quadrature Amplitude Modulation

光の位相と振幅を併用し複数のビットを表現する方式(多値変調)の一種。On-Off Keying(OOK)と呼ばれるOnとOffの2つの状態(1ビット)で情報(21=2通り)を示す方式に対して、4QAMは、1シンボルが取り得る位相空間上の点が4個で、1シンボルで2ビットの情報(22=4通り)が伝送でき、同じ時間でOOK方式の2倍の情報が伝送できる。

 


補足資料

1. 今回開発したシステムの基本構成

図4は、今回開発した伝送システムの概略図を表しています。

下記の手順により、285ギガヘルツ・毎秒32ギガビットのテラヘルツ波無線信号伝送を実現しました。

(1)光ファイバ無線信号送信機

275.2ギガヘルツの周波数間隔を持つ2波長を用い、一方の波長は9.8ギガヘルツの信号で変調し、もう一方は無変調とした。変調された信号と変調されていない信号を再結合し、周波数間隔285ギガヘルツ(=275.2+9.8ギガヘルツ)のRoF信号を生成した(図4 (1)の右上の図参照)。

(2)テラヘルツ波無線送信機

光ファイバを伝送後、テラヘルツ波変換部にて、高速光検出器をベースとした光電変換器により、RoF信号から285ギガヘルツのテラヘルツ波信号へ変換し、パワーアンプで増幅した。

(3)中継ノード

受信した信号は、RFプローブを用いて、新たに開発した高速光変調器に接続し、光信号に変換した。テラヘルツ波信号の変調と切替えには、制御回路を備えた波長可変レーザを使用した。変調された信号は増幅され、波長ルータに接続され、異なるアクセスポイントに転送された。

(4)アクセスポイント

受信した光信号は、別の高速フォトダイオードに入力され、再び285ギガヘルツのテラヘルツ波信号に変換された。この信号を増幅し、48 dBiのレンズアンテナで自由空間へ送信した。

(5)テラヘルツ波信号受信機

約5 m伝送した後、別のレンズアンテナで受信し、増幅した後、サブハーモニックミキサで10.2ギガヘルツに下方周波数変換した。最後に、信号を増幅してリアルタイムオシロスコープに送り、オフラインで復調した。

2. 実験結果

図5の実験結果のグラフは、異なる波長で送られてきた信号の誤り率を示しています。ビットレートが上がると誤り率が上がりますが、毎秒32ギガビットまではデータ伝送可能であることが示されました。誤り訂正前のエラーベクトル振幅値(EVM: Error Vector Magnitude、伝送誤りに相当)で、4QAMにおいては、オーバーヘッド20%で帯域幅32ギガビットに相当します。

(b)は、受信時の4QAM信号で、4つのシンボルがはっきり見えるほど信号品質が良い(エラー訂正が少なくて済む)ことになります。

(c)は、テラヘルツ信号の切替えを行っているところを可視化した図で、横軸が時間、縦軸が信号強度になります。途中くぼんでいる部分が切替えを行っているところ(データが止まっているところ)ですが、テラヘルツ波信号の切替えを10マイクロ秒以下で行える可能性を示しました。

銀河宇宙線ヘリウム 高精度観測に成功

著者: contributor
2023年5月9日 15:05

銀河宇宙線のヘリウム成分を250テラ電子ボルトまで直接観測に成功
30テラ電子ボルト以上でスペクトル軟化の兆候を検出

国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟搭載高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET)による測定

発表のポイント

国際宇宙ステーション・「きぼう」日本実験棟搭載の宇宙線電子望遠鏡(CALET)が、銀河宇宙線の一つであるヘリウムのエネルギースペクトルを250テラ電子ボルトまで高精度に観測することに成功し、30テラ電子ボルト以上でエネルギー軟化の兆候を検出しました。
陽子とヘリウムは核子当たりのエネルギーで60テラ電子ボルトまで、スペクトルの冪の変化においては同様な構造を持つことがわかりました。
一方で、冪の傾きが陽子とヘリウムでは異なっていることから高エネルギー領域では何か異なる加速・伝播機構がある可能性が生じたため、その理論的な検証が求められています。

早稲田大学理工学術院総合研究所主任研究員 小林兼好(こばやしかずよし)早稲田大学名誉教授・CALET代表研究者 鳥居祥二(とりいしょうじ)、シエナ大学研究員 Paolo Brogi、と宇宙航空研究開発機構(JAXA)及び国内他機関、イタリア、米国の国際共同研究グループ(以下、本研究グループ)は、国際宇宙ステーション(ISS)・「きぼう」の船外実験プラットフォームに搭載された宇宙線電子望遠鏡(以下、CALET*1:高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)を用いて、銀河宇宙線*2のヘリウムのエネルギースペクトル*3を250テラ電子ボルトまで高精度に観測し、30テラ電子ボルト*4以上の領域でエネルギースペクトル軟化*5の兆候を観測しました。

本研究成果は、アメリカ物理学会発行の『Physical Review Letters』に、“Direct Measurement of the Cosmic-Ray Helium Spectrum from 40 GeV to 250 TeV with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station”として、2023年4月27日(木)<現地時間>にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

宇宙線は星の進化の過程で生成された元素が、特にその最終段階で超新星爆発などにより宇宙空間にばら撒かれ、超新星残骸で生成された衝撃波によって加速されると考えられています*6。しかし、この衝撃波加速やその後の宇宙空間への拡散などについては、まだまだ不明な部分が多く、その解明には宇宙線諸成分のエネルギースペクトルの高精度観測が不可欠です。

宇宙線の生成、加速、伝搬過程は「超新星残骸における衝撃波によって加速され、銀河磁場によって拡散的に伝播して銀河外へ漏れ出す」という”標準モデル”による理解が進められてきました。このモデルでは、地球で観測される宇宙線スペクトルの形状は単調な冪(べき)型のスペクトル*7が予測されます。しかし、この予測に反する数100ギガ電子ボルトにおけるスペクトルの単一冪からのズレとして、宇宙線の主成分である陽子やいくつかの原子核についてはテラ電子ボルト領域に至る漸次的な「スペクトル硬化*8」が報告されています。これは”標準モデル”では理解できない結果であり、宇宙線の加速・伝播機構モデルについてパラダイムシフトの必要性を示唆しており、その解釈をめぐって現在活発な研究が繰り広げられています。

「きぼう」で定常観測を継続するCALETはこれまでの実験に比べ、高精度なエネルギースペクトルの直接観測に成功してきました*9。既に陽子を始め、ホウ素、炭素、酸素でスペクトル硬化を報告しており、スペクトル硬化の高精度観測に注目が集まっています。さらに陽子ではエネルギーのより高い領域で「スペクトル軟化」も観測され、昨年発表しました。

近年の目覚ましい発展により明らかになってきた、エックス線やガンマ線を含む宇宙における高エネルギー放射の最終的な理解には、その源となっている荷電宇宙線の理解が必須となります。これは、電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトルが主に、黒体輻射に代表される熱的放射を観測しているのに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速と伝播が隠されているためです。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

陽子ではエネルギーの高い領域で新たにスペクトル軟化が観測されましたが、陽子固有の現象なのか、スペクトル硬化のように複数の原子核で共通の現象なのか、陽子の次に重い原子核、ヘリウムにも同様にスペクトル軟化の傾向があるのかが注目されています。2021年にはDAMPE(DArk Matter Particle Explore)*10実験によりヘリウムのテラ電子ボルト領域に至る漸次的なスペクトル硬化および30テラ電子ボルト付近からスペクトル軟化の兆候が報告されました。そこで今回我々はヘリウムの高精度解析を行い、40ギガ電子ボルトから250テラ電子ボルト*2と、DAMPE実験が観測した80テラ電子ボルトよりも高いエネルギー領域まで、宇宙線ヘリウムスペクトル*3、4の高精度直接観測に成功しました。

CALETによって科学観測を開始した2015年10月13日から2022年4月30日までのデータを用いて、測定されたヘリウムのエネルギースペクトルを図1に示しました(赤点)。灰色のバンドはCALETの観測に伴う現時点での系統誤差を含む全誤差です。青色で示したDAMPE実験とは絶対値も誤差の範囲内で一致しています。さらにDAMPE実験が観測した80テラ電子ボルトよりも高い、250テラ電子ボルトまでスペクトル軟化の傾向が続いていることを明らかにしました。

図2では昨年発表した陽子のデータを用い、陽子とヘリウムの比の核子当たりのエネルギースペクトルを示しました(赤点)。先行実験から大幅に誤差を縮小し、傾きが大きく変わることなく核子当たり60テラ電子ボルトを超える領域まで続くことがわかりました。また、図からわかるように、エネルギーの増大とともに陽子に対するヘリウム割合が増えていることがわかります。”標準モデル”からは変化しないことが予測されることから、陽子とヘリウムには高エネルギー領域では何か異なる加速・伝播機構があるということを示唆しており、今後に理論的な検証が必要な課題となっています。

(3)そのために新しく開発した手法

CALET は世界で初めて宇宙機に搭載された宇宙線シャワーを可視化できるカロリメータ型の観測装置です。これまでは磁石を採用したマグネットスペクトロメータ型のPAMELA とAMS-02 が、電荷の正負の判定による反粒子を含む観測に現在成果を挙げていますが、カロリメータ型装置は、電荷の正負の判定ができないものの、よりエネルギーの高いテラ電子ボルト以上まで可能です。CALETはこれまで高精度観測が困難で未開拓な領域であったテラ電子ボルト領域での観測を行い、ヘリウムのスペクトル軟化兆候を得ることができました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究グループによる今回の成果は、CALETが昨年発表した宇宙線の主成分である陽子の10テラ電子ボルト以上でのスペクトルの軟化に続き、ヘリウムでもスペクトルの軟化が起こっている兆候を観測しました。陽子とヘリウムは核子当たりのエネルギーで250テラ電子ボルトまで、スペクトルの冪の変化においては同様な構造を持つことがわかりました。スペクトルの軟化が何らかの共通の原因で陽子とヘリウムで起こっており、今後、宇宙線の加速・伝搬機構の議論が活発化することが予想されます。

(5)今後の課題

スペクトル硬化の現象はこれで陽子、ヘリウム、ホウ素、炭素、酸素で観測されました。これまでの宇宙線加速・伝播機構の理論的解釈では、”標準モデル”により説明することが難しく、新たな加速もしくは伝播機構による解明が急がれています。今のところCALETでは酸素より重い原子核である、鉄、ニッケルでは観測されておらず、より高いエネルギー領域でスペクトル硬化が起こるのか、検証を進めてきます。

一方で、陽子、ヘリウムのスペクトル軟化の1つの解釈として、”標準モデル”による超新星残骸における衝撃波加速は、電荷に比例した加速限界を予見します。超新星残骸で達成可能な最高エネルギーは典型的に、陽子で60テラ電子ボルト、ヘリウムで120テラ電子ボルトと見積られています。一方で地上観測実験により3ペタ電子ボルト付近でスペクトル軟化(スペクトルの形状が足の膝に似ているので、ニー:Kneeと呼ばれている。) が測定されています。これは超新星残骸での衝撃波加速が限界を迎え、宇宙線組成が電荷に比例して軽原子核からより重原子核へシフトすることによる構造と考えられています。地上観測実験では粒子の判別が困難なため、上記の超新星残骸モデルの検証には、陽子、ヘリウムを始めとする原子核の系統的なスペクトル軟化を宇宙空間で計測するCALETによる観測は決定的な役割を果たすことができます。

CALETは今後、さらにデータを蓄積し、また高エネルギー側での系統誤差を減らすことにより、酸素よりも重い重原子核成分の核子あたり10テラ電子ボルト付近でのエネルギー硬化、また核子あたり10テラ電子ボルトを超えるエネルギー領域の陽子・ヘリウムスペクトル軟化を高精度に決定することで、さらなる宇宙線加速、伝搬機構の検証を目指します。

(6)研究者のコメント

本研究で観測しているエネルギー領域の宇宙線は超新星爆発が起因で、地球に届く過程で加速、伝搬が起こり地球にたどり着くため、宇宙線を観測すると宇宙の多くのことがわかります。CALETでの観測で電子、陽子、今回のヘリウムを始めさまざまな原子核でのスペクトルを解明してきました。これからも安定的な観測を続け宇宙の謎を解明していきたいと考えています。

(7)用語解説

1:CALET(高エネルギー電子・ガンマ線観測装置)

2015年8月にISS・「きぼう」に搭載され、同年10月より宇宙線観測を開始した宇宙線電子望遠鏡「CALET」は、日本の宇宙線観測としては初めての本格的な宇宙実験で、すでに7年以上安定的な観測を行っています。高エネルギー電子の高精度観測に最適化されたユニークな装置ですが、確実な電荷決定と広いエネルギー測定範囲により、陽子や原子核成分の観測にも強力な性能を有しています。CALETの主となる検出装置は「カロリメータ」と言い、ここに飛び込んでくる宇宙線を捉えて観測することになります。カロリメータは、図3のように3つの層からできています。

図3の第1の層(CHD)では粒子の電荷を測定し、入射粒子の電荷を測定します。第2の層(IMC)では、主に粒子が飛んできた方向を測定します。そしてもっとも厚みのある第3の層(TASC)で、宇宙線が吸収されて生じる「シャワー」の発達の様子からその宇宙線のエネルギーや種類を特定します。この3つの層から得られる情報を統合することで、その宇宙線についてかなり広範囲に理解することが可能と考えています。特に第三の層の厚さや使われている物質と信号の読み出し方法によって、どれだけ高いエネルギーの粒子まで観測することができるかが決まります。CALETはとりわけこの点においてCALET以前の観測装置に比べて高い性能を保有しています。

2:宇宙線

宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは原子よりもさらに小さい陽子や電子などの粒子で、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果があがっています。宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。

3:スペクトル

本稿ではすべてエネルギースペクトルの意味で用いています。横軸をエネルギー、縦軸を流束とした図をエネルギースペクトルと言います。宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、その冪の値は大体 -2.7程度ですので、高いエネルギーになるにつれ急激に流束が減少します。

4:電子ボルト

エネルギーの単位です。1ボルトの電位差を抵抗なしに通過した際に電子が得るエネルギーが1電子ボルトです。ここではその109倍のギガ電子ボルト、1012倍のテラ電子ボルト、1015倍のペタ電子ボルトのエネルギー領域を扱っています。

5:スペクトル軟化

スペクトル硬化とは逆に、冪の絶対値が大きくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が増えていくことを示します。

6:宇宙線加速

高エネルギーの宇宙線がどこからきてどのように加速されたのか(=高いエネルギーを得たのか)についてのもっとも有力な説明は、「超新星爆発」です。超新星爆発とは、質量の大きな星がその一生の最後に起こす爆発で、そのとき甚大なエネルギーが放出されます。そのエネルギーによって加速されて地球まで飛んできた粒子が高エネルギーの宇宙線だと考えられていますが、加速されるメカニズムの詳細については、まだわからない点が多く残されています。

7: 冪型スペクトル

変数xに対しする分布関数がxα になる分布を、冪の値がαの冪関数型分布と呼びます。変数をエネルギー(E)にとった場合の流束の分布をエネルギースペクトルと言い、宇宙線スペクトルは冪形状となっていて、Eγで表されます。冪の値はマイナスでγの値は2.7程度であるので、高いエネルギ―になるにつれ急激に流束が減少します。電波や赤外・可視光等の電磁波スペクトルが主に、黒体輻射に代表される熱的放射を観測しているのに対し、冪型スペクトルによって特徴づけられる非熱的放射の背景には必ず宇宙線の加速と伝播が隠されているためです。

8:スペクトル硬化

冪の絶対値が小さくなる方向のスペクトル変化を表し、エネルギーに対する流束の減少割合が減っていくことを示します。

9:これまでのCALETによる宇宙線諸成分(電子、水素(陽子)、炭素、水素、鉄、ニッケルなど)の観測
10: DAMPE

中国科学院が2015年12月に打ち上げた宇宙線観測を目的とした初めての科学観測衛星。

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review Letters 130, 171002, (2023)
論文名:Direct Measurement of the Cosmic-Ray Helium Spectrum from 40 GeV to 250 TeV with the Calorimetric Electron Telescope on the International Space Station
執筆者名(所属機関名):O. Adriani et al. (CALET Collaboration), Corresponding Authors: K. Kobayashi, P. Brogi
掲載日時(現地時間):2023年4月27日(木)
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.130.171002#fulltext
DOI10.1103/PhysRevLett.130.171002

(9)研究助成

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名:CALET長期観測による銀河宇宙線の期限解明と暗黒物質探索
研究代表者名(所属機関名):鳥居祥二(早稲田大学)

 

従来比1/17のサイズに-シリコン光回路

著者: contributor
2023年4月27日 14:46

低消費電力AIを実現するシリコン光回路を従来比17分の1のサイズにコンパクト化、AIの基本動作の実証に成功

株式会社KDDI総合研究所(本社:埼玉県ふじみ野市、代表取締役所長:中村 元)と学校法人早稲田大学(本部:東京都新宿区、理事長:田中 愛治、責任者:宇髙 勝之 教授)は、AIの低消費電力化と高速化の実現を目指し、従来比で約17分の1の面積の光AIアクセラレーター用シリコン光回路を試作し、時系列データの予測を行うことに成功しました。AIの活用は拡大の一途をたどっており、莫大な数のコンピューターが必要とされています。KDDI総合研究所と早稲田大学はさらなる研究開発を進め、低消費電力、高速な光AIアクセラレーターの実用化に向けた基盤技術の確立を目指していきます。

【背景】

自然な文章を生成するAIを使ったチャットボットが公開され、世界中の注目を集めています。このような最先端を走るAIを動作させるためには莫大な数のコンピューターが必要であり、消費電力の削減や処理の高速化が課題となっています。一般に用いられるAIは電子回路上で動作していますが、一部の演算を光回路に置き換える光AIアクセラレーターは、消費電力の削減に有効で、かつ学習や推論の高速化が可能なことから、研究開発が盛んになっています。

中でもシリコン上に形成した光回路は、電子回路や他の光素子との集積化が容易な上、小型化できると期待されています。一方で光アクセラレーターを実用化するには、大規模に集積しやすくする必要があり、より一層の小型化が求められています。

【今回の成果】

KDDI総合研究所と早稲田大学は、従来比で約17分の1の面積の光AIアクセラレーター用シリコン光回路を試作し、時系列データの予測を行うことに成功しました。シリコン上に光回路(面積:0.25mm×0.92mm)を試作し、性能比較のため標準的に用いられているタスクであるSanta Fe波形(注1)の予測をさせたところ、正解データと予測データの誤差が非常に小さく、その構造の有効性を示すことができました。

【回路面積縮小の工夫】

これまで研究されてきたシリコン上に形成した光回路では、AIのモデルの一つであるリザバーコンピューティング(注2)を動作させるために、現在の情報と過去の情報を混ぜ合わせる必要があり、以下のいずれかの構造を採用していました。

  1. 信号をネットワーク状に形成された光回路で何度も混ぜ合わせる構造

現在の情報と過去の情報が効果的に混ざるようなタイミングとするためにネットワークの節間の距離を確保する必要があり、素子面積が広くなる(16mm2)。ニューロン数(神経細胞数)を増やすとさらなる面積が必要。

  1. 長い渦巻き状マルチモード光導波路構造

進む速度が異なる光波が多数存在できるマルチモード光導波路の性質を利用して現在の情報と過去の情報とを混ぜ合わせるために長い(4cm程度)光導波路が必要とされる。渦巻き状に収容しても2mm ×2mm 程度の面積が必要。

今回の試作では、構造2に比べて導波路幅を2倍広くし、さらには蛇行状の導波路構造を採用して長さを調整することにより、短い導波路長でゆっくりと進む光波(高次モード)を多数発生させ、さらには信号の高速化することで現在の情報と過去の情報が十分に混ざり合うように設計しました。

なお、今回の成果は米国サンノゼで開催される光エレクトロニクス関連の総合的な国際学術会議CLEO2023(The Conference on Lasers and Electro-Optics)において採択され、2023年5月8日(現地時間)に発表します。

【今後の展望】

光AIアクセラレーターがさまざまなシーンで利用されるように、光回路の構造探索や規模拡大を進め、GPUベースのAIアクセラレーターに比べて10分の1の低消費電力、かつ高速な光AIチップの基盤技術の確立を目指します。

■ KDDI総合研究所の取り組み

KDDI総合研究所は、2030年を見据えた次世代社会構想「KDDI Accelerate 5.0」を策定し、その具体化に向け、イノベーションを生むためのエコシステムの醸成に必要と考えられる「将来像」と「テクノロジー」の両面についてBeyond 5G/6Gホワイトペーパーにまとめました。新たなライフスタイルの実現を目指し、7つのテクノロジーと、それらが密接に連携するオーケストレーション技術の研究開発を推進します。今回の成果は7つのテクノロジーの中の「ネットワーク」に該当します。

■ 早稲田大学の取り組み

早稲田大学では、現在全学でカーボンニュートラル社会を目指した研究教育体制の構築に取り組んでいます。その中で、一層進展する高度情報化社会のための低消費電力大容量ネットワーク技術と並んでAIなどの高度情報処理技術の高速化・低消費電力化が不可欠と考えており、シリコンフォトニクス集積回路(SiPIC: Si Photonic Integrated Circuits)を用いた光信号処理デバイス技術の検討と実証を目指しています。

 

(注1)1992年に米国のSanta Feで開催された時系列予測コンテストにおいて使用された時系列データで、不安定なレーザーから出力されたパワー変動を記録したもので、予測性能を評価するときに標準的に用いられるデータの一つ。

(注2)時系列データの予測に主に適用される機械学習の手法の一つで、入力層、リザバー層(ランダムにニューロンが接続された層)、出力層からなる構造を有する。学習により出力層の結合の重みだけを変える単純さが特徴で、それにより高速な学習が可能となる。

アルファ線飛跡をリアルタイム画像に

著者: contributor
2023年4月27日 10:50

世界初 物質中のアルファ線飛跡のリアルタイム画像化に成功

アルファ線内用療法など、様々な研究分野への応用に期待

発表のポイント

  • 世界で初めて物質中のアルファ線の飛跡をリアルタイムで画像化することに成功
  • 新しい高分解能放射線イメージング検出器の開発により実現
  • アルファ線内用療法*1など、今後様々な研究分野への応用に期待

早稲田大学理工学術院の山本 誠一(やまもと せいいち)上級研究員(研究科教授)および片岡 淳(かたおか じゅん)教授らのERATO片岡X線ガンマ線イメージングプロジェクト(研究総括:片岡 淳教授)は、東北大学未来科学技術共同研究センターの吉野 将生(よしの まさお)准教授、鎌田 圭(かまだ けい)准教授、吉川 彰(よしかわ あきら)教授、矢島 隆雅(やじま りゅうが)大学院生、名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻の中西 恒平(なかにし こうへい)助教と共同で、高分解能放射線イメージング検出器を開発し、放射線の一種であるアルファ線が物質中を飛んでいる様子(飛跡)を短時間間隔の連続画像(リアルタイム画像)として可視化することに成功しました。アルファ線は、物質中では数十マイクロメートル程度と極めて短い距離しか飛ばないことから、アルファ線の物質中の飛跡をリアルタイムで観察することは、これまで不可能と考えられていました。今回、研究チームが新しいイメージング検出器を開発し、世界で初めてイメージングを可能にしたことで、今後、アルファ線を用いた放射線治療*2など、様々な科学分野への応用が期待されます。

本研究成果は、2023年4月26日(水)午前10時(英国時間・夏時間)にネイチャー・パブリッシング・グループのオンライン総合科学誌『Scientific Reports』で公開されました。

論文名:Development of an ultrahigh resolution real time alpha particle imaging system for observing the trajectories of alpha particles in a scintillator
DOI:10.1038/s41598-023-31748-9

(1)これまでの研究で分かっていたこと

アルファ線はX線やガンマ線などの放射線の一種で、最近では放射線治療の分野で注目されています。アルファ線は、物質中で飛んでから止まるまでの距離が数十マイクロメートルと極めて短い上に、放射線のエネルギーが高く、短い距離で大きなエネルギーを与えるので、細胞などが受けるダメージが大きいと考えられています。一方で、この性質を放射線治療に利用して、アルファ線を放出する核種をがん患者に投与して治療するアルファ線内用療法の研究も進んでいます。

アルファ線が放出される場所を短時間で特定し、飛ぶ範囲を確認するためには、アルファ線が物質中を線状に飛んでいる様子(飛跡)を観察する必要がありました。しかし、短時間間隔の連続画像(リアルタイム画像)で観察する技術は、これまで存在しませんでした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、新しいイメージング検出器の開発により、アルファ線が実際に物質中を飛ぶ様子をリアルタイムで画像化することに成功しました。

(3)そのために新しく開発した手法

開発したアルファ線飛跡イメージング装置では、図1のように、放射線が当たって光を放出する透明な材料(シンチレータ*3)にアルファ線を当てます。これまで、アルファ線がシンチレータに入射しても飛跡が短く発光も微弱なため、この発光から線状の飛跡を明瞭に画像化することは困難と考えられていました。今回、アルファ線の飛跡画像化に適したシンチレータを開発し、これに超高感度カメラと超高倍率の画像拡大装置を組み合わせ、アルファ線がシンチレータ中を飛んだときに発生する短い飛跡の微弱な発光を、細長い鮮明な線状の画像として得ることに成功しました。

図1 開発したイメージング装置の原理図:アルファ線入射によりシンチレータ中に生じる短く微弱な発光を、超高感度カメラと超高倍率画像拡大装置の組み合わせにより、細長い線状の飛跡画像として測定

その結果、図2のようにシンチレータ中のアルファ線の飛跡を、一秒以下の明瞭な連続画像として得ることに成功し、動画として観察できるようになりました。

図2 アルファ線が物質中を飛ぶ画像(0.5秒測定):白色の細長い部分がアルファ線の飛跡

(4)研究の波及効果や社会的影響

開発した装置を用いると、粒子状のアルファ線放出核種からは、放射状に放出されるアルファ線画像が得られるものと期待されます。またアルファ線内用療法の細胞研究に応用すれば、腫瘍細胞などに取り込まれた核種から放出されるアルファ線の飛跡が画像化できる可能性もあります。

さらには、アルファ線の物質中の飛跡を、短時間の連続画像として画像化できるようになったことにより、高エネルギー物理実験分野などにも応用される可能性があります。今回のアルファ線飛跡の画像や動画は、霧箱*4のように一般の方にもイメージしやすく、放射線に関する科学教育などへの利用も期待できます。

(5)今後の課題

今回得られた画像におけるアルファ線飛跡はいろいろな形状をしていますが、これはシンチレータへのアルファ線の入射角度が異なるためです。形状の違いを利用して、アルファ線がシンチレータに入射した角度が計算できるので、アルファ線飛跡の三次元分布評価も可能と考えています。またアルファ線画像の明るさから入射したアルファ線のエネルギーを求めることもできます。

一方で、本研究グループは、今回実験に用いたシンチレータの表面状態の改良を進めています。表面状態が悪いと光の散乱が起こり、画質が低下します。表面を滑らかにすることで、より鮮明にアルファ線の飛跡が見えるようになり、画像をさらに拡大することによって、今以上に細かいアルファ線飛跡構造を観察できる可能性があると考えています。

(6)研究者のコメント

私たちはこれまで、長年に渡り、アルファ線が飛ぶところを光学的にリアルタイムで画像化できないかと考えていました。今回、シンチレータ中を飛ぶアルファ線を一秒以下の短時間間隔で画像化できるようになり、ようやく夢が実現しました。今後も次なる夢の実現に向けて、世界初の画期的な放射線検出器を開発し続けたいと考えています。

(7)用語解説

*1 アルファ線内用療法
アルファ線を放出する放射性物質を患者に投与して、がんを治療する方法

*2 放射線治療
がん患者を、放射線を用いて治療する方法。放射線の種類としては、X線やガンマ線、粒子線などが良く使われるが、最近はアルファ線を放出する放射性物質を患者に投与する治療方法の研究が進んでいる。

*3 シンチレータ
放射線が当たることにより発光する物質。放射線の検出や画像化するときに用いられる。

*4 霧箱
荷電粒子による電離により、気体中に分散している微粒子が集まり大きな粒子をつくる現象(凝結作用)を用いて荷電粒子の飛跡を検出する装置

(8)論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Development of an ultrahigh-resolution, real-time alpha-particle imaging system for observing the trajectories of alpha particles in a scintillator
執筆者名:Seiichi Yamamoto1、Masao Yoshino2、Kei Kamada2、Ryuga Yajima2、Akira Yoshikawa2、Kohei Nakanishi3、Jun Kataoka1
1.早稲田大学 理工学術院
山本 誠一(論文責任著者)、片岡 淳
2.東北大学 未来科学技術共同研究センター
吉野 将生、鎌田 圭、吉川 彰、矢島 隆雅
3.名古屋大学 大学院医学系研究科総合保健学専攻
中西 恒平
掲載日時(英国時間・夏時間):2023年4月26日(水)午前10時
DOI:10.1038/s41598-023-31748-9

(9)研究助成

本研究は、戦略的創造推進事業 ERATO「片岡ラインX線ガンマ線イメージング」(R3~8年度;グラント番号 JPMJER2102)、科学研究費補助金基盤研究(B)「チェレンコフ光閾値以下のエネルギーの放射線照射による水の発光現象の医療応用」(R4~8年度;グラント番号22H03019)、および科学研究費補助金基盤研究(A)「マイクロ共晶体構造を応用した量子線弁別型超高解像度イメージング装置の開発」(R1~5年度;グラント番号19H00672)の支援を得て実施したものです。

Nature Communications誌のTop 25 Life and Biological Sciences Articles of 2022に選出

著者: contributor
2023年4月20日 12:02

2023年4月1日より本学に着任した理工学術院 先進理工学部 電気・情報生命工学科の水内良 専任講師らの論文が、2022年にNature Communications誌に掲載された生命・生物科学分野の論文のうち、もっともダウンロードされた25報である「Top 25 Life and Biological Sciences Articles of 2022」に選ばれました。生命・生物科学分野(Life and Biological Sciences)は、Nature Communications誌が設定した7つの分野:Health Sciences、SARS-CoV-2、Life and Biological Sciences、Social Sciences and Human Behaviour、Chemistry and Materials Sciences、Earth, Environmental, and Planetary Sciences、Physicsのうちのひとつになります。

選出された論文について

【表題】Evolutionary transition from a single RNA replicator to a multiple replicator network

【著者】Ryo Mizuuchi, Taro Furubayashi and Norikazu Ichihashi

【誌名・巻号等】Nature communications, 13(1), 1460 (2022)

水内講師は「原始地球において生命がどのように生まれたか」という、生命の起源をひもとく研究、特に、RNAなどの単純な生体分子から複雑な生命システムが生まれる道筋について、その解明に取り組んでいます。理論的には、このような進化の複雑化は、新しい複製因子が次々と登場し、互いに影響しあって複製ネットワークを形成することで起こりえると考えられていますが、その実証は困難でした。

本論文では、単純化したRNA複製システムを試験管内に構築し長期的に進化実験を繰り返すことで、複製→複製エラーによる突然変異と新たな形質の獲得→特定の変異と形質を持つ複製体の増加による進化を観察しました。その結果、突然変異により複製酵素の遺伝子が壊れた「寄生体RNA」が出現すること、またそれらの寄生体RNAが正常な宿主RNAの複製を一部阻害するものの、継代サイクルを240回転しRNAが約600世代の進化を経た後には、宿主と寄生体が共存した5種類のRNAに分岐して安定し、互いに複雑な複製ネットワークを形成することを明らかにしました。

今後さらに、これら複製システムが置かれる場=進化が起こる環境(区画構造)を工夫することで、どのような環境で進化が促進されるか、あるいはより長いRNA構造の獲得につながるか等の検討を進めることができると考えられます。

試験管内で自己複製するRNAが複雑なネットワークへと進化する様子を示した模式図

図 試験管内で自己複製するRNAが複雑なネットワークへと進化する様子を示した模式図(画像提供:水内良)

特集Feature Vol.25 水素貯蔵材料で持続可能なエネルギー社会の実現へ

著者: contributor
2023年4月12日 09:17

エネルギー材料科学者
花田 信子(はなだ のぶこ)/理工学術院 専任講師

水素貯蔵材料で持続可能なエネルギー社会の実現へ

質問に丁寧に答える花田信子先生2023年現在、地球温暖化の原因と考えられている温室効果ガス削減に向け、「カーボンニュートラル」が世界的潮流となっています。カーボンニュートラル実現に向けた方策のひとつに挙げられるのが、水素の利用です。再生可能エネルギーを利用して水素を製造し、燃料電池等を用いて電気や熱エネルギーを取り出す。その反応過程において、二酸化炭素は発生しません。第19回(令和四年度)日本学術振興会賞を受賞した先進理工学部の花田信子 専任講師は、水素を利用しやすくするための水素吸蔵・放出材料やその工業化プロセスを研究しています。研究テーマを選んだきっかけや、取り組みについて伺いました。(取材日:2023年2月9日)

専門を決めたのは、大学1年生のときの授業

高校生の頃から、じっくりと考え、解くことで答えを導き出すことができる物理や数学が好きでした。大学受験に至っても、物理も数学も好きなままで、最後までどちらにも決めきれなかったため、入学後に専門を決められる大学を選びました。専門を決める契機は、いざ入学し、さてどうしようか、と思いながら何気なく履修した教養の授業。燃料電池の実用化に向けた水素吸蔵の話を聞き、物理に進んだら学問を社会に活かすためのモノづくりができるのではないかと、興味をもちました。卒業研究配属で、水素吸蔵の講義をしていた先生の研究室に入り、現在に至るまで、水素吸蔵をキーワードに未来のエネルギー問題について考え、試行錯誤する日々を送っています。

室温で動作する高容量の水素吸蔵合金

卒業研究では、水素吸蔵材料であるマグネシウム(Mg)合金について、混合条件の最適化を研究することにしました。学会発表等の経験を積んで研究が楽しくなり進んだ大学院では、材料を水素化マグネシウム(MgH2)に絞り、その特性を向上させる研究を進めました。

MgH2は、重量あたりの水素吸蔵量は大きいものの、表面活性が低く水素吸蔵・放出反応速度が遅いことが欠点で、特性向上のために触媒を添加する必要がありました。当初は、触媒材料として鉄やコバルト、ニッケル等の金属ナノ粒子を用い、短時間のボールミリング法でMgH2と合成する手法を研究していました。良い成果をまとめられたので、さらに良い材料がないかと検討していたところ、金属酸化物でも触媒機能が発現するという報告を読み、Nb2O5を試してみることにしました。従来はボールミリングの時間を短縮できることをメリットと考えていましたが、Nb2O5については、長時間行った場合にのみ十分な触媒特性が得られる、という結果になりました。なぜ長時間必要なのかと、化学状態や分布状態を丁寧に評価してみたところ、Nb2O5がMgH2によって還元されてNbO等になり、それがMgH2表面にナノレベルで均一に分散されて、触媒機能を発現していることが分かりました。さらに、水素放出特性については、これまで400度程度に温度を上げる必要があったところ230度まで上げれば動作し、水素吸蔵特性では、通常300度前後で動作させるところ、室温での動作確認ができたのです。反応速度も十分であり、これだ、という結果が得られた瞬間でした。

触媒添加したMgH2の水素吸蔵放出特性

触媒添加したMgH2の水素吸蔵放出特性

実用化に向けて

博士号取得後は、扱う材料を少しずつ変えたり、より大容量の水素を得るために液体アンモニア(NH3)の電気分解に挑戦したり、さらには水素精製・貯蔵システム設計運用に取り組んでみたりしながら、評価・分析技術を磨いていきました。

早稲田大学には2017年に着任し、現在は、アンモニアや水素吸蔵合金を中心に実用化に向けたプロセスの改善を進めています。また、Mgの研究を再開するに至りました。そのひとつとして、ボールミリング法以外で同等の性能が出せる触媒添加Mgを作製する手法を探索しています。最終的に目指す姿・性能は見えていますので、そこに近づけるための要件をひとつずつ探しているところです。

また、もう一つのプロセス改善方針として、スケールアップのための水素貯蔵タンクの研究も進めています。大学の実験室では1g程の分量で試料を作り各種計測・分析を行っていますが、工業的には100kgやトン単位での製造が必要になります。1gのMgH2の粉であれば気になりませんが、100kgとなると、反応の過程での発熱・吸熱反応も無視できず、一定温度にするために、熱を取り除いたり加えたりする必要があります。また、MgH2は水素吸蔵・放出の過程で膨らんだり縮んだりしますが、くり返しにより試料がボロボロに割れて微粉化する現象が起こります。試料を入れたタンクの中で微粉化した粉が隙間を埋めて詰まり、ガチガチに固まってしまう結果、水素吸蔵・放出特性が落ちたり、タンクが割れてしまったりするという問題が起こります。この改善のため、溶液中でカーボンナノチューブとMgH2を混合してろ過し、乾燥させて薄いシート状にした試料を用いる手法を開発しています。

カーボンナノチューブは、直径が数ナノメートル、長さが数マイクロメートルの細長いチューブ状の材料で、MgH2はこのチューブの束の間でうまくからめとられるようにして固定されます。MgH2粒子は数マイクロメートルオーダーと、カーボンナノチューブと比べると大きいため、水素吸蔵・放出により割れて微粉化しても、カーボンナノチューブの束にからめとられたまま、動いたり落ちたりしないことが確認できています。さらに、タンクの中に入れたシート状試料に温度調節した水素ガスを直接送り込むことで、効率よく温めたり冷やしたりすることが可能となります。従来はタンクの外側からヒーター等で温度調節していたのですが、タンク自体を温めたり冷やしたりすることになるため効率が悪かったのです。また、水素ガスを用いることで、ガスとしての不純物も混ざらない、というメリットもあります。

水素を熱媒体としたMgH2水素貯蔵タンクの構造

水素を熱媒体としたMgH2水素貯蔵タンクの構造

学生ひとりひとりの個性に寄り添いながら

早稲田大学は私立大学でありながら、研究のレベルが高く、その一端を担っている学生の能力も高いです。学生同士での議論も活発で、その中から生まれる面白いアイデアが研究の幅を広げてくれます。学生自身が主体的に自分で課題を考え、解決する方法を考えられるように導くことができれば、教育者冥利に尽きますね。その方法は、学生ひとりひとり異なっており、個性に寄り添いながら、見つけていきたいと思っています。また、様々な計測機器を有する物性計測センターも研究を進める上での大きな力になっています。センター技術職員の中には、博士号を持っている方もいて、ある程度研究を理解して対応してくださるので、非常に助かっています。学生が機器を使う際にも、たくさんのアドバイスをしてくださいます。
このような良い環境に身を置けていますので、全力で社会の役に立つ研究を進めていきたいと思っています。

学生とのディスカッション風景

学生たちと議論する様子

プロフィール

花田信子先生花田 信子(はなだ のぶこ)
広島大学大学院先端物質科学研究科量子物質科学専攻博士課程修了、博士(学術)取得。広島大学自然科学研究支援開発センター 産学連携研究員、ドイツ・カールスルーエ研究所ナノテクノロジー研究所 客員研究員、上智大学理工学部機能創造理工学科 研究プロジェクトポストドクター、筑波大学大学院システム情報工学研究科構造エネルギー工学専攻 助教を経て、2017年から早稲田大学先進理工学部応用化学科 講師、2021年から現職。専門は機能材料工学、プロセスシステム工学。第19回(令和4(2022)年度)日本学術振興会賞受賞。

 

 

代表論文
  • Natsuho Akagi, Keisuke Hori, Hisashi Sugime, Suguru Noda, Nobuko Hanada, “Systematic investigation of anode catalysts for liquid ammonia electrolysis”, Journal of Catalysis, 406 (2022) 222-230.
  • Kosuke Kajiwara, Hisashi Sugime, Suguru Noda, Nobuko Hanada, “Fast and stable hydrogen storage in the porous composite of MgH2with Nb2O5 catalyst and carbon nanotube”, Journal of Alloys and Compounds, 893 (2022) 162206.
  • Keisuke Yoshida, Kosuke Kajiwara, Hisashi Sugime, Suguru Noda, Nobuko Hanada, “Numerical simulation of heat supply and hydrogen desorption by hydrogen flow to porous MgH2sheet”, Chemical Engineering Journal, 421 (2021) 129648.
  • Nobuko Hanada, Yusuke Kohase, Keisuke Hori, Hisashi Sugime, Suguru Noda , “Electrolysis of ammonia in aqueous solution by platinum nanoparticles supported on carbon nanotube film electrode”, Electrochimica Acta, 341 (2020) 135027.
❌