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テラヘルツ帯に対応した無線通信システムを試作し、95GHz帯を用いた長距離・大容量伝送に成功

著者: contributor
2025年3月14日 13:53

テラヘルツ帯に対応した無線通信システムを試作し、
95GHz帯を用いた長距離・大容量伝送に成功

学校法人早稲田大学(理事長:田中 愛治、以下「早稲田大学」)理工学術院の川西 哲也教授の研究グループと、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(理事長:山川 宏、以下「JAXA」)研究開発部門センサ研究グループらは、テラヘルツ帯※1に対応した無線通信システムを試作し、4.4kmの距離で、大容量伝送を可能とする伝送速度4Gbpsの通信を実現しました(図1)。95GHz帯を用いた大容量通信において世界有数の通信距離※2を実証しました。

図1通信実験風景 ©早稲田大学/JAXA

次世代移動通信システムBeyond5G/6G※3システムにおいては、非地上系ネットワーク(NTN)※4の大容量通信を行うフィーダーリンク※5の一部を、テラヘルツ帯を用いた高速通信が担うことが期待されています。これまで、上空との通信にはXバンド(8GHz帯)やKaバンド(26GHz~40GHz)が利用されてきましたが[1][2]、利用可能な周波数の帯域幅が限定されているため、伝送速度は数百Mbpsから数Gbpsが限界となっています。我々は、図2に示すような高度20km程度以下の高高度プラットフォームシステム(HAPS:High Altitude Platform Station)や航空機に対するフィーダーリンクにおいて、テラヘルツ波を含む高い周波数帯の利用による伝送速度の向上を検討しています。具体的には、92GHz~94GHz、95GHz~100GHz、および102GHz~104GHzの周波数帯に対して、広帯域の複数チャンネルを活用することで、20Gbps以上の大容量通信を実現できます。

図2 地上系ネットワークとフィーダーリンク ©早稲田大学/JAXA

本研究においては、92GHzから104GHzのテラヘルツ領域までに対応するアンテナ、送信機および受信機を試作しました。長距離通信を担う高利得アンテナサブシステムとしては、図3に示すように、上空の飛行体に搭載可能な小型軽量の0.3m径カセグレンアンテナ※6と、地上局用の1.2m径カセグレンアンテナを開発し、最大出力を1Wとして設計した送信機と組み合わせました。今回は、周波数帯を95.375GHz~96.625GHz(中心周波数96GHz)に限定し、送信機の空中線電力は15mW(特定実験試験局で許可される範囲内の等価等方放射電力(EIRP)※7に対応)に設定して伝送実験を実施しました。実験では、6階建ビルの屋上(東京都小金井市)からスカイタワー西東京(東京都西東京市)までの4.4kmの距離に対して、帯域幅1.25GHzを使用したシンボルレート1Gシンボル/秒の条件で、変調方式QPSK(伝送速度2Gbps) および16QAM(4Gbps)を用いた伝送を確認しました。

(a)送信アンテナ(0.3m径;飛行体搭載用)

(b)受信アンテナ(1.2m径)

図3 アンテナサブシステムの外観 ©早稲田大学/JAXA

今後は、空中線電力1Wの送信機の試作などにより、伝送距離20kmおよび伝送速度20Gbpsの通信機能を実現するとともに、HAPSや航空機向けのフィーダーリンクに必要な飛行体へのアンテナ追尾技術の試作と改良を行います。将来的には、通信の大容量化により、地上で使用されているネットワーク回線(LAN)レベルの高速通信を上空まで延伸させることが可能になり、大規模災害時の広域通信基地局、山間部や離島への高解像度の映像の伝送など、上空の通信網を使った多様なサービスの創出が期待されます。

【研究プロジェクトについて】

本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー) )の革新的情報通信技術研究開発委託研究(JPJ012368C00302およびJPJ012368C04901)、および科学技術振興機構の先端国際共同研究推進事業ASPIRE (JPMJAP2324)により実施したものです。 

【各機関の主な役割】

早稲田大学:テラヘルツ帯に対応した送受信機の開発

JAXA:テラヘルツ帯高利得アンテナサブシステムの開発

【用語解説】

※1 テラヘルツ帯
おおむね周波数100GHzから10THz(波長にして3mm-30μm)の電磁波領域を指す。下限については、2019年に米連邦通信委員会(Federal Communications Commission、FCC)が、新しい技術の開発やサービス展開に向けて、95GHzを超える周波数帯の利用に対する新ルールを発表していることから[3]、95GHz程度の周波数を含むことも多い。

※2 世界有数の通信距離
従来、94GHzを用いた距離2.5kmの通信[4]および120GHz帯を用いた距離5.8kmの通信[5]が報告されていました。今回の実験では、95GHz帯を利用した1Gbps以上の伝送容量の通信において、4kmを超える世界トップレベルの通信距離を実証しました。

※3 Beyond5G/6G
近年、普及が進む移動通信システムは第5世代(5G)とよばれている。これに対して、次世代システムとしてBeyond5Gさらには 第6世代(6G)移動通信システムの開発が進められている。

※4 非地上系ネットワーク(NTN:Non-Terrestrial Network)
地上、海、空にある移動体を多層的につなげる通信ネットワークシステム。

※5 フィーダーリンク
地上局をゲートウェイとして高度プラットフォームシステムなどの飛行体や衛星との間で通信を行う一対一の通信。

※6 カセグレンアンテナ
主、副の反射器を持つパラボラアンテナの一種。

※7 等価等方放射電力(EIRP:Equivalent Isotropic Radiation Power)
送信機が特定の方向に放射する電力を、等方性アンテナが全方向に放射する電力に置き換えた値。

【参考文献】

[1] 国立研究開発法人情報通信研究機構、プレスリリース、”世界初、高度約4km上空から38GHz帯電波での5G通信の実証実験に成功”、2024年5月、https://www.nict.go.jp/press/2024/05/28-1.html
[2] 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構、サテナビお知らせ、 “先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)のKaバンド直接伝送系により3.6Gbpsの高速データ伝送に成功”、2024年7月、https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/news/2024/07/23/9544/index.html
[3] FCC, FCC press release, “FCC Takes Steps to Open Spectrum Horizons for New Services and Technologies”, https://docs.fcc.gov/public/attachments/DOC-356588A1.pdf
[4] X. Li et. al., “Delivery of 54-Gb/s 8QAM W-Band Signal and 32-Gb/s 16QAM K -Band Signal Over 20-km SMF-28 and 2500-m Wireless Distance,” in Journal of Lightwave Technology, vol. 36, no. 1, pp. 50-56, 2018.
[5] A. Hirata et al., “5.8-km 10-Gbps data transmission over a 120-GHz-band wireless link,” 2010 IEEE International Conference on Wireless Information Technology and Systems, Honolulu, USA, 2010.

「放射化イメージング」でマウス体内の金ナノ粒子を可視化

著者: contributor
2025年3月14日 11:14

「放射化イメージング」でマウス体内の金ナノ粒子を可視化
がん治療薬の長期的な動態イメージングに向けて

発表のポイント

  • がん治療薬を腫瘍へ運ぶ金ナノ粒子のイメージング技術をマウス実験で実証
  • これまで困難だった核医学治療薬(アルファ線放出核種)の長期動態追跡を実現
  • 様々な治療薬の長期的な体内動態をイメージングする手法としての応用に期待

概要

早稲田大学大学院先進理工学研究科博士後期課程1年の越川 七星(こしかわ ななせ)と、同大学理工学術院の片岡 淳(かたおか じゅん)教授らの研究チームは、大阪大学放射線科学基盤機構の豊嶋 厚史(とよしま あつし)教授、角永 悠一郎(かどなが ゆういちろう)特任助教(常勤)、加藤 弘樹(かとう ひろき)特任教授(常勤)、京都大学複合原子力科学研究所の高宮 幸一(たかみや こういち)教授らと共同で、薬剤キャリアである金ナノ粒子を直接可視化する「放射化イメージング※1」を提案し、実際に金ナノ粒子をマウスに投与して体内分布を可視化しました。

また、腫瘍をピンポイントで攻撃するアルファ線※2治療薬アスタチンAt-211を、放射化金ナノ粒子に標識※3することにも成功しました。これにより、これまで困難であったAt-211の長期的な動態追跡を実現しました。今後は様々な治療薬で、動態可視化への応用が期待されます。本成果をまとめた論文は、論文誌『Applied Physics Letters』の”Featured article”に選ばれたほか、AIP(米国物理学協会)発行の論文全体から顕著な成果を特集するScilight (Science highlight) で紹介されます。

本研究成果は、2025年3月12日(水)午前10時(米国東部標準時)に『Applied Physics Letters』のオンライン版で公開されました。

【論文情報】
雑誌名:Applied Physics Letters
論文名:Activation imaging of gold nanoparticles for versatile drug visualization: an in vivo demonstration
DOI:10.1063/5.0251048

図:金ナノ粒子のイメージング

これまでの研究で分かっていたこと

がんは、長きにわたって日本人の死因第一位であり、効果的で負担の少ない治療法が求められています。がんの治療法には様々なものがありますが、放射性の治療薬を投与して腫瘍へダメージを与える核医学治療は、手術が要らず副作用の少ない方法として注目されています。

近年、核医学の分野では、アルファ線を放出する治療薬が盛んに研究されています。アルファ線は狭い範囲に大きなエネルギーを与える放射線で、腫瘍だけを効果的に攻撃することが期待されます。中でも質量数211のアスタチン(At-211)は、国内のサイクロトロンで比較的簡単に製造できることから有望視されています。また、At-211はアルファ線だけでなく、エネルギー79 keV(キロ電子ボルト)のX線※2を放出します。マウスの体を透過してきたX線を検出することで、At-211を体の外からイメージングできます。

効果的かつ副作用の少ない治療を実現するには、At-211をはじめとする治療薬を腫瘍へ届け、集積させる必要があります。治療薬を腫瘍へ運ぶ「薬剤キャリア」として特に注目を集めているのが、ナノサイズ(直径が10-9 m程度)の金の粒子(金ナノ粒子)です。実際に、図1 (a)のように金ナノ粒子にAt-211を標識して腫瘍に投与すると、図1 (b)のように金ナノ粒子が腫瘍に留まり、高い治療効果が得られることがわかっています[1]。次のステップとして、マウス実験により集積から排出まで、数日間にわたる長期の動態を調べることが不可欠です。これまで、At-211からのX線を使ってAt-211標識金ナノ粒子のイメージングが行われてきました。しかし、At-211の半減期は7.2時間と短く、投与から2日後にはX線の強度は約1/100になってしまうため、数日間にわたる動態を追うことはできませんでした。また、この方法では体内でAt-211と金ナノ粒子が分離してしまっているかどうか調べられないことも問題でした。

図1:(a) At-211標識金ナノ粒子。At-211はアルファ線とX線を放出する。(b) At-211標識金ナノ粒子を投与したラットのイメージング結果(投与4時間後。Kato et al. (2021)[1]より転載)。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと

本研究では、金ナノ粒子の「放射化イメージング」により、At-211と金ナノ粒子の個別イメージング、そしてAt-211標識金ナノ粒子の長期的な動態追跡を目指しました。放射化とは、安定な原子を放射性同位体に変えることです。自然界に存在する金は質量数が197の安定な元素です。これに熱中性子(エネルギーの低い中性子)をぶつけると、金の原子核の一部が中性子を取り込んで質量数が198の金(Au-198)に変わります。Au-198は半減期が2.7日の放射性同位体で、エネルギー412 keVのガンマ線※2を放出します。金ナノ粒子に含まれる金の一部を放射性のAu-198に変え、ガンマ線を体外から検出することで、金ナノ粒子の体内分布を体外から可視化できます。

金ナノ粒子をイメージングする技術には、他にもトレーサー(放射性物質や造影剤)による標識やCTイメージング(コンピュータ断層撮影)があります。しかし、トレーサーが金ナノ粒子から外れてしまう可能性があること、CTでは金ナノ粒子が高濃度(mg/mL程度)でないとイメージングできないことが課題となっていました。放射化イメージングは金ナノ粒子を直接イメージングする手法であり、3桁も低い濃度(μg/mL程度)であってもイメージングができるという点で、これまでの制限を打破する方法となり得ます。At-211標識した放射化金ナノ粒子を図2 (a)に示します。79 keVのX線、412 keVのガンマ線を使ってAt-211と金ナノ粒子の分布を個別にイメージングし、At-211が金ナノ粒子から外れていないかを確認できると考えました。さらに、At-211は半減期7.2時間で急激に減衰しますが、半減期2.7日のAu-198は数日間ガンマ線を出し続けるので、At-211標識金ナノ粒子の集積と代謝を数日間にわたり追うことができます。

At-211と金ナノ粒子を独立にイメージングするには、数十 keVからMeV(メガ電子ボルト)付近まで、幅広いX線・ガンマ線を1台かつ同時に識別できる「広帯域のカメラ」が必要です。しかし、従来のSPECT(単一光子放射断層撮影)※4では約300 keV以下、PET(陽電子放出断層撮影)※5では511 keVのみと、イメージングできるX線・ガンマ線のエネルギーが限られていました。そこで、独自に開発した「ハイブリッド・コンプトンカメラ※6」をイメージング装置として用いました。ハイブリッド・コンプトンカメラは、低エネルギー(200 keV以下)用のピンホールモードと高エネルギー(200 keV以上)用のコンプトンモードの2種類の方法でイメージングができます。図2 (b)に示すように、装置は2枚の検出器(散乱体と吸収体)で構成され、散乱体には3×3 mm2の孔が空いています。低エネルギーのX線・ガンマ線は散乱体に当たると吸収され、孔を通ったものだけが吸収体に届くので、ピンホールカメラの原理でイメージングができます(図中①)。高エネルギーのガンマ線は散乱体でコンプトン散乱され、吸収体で吸収されます。散乱体・吸収体での検出エネルギーから散乱角を計算することでイメージングが可能です(図中②)。

図2:(a) At-211標識した放射化金ナノ粒子。(b) ハイブリッド・コンプトンカメラ。 低エネルギーのX線・ガンマ線は①のように、高エネルギーのガンマ線は②のように検出される。

新しく開発した手法と、それによる実証結果

本研究では、まずマウスに投与できる、極小サイズの金ナノ粒子を合成する手法を模索しました。試行を重ね、四塩化金酸(HAuCl4)を材料として粒径5 nm(ナノメートル)ほどの金ナノ粒子を安定的に合成することに成功しました。次に、京都大学研究用原子炉(KUR)[4]を用いて四塩化金酸を放射化し、同じ手順に沿って放射化金ナノ粒子を合成しました。続いて、At-211の標識で不可欠となる、メトキシポリエチレングリコール(mPEG)で放射化金ナノ粒子を表面修飾し、マウスの腫瘍に投与しました。ハイブリッド・コンプトンカメラで得られたガンマ線のエネルギースペクトルを図3 (a)に示します。412 keVにピークが見られ、放射化によるAu-198の生成が確認できました。投与9分後、4日後に、コンプトンモードでイメージングした結果を図3 (b)に示します。4日後も金ナノ粒子が腫瘍付近に留まっている様子をイメージングでき、これまで不可能であった長時間の動態追跡に有効な方法であることが示されました。

次に、放射化金ナノ粒子にAt-211を標識し、マウスの尾静脈から投与しました。投与9分後、2日後のガンマ線エネルギースペクトルとイメージング結果を図4に示します。投与9分後のエネルギースペクトルには、79 keV(At-211)と412 keV(Au-198)にピークが見られます。また、At-211と金ナノ粒子(Au-198)それぞれのイメージングに成功しました。79 keVのX線はピンホールモード、412 keVのガンマ線はコンプトンモードで解析することで、1回の測定でAt-211と金ナノ粒子の分布を個別に知ることができます。At-211と金ナノ粒子が概ね同じ位置に集積していることを確認できました。投与2日後のエネルギースペクトルでは、At-211の減衰によって79 keVのピークは非常に弱くなっている一方、Au-198由来の412 keVはピークの高さがあまり変わりません。イメージング結果では、At-211は減衰により分布を見ることができないのに対し、金ナノ粒子ははっきりとイメージングできています。このように、金ナノ粒子を放射化することで、At-211標識金ナノ粒子の長期的な動態追跡に成功しました。

図3:(a) 放射化金ナノ粒子のX線・ガンマ線エネルギースペクトル。(b) マウスに投与した放射化金ナノ粒子のイメージング結果(投与9分後、4日後)。

 

図4:(上)At-211標識した放射化金ナノ粒子のX線・ガンマ線エネルギースペクトルと、(下)At-211、放射化金ナノ粒子それぞれのイメージング結果(投与9分後、2日後)。投与2日後には減衰のためAt-211自体はイメージングできないが、キャリアである放射化金ナノ粒子がイメージングできる。

研究の波及効果や社会的影響

本研究では、At-211を放射化金ナノ粒子に標識することで、これまで困難であったAt-211と金ナノ粒子の同時イメージング、そしてAt-211標識金ナノ粒子の長期的な動態追跡に成功しました。同じように、抗がん剤など、これまで体外からイメージングできなかった様々な治療薬を放射化金ナノ粒子に標識することで、体内動態を調べられるようになる可能性があります。

また、金ナノ粒子のイメージングは、治療に最適な金ナノ粒子のサイズや形状を調べるためにも重要です。金ナノ粒子は、血管透過性・滞留性亢進効果(EPR効果)によって腫瘍へ集積するといわれています。EPR効果は2つの側面から成ります。1つ目は、正常な血管と異なり腫瘍付近の血管には隙間が空いているために、血中の金ナノ粒子が腫瘍付近でのみ漏れ出すことです。これによって金ナノ粒子が腫瘍へ運ばれると期待できます。2つ目は、腫瘍付近では異物を排出するリンパ系が未発達であり、金ナノ粒子が滞留しやすいことです。今回、腫瘍に直接投与した金ナノ粒子が4日後も腫瘍に留まっていたのは2つ目の要因によるものと考えています。しかし、これらの効果は金ナノ粒子のサイズ・形状など様々な条件に依存することがわかっています。さらに、金ナノ粒子が肝臓や脾臓(ひぞう)といった臓器に異物とみなされ、捕獲されることが問題視されており、この影響も金ナノ粒子のサイズや形状に依存します。そこで近年、多種多様な金ナノマテリアルが開発され、より腫瘍への集積量が大きく、健康な臓器への集積量が小さい条件を探す研究が活発に行われています。放射化イメージングは金を放射性同位体に変えるというシンプルな手法で、様々なサイズ・形状の金ナノ粒子を同様の方法でイメージングできると考えており、今後幅広い応用が期待できます。

今後の課題

本研究ではAt-211と放射化金ナノ粒子を広帯域X線・ガンマ線撮影装置であるハイブリッド・コンプトンカメラでイメージングしました。ハイブリッド・コンプトンカメラは広帯域であることや、X線やガンマ線の強度が弱くてもイメージングできることが強みですが、分解能には課題があります。マウスとの距離5 cmにおけるハイブリッド・コンプトンカメラの分解能は8 mm程度です。現状でも腫瘍や臓器への集積を大まかに見ることはできるものの、詳細なイメージングには2~3 mmの分解能が必要です。現在、より高分解能の装置を開発中で、より精度のよい放射化金ナノ粒子のイメージングに向けて研究を進めています。

用語解説

※1 放射化イメージング
一般に、原子には安定な同位体と、不安定な同位体があります。これらは原子核内部の陽子数(=原子番号)は同じで中性子数が異なるだけのため、化学的性質は変わりません。不安定な原子核は特定の半減期で崩壊し、安定な核種となります。その際に、余ったエネルギーをX線やガンマ線(以下※2を参照)として原子核の外に放出します。このガンマ線を可視化するのが、本研究の「放射化イメージング」です。

※2 アルファ線、X線、ガンマ線
放射線には様々な種類があります。アルファ線はヘリウムの原子核で、プラスの電荷を2つ持ちます。質量がとても重く、体内で飛ぶ距離が数十マイクロメートルと短い(細胞のサイズと同程度)ことが特長です。そのため、うまく腫瘍に集積させると、腫瘍細胞のみを選択的に殺傷することができます。一方で、X線やガンマ線は電磁波の一種で、電荷を持ちません。どちらも不安定な同位体から出ますが、原子核から出るエネルギーの高い電磁波をガンマ線、また電子軌道から出る比較的エネルギーの低い電磁波をX線として区別します。

※3 標識
化合物中で、特定の原子に放射性核種を結合することをいいます。今回の研究では、金ナノ粒子が治療薬を運ぶキャリアであり、ここに治療薬本体であるアスタチン(At-211)を標識しています。

※4 SPECT(単一光子放射断層撮影)
核医学診断法の1つで、放射性医薬品を体内に投与して、その分布を断層画像として描出します。たとえばTc-99m(テクノチウム)を骨の代謝や反応が盛んなところに集まる性質を持つ物質と化合させ、がんが骨のどの部位にどの程度転移しているかを診断することができます。Tc-99mの可視化には 140 keVのガンマ線が用いられます。他の薬剤でも、SPECT で可視化できるガンマ線はおおむね 300 keV 以下に限られます。

※5 PET (陽電子放出断層撮影)
こちらも広く行われている核医学診断法で、陽電子を放出する放射性核種で標識された医薬品を体内に投与し、その放射線を検出することで、腫瘍の位置や活性度を画像化する核医学検査です。対消滅するガンマ線を対向する検出器で捉えるため、原理上 511 keV のガンマ線のみを対象としたイメージング法です。

※6 ハイブリッド・コンプトンカメラ
ハイブリッド・コンプトンカメラは、異なるイメージング技術である「コンプトンカメラ」と「ピンホールカメラ」を1台で実現する新しい技術です。ハイブリッド・コンプトンカメラは散乱体と吸収体の2枚の検出器からなり、それぞれの検出器はシンチレータ(放射線が当たると蛍光を示す物質)と蛍光を読み出すセンサーで構成されます。低いエネルギーのX線は、散乱体を透過することができず、ピンホールを通ってきたものだけが吸収体に届きます。すなわち「散乱体がヒットせず、吸収体のみヒットする」「吸収体のエネルギーが (たとえば)200keV以下」の条件を課せば、ピンホールカメラとして可視化できます。一方で、高いエネルギーのガンマ線は、散乱体を透過して吸収体に届くもの、散乱体でコンプトン散乱して吸収体に届くもの、様々な成分が混ざります。しかしながら、「散乱体と吸収体が同時にヒットする」条件を課せば、通常のコンプトンカメラと同様に可視化することができます。

参考情報

[1] Kato et al. 2021, “Intratumoral administration of astatine-211-labeled gold nanoparticle for alpha therapy”, Journal of Nanobiotechnology, 19, 223,
DOI: 10.1186/s12951-021-00963-9

[2] 放射化イメージングについては以下を参照

  • Koshikawa et al. 2022, “Proof of concept of activation imaging with hybrid Compton camera”, Applied Physics Letters, 121, 193701, DOI: 10.1063/5.0116570
  • Koshikawa et al. 2023, “Activation imaging: New concept of visualizing drug distribution with wide-band X-ray and gamma-ray imager”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research – section A, 1045, 167599, DOI: 10.1016/j.nima.2022.167599
  • 「様々な元素の分布を可視化する「放射化イメージング」に成功」https://www.waseda.jp/top/news/85249

[3] ハイブリッド・コンプトンカメラについては以下を参照

  • Omata et al. 2020, “Performance demonstration of a hybrid Compton camera with an active pinhole for wide-band X-ray and gamma-ray imaging”, Scientific Reports, 10, 14064
    DOI: 10.1038/s41598-020-71019-5
  • 「X線ガンマ線の同時可視化を可能に」https://www.waseda.jp/top/news/69935

[4] 京都大学複合原子力科学研究所の研究用原子炉KUR については以下を参照
https://www.rri.kyoto-u.ac.jp/facilities/kur

論文情報

雑誌名:Applied Physics Letters
論文名:Activation imaging of gold nanoparticles for versatile drug visualization: an in vivo demonstration
執筆者名:Nanase Koshikawa1、Yuka Kikuchi1、Kazuo S. Tanaka1、Katsuyuki Tokoi2、Akina Mitsukai2, Hiroki Aoto2, Yuichiro Kadonaga3, Atsushi Toyoshima3, Hiroki Kato3, Kazuhiro Ooe3, Koichi Takamiya4, Jun Kataoka1

1. 早稲田大学理工学術院 先進理工学研究科 物理学及応用物理学専攻
越川 七星(論文筆頭著者)、菊池 優花、田中 香津生、片岡 淳

2. 大阪大学大学院 理学研究科 化学専攻
床井 健運、水飼 秋菜、青戸 宏樹

3. 大阪大学 放射線科学基盤機構
角永 悠一郎、豊嶋 厚史、加藤 弘樹、大江 一弘

4. 京都大学 複合原子力科学研究所
高宮 幸一
掲載予定日時(米国東部標準時):2025年3月12日(水)午前10時
掲載予定日時(日本時間):2025年3月13日(木)午前0時
DOI:10.1063/5.0251048
掲載予定URL:https://doi.org/10.1063/5.0251048

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ERATO「片岡ラインX線ガンマ線イメージングプロジェクト」(2021~2026年度;グラント番号 JPMJER2102)の支援を得て実施したものです。ここに深く感謝申し上げます。

極めて安定な新規カンナビノイド生物学的等価体の不斉合成に成功

著者: contributor
2025年3月7日 18:49

極めて安定な新規カンナビノイド生物学的等価体の不斉合成に成功
カンナビノイドの医薬的応用へ期待

発表のポイント

  • 医療用途でのカンナビノイドの利用が注目を集めており、その生理活性を活かした薬理学的研究や、より効果的な生物学的等価体の開発が進められています。
  • 本研究では、これまでに例のない1,7-エンインを原料としたエナンチオ選択的[2+2+2]付加環化反応を開発し、適切な配位子の選択により、高いエナンチオ選択性とほぼ完全な位置選択性を達成。さらに、極めて安定な新規カンナビジオール生物学的等価体の候補化合物の合成に成功しました。
  • 特に、カンナビノイド受容体に対する新規な生物学的等価体の合成は、医薬品開発において重要な意味を持ち、本研究により、カンナビノイドの医薬的応用が期待されます。

概要

早稲田大学理工学術院の柴田 高範(しばたたかのり)教授らの研究グループは、ロジウム触媒を用いて、1,7-エンインと非対称アルキンの[2+2+2]付加環化反応を報告しました。適切な配位子の選択により、極めて高いエナンチオ選択性1とほぼ完全な位置選択性を達成し、さらに生成物の合成変換により新規な※2を有するカンナビノイド生物学的等価体※3の候補化合物の合成を行いました。

本研究成果は、2025年2月5日にアメリカ化学会により発行される「Journal of the American Chemical Society」にオンライン版で公開されました。

図1 原料の1,7-エンインから、不斉触媒を使い分けることで、2つの位置異性体を高不斉収率で合成

図2 中心不斉を有する生成物を軸不斉を有するカンナビジオール(CBD) 生物学的等価体の候補化合物へ合成変換

これまでの研究で分かっていたこと

カンナビノイド4は近年、医療用途における利用が注目を集めており、その生理活性を活かした薬理学的研究や、より効果的な生物学的等価体の開発が進められています。特に、全身に存在するカンナビノイド受容体と結合することで様々な薬理学的作用を及ぼすことが知られているカンナビジオールやΔ⁹-THC4の構造を模倣する分子設計が求められています。このような背景より有機合成の観点において、ベンゾ[c]クロメノール骨格5の合成が重要です。

一方、従来より遷移金属触媒を用いた[2+2+2]付加環化反応6が広く研究されており、ロジウム、イリジウム、ニッケル、ルテニウムなどが活性な遷移金属触媒として報告されました。特に、キラルなロジウム触媒を用いるエナンチオ選択的な反応の報告例は多いですが、そのほとんどは原料として反応性が高い1,6-エンインを用いる反応で、六員環の構築が可能な1,7-エンインを原料とする高エナンチオ選択的[2+2+2]付加環化反応の報告例はこれまでありませんでした。

今回新たに実現したこと

本研究では、これまで未開拓であった1,7-エンインを原料としたエナンチオ選択的[2+2+2]付加環化反応の開発を目指しました。その結果、カチオン性ロジウム触媒と適切な配位子を組み合わせることで、カンナビノイド類に含まれるベンゾ[c]クロメノール骨格の高選択的合成を実現しました。

また、計算化学的解析により、エナンチオ選択性の起源を解明し、使用する配位子の違いが反応の位置選択性に与える影響を明らかにしました。さらに本手法を応用し、中心キラリティを軸性キラリティへ変換することにより、新規な軸不斉を有するカンナビノイド生物学的等価体の候補化合物の合成を達成しました。本化合物は、構造的にカンナビジオールに類似しつつも、高い安定性を持つことが示され、カンナビノイド受容体に対する親和性の向上が期待されます。

そのために新しく開発した手法

本研究では、カチオン性ロジウム触媒を用いた1,7-エンインと非対称アルキンの[2+2+2]付加環化反応の最適化を行いました。特に、エナンチオ選択性および位置選択性を制御するために、配位子の選択が重要でした。計算化学的手法を用いた解析では、最適配位子である(S)-DTBM-BINAPの場合、強いC=O···H-C(sp2)相互作用を形成することが選択性を高める要因であることが示唆されました。もう一方の位置異性体を与える最適配位子である(R,R)-BenzP*では、空間的な嵩高さによる選択性を示し、それぞれ異なる選択性の制御機構が存在することが示唆されました。

研究の波及効果や社会的影響

本研究で開発された合成手法は、ベンゾ[c]クロメノール骨格を提供する簡便、かつ信頼性の高い方法であり、様々な官能基の導入、炭素鎖伸長が可能です。特に、カンナビジオール受容体に対する新規な生物学的等価体の合成は、医薬品開発において重要な意味を持つことが期待されます。本研究で得られた化合物は、カンナビノイド類の医薬的応用を拡大する可能性があります。

今後の課題

得られたカンナビノール類縁体の生理活性評価を進め、実際の医薬品開発への応用可能性を明らかにすることが重要です。さらに、本手法を他の多環式化合物の合成に応用することで、新規な生物活性物質の創出につながる可能性があります。今後は、触媒系のさらなる改良や、反応メカニズムのより詳細な理解を進めることで、さらに効率的な合成手法の開発を目指します。

用語解説

※1 エナンチオ選択性
右手と左手のように互いに鏡像の関係にある分子を鏡像異性体(エナンチオマー)と呼び、エナンチオ選択性とは、2つの鏡像異性体のうち、一方の鏡像異性体を優先的に合成すること。

※2 軸不斉
鏡像の関係にあることを「不斉」と言います。分子に生じる不斉において、ある軸周りの非対称により生じる不斉が軸不斉です。その代表例が、図2に示したような2つのベンゼン環の間の単結合が立体障害により自由回転できないことに起因する不斉であり、医薬品や機能性材料の分野で重要な構造です。

※3 生物学的等価体
医薬関連化合物において生物学的に同じ役割を果たす他の部分構造を生物学的等価体(bioisostere)と呼びます。薬物の主要な生物活性に影響を与えることなく、医薬に含まれる官能基を他のものに置換することで、活性を改善させる目的に有効となるアプローチです。

※4 カンナビノイド、カンナビジオール、Δ⁹-THC
カンナビノイドは、104種類ある薬用作物「大麻草」に含まれる生理活性物質の総称です。近年、先進国を中心として、医療利用が進んでいます。カンナビジオールやΔ⁹-THCはカンナビノイドの一種。

※5 ベンゾ[c]クロメノール骨格
酸素を含んだ六員環であるピラン環に2つのベンゼン環が縮環した三環式骨格をもつ芳香族アルコールであり、カンナビノイド類を含め、多くの天然物に共通する骨格です。

※6 付加環化反応
π電子系を持つ二つの分子が付加反応を起こして、環状化合物を生成する反応であり、原料と生成物で、原子損失がない原子効率100%の理想的な反応です。Diels-Alder反応を代表例として、有機反応の中でも重要な炭素−炭素結合形成法としての基幹反応です。

論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:Ligand-Governed Regio- and Enantioselective [2 + 2 + 2] Cycloaddition of 1,7-Enynes: Assembly of the Benzo[c]chromen-1-ol Backbone and Access to Enantioenriched Cannabinol Bioisostere
執筆者名(所属機関名):いずれも所属は早稲田大学
King Hung Nigel Tang博士(先進理工学研究科博士課程。博士学位取得後、現在は理工学術院総合研究所招聘研究員)、Taichi Kishi(先進理工学研究科修士課程。修士学位取得後、現在は民間企業研究員)、Natsuhiko Sugimura博士(物性計測センターラボ職員)、Yuto Horio(先進理工学研究科修士課程2年)Takanori Shibata(理工学術院教授)
掲載日時(現地時間):2025年2月5日
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.4c18319

研究助成

研究費名:Special Research Projects and the Japan Science and Technology Agency (JST) Support for Pioneering Research Initiated by the Next Generation (W-SPRING), JPMJSP2128
研究課題名:New Environment‐Friendly Strategy for the Synthesis of Valuable Organic Materials via C–H Activation
研究代表者名(所属機関名):King Hung Nigel Tang (早稲田大学 大学院先進理工学研究科 博士課程、現在 理工学術院総合研究所 招聘研究員)

研究費名:大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 Research Center for Computational Science, Project 24-IMS-C390
研究課題名:触媒的[2+2+2]付加環化反応における位置選択性の反応機構解析
研究代表者名(所属機関名):柴田 高範 (早稲田大学理工学術院)

傷を自力で治す硬い多層シリコーン系薄膜を開発

著者: contributor
2025年3月5日 09:41

傷を自力で治す硬い多層シリコーン系薄膜を開発

発表のポイント

  • 損傷を自己修復可能な材料の開発は長寿命やメンテナンスフリーの観点から高いニーズがあります。
  • シロキサン(Si−O−Si)結合からなるシリコーン系材料は、日用品から医療、航空・宇宙分野に至るまで広く利用されています。従来のシリコーン系自己修復材料は、柔軟なゴム状材料に限定されており、また低分子量のシロキサン分子の生成により徐々に分解するため、長期的な安定性に課題がありました。
  • 本研究では、自己組織化プロセスを利用して架橋構造のシロキサン成分と直鎖構造のシロキサン成分をナノレベルで積層することで、亀裂の修復能力と高い硬度、長期的安定性を兼ね揃えた新材料の開発に成功しました。
  • 本材料は作製が簡便で、透明な薄膜として得られるため、保護コーティングなど様々な応用が期待できます。

概要

早稲田大学理工学術院の宮本佳明(みやもと よしあき)助手松野敬成(まつの たかみち)講師下嶋敦(しもじま あつし)教授らによる研究グループは、微細なひび割れの修復能力を有するシリコーン系薄膜を開発しました。シロキサン(Si–O–Si)結合からなるシリコーン材料は高い耐熱性、耐候性、透明性、絶縁性などの優れた特性から、幅広い分野で利用されています。ブロックコポリマーの自己組織化を利用してナノレベルの多層構造を構築することにより、従来のシリコーン系自己修復性材料の課題であった低分子量成分の生成・揮発による分解が抑制されると同時に、膜の硬度が大幅に向上しました。

本研究成果は英国王立化学会が発行するChemical Communications誌に2025年1月6日(月) (現地時間)に掲載されました。
論文名:Multilayered organosiloxane films with self-healing ability converted from block copolymer nanocomposites

図 本研究で開発した自己修復能を持つシリコーン系薄膜

キーワード:

シロキサン、自己修復、薄膜

これまでの研究で分かっていたこと

主骨格がシロキサン (Si–O–Si) 結合から成るシリコーン系材料は、透明性、絶縁性、高い化学的・熱的安定性を有し、幅広い分野で利用されています。損傷や機能劣化を温和な条件下で修復する能力を付与することは、材料の長寿命化、耐久性、安全性の向上の面で重要です。高分子材料においては、結合の組み換え反応を利用することで、外力により生じた傷を分子レベルで修復することが可能となります。シリコーン系材料の中でも最も一般的なポリジメチルシロキサン((Si(CH3)2O)n, PDMS) 系材料では、シラノレート(Si–O)基の導入によって、Si–O–Si結合の組み換えが促進され、切断しても再接合が可能となることが知られています。しかし、この修復機構では自己修復性と材料の硬さがトレードオフの関係にあり、従来の自己修復性PDMS系材料は、柔らかいゴム状のものに限定されていました。また、結合の組み換えに伴って低分子量環状シロキサンの生成と揮発が徐々に進行するため、材料の長期安定性を損なうだけでなく、揮発成分が周囲の電子部品に付着し、接触不良などの深刻な問題を引き起こす懸念もあります。

今回新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、新しく開発した手法

本研究グループは、3次元網目構造の有機シロキサン層と直鎖構造のPDMS層からなる多層構造体の新たな構築プロセスを提案しました。

まず初めに、ポリエチレンオキシド((C2H4O)n, PEO)とポリジメチルシロキサン(PDMS)からなるブロックコポリマー※1を用い、自己組織化プロセス※2によって有機シロキサン層とブロックコポリマー層からなる多層ナノコンポジット※3薄膜を作製しました。その後、PEOブロックを空気中での加熱により除去し、ブロックコポリマー層をPDMS層に転換しました(図1)。その後、得られた多層シリコーン薄膜中にシラノレート基を導入することで、薄膜上に生じた亀裂が80 °C、相対湿度40%の条件で修復することが確認されました(図2)。

図1. ブロックコポリマーナノコンポジットから多層ブロックコポリマーへの転換

図2. 亀裂の修復挙動の観察

従来の自己修復性PDMSエラストマーでは、60~200 °Cで低分子量の環状シロキサンが揮発することが確認されました。一方で、今回作製した材料ではこれらの揮発が全く確認されませんでした。このことから有機シロキサン層によって環状シロキサンの拡散が制限されたことが示唆されます。さらに、今回作製した材料は従来のPDMSエラストマーと比較して、約30倍の硬度を示すことが確認されました。

研究の波及効果や社会的影響

今回開発した材料は、高い硬度、亀裂の修復能力、透明性などの特徴から、保護コーティングとして有望です。環状シロキサンの揮発性が低いため、長期的安定性が高く、汚染リスクに敏感な電子部品へも適応可能と考えられます。

今後の課題

現状の修復プロセスは加熱や水蒸気を必要とするため、用途が制限される可能性があります。より穏やかな条件下で亀裂の修復を達成するために、さらなる材料設計が必要と考えています。

研究者のコメント

自己修復材料は市場規模の拡大が目覚ましい分野です。今回開発した自己修復性シリコーン系薄膜は従来の課題であった低分子量の環状シロキサンの揮発を抑制するとともに、比較的高い硬度を示します。無機のシロキサン骨格に由来する優れた耐熱性や耐候性と相まって、本材料は様々な分野における利用が期待できます。

用語解説

※1 ブロックコポリマー
2種類以上のポリマーを連結したポリマーのこと。特に親水的なポリマーと疎水的なポリマーを連結することにより界面活性剤として用いることが可能で、洗剤などに広く利用されている。

※2 自己組織化プロセス
外部からの誘導なしに、構成要素が自発的に秩序ある構造に配列するプロセスのこと。界面活性剤の自己組織化を利用することにより、層状やシリンダー状などの規則構造を数~数十ナノメートルスケールで有する構造体の作製が可能となる。

※3 ナノコンポジット
少なくとも1つの相がナノメートルのサイズである2つ以上の相によって形成される固体材料。ナノシートやナノ粒子、ナノファイバーなどを材料に導入することは工業的に良く行われている。

論文情報

雑誌名:Chemical Communications
論文名:Multilayered organosiloxane films with self-healing ability converted from block copolymer nanocomposites
執筆者名(所属機関名):Yoshiaki Miyamoto,a Takamichi Matsuno,a,b,c Atsushi Shimojima a,b,c*
a 早稲田大学先進理工学部応用化学科
b 早稲田大学理工学術院総合研究所
c 早稲田大学各務記念材料技術研究所
掲載日時(現地時間):2025年1月6日
掲載URL:https://pubs.rsc.org/en/Content/ArticleLanding/2025/CC/D4CC05804F
DOI:https://doi.org/10.1039/d4cc05804f

研究助成

本研究は文部科学省先端研究基盤共用促進事業(コアファシリティ構築支援プログラム)JPMXS0440500024で共用された機器(C1025, C1028, C1049, C1051, G1026, G1028, G1033, G1036, G1064)を利用した成果です。

【受験生の皆さまへ】2025年度基幹・創造・先進理工学部一般入試の解答公表について

著者: staff
2025年3月3日 17:57

2025年度 基幹・創造・先進理工学部一般入試(2月16、17日実施)の「英語」および「物理」「化学」のマーク解答問題について、解答を公表いたします。なお、上記科目に加え「数学」「生物」「空間表現」の「試験問題」および「記述解答問題の出題意図」については、6月ごろをめどに公表予定です。

2025年度理工一般 解答(英語)
2025年度理工一般 解答(物理・化学) (3月4日更新)

※ お問い合わせいただいた内容は本学で確認し、必要がある場合は、学術院Webページもしくは入学センターWebページに掲載いたします。個別に回答することはいたしません。

不透明な物質を透明に超高速切り替えに成功、未来の光信号処理デバイスへ

著者: contributor
2025年2月26日 15:23

不透明な物質を透明に超高速切り替えに成功、未来の光信号処理デバイスへ

発表のポイント

  • 本来は不透明なゲルマニウム(Ge)薄膜にパルスレーザーを集光照射することで、超高速で光のスイッチと波長の選択ができることを実証。
  • フェムト秒時間スケールでの現象を解析できる計測装置を開発し、Geに高密度な光励起をすると、励起された電子は瞬時にGeの複数のバンドの谷(多谷間)に配分されて緩和することを明らかにしました。
  • 多谷間構造中で励起電子の緩和・配分を制御することで、多彩な波長に対応した超高速・多色光スイッチングデバイスの実現ができ、光通信や光コンピュータへの応用が期待されます。

概要

不透明な物質であっても、高強度レーザー光の励起※1により、まるで物質が存在しないかのように光を透過させることができます。レーザーのON/OFFを超高速で切り替えれば、その物質の透明・不透明も超高速に切り替えられるでしょうか?さらに、単色光だけではなく、多色光も同時に超高速で透明・不透明に切り替え可能でしょうか?

早稲田大学理工学術院の賈軍軍(じゃ じゅんじゅん)教授、中部大学の山田直臣(やまだ なおおみ)教授、産業技術総合研究所の八木貴志(やぎ たかし)研究グループ長らは、多谷間物質※2Geにパルスレーザーを照射することで、幅広い波長の光に対して透明・不透明を同時かつ超高速に切り替られることを実証しました。この成果は、光信号を物理的に切り替える技術の一つとして、将来のマルチバンド通信や量子コンピュータなど用の超高速光スイッチの開発への応用が期待できます。

本研究成果は、『Physical Review Applied』(論文名:Multivalley Optical Switching in Germanium)にて、2025年2月24日(現地時間)にオンラインで掲載されました。

図1 光スイッチングデバイスの動作概略図およびその原理

キーワード:

多谷間構造、谷間散乱、光スイッチングデバイス、過渡透過※3、Pauli Blocking Effect

これまでの研究で分かっていたこと

光学材料の屈折率や消衰係数など光学定数は、光の強度が低い場合には一定とみなせます。しかし、光の強度が強くなると、光学定数が光の強度に依存して変化する非線形性が現れます。この非線形光学現象を利用すると、レーザー波長の変換など、通常の光学系では実現できない多彩な光の操作が可能になります。しかし、従来の非線形光学材料は、高強度レーザーなどの照射によりある決められた波長において光学非線形性が発現するのが一般的でした。

一方、半導体材料では、バンドギャプ※4以上の高強度レーザーを用いると、多数の電子が価電子帯から伝導帯※5に高密度に励起され、これらは電子-フォノン散乱によって伝導帯の下部を一時的に占有することができます。この伝導帯の下部における電子の占有(Pauli Blocking効果※6)によって、一時的に光を透過できる状態が生じます。この現象は、直接半導体材料であるInN(窒化インジウム)ですでに観測されており、光の高速スイッチング技術として注目されています。しかし、InNの透明化が起こるのは、近赤外領域のバンドギャプ付近に限られていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、近赤外から可視光領域にわたる幅広い波長帯域で高速に透明化する新たなアプローチを提案し、その実証に成功しました。固体物質の多谷間構造を利用し、パルスレーザーの高密度光励起を用いることで、近赤外から可視光にわたる多色光の透過・不透過が超高速で切り替わることを初めて観測しました。これは、これまで明らかにされていなかった新たな研究成果となります。

一般的に、光が固体物質中の電子を伝導帯に励起すると、電子は超高速で緩和し、その後電子-正孔の再結合などを経て元の状態に戻ります。Geや酸化物のような化学結合の強い物質では、励起後の緩和過程がピコ秒※7以下で起きるため、観測・制御・利用は非常に困難です。本研究では、フェムト秒※7時間スケールでの現象を解析できる計測装置を開発し、透過・不透過の超高速切り替え現象を実験的に解明しました。そのメカニズムは、励起された電子が谷間散乱を経て多谷間に配分され、各谷間に瞬時に滞在することでPauli Blockingが発生します(図1)。これは、電子が伝導帯の空状態を占有することで、光が吸収されず透過する現象です。Geにおいて、この現象により、530 nmと600 nmの可視光と~900 nmの近赤外光が、数百フェムト秒の時間スケールで同時に透過することが確認されました。これは、多波長に対応したスイッチング材料としての実現可能性を示しています。

研究の波及効果や社会的影響

本研究では、多谷間物質へのフェムト秒パルスレーザー照射により、励起電子の多谷間配分を高精度に制御することで、広帯域の波長に対応した超高速多色光スイッチングデバイスの実現可能性を示しました。

今回の成果は、単に超高速な物理現象の観測・解明にとどまらず、持続可能な高度情報化社会を実現するための基盤技術としても重要な役割を果たすと考えられます。例えば、光通信においてマルチバンド通信や光コンピュータのロジック素子への応用のように情報通信分野において波及効果をもたらすことが期待されています。特に、 多波長でスイッチングできることのメリットは、複数の光信号を時間差で重ねることで、より多くの光信号を伝送可能にする点です。今回の実証物質Geはシリコンフォトニクスとの高い整合性を有しているため、本原理に基づく多色光スイッチングは、シリコンフォトニクスの構成素子の一つとして、より高速なデータ通信やセキュリティの向上に貢献し、増加し続けるインターネットトラフィックの課題解決に寄与することが期待されます。

課題と今後の課題

今回の研究では、多谷間物質を最先端のパルスレーザー技術と融合させ、広帯域の波長に対応した光スイッチング材料の創出を目指して研究を進めました。この成果により、単一波長での光を伝搬する従来の通信方式よりも、広帯域・多波長での受送信が可能となり、光ファイバの伝送容量が大幅に拡大し、大容量・高速データ通信への貢献が期待されます。しかしながら実用化に向けては、既存の光通信波長帯にマッチングする材料の創出などの課題が残されています。今後は、これまでの研究成果を基盤とし、新しい材料設計技術を活用して広帯域対応の多谷間物質を創出し、超高速光スイッチングデバイスの実用を検討していきます。これにより、将来的には光通信や量子コンピュータのへの応用につながることが期待されます。

研究者のコメント

この研究では、多谷間構造を持つゲルマニウム薄膜において、励起された電子がバンド構造内の複数の谷に超高速で分布することを観測しました。この超高速な物理現象を活用することで、多色光の超高速光スイッチングデバイスの実現に向けた重要な成果が得られました。今後は、多谷間物質を用いて、伝導帯内で電子を超高速に注入する技術をさらに発展し、新たな物理現象の発見とともに、より多くの革新的なデバイス応用の実現が期待されています。

用語解説

※1 励起
原子や分子が外部からエネルギーを与えられ、エネルギーの低い安定した状態から、より高いエネルギー状態に移ることを指します。

※2 多谷間物質
固体物質の伝導帯の底を谷間と呼び、谷間を一つ以上持つ半導体を多谷間物質といいます。

※3 過渡透過
光が物質を通過する際に、時間とともに変化する透過特性を指します。

※4 バンドギャプ
固体物理において、光(または外部エネルギー源)が電子を価電子帯から伝導帯へ励起するために必要なエネルギー差を指します。

※5 伝導帯
固体物理学における半導体や絶縁体のバンド構造の一部で、電子が自由に移動できるエネルギー範囲のことを指します。光照射や熱などの外部エネルギーにより、電子が価電子帯から伝導帯に励起されることができます。

※6 Pauli Blocking効果
高密度な電子が伝導帯に占有された半導体において、新たな電子はそこに遷移できず、光の吸収がブロックされる現象を指します。

※7 ピコ秒、フェムト秒
 1ピコ秒は1秒の1兆分の1、すなわち 10−12 秒、1フェムト秒は1秒の1000兆分の1、すなわち 10−15 秒に相当します。

論文情報

雑誌名:Physical Review Applied
論文名:Multivalley optical switching in germanium
執筆者名(所属機関名):Junjun Jia* (Waseda University)、Hossam A. Almossalami (Zhejiang University)、Hui Ye* (Zhejiang University)、Naoomi Yamada (Chubu University)、Takashi Yagi  (National Chubu University)
掲載予定日時(現地時間):2025年2月24日
掲載URL:https://journals.aps.org/prapplied/abstract/10.1103/PhysRevApplied.23.024060
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.23.024060

ナノメートルの物質で起こる光のねじれ現象を解明

著者: contributor
2025年1月29日 15:27

ナノメートルの物質で起こる光のねじれ現象を解明
自然界のねじれ現象の解明と制御に貢献

発表のポイント

  • ナノの世界が見える特殊な光学顕微鏡を使って、ナノ物質近傍にできる光のねじれを立体的に可視化しました。
  • ナノ物質の近くに光が集まること、このとき光のねじれが強くなること、また、光が集まりその強度が増すよりも、光ねじれの方が緩やかに起こることを発見しました。詳しい理論解析から、その物理起源を明らかにしました。
  • 金属ナノ物質でおこる電子の動きを制御することで、光のねじれを制御し、分子のねじれの高感度検出と自然界のねじれ現象の解明や制御につながることが期待されます。

概要

早稲田大学理工学術院の井村 考平(いむら こうへい)教授、同学術院の長谷川 誠樹(はせがわ せいじゅ)助教は、光のねじれとその立体特性を直接観測する手法を開発し、金ナノ物質近傍の光の強度とそのねじれを精密に計測し、金属ナノ物質で起こる電子の分布によって、光のねじれ具合が違うことを明らかにしました。さらに、光を集める強さとねじれの強さには違いがあること、「光の広がりと比べて、光のねじれがゆっくりとほどけること」をはじめて発見しました。これは、これまで解明されていなかった新たな光の特性になります。また、理論計算を行い実験結果がよく再現されること、その結果から今回の発見の起源を明らかにしました。この研究成果は、光のねじれを利用した分子の高感度検出をはじめ、光のねじれを活用した、自然界のねじれ現象の解明と制御につながることが期待されます。

本研究成果は、『Nano Letters』(論文名:Three-Dimensional Visualization of Chiral Nano-Optical Field around Gold Nanoplates via Scanning Near-Field Optical Microscopy)にて、2024年12月20日(現地時間)にオンラインで掲載されました。

図 ナノ物質近傍にできる光のねじれ

キーワード:

光のねじれ、金属ナノ物質、光アンテナ効果、分子の掌性(キラリティー)、ナノスケールの光学顕微鏡(近接場光学顕微鏡)

研究の背景

自然界には、アミノ酸や生体分子をはじめ、貝殻や渦巻きなど、さまざまな物体や現象において構造の対称性が右手と左手の鏡像関係となる掌性が存在します。これを英語ではキラリティー※1と呼びます。この掌性は、分子や構造体のねじれと関係があり、生体内において非常に重要な働きをすることが知られています。例えば、右回りのねじれは薬効を示すが、その逆はそうでない場合があることが知られています。したがって、分子のねじれを制御して合成すること、またそれを高感度に検出することが極めて重要です。

分子のねじれの方向により右回りの円偏光と左回りの円偏光に対する光の吸収の強さが違っていることから、分子のねじれの検出にこの円偏光に対する光吸収の違いが利用できます。しかし、その感度は非常に低いことが知られています。これを高感度にする方法として、ナノ物質の利用が提案されています。金属ナノ物質※2では、光を物質近傍に閉じ込める光アンテナ効果があり、分子を金属ナノ物質に近づけることで高感度化を実現できる可能性があります。分子のねじれを検出するためには、ナノ物質近傍で光がねじれる空間とそのメカニズムを解明する必要がありますが、通常の光学顕微鏡は、光の回折現象により空間分解能に制限があり、ナノ物質近傍の光のねじれを直接観測することはできませんでした。

これまでの研究で分かっていたこと

ナノサイズの金属ナノ物質に光を照射すると、物質内部の電子が集団で振動するようになります(これをプラズモン※2と呼びます)。これにより、光はナノ物質近傍に空間的、時間的に閉じ込められ、光の強度が局所的に強くなります。光の閉じ込め具合は、電子の運動の空間的な分布、またその時間特性と関係すると予想されます。しかし、ナノ物質内の電子の空間分布を直接観測することは容易ではありません。

私たちの研究グループは、ナノスケールの光学顕微鏡の高度化をすすめて、ナノ物質の電子の空間分布と光特性の関係を研究してきました。これまでに、電子の分布により、光の閉じ込め効果が違うことは明らかになっていました。しかし、光のねじれに関する詳細な知見はありませんでした。近年になり、金属ナノ物質近傍で光のねじれが大きくなることが報告され、それを制御し、分子のねじれ選択的な結晶化など、さまざまな応用につなげる研究が精力的に行われています。また、光のねじれの観察についても国内のいくつかの研究グループを中心に報告されるようになってきています。

図1.ナノスケールの光学顕微鏡で観察した金ナノプレートの電子の分布と光のねじれ図

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために開発した手法

本研究では、電子の分布と光のねじれに関係があること、光の集まり方とねじれ方には違いがあることを初めて明らかにしました(図1)。特に、光のねじれ方・ほどけ方に関する発見は、これまで解明されてこなかった成果となります。

ナノスケールの光の空間分布を観測する手法は、ここ20年で大きく進展しています。しかし、ナノ物質近傍の光のねじれは、これを観察するのが容易ではありませんでした。一方、ナノ物質の化学合成やナノ加工技術の進展により、ナノ物質を用いた光ねじれに関する研究が近年急速に進展しています。私たちは、光のねじれを理解することが、その制御と応用において本質的に重要であると考えました。

そこで本研究では、私たちがこれまで開発してきたナノスケールの光学顕微鏡※3に光のねじれ測定を可能とする光学系を組み合わせて、装置をあらたに開発しました。さらに、光の広がりとねじれの度合いを評価するために、立体的な観測手法を組み合わせることを考案しました。これらにより、今回の重要な発見へとつなげることができました。

開発した装置の模式図を図2に示します。この装置では、微小な開口に発生する小さな光の粒(ナノスケールの光)を局所的に試料に照射して、試料から透過してくる光のねじれを装置下部の光学部品(ねじれ検出光学系)で選別し、検出します。また、光を照射する微小開口部分と試料表面との距離をナノメートルの精度で制御することで立体的な観測を実現しています。

図2.光のねじれの観測を可能とするナノスケールの光学顕微鏡

研究の波及効果や社会的影響

私たち自身をはじめ自然界には、さまざまなところに分子のねじれが関係する現象があります。しかし、その起源は必ずしも十分に解明されたとは言えない状況です。分子のねじれを高感度に検出し、それを制御することは、生命の起源をはじめ、病理診断の効率化や医薬品の開発において、今後さらに重要性を増すと考えられます。また、光のねじれを利用することで、高度な光通信が実現することも提案されており、今回の成果は、自然現象の解明や健康社会の実現に貢献するだけでなく、高度な持続可能な社会を実現する上でも基盤となる知見であると考えられます。

課題と今後の課題

今回の研究では、光のねじれと金属の電子の分布にどのような関係があるのか、その立体的な特性を解明することを目的に研究を進めました。これらにより、光のねじれの本質に迫る成果につながりました。しかし、現状では、これを自在に制御するには至っていません。これまでに、金属ナノ物質に関する基礎的知見を明らかにしてきました。今後は、これらを基盤として、光のねじれを制御し、さらに分子のねじれの選択的な高感度検出や結晶化などの応用につなげることを検討しています。これらにより、将来、病理診断の効率化や創薬、さらには自然界に存在するねじれの起源の解明につながることが期待されます。

研究者のコメント

これまでナノ物質を対象に研究を展開してきました。ナノ物質は、分子やバルク(固体)とは大きく異なる光特性を示します。その起源は、物質のサイズと光の波長のサイズが同程度になることにより、物質と光が互いに相互作用することに起因します。金属ナノ物質でおこる光のねじれの増大もよく似た起源ですが、その本質に迫ることができたことで、今後の光のねじれの先端的応用につながると期待されます。今回の成果を得る上で、精密な計測と高度な解析が必要となりました。これは、私たちのこれまでの取り組みが実を結んだ成果です。本研究で報告した物質や光の本質に迫る成果は、化学をはじめ物質科学、また生命科学分野に波及効果をもたらすことを期待しています。

用語解説

※1 分子の掌性(キラリティー)
乳酸など分子には、構成元素、また構造が同じで、対称性のみが異なる分子が存在する。これらは、鏡像関係にあり、ほとんどの化学的な特性は同じで、光に対する特性のみが違う。これらをL体、D体で区別する場合がある。生体内のアミノ酸は、すべてL体である。

※2 金属ナノ物質
数nmから数mmサイズの金属粒子(構造体)。コロイドと呼ばれることもある物質。金属ナノ物質では、光により物質内部の自由電子の集団的な振動(プラズモンと呼ばれる)が誘起される。特定の波長(色)の光により、この集団電子運動が誘起されることから、特異な光学特性を示す。中世ヨーロッパの教会にあるステンドグラスや江戸切子の赤色は、金ナノ粒子による光吸収と散乱に起因する。

※3 ナノスケールの光学顕微鏡(近接場光学顕微鏡)
生体組織など微小な試料を観測する場合には、カラー撮影が可能な光学顕微鏡が利用される。光学顕微鏡は、光をレンズで集光し、これを試料に照射して観察する。空間分解能(どれくらい小さなものを観察できるか)は、光の回折現象(光の集光限界)により制限され、可視域(波長380-780 nm)では光の波長の半分程度(波長600 nmの場合、約300 nm)。これよりも小さなものを観察するためには、光の回折現象に依存しないナノスケールの顕微鏡が必要となる。これを達成する顕微鏡の一つが、近接場光学顕微鏡。この顕微鏡では、波長サイズ以下の微小な開口に発生する小さな光の粒(近接場光)を試料に照射して、試料の観察を行う。空間分解能は、開口径程度となる。本研究では、空間分解能は100 nm程度である。

論文情報

雑誌名:Nano Letters
論文名:Three-Dimensional Visualization of Chiral Nano-Optical Field around Gold Nanoplates via Scanning Near-Field Optical Microscopy
執筆者名:長谷川誠樹※(早稲田大学),井村考平*(早稲田大学) ※筆頭著者、*責任著者
掲載日時(現地時間):2024年12月20日
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.nanolett.4c05151
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.4c05151

研究助成

本研究は、科学研究費補助金 学術変革領域研究A「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革(尾松孝茂領域代表)」公募研究「超螺旋光によるナノキラル光場の創成とその可視化」(課題番号:23H01927、研究代表者:井村考平)、基盤研究B「光場制御と強結合によるナノ光増強場の高度化と機能開拓」(課題番号:23H04604、研究代表者:井村考平)の支援により実施されました。

2月16日(日)・17日(月)の入試・広報オフィス閉室について

著者: staff
2025年1月14日 15:36

一般選抜試験のため、入試・広報オフィスは以下のとおり閉室となります。

 216日(日):終日閉室
 217日(月):11時まで閉室
        11時から16時まで開室(13時から14時までは昼休みのため閉室) 

※電話受付時間
 216日(日):終日不可
 217日(月):11時から17時まで可

レニウム-オスミウム法による火山性塊状硫化物鉱床の生成年代決定

著者: contributor
2024年12月20日 09:44

レニウム-オスミウム法による火山性塊状硫化物鉱床の生成年代決定
日本列島における海嶺沈み込み現象のタイミングを確度良く制約

発表のポイント

  • 宮崎県延岡市および北海道下川町に胚胎する火山性塊状硫化物の生成年代をレニウム-オスミウム (Re-Os) 法によって決定し、宮崎県槙峰鉱床の生成年代は約8,900万年前、下川鉱床の生成年代は約4,800万年前であることを明らかにした
  • 日本列島における直近の中央海嶺 (イザナギ-太平洋海嶺) 沈み込み現象がいつ起こったのかを、鉱床の生成年代値から確度良く制約することに成功した
  • 地質帯の成り立ちが複雑な北海道や日本列島構造史の理解増進につながることが期待される

概要

早稲田大学理工学術院教授の野崎達生 (のざきたつお) 、東京大学大学院工学系研究科准教授の高谷雄太郎 (たかやゆうたろう) 、高知大学海洋コア国際研究所客員助教の中山健 (なかやまけん)、東京大学大学院工学系研究科教授ならびに千葉工業大学次世代海洋資源研究センター所長・主席研究員の加藤泰浩 (かとうやすひろ) の研究グループは、日本列島付加体中の現地性玄武岩を伴う別子型鉱床である宮崎県槙峰鉱床および北海道下川鉱床の生成年代をレニウム-オスミウム (Re-Os) 法によって決定し、白亜紀後期~古第三紀にかけて日本列島で起こった海嶺沈み込み現象のタイミングを確度良く制約することに成功しました。

本研究成果は、国際学術出版社であるNature Research社発行による『Scientific Reports』誌に2024年12月3日 (火) (現地時間) に掲載されました。

[論文情報]
論文名:Re-Os dating of the Makimine and Shimokawa VMS deposits for new age constraints on ridge subduction beneath Japanese Islands
DOI:10.1038/s41598-024-80799-z

キーワード:
火山性塊状硫化物 (VMS) 鉱床、別子型鉱床、日本列島、付加体、レニウム-オスミウム(Re-Os) 法、海嶺沈み込み、槙峰鉱床、下川鉱床

図:本研究により明らかとなった槙峰・下川鉱床のRe-Osアイソクロン年代と生成場

これまでの研究で分かっていたこと

我々の暮らしている日本列島の基盤岩は、主に過去4億年以降に形成された付加体※1から構成されています。この長い歴史の中で、日本列島には中央海嶺※2が複数回沈み込んだと考えられています。熱源である中央海嶺が沈み込むことによって、現在の日本列島に分布する『対の変成帯』※3や大規模花崗岩体 (バソリス)※4の形成およびそれに伴う構造浸食などが引き起こされたと考えられており、構造史※5を考えるうえで海嶺沈み込み現象は重要な地質学的イベントです。この海嶺沈み込み現象の起こった年代値 (タイミング) は、海嶺起源の玄武岩上に累重した堆積岩中に含まれる微化石年代※6などを用いて見積もられてきましたが、海嶺沈み込み現象に伴う熱的作用によって微化石の保存状態が悪くなってしまうなど,確度・精度良く数値年代を出す手法が限られていました。

付加体中には過去に海底で形成された鉱床が胚胎しており、現在の日本列島においても陸上で多種多様な鉱床が観察されます。本研究では、現地性玄武岩※7を伴う別子型鉱床※8に着目することで、海嶺沈み込み現象のタイミングを決定することを試みました。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、そのために新しく開発した手法

本研究では、四万十帯北帯に胚胎する宮崎県延岡市槙峰鉱床と日高帯に胚胎する北海道下川町下川鉱床を研究対象としました。両鉱床ともに現地性玄武岩を伴う別子型鉱床に分類されます。レニウム-オスミウム (Re-Os) 法※9を用いて、両鉱床を構成する硫化鉱物※10のRe-Osアイソクロン年代※9を求めた結果、宮崎県槙峰鉱床は8,940 ± 120万年前、北海道下川鉱床は4,820 ± 90万年前に生成したことが明らかになりました。

以下の地質学的・地球化学的特徴から、両鉱床が生成したのは陸源砕屑物 (砂岩・泥岩) が供給されるような大陸に比較的近い沿海の中央海嶺であることが明らかになりました;

  1. 鉱石を構成する硫化鉱物のRe-Osアイソクロン年代が鉱床母岩と接する堆積岩 (砂岩・泥岩) の微化石年代の範囲と類似すること
  2. 硫化物鉱石は現地性玄武岩を伴い、チャート※11を伴わないこと
  3. 硫化物鉱石は母岩の玄武岩に比べて放射壊変起源である208Pbに富む鉛同位体比組成※12を有すること
  4. 太平洋の中央海嶺玄武岩に比べて高く・幅広い硫黄同位体比組成 (d34S)※13を有すること
  5. 変質・変成鉱物組合せから見積もられる地温勾配が、槙峰地域は他の周辺地域に比べて高いこと

したがって、両鉱床のRe-Osアイソクロン年代は、中央海嶺が現在の宮崎県あるいは北海道を形成した地質帯に沈み込む直前の数値年代を表していると考えられます。

研究の波及効果や社会的影響と今後の展望

本研究により、付加体中の現地性玄武岩を伴う別子型鉱床の生成年代 (Re-Os年代) を求めることによって、海嶺沈み込み現象が起こったタイミングを確度良く数値年代で追跡できることが明らかになりました。このような鉱床学的・地球化学的研究を進めることで、地質帯の成り立ちが複雑な北海道の成り立ちや日本列島構造史、また同手法を世界中の別子型鉱床に適用することによって地球史の理解増進につながると期待されます。さらに、このような過去の海嶺沈み込み現象が起こったタイミングを決定していくことで、新たな別子型鉱床の発見に繋がることも期待されます。

研究者のコメント

日本は資源のない国だと思われることが多いですが、海洋プレートが沈み込んでいる上の島弧に位置しているため、海底鉱物資源だけでなく陸上にも多種多様な鉱床が胚胎しています。鉱床は資源の供給源だけでなく、過去に起こった元素の異常濃集プロセスの産物であるため、地球史の記録媒体とも見なせます。鉱床学と最新の地球化学的分析手法を組合せることで、今後も我々が地球をより良く、より深く理解することに貢献できると確信しています。

用語解説

※1 付加体
海溝やトラフにおいて海洋プレートが沈み込む時に、海洋底にたまっていた堆積物が剥ぎ取られて陸側に押し付けられていくが、この作用を付加作用と呼び、その結果陸側に形成された地質体を付加体と呼ぶ。したがって、付加体には過去の海洋底で生成した鉱床も胚胎する。

※2 中央海嶺
大洋の中央部を走る比高2~3 km、長さ数千kmの海底山脈。中央海嶺は地殻熱流量が大きく、固体地球内部から放出される熱エネルギーの大部分は中央海嶺から火山活動として放出されている。したがって、中央海嶺はいわば海洋プレートが生産される場である。

※3 対の変成帯
高圧型変成帯と低圧型変成帯が対をなして並走する場合、これを『対の変成帯』と呼ぶ。日本における典型的な例は、西南日本の三波川変成帯と領家帯である。

※4 バソリス
露出面積が100 km2以上の大規模な花崗岩体のこと。底盤とも呼ばれる。

※5 構造史
ある地質体やそれを構成する岩石などが,どのような過程を経て今に至っているかを表す歴史のこと。

※6 微化石年代
同定に種々の顕微鏡を必要とする化石のことを総称として微化石と呼ぶ。堆積岩には、放散虫、有孔虫、コノドントなどがしばしば含まれており、これらの種の産出組合せから決定した堆積年代のこと。

※7 現地性玄武岩
陸源砕屑物の堆積場において噴出もしくは貫入した緑色岩 (玄武岩) のこと。槙峰・下川地域の現地性玄武岩は、陸源砕屑物 (砂岩・泥岩) を伴うにも関わらず、その全岩化学組成は島弧玄武岩ではなく、中央海嶺玄武岩に類似する。

※8 別子型鉱床
海底⽕⼭・熱⽔活動に伴う噴気性堆積鉱床で、⽕⼭岩を⺟岩とする鉱床を火山性塊状硫化物 (VMS = Volcanogenic Massive Sulfide) 鉱床と呼ぶ。VMS鉱床のうち、特に過去に中央海嶺で生成して陸上に取り込まれたものを別子型鉱床、島弧・背弧の海底熱水鉱床に由来するものを⿊鉱鉱床と呼ぶ。

※9 レニウム-オスミウム (Re-Os) 法
Re、Osは原⼦番号75番、76番の元素であり、Osは6つある⽩⾦族元素の1つ。Reには185Reと187Reの2つの同位体が存在するが、これらのうち187Re量が半分に減少するまでの時間 (半減期) は416億年で、β線を放射して187Osを⽣じる。この放射壊変系を利⽤した年代決定法がRe-Os法である。化学分析により得られる187Re/188Os ⽐と187Os/188Os⽐から近似直線 (等時線:アイソクロン) を引き、その傾きから年代値 (Re-Osアイソクロン年代) を計算することができる。

※10 硫化鉱物
鉱物の分類上で、硫黄と結合している鉱物群。本研究に用いた硫化物鉱石試料は、主に黄鉄鉱 (FeS2)、磁硫鉄鉱 (Fe1-xS)、黄銅鉱 (CuFeS2)、閃亜鉛鉱 (ZnS) などから構成される。

※11 チャート
二酸化ケイ素 (SiO2) を主成分とする硬く緻密な珪質堆積岩の総称。主に放散虫と呼ばれる二酸化ケイ素の骨格を持つ海生浮遊性プランクトンの死骸が、陸域から遠く離れた深海底に降り積もってできた岩石。

※12 鉛同位体比組成
天然の鉛を構成する4種の安定同位体 (204Pb,206Pb,207Pb,208Pb) の存在比。一般には非放射壊変起源の204Pbに対する206Pb/204Pb比、207Pb/204Pb比、208Pb/204Pb比を指し、鉱床を構成する金属元素の起源の解明などに用いられる。

※13 硫黄同位体比組成 (δ34S)
試料の34S/32Sから標準物質の34S/32Sの差分を取り、それを標準物質の34S/32Sで割り算して、1,000を掛けたもの (=千分率を取ったもの)。式で表すと δ34S = ((34S/32S)sample-(34S/32S)standard))/((34S/32S)standard) x 1000。標準物質として、一般的にVienna-Canyon Diablo Troilite (VCDT) が用いられる。δ34Sの単位はパーミル (‰:千分率) (参考;パーセント、%:百分率)。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Re-Os dating of the Makimine and Shimokawa VMS deposits for new age constraints on ridge subduction beneath Japanese Islands
執筆者名 (所属機関名):野崎達生 (早稲田大学・海洋研究開発機構・東京大学・神戸大学)、高谷雄太郎 (東京大学・早稲田大学・海洋研究開発機構)、中山健 (高知大学)、加藤泰浩 (東京大学・千葉工業大学)
掲載日時 (現地時間):2024年12月3日 (火)
掲載URL:https://doi.org/10.1038/s41598-024-80799-z

研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助事業 学術変革領域研究 (B);JP23H03812
研究課題名:局所マルチ硫黄同位体分析から読み解く熱水鉱床生成における微生物活動の寄与
研究代表者名 (所属機関名):野崎達生 (早稲田大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助事業 基盤研究 (B);JP23K26607
研究課題名:熱水鉱床形成における微生物活動の寄与を定量化する~生物鉱学の創成を目指して~
研究代表者名 (所属機関名):野崎達生 (早稲田大学)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助事業 基盤研究 (S);JP20H05658
研究課題名:地球環境変動・資源生成の真に革新的な統合理論の創成
研究代表者名 (所属機関名):加藤泰浩 (東京大学)

新技術でCFRPから炭素繊維を加熱・薬剤レス、エネルギー効率10倍で回収

著者: contributor
2024年12月18日 09:11

新技術でCFRPから炭素繊維を加熱・薬剤レス、エネルギー効率10倍で回収
資源循環型社会の構築に向け、処理困難な材料の前処理法として期待

発表のポイント

  • 電気パルス直接放電法を用いて炭素繊維強化プラスチック(CFRP)から炭素繊維を効率的に回収する手法を開発
  • 開発技術は、加熱や薬剤を必要とせず、従来の破砕法に比べ長繊維で、加熱法に比べ高強度の炭素繊維を回収可能。また、従来の電気パルス法をさらに改良し、エネルギー効率10倍増を達成
  • 現状では有効な解体方法がないCFRP廃棄物の前処理法として有望

概要

炭素繊維強化プラスチック(CFRP)※1は、高強度かつ軽量な特性から航空機や自動車、風力発電など広く利用されていますが、そのリサイクルは困難であり、資源循環型社会の構築において大きな課題となっています。

早稲田大学理工学術院の所千晴(ところ ちはる)教授、同大学大学院院創造理工学研究科博士課程1年の佐藤啓太(さとう けいた)、同大学カーボンニュートラル社会研究教育センターの犬束学(いぬつか まなぶ)准教授、同大学理工学術院の小板丈敏(こいた たけとし)講師らの研究グループは、電気パルス直接放電法を用いて、CFRPから炭素繊維を効率的かつ高純度に回収する新技術を開発しました。

従来の電気パルス水中破砕法と比較し、新規法ではジュール熱発熱と絶縁破壊による樹脂の気化と膨張力を活用して、炭素繊維の長さや強度をほぼ維持したまま回収可能であることを示しました。さらに、新規法ではエネルギー効率が従来法の約10倍高いことも確認されました。本研究は、従来の破砕法や加熱法だけでは困難であったCFRP廃棄物の高効率で低環境負荷なリサイクルに新たな可能性を提供するものです。

図:本研究にて開発した電気パルス直接放電法

本研究成果は、国際学術出版社であるNature Research社発行による『Scientific Reports』誌に2024年11月30日(土)(現地時間)に掲載されました。論文名:Efficient recovery of carbon fibers from carbon fiber-reinforced polymers using direct discharge electrical pulses

キーワード:
サーキュラーエコノミー、資源循環、マテリアルリサイクル、CFRPリサイクル、革新的リサイクル技術、炭素繊維、廃棄物削減、風力発電、水素タンク

これまでの研究で分かっていたこと

CFRPは、軽量で高い強度を持つため、航空機、自動車、風力発電、スポーツ用品など、多岐にわたる分野で使用されています。一方で、CFRPのリサイクルは困難であり、特に樹脂マトリックスから炭素繊維を分離するプロセスが課題となっています。

従来のリサイクル方法として、粉砕、熱分解、化学分解が検討されてきました。しかし、粉砕では炭素繊維が短くなり、その強度が著しく低下します。熱分解では、樹脂を高温で燃焼させることで分離が可能ですが、CO2排出への懸念や、炭素繊維の強度が50~85%低下するという問題があります。化学分解では、有機溶媒を使用して樹脂を溶解しますが、高価な設備と環境への影響が課題となっています。

近年、電気パルスを用いた手法として、水中破砕法が提案されました。この方法では、水中の電気パルス放電より生じる衝撃波を利用して材料を破砕しますが、数百回の放電が必要であり、炭素繊維と樹脂の選択的な分離には限界があります。

このように、CFRPにはより効率的で環境負荷の低いリサイクル技術の開発が求められてきました。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、そのために新しく開発した手法

CFRPのリサイクルにおいて効率化と環境負荷の低減を実現するため、従来課題とされていた炭素繊維と樹脂の分離プロセスに革新をもたらす「電気パルス直接放電法」を新たに開発しました。この方法では、高電圧パルスをCFRP内部に直接放電することで、ジュール熱と樹脂の気化による膨張力を利用し、効率的に繊維と樹脂を分離します。

従来の電気パルス水中破砕法は、水中への放電によって生じる衝撃波を利用して分離を行っていましたが、直接放電法は電気パルスのエネルギーをより直接的にCFRP内部に伝えることが可能です。この結果、回収された炭素繊維は元の強度の81%を保持し、従来法に比べエネルギー効率が約10倍高いことが確認されました。また、直接放電法で得られた繊維には付着樹脂が少なく、表面のクラックや劣化もほとんど見られず、再利用の可能性が飛躍的に向上しました。

研究の波及効果や社会的影響

本研究では、CFRPリサイクルの課題であった高エネルギー消費と炭素繊維の品質低下を同時に解決できることを示しました。ジュール熱の利用により、短時間で樹脂を気化させ、繊維を効率的に分離するこの技術は、環境負荷を最小限に抑えながら、航空機や風力発電などで発生するCFRP廃棄物の持続可能な資源循環型社会構築に貢献すると期待されます。さらに、この技術は、リチウムイオン電池など他の複合材料や産業廃棄物への応用可能性も秘めており、幅広い分野での資源活用を促進し、持続可能な社会の実現に大きく貢献することが期待されます。

課題、今後の展望

本研究で開発した電気パルス直接放電法は、CFRPのリサイクルにおいて多くの可能性を示しましたが、いくつかの課題が残されています。まず、1回のパルス照射で回収される炭素繊維の量が少ないことが挙げられます。このため、繰り返し照射を含むプロセスの最適化や、よりCFRP内部に効率的に放電を誘導できる電極構造の改良が求められます。

さらに、回収された炭素繊維の方向性が揃っていない点は、再利用プロセスにおける課題となっています。これを解決するためには、回収繊維を均一に処理できるプロセスの開発や、新たな用途への適用可能性を検討する必要があります。

また、現在の実験室規模から、産業的スケールへの拡大に際して効率やコストの検証が必要です。本技術を工業的にスケールアップする際には、現在使用している装置が特殊であることから、装置製造コストの低減や大規模処理への対応が重要です。この点について、装置の汎用性を高める設計や運用コストを削減する方法の検討が必要です。

研究者のコメント

サーキュラーエコノミーを実現するためには、本研究で取り組んだような解体技術の高度化が必要不可欠です。これまでは破砕粉砕や人手による作業に依存していましたが、環境負荷を低減し、労働集約的でないプロセスを実現するには、従来の方法に代わる革新的な技術が求められます。本研究で提案した電気パルス直接放電法のような新たな外部刺激を利用した技術は、処理が困難な材料の前処理法として大きな可能性を秘めています。今後もこれらの技術を発展させ、資源循環型社会の構築に貢献していきたいと考えています。

用語解説

※1 炭素繊維強化プラスチック(CFRP)

炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic:CFRP)は、強化材として炭素繊維と母材(マトリックス樹脂)としてプラスチックを複合してできる素材。炭素繊維が持つ「導電性・耐熱性・低熱膨張率・反応特性・自己潤滑性・高熱伝導性」といった特徴を兼ね備え、様々な用途へ幅広く使われる。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Efficient recovery of carbon fibers from carbon fiber-reinforced polymers using direct discharge electrical pulses
執筆者名(所属機関名):所千晴* (早稲田大学理工学術院)、佐藤啓太(早稲田大学大学院創造理工学研究科)、犬束学(早稲田大学カーボンニュートラル社会研究教育センター)、小板丈敏(早稲田大学理工学術院) *責任著者
掲載日時(現地時間):2024年11月30日(土)
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-76955-0

研究助成

科研費 基盤研究B 電気パルスを外部刺激とした高選択性分離技術確立のための機構解明 所千晴(早稲田大学)23K25037

「金融/投資機関による自然関連情報開示促進と国際標準化を前提としたネイチャーフットプリントの開発と実証事業」が本格稼働(内閣府BRIDGE)

著者: contributor
2024年12月12日 17:38

「金融/投資機関による自然関連情報開示促進と国際標準化を前提としたネイチャーフットプリントの開発と実証事業」が本格稼働(内閣府BRIDGE)

 

早稲田大学(所在地:東京都新宿区、総長:田中愛治)および株式会社価値総合研究所(所在地:東京都千代田区、代表取締役会長:栗原 美津枝)を代表機関として、研究開発とSociety 5.0※1との橋渡しプログラム(BRIDGE※2)の中で「金融/投資機関による自然関連情報開示促進と国際標準化を前提としたネイチャーフットプリントの開発と実証事業」が始動しました。 

■本事業の背景

気候変動や生物多様性の減少といった環境問題は、人間の経済活動が自然環境に大きな負荷をかけていることがひとつの大きな要因となっています。世界では環境・社会・ガバナンスの3つの視点(ESG)を重視する投資家が増加し、企業は環境負荷の削減努力やその開示を求められています。

このような状況下において、ネイチャーフットプリント※3は、企業活動における自然への影響を定量的に評価し、開示するための重要な指標として注目を浴びています。

■全体概要

本事業は、テーマ1「LIMEを拡張したネイチャーフットプリント用影響評価手法の開発」(代表機関:早稲田大学、研究開発責任者:理工学術院教授 伊坪徳宏)と、テーマ2「ネイチャーフットプリントを用いた金融/投資機関における活用のための実証事業」(代表機関:株式会社価値総合研究所、研究開発責任者:山崎清)が連携し、大学・研究機関が中心となって、国際的に環境影響を解析する手法の1つであるLIME3(Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling 3)※4を発展させ、ネイチャーフットプリントの影響評価手法を開発します。これまで生物多様性の影響評価や生態系サービスの経済的評価は個別に実施され、それらを統合したモデルは存在しませんでした。本事業では、LIME3に新たな生物種のリスク評価や生態系サービスの経済的価値評価などを取り入れることで、統合化されたモデルの確立を目指します。

開発した手法は、金融機関、国内事業者と連携しながら活用方法を実証し、その有用性を世界に向けて発信していきます。

期待される効果

一連の研究成果は実務者用のガイドラインとして取りまとめて国内外に公開するとともに、複数の国際会議に報告することで、研究成果の国際標準化を目指します。

また、ネイチャーフットプリントの開発だけでなく、実際に企業や金融機関で活用するための実証実験も進めていきます。将来的には、この指標が広く普及し、企業の環境経営を大きく変革するとともに、持続可能な社会の実現に貢献することが期待されます。

■参画機関(大学、民間企業等)

テーマ1:LIMEを拡張したネイチャーフットプリント用影響評価手法の開発

早稲田大学、国立研究開発法人産業技術総合研究所、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、大学共同利用機関法人人間文化研究機構総合地球環境学研究所、東北大学、京都大学、関西学院大学

テーマ2:ネイチャーフットプリントを用いた金融/投資機関における活用のための実証事業

政策研究大学院大学、株式会社価値総合研究所、株式会社日建設計、株式会社日建設計総合研究所、味の素株式会社、トヨタ自動車株式会社、積水化学工業株式会社、住友林業株式会社、株式会社資生堂、AGC株式会社、JX金属株式会社、太平洋セメント株式会社、パナソニックホールディングス株式会社、日本電気株式会社、農林中央金庫、MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社、三菱UFJ信託銀行、株式会社LCAエキスパートセンター、一般社団法人サステナブル経営推進機構、TCO2株式会社、MS&ADインターリスク総研株式会社、ほか都市銀行、地方銀行など金融機関多数

■用語解説

※1 Society 5.0:
サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)。
狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。

※2 BRIDGE:
内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の司令塔機能を生かし、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)や各省庁の研究開発等の施策で生み出された革新技術等の成果を社会課題解決や新事業創出、ひいては、我が国が目指す将来像(Society 5.0)に橋渡しするため、官民研究開発投資拡大が見込まれる領域における各省庁の施策の実施・加速等に取り組むプログラムです。
ウェブサイト:https://www8.cao.go.jp/cstp/bridge/index.html

※3 ネイチャーフットプリント:
自然に注目したLCA(ライフサイクルアセスメント)を指します。特に、生物多様性(質)、生態系サービス(量)に注目して、気候変動、水消費、土地利用などによる自然・生態系への影響を定量的に評価します。資源の採掘から、素材生産、輸送、組立、使用、リサイクル・廃棄までを網羅した分析を通して、ネイチャーポジティブに向けた効果的な影響低減策の選定や関係者間におけるコミュニケーションを促進するための情報源として活用されることが期待されます。 

※4 LIME3(Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling 3) :
日本発のライフサイクル影響評価手法として、LCA国家プロジェクトにおいて開発されたLIMEは、最新の自然科学と社会科学の知見と解析手法を活用し、LCAに限らず、環境効率、環境会計、フルコスト評価等様々な分野において活用されています。LIME3は、LIME2までは日本に限定されていた対象地域を世界に拡大したことで、グローバルビジネスを展開する事業者のLCA実施を可能にしました。また、定量化した環境負荷を経済価値指標に換算することもでき、企業経営にわかりやすい判断材料としても用いられています。

2025年度 社会文化領域コース進入説明会(1/9オンライン実施・要事前登録)のご案内

著者: staff
2024年12月10日 10:06

総合機械工学科向けの社会文化領域コース進入説明会を、2025年1月9日 (木)にオンラインで開催します。
関心のある学生は、以下のポスターおよび社会文化領域ウェブサイト上の情報をよく確認し、必要な手続きをとってください。

12/1 公開イベント「これからの宇宙ビジネスとイノベーション: 快適エクルス研究開発拠点が目指す産学官連携」

著者: staff
2024年11月27日 18:00

2024 年 12 月1 日(日)、 早稲田大学グローバル科学知融合知研究所・快適 ECLSS(エクルス) 研究開発拠点が、「これからの宇宙ビジネスとイノベーション:快適 エクルス研究開発拠点が目指す産学連携」 と題する公開イベント を開催します。 プロジェクトに興味のある方、研究テーマに関して情報交換したい方、産学連携の取り組みに興味のある方は、 是非ご参加ください。

◆日時:12月1日(日)18時00分~20時30分
◆会場: 渋谷スクランブルスクエア 15 階 SHIBUYA QWS クロスパーク
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銅酸化物高温超伝導体Bi2212の紫外・可視光領域における大きな光学的異方性の起源を解明

著者: contributor
2024年11月20日 16:36

銅酸化物高温超伝導体Bi2212の紫外・可視光領域における大きな光学的異方性の起源を解明

発表のポイント

  • フローティングゾーン法によりさまざまなPb含有量のBi2-xPbxSr2CaCu2O8+δ単結晶を育成し、紫外・可視光をそれら結晶に透過させることで、透過測定によってBi2Sr2CaCu2O8+δ(Bi2212)の特徴的な「うねり構造」が光学的異方性に与える影響を調べました
  • Pb含有量を増加させることで、光学的異方性の大きさが単調に減少することから、光学的異方性の起源がその「うねり構造」に関連していることを明らかにしました
  • Pb置換によって光学的異方性が大幅に低減されることで、光学活性や円二色性のより正確な測定が可能になり、高温超伝導のメカニズムに関する議論において重要な対称性の破れの存否を探求することが可能となります

早稲田大学理工学術院の朝日透(あさひとおる)教授、同大学総合研究機構の中川鉄馬(なかがわけんた)主任研究員(研究院講師)、同大学大学院先進理工学研究科修士2年の時田桂吾(ときたけいご)、東北大学金属材料研究所の藤田全基(ふじたまさき)教授らの共同研究グループは、世界で初めて銅酸化物高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+δ(Bi2212)の紫外・可視光領域における大きな光学的異方性の起源と結晶構造の関連性を明らかにしました。

本研究成果は、国際学術出版社であるNature Research社発行による『Scientific Reports』誌に2024年11月7日(木)(現地時間)に掲載されました。

図:本研究により明らかとなったBi2212の結晶構造と光学的異方性との関連性

【論文情報】

論文名:Wavelength dependence of linear birefringence and linear dichroism of Bi2-xPbxSr2CaCu2O8+δ single crystals
DOI:10.1038/s41598-024-78208-6

キーワード:
銅酸化物高温超伝導体、光学的異方性、不整合変調、一般化高精度万能旋光計(G-HAUP)、透過測定

これまでの研究で分かっていたこと

銅酸化物高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+δ(Bi2212)※1は、その超伝導転移温度がバーディーン・クーパー・シュリーファー(BCS)理論※2で説明される限界を超えるほど高いため、広く研究が進められて来ました。超伝導の発現に重要なクーパー対の形成に関与するメカニズムは、BCS理論における電子-フォノン相互作用では説明できず、この分野における未解明の課題の一つとなっています。銅酸化物高温超伝導体の構成要素であるCuO2層は、高温超伝導体において最も重要な役割を果たすと広く認識されており、その物理的特性は、さまざまな角度から集中的に調査されています。当研究グループの過去の研究においても、一般化高精度万能旋光計(G-HAUP)※3を使用して、紫外・可視光領域におけるBi2212のc軸に沿った光学的異方性※4の波長依存性を測定したところ、a軸およびb軸の格子定数はほぼ同じであるにも関わらず、大きな光学的異方性のピークが観察されることが明らかになっていました。

今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

Bi2212は、b軸方向に不整合変調※5を示すことが知られています。この変調の周期性は基本構造の周期性とは一致しません。本研究では大きな光学的異方性のピークの起源がこの不整合変調にある可能性があると考え、フローティングゾーン法※6という単結晶育成法を用いて、不整合変調を抑制したさまざまなPb含有量(x = 0、0.4、および0.6)のBi2-xPbxSr2CaCu2O8+δ単結晶を育成しました。育成したBi2-xPbxSr2CaCu2O8+δ単結晶の光学的異方性のパラメータである直線複屈折及び直線二色性の波長依存性をG-HAUPを用いて測定し、不整合変調と光学的異方性の関連性を検証しました。初めに、異なるPb含有量xを示すBi2-xPbxSr2CaCu2O8+δ単結晶(x = 0、0.4、および0.6)について、走査型透過電子顕微鏡で観察した結果、x = 0では変調周期が結晶のb軸方向の格子定数の4.8倍、x = 0.4では12.7x = 0.6ではほぼ無限大となり、Pb含有量の増加とともに不整合変調が消失することが確認されました。この結果は過去文献と一致しており、電子回折測定においても、不整合変調に由来する衛星反射がPb含有量の増加とともに消失することが確認されました。また、紫外・可視光領域における透過吸収スペクトルは、全てのPb含有量の試料で類似したパターンを示し、この領域では、鉛の含有量によってエネルギーギャップに大きな変化がないことが明らかになりました。一方、光学的異方性のパラメータである直線複屈折および直線二色性の大きさは、Pb含有量によって変化することが確認され、不整合変調の抑制に伴い光学的異方性も抑制されることが明らかとなりました。

研究の波及効果や社会的影響

本研究の注目すべき点は、Bi2-xPbxSr2CaCu2O8+δ単結晶の劈開性を活かし、作製した超薄片単結晶試料に紫外・可視光を透過させることで、透過測定によってこの大きな光学的異方性の起源を解明したことです。紫外・可視光をプローブとして用いた透過測定のアプローチは我々の研究グループ独自のものであり、これにより銅酸化物高温超伝導体の光物性とエネルギーギャップを含む電子バンド構造、とくに「外殻電子の遷移」に関する知見を得ることができました。さらに、Bi2212結晶におけるBiのPb置換は、不整合変調の抑制と同時に、直線複屈折や直線二色性といった光学的異方性を大幅に低減させることが明らかとなりました。この光学的異方性の低減は、将来の実験において光学活性や円二色性の測定精度を向上させる上で重要な成果です。これにより、高温超伝導のメカニズム解明において重要な課題である擬ギャップ相※7および超伝導相における対称性の破れの有無を検討することが可能となり、さらなる高温超伝導体の開発につながることが期待されます。

研究者のコメント

「常温超伝導」の実現は長年の人類の夢であり、そのためには高温超伝導体における電子対形成や超伝導メカニズムの解明が必要です。常温超伝導が実現すれば、超低損失送電やリニア、医療用MRI、量子コンピュータなど、さまざまな分野で社会的・経済的な恩恵が期待されます。本研究により得られた知見を元に高温超伝導体のメカニズムに関する理解が深まることで、常温超伝導の実現に一歩近づき、これらの技術革新に大きく貢献する可能性があります。

用語解説

※1 銅酸化物高温超伝導体
CuO2層を含む構造を持ち、従来の金属超伝導体よりも高温で電気抵抗がゼロになる特性を持つ材料。その超伝導メカニズムは従来のBCS理論では説明できず、世界中で精力的に研究が続けられている。

※2 バーディーン・クーパー・シュリーファー(BCS)理論
金属の超伝導メカニズムを説明するために考案された理論。通常、金属中では電子が自由に動き、電気抵抗が生じますが、超伝導状態では電子が特定の相互作用(フォノンを介した引力)で対(クーパー対)を形成し、抵抗ゼロで電流を流せるようになります。発明者のバーディーン・クーパー・シュリーファーは、この業績により1972年のノーベル物理学賞を受賞しました。

※3 一般化高精度万能旋光計(G-HAUP)
固体状態の光学的異方性とキラル光学的性質を測定可能な独自の分光装置。結晶や配向性薄膜といった固体状態では、固体状態特有の異方性により、そのキラル光学的性質の測定が、上述のような汎用的な分光装置ではできない。

※4 光学的異方性
材料の方向に対して異なる屈折率や吸収を示す現象。本研究では、2つの直交する直線偏光に対する屈折率・吸収の差である直線複屈折・直線二色性を測定した。

※5 不整合変調
結晶構造内で基本的な周期性に一致しない周期的な構造変化。材料の物理化学的性質や電子状態に影響を与え、超伝導体や強誘電体などで特に注目されている。

※6 フローティングゾーン法
固体原料の一部を局所的に溶融させ、結晶を成長させる単結晶育成技術。るつぼを使用しないため、不純物の混入が少なく、高品質な結晶を育成するのに適している。

※7 擬ギャップ相
銅酸化物高温超伝導体で観測される現象で、超伝導転移温度より高温でエネルギーギャップが部分的に開く。この相の起源の解明が、超伝導のメカニズム解明に重要な役割を果たすだろうと考えられている。

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Wavelength dependence of linear birefringence and linear dichroism of Bi2-xPbxSr2CaCu2O8+δ single crystals
執筆者名(所属機関名):時田桂吾(早稲田大学), 中川鉄馬*(早稲田大学), チョウコン(早稲田大学), 岡野洸明(早稲田大学), 松本匡貴(上海交通大学), 中西卓也(早稲田大学), 藤田全基(東北大学), 朝日透*(早稲田大学) ※共同筆頭著者 *共同責任著者
掲載日時(現地時間):2024年11月7日(木)
掲載URL: https://doi.org/10.1038/s41598-024-78208-6

研究助成

研究費名:みずほ学術振興財団 (旧河上記念財団) 第59回工学研究助成
研究課題名:銅酸化物高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+xにおける空間・時間反転対称性の破れの検証
研究代表者名(所属機関名):中川鉄馬(早稲田大学)

研究費名:東北大学金属材料研究所 2023年度・2024年度国際共同利用・共同研究拠点課題
研究課題名:銅酸化物高温超伝導体Bi2.2-xPbxSr1.8CaCu2O8+δの結晶成長と光学的性質測定
研究代表者名(所属機関名):中川鉄馬(早稲田大学)

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