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近赤外光も利用可能なアップコンバージョン型ペロブスカイト太陽電池の開発に成功

著者: contributor
2025年10月29日 15:14

近赤外光も利用可能なアップコンバージョン型
ペロブスカイト太陽電池の開発に成功

~色素増感型希土類ナノ粒子とのハイブリッド化により近赤外光を可視光に変換して活用~

発表のポイント

  • 近赤外光※1を電気エネルギーに変える新技術を開発。
  • 有機色素と希土類※2ナノ粒子を組み合わせ、近赤外光を可視光に変換。
  • 色素増感型希土類ナノ粒子により可視光に変換されたエネルギーを鉛系ペロブスカイト太陽電池が吸収(利用)することで、高効率・広帯域な太陽光利用を可能とする次世代太陽電池の開発につながると期待。

概要

太陽光発電は再生可能エネルギーの中でも最も注目される技術ですが、現在の主流である鉛系ペロブスカイト※3太陽電池は主に「可視光」しか利用できず、太陽光の半分近くを占める「近赤外光」は無駄になっていました。一方、赤外光感度を有する系ペロブスカイト太陽電池では変換効率が低いという問題がありました。早稲田大学理工学術院石井 あゆみ(いしい あゆみ)准教授、桐蔭横浜大学医用工学部の宮坂 力(みやさか つとむ)特任教授らの研究グループは、微弱な近赤外光を吸収できる有機色素を希土類系ナノ粒子に固定化し、その光を「アップコンバージョン※4」により可視光へと変換する技術を開発しました。さらに、このナノ粒子をペロブスカイト太陽電池に組み込むことで、従来の鉛系ペロブスカイト素子では利用できなかった近赤外光を電気に変換することに成功しました。本研究は、従来の限界を超える次世代型の高効率太陽電池の実現に大きく貢献する可能性のある成果です。

本研究成果は、2025年10月23日(木)に『Advanced Optical Materials』に掲載されました。

図:色素増感型希土類アップコンバージョンナノ粒子が太陽光スペクトルの近赤外領域を吸収し可視光に変換、その可視光をペロブスカイトが吸収し発電する。

キーワード

近赤外光、 アップコンバージョン、ペロブスカイト太陽電池、色素増感、希土類ナノ粒子、有機無機ハイブリッド

これまでの研究で分かっていたこと

太陽光発電は再生可能エネルギーの中でも特に期待されている技術であり、その中でも「ペロブスカイト太陽電池」は高い変換効率と低コストな製造法から、シリコンに次ぐ次世代太陽電池として注目を集めてきました。近年の研究により、ペロブスカイト太陽電池はすでに変換効率26%を超える成果を上げており、シリコン太陽電池に迫る性能を示しています。ペロブスカイト太陽電池は、太陽光の中で主に可視光領域の光を利用します。一方で金属にスズ(Sn)を使うことで近赤外の光を利用することもできますが、スズ系ペロブスカイトでは鉛系の材料に比べて品質がまだ十分でなく、また、シリコン半導体のようにバンドギャップが小さいために出力電圧が0.9 V以下に落ちて変換効率も低下するのが欠点でした。

これに対し、この近赤外光を有効に利用する技術のひとつとして「アップコンバージョン」が古くから研究されてきました。アップコンバージョンとは、低エネルギーの近赤外光を吸収し、それを組み合わせて高エネルギーの可視光に変換する現象です。特に希土類イオンを含むナノ粒子は、赤外光を可視光へ変換できる性質を持つため、光デバイスやバイオイメージングなど幅広い分野で注目されてきました。しかし、この希土類材料には大きな課題がありました。光を吸収する能力が非常に低く、レーザーのような強力な光を当てなければ十分な発光を得られなかったのです。そのため、太陽光のような自然光の下では実用化が難しいとされてきました。

そこで近年、新しいアプローチとして「有機色素による光増感」が提案されました※5。有機色素は近赤外光を強く吸収できるため、これを希土類イオンに組み合わせることで光吸収の弱点を補える可能性があると考えられてきました。実際に、近赤外光を吸収する色素をナノ粒子に付加し、そのエネルギーを希土類イオンへと移すことで、弱い励起光でもアップコンバージョン発光を引き出す研究成果が報告されています※6。ただし、色素とナノ粒子の結合安定性、また太陽電池材料との適合性といった課題が残されていました。

つまりこれまでの研究では、ペロブスカイト太陽電池は「可視光の高効率利用」に優れる一方で、「近赤外光を十分に利用できない」あるいは「近赤外光を取り入れると変換効率が低下する」という課題に直面していました。一方、アップコンバージョン技術は近赤外光を利用する有望な手段として知られていましたが、光吸収効率が極めて低いという根本的な制約がありました。本研究では、この問題を解決するために、波長の長い「近赤外光」を光吸収係数の高い有機色素によって効率的に吸収し、そのエネルギーをアップコンバージョン過程を通じて高エネルギーの可視光に変換し、最終的にペロブスカイト層で光電変換に利用する手法を採用しました。このアップコンバージョンを組み込んだペロブスカイト太陽電池により、近赤外光のエネルギーを可視光吸収に相当する高電圧出力へと変換することに成功しました。具体的には、1.2 Vに近い開放電圧を維持しながら赤外光感度を得ることに成功し、エネルギー変換効率として16%以上を達成しました。

今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法 

今回の研究で目指したのは、「ペロブスカイト太陽電池に近赤外光の利用機能を持たせること」でした。ハロゲン化鉛系ペロブスカイトは、太陽光の中で主に可視光領域の光を吸収します。ここで、近赤外光も吸収し、それを可視光に変換して電池に取り込めれば、太陽光をより幅広く利用でき、発電効率の飛躍的な向上が期待されます。

そのために本研究グループは、「有機色素を化学的に結合した希土類系アップコンバージョンナノ粒子」を開発しました(図1)。具体的には、まず近赤外光を強く吸収する有機色素の一つであるインドシアニングリーン(ICG)を選び、その分子を希土類イオンを含むナノ粒子の表面に固定しました。ICGは太陽光の中の近赤外領域の光を効率よく吸収することができ、そのエネルギーをナノ粒子内部の希土類イオンへと渡します。その結果、弱い近赤外光でも希土類イオンから可視光が放出されるようになりました。

さらに、このナノ粒子の表面を「ペロブスカイト(CsPbBr3)」で覆うという界面処理を新たに導入しました(図2)。この処理により、粒子表面でのエネルギー損失が抑えられるだけでなく、太陽電池の本体であるCsPbI3ペロブスカイト層との親和性が高まりました。つまり、異なる材料同士を組み合わせても、結晶構造が乱れたり欠陥が増えたりせず、むしろ滑らかに組み込めるようになったのです。

この改良型アップコンバージョンナノ粒子をCsPbI3太陽電池に導入したところ、従来のセルと比べて光電流密度が顕著に増加しました。つまり、これまで利用できなかった近赤外光がアップコンバージョンナノ粒子により可視光に変換されたのち、ペロブスカイトがそのエネルギーを吸収することで電気へと変換されていることを実証できたのです(図3)。さらに、分光感度スペクトル(IPCE)の測定からも、通常では応答のない近赤外領域で確かな電流応答が確認されました(図4)。これらの結果は、色素→希土類→ペロブスカイトという多段階のエネルギー移動を介した近赤外光での発電が確かに生じていることを示しています。

このようにして本研究では、近赤外光を効率よく吸収できる有機色素と、アップコンバージョン能力を持つ希土類ナノ粒子、そして高効率なペロブスカイト太陽電池を組み合わせるという新しい手法を確立しました。これにより、従来のペロブスカイト太陽電池が抱えていた「近赤外光利用の壁」を越え、太陽光全体をより効率的に活用するための基盤を築いたと言えます。

図1 色素増感型希土類アップコンバージョンナノ粒子の構造と近赤外光照射下での可視光発光の写真

図2  CsPbBr₃で被覆したアップコンバージョンナノ粒子の構造とペロブスカイト受光層への導入した際の断面SEM像

図3 左:色素増感型アップコンバージョンナノ粒子の吸収と発光特性。 発光波長はペロブスカイト層の吸収と一致する。 右:エネルギーダイアグラム。ペロブスカイト層内に置いて、 色素→希土類→ペロブスカイトという多段階のエネルギー移動が生じる。

図4 左:太陽光照射下(1sun)での電流-電圧特性(緑:ナノ粒子あり、黒:ナノ粒子なし)。右:アップコンバージョンナノ粒子を含むペロブスカイト素子の分光感度スペクトル。

研究の波及効果や社会的影響

本研究の成果は、太陽電池のエネルギー変換効率を大きく押し上げる可能性を秘めています。従来、太陽光発電の理論限界(ショックレー・クワイサー限界)は「受光層の吸収帯(バンドギャップ)に基づく設計」によって規定されてきましたが、今回のように近赤外光を可視光へと変換して取り込む仕組みを導入することで、その限界を超える道が開けます。これは学術的にも大きな意義を持ち、太陽電池研究の新しい方向性を提示するものです。

社会的には、再生可能エネルギーの効率向上に直結する成果です。特に太陽光発電は設置面積に制約があるため、同じ面積でより多くの電力を生み出せる技術は、普及を加速させる強力な鍵となります。加えて、今後この技術が大規模なソーラーファームだけでなく、住宅用パネルや携帯機器、さらには建物や車の窓に組み込まれる太陽電池にも応用されれば、日常生活におけるエネルギー自給の可能性を広げることになります。

今後の課題、展望

今回の成果は近赤外光を利用した発電の実証という大きな一歩ですが、実用化に向けてはまだ課題が残されています。まず、色素やナノ粒子が太陽電池内で長期間安定して働くかどうか、耐久性の評価が必要です。ペロブスカイト自体の安定性も未解決の課題であり、湿気や熱による劣化を防ぐ工夫が求められます。また、今回の研究では鉛を含む材料を用いていますが、環境負荷を軽減するためには「鉛フリー」の代替材料を探索することも今後の重要な方向性です。

展望としては、この技術を大面積のパネルへ応用するスケールアップ研究や、さらに高効率な色素やナノ粒子の開発が進めば、理論限界を超える超高効率太陽電池の実現が現実味を帯びてきます。持続可能な社会を支える基盤技術として、再生可能エネルギー利用の大きな進展に寄与することが期待されます。

研究者のコメント

太陽光の中でこれまで利用できていなかった近赤外光を電気に変えることができれば、太陽電池の性能は飛躍的に向上します。本研究はそのための一つの具体的な解決策を提示できた成果だと考えています。今後は安定性や環境性の課題に取り組み、より持続可能で実用的な次世代太陽電池の実現を目指して研究を進めていきたいと思います。

用語解説

※1 近赤外光:
およそ750~2500 nmの領域の光で、人の目には「見えない光」。私たちが地上で受ける太陽光エネルギーの約4割を占める。

※2 希土類:
周期表のランタニド系列(La~Luの15元素)に加えて、スカンジウム(Sc)やイットリウム(Y)を含む17元素を指す。地殻中に比較的豊富に存在する。希土類元素を含むアップコンバージョン材料は古くから報告されており、例えば、イッテルビウム(Yb)イオンからエルビウム(Er)やツリウム(Tm)イオンへのエネルギー移動を介することで、980 nmの近赤外光を青・緑・赤色などの可視光に変換することができる。一方で、アップコンバージョン発光は、希土類イオンの離散的なエネルギー準位間の電子遷移を利用した現象であり、禁制遷移であることから、発光効率が著しく低く(1%程度)、光吸収能も非常に低い(モル吸光係数e = 1-10 dm3mol−1cm−1、有機色素の1/10000)。

※3 ペロブスカイト:
天然鉱物カルシウムチタン酸塩(CaTiO3)の結晶構造に由来する、一般式 ABX₃(A:有機または無機カチオン、B:金属カチオン、X:ハロゲン陰イオン)で表されるペロブスカイト型結晶構造をもつ化合物群の総称。太陽電池分野では主に、ハロゲン化鉛ペロブスカイト(例:CH3NH3PbI3、CsPbI3など)が利用されている。これらの化合物は、高い光吸収係数、長いキャリア拡散長、低い欠陥密度、溶液プロセスによる低温製膜が可能といった特性を有しており、高い光電変換効率を実現できる次世代光電変換材料として注目されている。

※4 アップコンバージョン:
アップコンバージョンとは、2つ以上の光子が連続して吸収されることで、励起波長よりも短波長の光が放出される現象であり、近赤外光などの低いエネルギーの光を可視や紫外光といった高いエネルギーに変換することができる。代表的な機構として、有機系材料の二光子吸収や三重項―三重項消滅、希土類イオンを含むナノ粒子の多段階励起などが挙げられ、古くから研究が行われている。

※5  A. Ishii, M. Hasegawa, “Solar-Pumping Upconversion of Interfacial Coordination Nanoparticles”, Sci. Rep., 7, 41446 (2017).

※6  A. Ishii, Y. Adachi, A. Hasegawa, M. Komaba, S. Ogata, M. Hasegawa, “Multicolor Upconversion Luminescence of Dye-Coordinated Er3+ at the interface of Er2O3 and CaF2 nanoparticles”, Sci. Tech. Adv. Mater., 20, 44-50 (2019).

論文情報

雑誌名:Advanced Optical Materials
論文名:NIR-Harvesting Upconversion CsPbI3 Perovskite Solar Cells with Dye-Hybridized Nanoparticles
執筆者名(所属機関名):Ayumi Ishii,*[a] Shuhei Matsumura,[a] Mitsunori Ota,[b] Ryusuke Mizoguchi,[b] and Tsutomu Miyasaka*[c]*責任著者

[a] Department of Chemistry and Biochemistry, School of Advanced Science and Engineering, Waseda University
[b]Faculty of Life & Environmental Sciences, Teikyo University of Science
[c]Graduate School of Engineering, Toin University of Yokohama

掲載日時:2025年10月23日(木)
DOI: https://doi.org/10.1002/adom.202501682
掲載URL: https://advanced.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/adom.202501682

研究助成

研究費名:JST さきがけ(JPMJPR17P2)A-STEP(JPMJTR23T8)
研究課題名:光エネルギー超高効率利用を可能とする有機無機ハイブリッドアップコンバージョン材料の開発
研究代表者名(所属機関名):石井 あゆみ(早稲田大学)

世代を超えてテロメアDNAを維持する新たな仕組み

著者: contributor
2025年10月24日 16:49

世代を超えてテロメアDNAを維持する新たな仕組み
線虫テロメレースRNAによる「イントロン・ヒッチハイク」

概要

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター配偶子形成研究チームの澁谷大輝チームディレクター、竹田穣基礎科学特別研究員、石田森衛研究員、梶川絵理子テクニカルスタッフⅠ、発生ゲノムシステム研究チームの近藤武史チームディレクター、生命医科学研究センター高機能生体分子開発チームの田上俊輔チームディレクター、東京大学定量生命科学研究所の齊藤博英教授、早稲田大学理工学術院の浜田道昭教授らの国際共同研究グループは、線虫[1]のテロメレース[2]RNAが遺伝子のイントロン[3]中に存在することを発見し、生殖細胞でテロメア[2]が次世代に向けて伸長される新しいメカニズムを解明しました。
本研究成果は、世代をまたいでDNAを継承する生物生存戦略の新たな分子メカニズムを提案し、生命進化の理解に貢献するものです。
真核生物のDNA末端にあるテロメアは細胞分裂のたびに短縮するため、やがて細胞は染色体を維持できなくなり寿命を迎えます。しかし、次世代へと引き継がれる唯一の細胞系譜である生殖細胞では、テロメアが伸長されて次世代に伝達され、世代を経てもテロメアが短縮することなく、種の存続が担保されます。
今回、国際共同研究グループは、テロメアを伸長する酵素の活性化に必須なテロメレースRNAを線虫で同定したところ、既知の生物種の中で唯一、線虫のテロメレースRNAだけが、タンパク質をコードする遺伝子のイントロンに存在する特殊なRNAであることを発見しました。生殖細胞で発現する遺伝子のイントロンにテロメレースRNAが「ヒッチハイク」することで、次世代に向けた生殖細胞特異的なテロメアの伸長を行い、種の存続を保証するという巧妙な仕組みが明らかになりました。
本研究は、科学雑誌『Science』オンライン版(10月23日付:日本時間10月24日)に掲載されました。

イントロン・ヒッチハイクにより線虫の生殖細胞(青)で発現するテロメレースRNA(赤)

 

背景

真核生物の染色体は線状のDNAで構成されています。細胞が分裂するとき、染色体DNAはDNA合成酵素の働きにより複製されますが、酵素反応の仕組み上、染色体末端のDNA(テロメア)には複製できない領域が残されます。従ってテロメアは細胞分裂のたびに短縮され、これにより、体をつくる細胞の寿命(分裂回数の上限)が規定されます。一方、次世代へと引き継がれる唯一の細胞系譜である生殖細胞では、テロメアが十分に伸長されて次世代に伝達されることで、種の存続が担保されています(図1左)。もしテロメアが生殖細胞で伸長されなければ、テロメアは世代を経るごとに徐々に短縮され、最終的に種は絶滅に至ります。
テロメアの伸長には、細胞分裂の際に働くDNA合成酵素とは異なる「テロメレース」と呼ばれる酵素が必要なことが知られています。テロメレースは、タンパク質とRNAから成るホロ酵素[4]として機能し、RNAを鋳型として逆転写反応[5]によりDNAを合成し、テロメアを伸長させます(図1右)。例えば、半永続的に増殖する多くのがん細胞では、このテロメレースが異常に活性化することでテロメアが維持され、分裂限界を超えて半永続的に増殖できます。一方、健康な生体内では、例外的に幹細胞と生殖細胞のテロメレースが活性化されています。特に生殖細胞では、その特別に長いテロメアを維持するために、体性幹細胞にも増してテロメレースの活性が高いことが知られています。転写制御など一部の調節機構は明らかになってきているものの、テロメレースの組織特異的な活性化メカニズムの全体像はまだ十分には解明されていません。

図1テロメアの長さの制御

 

左:テロメアは細胞分裂のたびに短縮するが、がん化した細胞や体性幹細胞ではテロメレースが活性化することで、比較的長いテロメアが維持される。生殖細胞は中でも特殊で、次世代へとテロメアを伝達するために、非常に長いテロメアが維持されるが、そのメカニズムの多くは未解明である。
右:テロメレースは逆転写酵素であるタンパク質と鋳型RNAから構成される。逆転写反応により、RNAを鋳型としてテロメアDNAを合成する。

澁谷チームディレクターは、生殖細胞におけるテロメレース活性やテロメアが世代を超えて維持される仕組みを調べるため、世代時間が3日と短い線虫(Caenorhabditis elegans、以下C. elegans)を用いて研究してきました。C. elegansのテロメレースの構成分子のうち、テロメレースタンパク質TRT-1は、ヒトのテロメレースタンパク質との相同性から、2006年に同定されています。しかし、その酵素活性に必須な相方となるテロメレースRNAは、先行研究における試行錯誤にもかかわらず、C. elegansやその他の線形動物門に属する線虫類いずれにおいても発見されていませんでした(図2)。これは線虫類のテロメレースRNAが他の動物のものとは全く異なる配列や構造を有する可能性や、あるいは特殊なゲノム上の位置に存在することで、通常の遺伝子予測では発見が難しい特殊なRNAであることに起因すると推測されていましたが、詳細は明らかになっていませんでした。

図2 後生動物のテロメレースRNA

 

海綿動物からヒトに至る多くの後生動物でテロメレースRNAが同定されている。これらは全て独自のプロモーターから転写されるnon-coding RNA遺伝子としてコードされており、H/ACAタイプの核小体低分子RNA(snoRNA)に似た配列を持つ。線虫を含む線形動物門では、いまだにテロメレースRNAは未同定であった。なお昆虫類では例外的に、H/ACAタイプとは異なる核内低分子RNA(snRNA)タイプのテロメレースRNAを持つもの(ハチ目)、small non-coding RNAタイプを持つもの(鱗翅目(りんしもく))、トランスポゾン転移型のテロメアを持つもの(ショウジョウバエ)がいる。

研究手法と成果 

テロメレースの発現量は多くの生物において、テロメアの異常な伸長を防ぐために必要最小限に抑えられていることが知られています。この絶対量の少なさが生体内でテロメレースを研究する上での大きな障壁の一つになっています。国際共同研究グループは、C. elegansのテロメレースRNAを同定するために、まず遺伝子改変した線虫個体からテロメレースタンパク質TRT-1を大量につくらせて、精製し、そこに結合するRNAをeCLIP法[6]により回収するスクリーニング手法を考案しました。その結果見つかったRNAは、予想外なことにモータータンパク質[7]をコードする遺伝子nmy-2[7]のイントロン領域の配列であることが分かりました(図3)。国際共同研究グループはこのRNA配列をテロメレースRNAの候補として、「telomerase RNA component-1(terc-1)」と命名しました。

図3 C. elegansテロメレースRNA「terc-1」の発見

 

テロメレースタンパク質TRT-1に結合するRNAを回収し、その配列を解読した。さまざまな長さのRNAが回収されたが、それらと一致するゲノム配列を検索したところ、モータータンパク質をコードする遺伝子nmy-2のイントロン領域のセンス鎖(タンパク質合成に直接関わる情報を含む鎖)に集中していた。この領域には、C.elegansのテロメアDNA配列に見られる繰り返し配列5’-(TTAGGC)-3’に相補的な「鋳型配列(5’-UAAGCCUAAG-3’)」が含まれていた。一方、TRT-1なしにRNAを回収した場合には、nmy-2遺伝子に対応する配列は見いだされなかった(コントロール)。

イントロンは、遺伝子内にあるいわゆる「ジャンク配列[3]」であり、通常は遺伝子が転写された後に切り捨てられて分解されます。イントロンに存在する長鎖非コードRNA[3](intronic long non-coding RNA)がテロメレースRNAを生成する例は、菌や植物を含めた全真核生物でこれまで報告がなく、この実験結果はにわかには信じ難いものでした。しかし、C. elegansに近縁な他の線虫類においても、nmy-2のイントロン領域に類似した配列が確認され、これらは2次構造の面でも高い類似性を示したことから、terc-1が線虫類に保存された配列であることが分かりました。また、①terc-1の配列には、C. elegansテロメアDNAに相補的な「鋳型配列[8]」が含まれていました(図3)。②terc-1配列を欠失させた遺伝子改変線虫は世代を経るごとに徐々に産仔(さんし:出産)の数が減少し、最終的に約15世代以内に死滅しました。③これらの遺伝子改変線虫のテロメアDNAの長さを調べたところ、世代を経るごとに徐々にテロメアが短縮していました(図4)。これらの観察結果などから、terc-1がテロメレースRNAとしての機能を有しており、世代を超えたテロメアの維持や個体群の存続に必須な役割を持つことが証明されました。

図4 terc-1変異体で見られるテロメアの経世代的な短縮

 

C. elegansの全細胞からDNAを回収し、テロメアの長さを可視化した電気泳動像。テロメアの長さは細胞によってさまざまだが、野生型C. elegansの泳動像と比較し、terc-1の全長を欠損させた個体や鋳型配列を欠損した個体、およびテロメレースタンパク質TRT-1を欠損させた個体では、テロメアが世代を経るごとに徐々に短縮することが分かる。これらの欠損個体群は、最終的に約15世代で死滅した。kbp(k=1,000、bp=塩基数):核酸の長さを表す単位。

次に国際共同研究グループは、C. elegansの細胞内でterc-1が生成される仕組みを調べました。マウスやヒトの場合は、テロメレースRNAをつくるための専用の遺伝子が存在し、その遺伝子からまず前駆体RNAが転写された後、不要な配列が削られて成熟したテロメレースRNAになります。一方、C. elegansでは、nmy-2遺伝子が転写された後にイントロンが切り離される過程である「スプライシング[9]」がterc-1の発現に必須であり、このスプライシングを阻害するような変異を入れた線虫株ではterc-1が全く発現せず、terc-1欠損個体同様にテロメアの経世代的な短縮が観察されました。さらに、前駆体RNA(スプライシングされたイントロンRNA)から不要な配列を削り「成熟型のテロメレースRNA(terc-1)」を形成する過程はC. elegansにも存在しましたが、この過程を担うタンパク質は哺乳類のものとは異なり、RNA分解酵素に近いものであることが分かりました。
最後に、国際共同研究グループは「なぜterc-1はnmy-2遺伝子のイントロンに存在する必要があるのか」という最大の疑問に答える検証実験を考案しました。そこで、terc-1を本来のnmy-2遺伝子のイントロンから、組織特異的な発現を示す別の遺伝子のイントロンに移植した遺伝子改変C. elegansをゲノム編集技術により作製し、経世代的に観察することでその個体群が存続可能かを検証しました。
その結果、生殖細胞特異的に発現する遺伝子や、生殖細胞を含む全身細胞に発現する遺伝子のイントロンにterc-1を移植した個体群ではテロメアが世代を超えて維持されることが明らかになりました(図5)。またこれらの個体群は実験室で半永久的に継代飼育することが可能でした。それに対して、生殖細胞では発現しない遺伝子(例えば皮下組織、筋組織、神経細胞、咽頭組織特異的な遺伝子)のイントロンにterc-1を移植した個体群は、terc-1欠損個体同様にテロメアの極度な短縮により約15世代以内で絶滅することが明らかになりました(図5)。

図5 terc-1の移植実験

 

terc-1をnmy-2遺伝子のイントロンから、組織特異的な発現を示す遺伝子のイントロンへと移植した(左図)。生殖細胞特異的に発現する遺伝子(pgl-1)や、生殖細胞を含む全身で発現する遺伝子(eft-3)のイントロンに移植した場合のみ、後期世代においてもテロメアが野生型と同じレベルの長さに維持されていた(右図)。Chr:Chromosomeの略で染色体。

nmy-2遺伝子も、生殖細胞で発現が亢進(こうしん)することが知られており、これらの実験結果を併せて考えると、terc-1が生殖系列で活性化する遺伝子のイントロンに「ヒッチハイク」することで、ホスト遺伝子のプロモーター[10]依存的に発現し、スプライシング過程を経て成熟し、生殖細胞におけるテロメアの伸長を担保しているという、大変巧妙な種の生存戦略が浮かび上がってきました。
また、生殖腺だけで特異的に発現するpgl-1遺伝子のイントロンに移植した場合でもテロメアが経世代的に維持されたことから(図5)、C. elegansでは生殖細胞以外の全身の細胞のテロメアを維持する上で、生殖腺におけるテロメレースの活性化が必要十分であることも同時に証明されました。

今後の期待

テロメレース活性化のメカニズムはこれまで細胞のがん化との関連で盛んに研究されてきましたが、本研究を皮切りに、正常な生体内におけるテロメレース活性化制御の研究が進展することが期待されます。テロメレースの活性化は幹細胞の維持や種の存続に必須であり、その制御メカニズムの解明は基礎生物学および医学的な観点から今後重要な課題といえます。
本研究で見つかったnmy-2遺伝子イントロン中のテロメレースRNA様の配列は、C. elegansのみならず、近縁種のC. briggsaeやC. japonicaにおいても存在することから、イントロン・ヒッチハイクによるテロメレースRNA発現制御は線虫類に広く保存されたメカニズムであると考えられます。一つの仮説として、タンパク質をコードしない機能的RNAを組織特異的に発現させる仕組みとして、イントロン・ヒッチハイクはテロメレースRNAにとどまらず、経世代的なエピジェネティック形質の遺伝や生殖細胞の発生に機能する非コードRNAやsmall RNA[3]などにも同様に用いられている可能性があります。本研究から浮かび上がったこの新たな問いを追究することで、世代を超えて(進化のレベルでは種を超えて)生物が存続する「連続性」の秘密が解き明かされていくことが期待されます。

論文情報

<タイトル>
Nematode telomerase RNA hitchhikes on introns of germline-up-regulated genes
<著者名>
Yutaka Takeda, Masahiro Onoguchi, Fumiya Ito, Io Yamamoto, Shunsuke Sumi, Tatsuyuki Yoshii, Morié Ishida, Eriko Kajikawa, Jingjing Zhang, Osamu Nishimura, Mitsutaka Kadota, Shunsuke Tagami, Takefumi Kondo, Hirohide Saito, Michiaki Hamada, and Hiroki Shibuya
<雑誌>
Science
<DOI>
10.1126/science.ads7778

補足説明

[1] 線虫
線形動物門に属する体長1mmほどの多細胞生物。総細胞数がわずか1,000個と少数ながら、消化器官・神経・筋肉・生殖組織など、動物の基本的な構造を備えている。さらに世代時間が3日と短いことから、寿命研究のモデル動物としても利用されている。

[2] テロメレース、テロメア
DNA合成酵素は鋳型鎖の末端までDNAを複製することができないため、DNAは複製のたびに少しずつ短くなっていく。しかし、真核細胞のゲノムDNA末端には特徴的な繰り返し配列が存在し、こうした末端の短縮が直ちに遺伝情報に影響を与えないようになっている。この末端配列と、染色体末端を保護するタンパク質から成る構造をテロメアと呼ぶ。また、テロメアDNAを伸長する酵素をテロメレース(テロメラーゼ)と呼ぶ。

[3] イントロン、ジャンク配列、長鎖非コードRNA、small RNA
ゲノムDNAの配列のうち、遺伝子として機能する以外の機能不明な配列はしばしばジャンク(がらくた)と呼ばれる。ヒトゲノムの場合、全ゲノムの3分の2は転写されていると推定されているが、そのうちタンパク質の配列情報がコードされた領域(エキソンと呼ばれる)はごくわずかであり、mRNAが成熟する過程で切り離され分解される配列(イントロン)など、タンパク質情報を持たない「非コードRNA」が大半を占める。長鎖非コードRNAは、非コードRNAのうち200塩基よりも長いものを指し、このうちイントロンに存在するものを特に長鎖非コードRNA(intronic long non-coding RNA)と呼ぶ。一方、長さが20~30塩基程度の短い非コードRNAをsmall RNAと呼ぶ。

[4] ホロ酵素
タンパク質成分の他に、活性に必要な非タンパク質成分を含む酵素。テロメレースはタンパク質と鋳型RNAから成るホロ酵素に分類される。

[5] 逆転写反応
RNAを鋳型にして相補的なDNAを合成する酵素反応。

[6] eCLIP法
タンパク質とそこに結合するRNAを生体内において架橋し、その後目的のタンパク質を結合RNAと共に精製する手法。精製されたRNAは、配列が読まれた後、ゲノム上にマッピングされる。これにより目的のタンパク質に結合するRNAの塩基配列とそのRNAをコードするDNA領域が網羅的に決定される。

[7] モータータンパク質、nmy-2
ミオシンのように、細胞内でアデノシン三リン酸(ATP)の分解で生じる化学エネルギーなどを用いて、力学的な仕事をするタンパク質をモータータンパク質と呼ぶ。nmy-2は、線虫の生殖細胞などで発現する非筋肉型ミオシン遺伝子。

[8] 鋳型配列
テロメレースがテロメアを合成する際に鋳型として用いられるRNA配列。テロメアDNA配列と相補的な10塩基程度のRNA配列がこの鋳型配列として機能する。

[9] スプライシング
遺伝子が発現する過程で、DNAからRNAが転写されたのち、ジャンク配列であるイントロンが切り離される過程を指す。スプライシングにより、RNAはタンパク質などをコードするエキソン領域だけがつなぎ合わされた成熟RNAになる。一方、スプライシングで切り離されたイントロンは、通常分解されて捨てられる。

[10] プロモーター
DNA上で遺伝子の上流に存在し、遺伝子の転写のスイッチとして機能する配列。ある遺伝子が組織特異的に発現する場合、このプロモーター配列が組織特異的な転写のon/offを決定していることが多い。

国際共同研究グループ

理化学研究所
生命機能科学研究センター
配偶子形成研究チーム
チームディレクター 澁谷大輝  (シブヤ・ヒロキ)
基礎科学特別研究員 竹田 穣  (タケダ・ユタカ)
研究員 石田森衛  (イシダ・モリエ)
テクニカルスタッフⅠ 梶川絵理子 (カジカワ・エリコ)
発生ゲノムシステム研究チーム
チームディレクター 近藤武史  (コンドウ・タケフミ)
技師 西村 理  (ニシムラ・オサム)
技師 門田満隆  (カドタ・ミツタカ)
生命医科学研究センター
高機能生体分子開発チーム
チームディレクター 田上俊輔  (タガミ・シュンスケ)

東京大学 定量生命科学研究所
教授 齊藤博英  (サイトウ・ヒロヒデ)
講師 吉井達之  (ヨシイ・タツユキ)
特任助教 角 俊輔  (スミ・シュンスケ)
大学院工学系研究科
特別研究学生 井藤郁弥  (イトウ・フミヤ)
(京都大学大学院 医学研究科 医科学専攻 大学院生)

早稲田大学 理工学術院 先進理工学部
教授 浜田道昭  (ハマダ・ミチアキ)
主任研究員 小野口真広 (オノグチ・マサヒロ)

ヨーテボリ大学(スウェーデン)
博士研究員(研究当時) 山本唯央  (ヤマモト・イオ)
博士研究員 ジンジン・ジャン (Jingjing Zhang)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業挑戦的研究(開拓)「超世代的テロメアDNA維持機構の解明(研究代表者:澁谷大輝)」、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団による助成を受けて行われました。

局面にフィットする”切り紙型”熱電発電デバイス

著者: contributor
2025年10月22日 14:14

局面にフィットする“切り紙型”熱電発電デバイス
高いフレキシブル性能と高い発電性能の両立を実現

ポイント

  • 薄いフィルム基板に切り込みを入れて立体化する切り紙の構造を利用し、人体などの曲面熱源に貼付可能でありかつ 高い発電性能を有する熱電発電デバイスを実現しました。
  • 平面状態で熱電素子を実装するため、熱電発電において有利な細長い熱電素子を容易に実装可能です。
  • 切り紙構造により立体的にすることで、平面状態よりも熱電素子に温度差が付き高い電力を発電可能です。
  • 切り紙構造により高いフレキシブル性を有しており、曲率半径0.1mmの屈曲変形や1.7倍に伸ばす延伸変形が可能です。
  • 今回考案した構造は、曲面の熱源に追従可能であるだけでなく放熱フィンとなる天板部も有しているため、高い発電性能を有しています。
  • ヒトの皮膚に貼付した際に体温を無線送信できることを示し、ウェアラブルIoT機器への応用可能性を示しました。

概要

近年、IoT (Internet of Things) デバイス※1の自立電源として、温度差から電力を得るフレキシブル熱電発電デバイスが注目されていますが、曲げたり伸ばしたりするフレキシブル性能と高い発電性能を両立させることは困難でした。

早稲田大学 理工学術院 岩瀬英治(いわせ えいじ)教授寺嶋真伍(てらしま しんご)講師(任期付き)らの研究グループは、熱電発電デバイス(Thermoelectric Generator: TEG)※2の新構造として図1のような切り紙構造の一種である「ポップアップ切り紙構造※3」を考案し、フレキシブル性能と高い発電性能の両立を実現しました。具体的には、曲率半径0.1㎜の屈曲変形や1.7倍の延伸変形させることができるにもかかわらず、これまで提案されたフレキシブル熱電発電デバイスの発電能力を凌駕しました。

このことを活かした応用として、曲面熱源であるヒトの体表に貼付し、ヒトの体温と空気の温度差で生じる発電を利用して体温の無線送信にも成功し、これまでにない発電性能を有した熱電発電デバイスであることを実証しました。今後、ウェアラブル機器や医療・福祉分野への応用が期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「npj Flexible Electronics」のオンライン版に2025年10月21日に公開されました。

論文名: Pop-up kirigami thermoelectric generator with high stretchability and conformal thermal interfaces

図1 曲げ変形および伸縮変形が可能なポップアップ切り紙型熱電発電デバイス(図中のNはN型の熱電素子を示し、PはP型の熱電素子であることを示す)

これまでの研究で分かっていたこと

IoTデバイスやウェアラブル機器の普及に伴い、バッテリー交換不要で環境から電力を得られる発電技術が注目されています。中でも、ヒトや配管のような曲面から熱を利用できるフレキシブル熱電発電技術は有望視され、近年、研究が盛んに行われています。

従来の研究において、シリコーンゴムなどのゴム材料を基板材料として適用することで、フレキシブルな熱電発電デバイスは提案されているものの、ゴム材料の熱抵抗が高く発電量を大きく損なっていました。すなわち、フレキシブル性能と高い発電性能にはトレードオフの関係がありました。そのため、材料に依らず構造によってフレキシブル性能を得る方法として、折り紙や切り紙の構造を利用したフレキシブル熱電発電デバイスが注目され始めました。しかしながら、これまでフレキシブル熱電発電デバイスに適用された折り紙や切り紙の構造は、ミウラ折り※4や七夕飾り(天の川)※5の構造といった一般的な折り紙や切り紙の構造であり、熱源への接触が面接触ではなく線接触であったり、大気への放熱面がないなど、熱電発電デバイスには不向きな構造でした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、熱電発電デバイスが抱えるフレキシブル性能と高い発電性能の両立が困難であるという課題を解決するため、新たな切り紙構造である「ポップアップ切り紙構造」を考案しました。

非伸縮性材料の薄いフィルム基板に切り線パターンを施し、平面状態で熱電素子を実装した後、立体的に展開させることで屈曲性・伸縮性を実現させ、多様な曲面熱源への適合性を可能にしました。

性能評価の結果、曲げや延伸といった変形を加えても、フラットな状態と同等の発電性能を維持できることを確認しました。また、曲率半径0.1mmの屈曲変形や1.7倍に伸ばす延伸変形が可能であることを示しました(図2)。したがって、緩やかに曲がった熱源のみならず、90度に曲がった角を持つような熱源であっても貼付可能です。

らに、開発した熱電発電デバイスを無線送信回路と接続したセンシングの実証では、ヒトの体表に貼付し、ヒトの体温と空気の温度差で発電することで、体温の無線送信実証にも成功し、ウェアラブルIoT機器としての有用性を実証しました。これまで、ヒトの皮膚の体温(34℃程度)と大気(22℃)の温度差から無線送信が可能な電力(100 μW)を得るのは困難であり、本熱電発電デバイスが高い発電性能を有しているといえます。これにより、電池交換や廃棄の必要無しに、血圧や体温などの健康状態をモニタリングすることが可能となります。

図2 各種変形時の性能計測結果

研究の波及効果や社会的影響

本研究により、従来困難だった「高いフレキシブル性能と高い発電性能を有する熱電発電」が可能となり、IoTデバイスやウェアラブル機器のメンテナンスフリー化が現実となります。また、以下のような波及効果と社会的インパクトを有しています。

1.エネルギー自立型IoT社会への貢献:

電池交換の不要な自己発電型センサとして、IoTネットワークの信頼性・持続性を大きく向上させることが可能です。特に、センサが多数設置されるスマートシティやインフラモニタリングにおいて、メンテナンスコストの低減と長期運用が期待されます。

2.ウェアラブルヘルスケアの進展:

人体に密着して安定した発電が可能であることから、バイタルサインを常時測定するヘルスケアデバイスへの応用が可能です。患者の体温や状態をリアルタイムで把握することにより、遠隔医療や高齢者の見守り支援にもつながります。

3.災害・非常時の電源確保

やかんなど身近な熱源から電力を得られるため、停電時や災害時にも携帯端末や通信機器の動作に必要な電力を確保でき、非常用電源としての有効性が期待されます。特に電力インフラの整わない地域や緊急避難所などにおいて大きな社会的価値を持ちます。

4.切り紙構造技術の新展開

これまでアートや一部の機構設計に限られていた切り紙技術を、熱設計と融合し、高性能なエネルギーデバイスへと展開した本研究は、複数分野にわたる融合研究の先駆例となります。

課題、今後の展望

本研究で提案したポップアップ切り紙構造は、本研究で用いた細長く硬い熱電素子だけでなく、カーボンナノチューブ(CNT)シートのような薄膜の熱電素子にも適用可能な構造であるため、様々な熱電材料へ展開することが考えられます。さらに、現在のフレキシブル基板で一般的に用いられている、ポリイミド銅基板を基板材料として用いており、立体化の工程以外は現在のフレキシブル基板の製造工程で実現可能なため、量産化・大面積への展開が容易であると考えています。

低コストで製造可能なフレキシブル熱電発電デバイスを開発することで、IoTセンシングデバイスやウェアラブル機器に利用可能な自立型電源を実現できると考えられます。

研究者のコメント

切り紙は、折り紙に比べると国際的な認知度がやや低めではありますが、学術的にも興味深い特徴を多数持っているため、電子デバイスとの相性は良いです。熱電材料のみならず今回提案したように構造についての研究が広く行われ、国際的に広く使用される未来を期待します。

キーワード

切り紙、熱電発電、IoT (Internet of Things)、フレキシブル電子デバイス、ストレッチャブルディスプレイ、ウェアラブル機器、次世代エレクトロニクス

用語解説

※1  IoT (Internet of Things) デバイス
センサや家電、機械などの「モノ」がインターネットにつながり、データを送受信する仕組みを指します。温度や動きなどを自動で測定・制御でき、スマート家電や医療機器、工場の監視装置などに広く使われています。電池交換が難しい場所で使われるため、自己発電機能を備えたIoTデバイスが期待されています。

※2 熱電発電デバイス(Thermoelectric Generator: TEG)
デバイスの両端に与えた温度差に対して、電圧が発生する熱電効果(ゼーベック効果)を利用した発電デバイス。デバイスに生じる温度差が発電量につながるため、温度の高い熱源には密着し、温度の低い大気には良く放熱することが重要である。

※3 ポップアップ切り紙構造
長手方向に圧縮することで高さ方向に立ち上げることのできる切り紙構造であり、電子部品を載せる平らで変形しない面を持ち、構造全体を引き伸ばすことができます。立ち上げ後には、熱電素子が実装された脚部は無変形であるため平面を保ったまま曲げ伸ばしができる構造です。

※4 ミウラ折り
日本の航空宇宙工学者・三浦公亮先生が考案した折り紙構造で、折り紙工学の分野において最も有名な折り紙構造です。折り紙工学における周期的パターン構造の一つで、平面を山折りと谷折りでタイル状に配置することで、1自由度構造として折り畳み・展開できるのが特徴です。人工衛星の太陽光パネルなどに応用されています。

※5 七夕飾り(天の川)
紙などのシート材に規則的で平行なスリットが入った構造で、引き伸ばすことができないシート材であっても、引き伸ばしが可能になります。引き伸ばすと、立体的で規則的な網目状パターンが現れるため、日本の七夕の時期には装飾品として扱われます。

論文情報

雑誌名:npj Flexible Electronics
論文名:Pop-up kirigami thermoelectric generator with high stretchability and conformal interfaces
執筆者名:Shingo Terashima(早稲田大学)*、Eiji Iwase(早稲田大学)
*:責任著者
掲載予定日時(現地時間):2025年10月21日
掲載予定日時(日本時間):2025年10月21日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41528-025-00454-z
DOI:https://doi.org/10.1038/s41528-025-00454-z

研究助成

研究費名:NEDO先導研究プログラム/未踏チャレンジ
研究課題名:切り紙型熱電デバイスによる自立無線センサシステムの研究開発
研究代表者名(所属機関名):岩瀬英治(早稲田大学)

2025年度 W-SPRING・W-SPRING-AI博士フォーラムを開催

著者: contributor
2025年10月22日 14:13

2025年9月19日(金)、早稲田大学国際会議場において「W-SPRING・W-SPRING-AI博士フォーラム」を開催しました。

本フォーラムは、博士後期課程への進学を後押しするとともに、研究力向上とキャリアパスの多様化を支援するために国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が展開する事業である「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」および「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業(BOOST)」の支援を受け、本学が運営している「早稲田オープン・イノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING)」および「早稲田次世代AIイノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING-AI)」について、成果報告、分野融合・学生同士のネットワーク構築および将来の共同研究実施のきっかけの場作りを目的として開催するものです。

昨年度に続き2回目の開催であり、12の研究科からW-SPRINGおよびW-SPRING-AIの支援学生約200名が一堂に会し、交流を深めました。

冒頭、本学常任理事・W-SPRING事業統括の本間敬之(理工学術院・教授)から、本フォーラム開催にご協力くださった産業界等の方々への御礼とともに、学生に対して「W-SPRINGやW-SPRING-AIではイノベーションを牽引する博士人材を育成することを目的としていますが、博士の研究はしっかり深掘りしながら、それが社会にとってどのような価値があるのか、どのように産業に貢献するか、という意識を持ってもらいたいと考えています。本日は幅広い分野の博士課程に在籍する仲間が多く参加しています。このような機会を活用し、異分野の学生との議論を通して、俯瞰的に物事を見る力をつけてもらいたいと思います。ぜひ、学生同士の交流を深めてネットワークを広げてください。」と、メッセージが送られました。

常任理事・W-SPRING事業統括 本間敬之(理工学術院・教授)

続く、来賓の文部科学省科学技術・学術政策局長の西條正明氏からは、「博士課程で日々研究に邁進される皆さんは、まさに知のフロンティアを切り開く先駆者です。博士人材の持つ深い専門知識と課題発見解決能力などの汎用的能力や新たな知を創造する力は、イノベーションの質とスピードを強化し、企業の競争力を格段に向上させるものと確信しております。社会の多様なフィールドで活躍できる博士人材が育ち活躍することで、博士人材の価値が一層高まり、優秀な学生が博士課程に進学するという好循環を生み出すことが可能になると考えております。私どもも、昨年『博士人材活躍プラン』をとりまとめ、今年は経済産業省と共同で設置した有識者会議で『博士人材の民間企業における活躍促進に向けたガイドブック』『企業で活躍する博士人材ロールモデル事例集』『博士人材ファクトブック』の3点をとりまとめ、博士人材の活躍・活用を企業に伝える取り組みを行っています」と、博士学生への期待と、博士人材を応援する活動の紹介をいただきました。

文部科学省科学技術・学術政策局長 西條正明氏

また、W-SPRING-AI事業統括の鷲崎弘宜(理工学術院・教授)からは、本フォーラムの趣旨説明として学生に向けて、「三つの狙い」が伝えられました。

  1. アカデミアだけでなく、様々な業種の企業からも多くの人においでいただいている。自分の研究が社会においてどのように貢献できるか、どう実装を進めるかを考える機会としてもらいたい。
  2. 新しいアイデアやイノベーションは異分野の交流・連携から生まれる。今日は約200人の博士人材が集まっており、その中で少なくとも一人は自分の研究とのつながりや発展を見出せる人がいるはずである。ぜひ、その一人を見つけてほしい。そうした異分野連携を奨励すべく、学生間の異分野連携相乗型共同研究を募集する予定である。
  3. ポスターセッションやグループワーク、交流会などで、積極的に交流を進め、ヒューマンスキルを磨いてもらいたい。

W-SPRING-AI事業統括 鷲崎弘宜(理工学術院・教授)

趣旨説明ののち、30分ごと、4パートに分けてポスターセッションが行われました。全パートにおいて研究分野を限定せず混在させながら、ポスターには統一して自己紹介、研究概要、キャリアデザインを記載するフォーマットとすることで、異分野の学生が議論に入りやすい工夫を取り入れました。学生たちは、異分野のポスター発表にも積極的に参加して質問を重ね、議論を深めていました。

ポスターセッションの様子:時には複数の分野の学生がディスカッションする様子も見られた

ポスターセッションの様子:いずれのグループの学生も、指定されたセッション時間中、非常に真剣に研究成果やキャリアデザインについて議論した

午後の部は、まず2025年度より開始した異分野融合研究プロジェクトについて、今年度採択された2件のプロジェクトの発表がありました。

  1. The neural mechanisms underlying listening difficulties: A focus on speech perception and production.
  2. Visualizing the learning effects of “Failure”: An interdisciplinary approach to elucidating learning processes.

異分野融合研究プロジェクト発表の様子

次に基調講演として、W-SPRING-AI副事業統括の尾形哲也(理工学術院・教授)から“Embodied AI: Empowering robots with foundation models”というタイトルでロボット研究の最前線や社会実装に向けた活動の紹介がありました。

オンラインで講演したW-SPRING-AI副事業統括 尾形哲也(理工学術院・教授)

続いて行われたグループワークでは、「AIがどれほど進化してもなお、人間にしか解決できない課題とは何だろうか?」をテーマに、異分野のグループに割り振られた博士学生たちがディスカッションを重ね、その結果を2分間のプレゼンテーション資料としてまとめ、発表しました。各グループに、産業界やアカデミアで活躍するファシリテーターが1名ずつ参加し、議論を始めるきっかけやテーマに関する助言をもらいながらグループワークが進められました。プレゼンテーションでは、内容の充実度はもちろんのこと、短い時間で聴衆に印象を残すための資料や話し方の工夫が多く見られました。すべてのグループの発表後、ファシリテーターを代表して6名から、総評と企業紹介がありました。

グループワークの様子:自由にツールを用いながら議論を積み上げていく学生たち

グループワークの様子:グループワーク終盤では、プレゼンテーションでどう引き付けるか、にもこだわる様子がみられた

グループワークを終えたのち、発表の様子

懇親会・ネットワーキングでは、ファシリテーターから「いかに良い『問い』を見つけるかを博士研究においても意識してほしい」「今回のように、分野に横串を通してチームで議論を進められるのが早稲田の良いところである」「グループワークでは『AIにできないこと』が問いであったが、ビジネスの視点からは『AIに(だけ)できることが何か』を探すことも重要」といったコメントをいただきました。

様々な分野、学年の博士学生たちが、自身の持つ知見を用いて意見を交わし、多様な業界・業種のファシリテーターの助言を受け入れながらより良い結果を導き出そうとする様子が、今後の日本を牽引する博士人材として頼もしく感じられたイベントとなりました。

 

 

早稲田オープン・イノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING)

将来の我が国の科学技術・イノベーションの基盤となり、社会課題の解決に取り組む博士学生を育成するとともに、博士の多様なキャリアパスを確立させることを目指して、2021年度から開始し、2024年度から2期目を迎えた博士学生支援プログラムです。経済的支援として、博士学生一人当たり最大で年間290万円を240人に、最長3年間支給するとともに、学位取得後を見据えたキャリア開発・育成コンテンツをカリキュラムに組み込むことで、博士人材が産業界で幅広く活躍するための素養を身に付け、社会実装を目的とした融合的研究に専念できるよう支援しています。

本プログラムの実施を通じて、社会の課題解決と産業界のニーズに応え得るべく、博士課程の教育改革をこれまで以上に押し進め、日本の産業競争力の強化と社会の持続可能な発展に寄与していきます。

(本プログラムは、文部科学省/JST「次世代研究者挑戦的研究プログラム<Support for Pioneering Research Initiated by the Next Generation(SPRING)>」に採択されています)

早稲田次世代AIイノベーション・エコシステム挑戦的研究プログラム(W-SPRING-AI)

博士学生が、領域横断に AI イノベーションを生み出し続け、世界的な AI 技術・応用の研究をリードし、同分野の研究を本格的に推進・先導するリーディングサイエンティストに成長することを目指して、2024年度から博士学生への支援を開始いたしました。経済的支援として、博士後期課程の学生一人当たり最大で年間390万円を最長3年間支給するとともに、学位取得後を見据えた育成コンテンツをカリキュラムに組み込むことで、次世代AI分野に関する高度な専門性と研究遂行能力を身に付けると同時に、自身の研究に専念できるよう支援します。

本プログラムの実施を通じて、次世代 AI 分野におけるイノベーション創出や日本の産業競争力強化に貢献していきます。

(本プログラムは、文部科学省/JST「国家戦略分野の若手研究者及び博士後期課程学生の育成事業 次世代AI人材育成プログラム(博士後期課程学生支援)」に採択されています)

ユーティリティデータを活用した業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始

著者: contributor
2025年10月15日 15:38

ユーティリティデータを活用した業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始
~地域のリソース最適活用と脱炭素社会の実現を目指して

学校法人早稲田大学スマート社会技術融合研究機構(以下:早稲田大学)、株式会社 REDER(以下:REDER)、株式会社ネクステムズ(以下:ネクステムズ)、株式会社 NTT データグループ(以下:NTT データグループ)、株式会社NTT データ(以下:NTT データ)は、地域全体で脱炭素化を推進することを目指し、地域の労働力やエネルギーなどのリソースの過不足をマッチングし、有効活用する実証実験を開始しました。地域全体での脱炭素化の実現には、単一事業者や単一業界での取り組みでは限界があり、業界横断でのデータ連携・活用と共通エコシステムの形成が不
可欠です。本実証では、まず電気・水道・ガスといったエネルギーリソースを対象とし、それらユーティリティ分野の事業者間で安全にデータを連携させる仕組みを地域密着型の先行モデルで検証します。将来的にはさまざまな地域への展開や、共通のデータ連携エコシステム注 1 の構築により、事業者の開発・運用コストを抑えつつ、地域全体の脱炭素化と持続可能な社会の実現を目指します。
※本事業の早稲田大学代表研究者は理工学術院の林泰弘教授です。

背景

近年、地域社会では人口減少や高齢化に伴い、労働力や資源の不足が大きな課題となっています。特に離島や中山間地域では、生活や産業を支える電気・水道・ガスといったエネルギーインフラサービスを安定的に維持するために、限られたリソースを効率的に活用する仕組みが必要です。
このような背景から、REDER、ネクステムズ、早稲田大学、NTTデータグループ、NTTデータは、各種リソース情報を管理する事業者間でのデータ連携・活用の仕組みが必要と考え、ユーティリティデータを軸とした業界横断のデータ連携に関する実証実験を開始しました。
従来は各事業者が個別にシステムを構築してきたため、開発・運用コストの負担が課題となっていました。本実証では、共通的なデータ連携エコシステムを形成することで、事業者間の協力を容易にし、これまで分断されていたリソースを地域全体で共有・活用できる仕組みの実現を目指します。これにより、各事業者の負担を抑えつつ、持続的に機能する新しい地域モデルの構築が可能になります。

実証実験の概要

実証期間:2025年度~2027年度
実証エリア:沖縄県波照間島
実証内容:

(1) 水道の揚水稼働やガスの利用状況など電力の需給バランスに影響を与えるさまざまな要素を対象にした、異なる事業者間のデータ連携を実現するプラットフォームの構築
  • エネルギーリソースは複数の事業者によって分散管理されていますが、いずれも安定供給に対して相互に影響を及ぼす特性をもつため、協調的に活用することが不可欠です。そのため、これらを事業者間で調整・最適化する調停機能をプラットフォームに備えます。
  • 異なるリソースの調停にあたっては、事業者間で機微な情報の共有が求められる場合がありますが、心理的な障壁から実行に踏み切れない事業者も少なくありません。こうした障壁を下げるため、データを秘匿化したまま扱える機能をプラットフォームに組み込み、安全かつ安心して連携できる環境を整えます。
(2) さまざまな事業者を実証フィールドに誘致し、構築したプラットフォームを用いた新規サービス・ビジネスに係る実証のコーディネート<h/5>
  • 例えば、農機・建機のレンタルやMaaS注2などのサービスと連携しバッテリー(着脱式を含む)の稼働率を高める事例は、地域で発電した再エネ由来の余剰電力をバッテリーの充電向けに有効活用できる可能性を秘めています。しかし、事業者間での調停が必要で、これまで実サービス化が進まない状況にありました。こうした状況に対し、実データを使用できるフィールドと調停機能を備えたプラットフォームを提供し、新規サービス創出を加速させます。
図1:実証実験のイメージ

 

ユースケース例:
① 水需要や発電量の予測などの情報を掛け合わせて、貯水・造水設備や蓄電池の稼働量を調停および最適化し、地域全体のコストを抑制。
② 各家庭や施設の太陽光発電・蓄電池の稼働情報などを統合し、発電と消費を調停およびバランスさせることで、地域全体のエネルギー利用効率を向上。

 

図2:ユースケース例①のイメージ
図3:ユースケース例②のイメージ

 

各社の役割

早稲田大学:需要予測の高度化および有識者などによる議論の場の提供
■収集される各種データを活用した需要予測の高度化手法の構築
■さまざまな分野の学識者、機構会員、企業有識者、学生などの参画・議論の場の提供

REDER:実証を行う事業者の誘致
■波照間島においてさまざまな事業者を募っての実証コーディネート
■オンサイトの各ユーティリティ計測をAPI連携する機能の構築
■ユーティリティ計測と連携し、社会マクロでのバッテリー(着脱式を含む)の稼働率最大化

ネクステムズ:実証のフィールドおよび分散型再エネ電源機器の提供
■自治体や住民との合意形成
■分散型再エネ電源機器注3(太陽光/蓄電池/EVなど)の需要側EMSの連携

NTTデータグループ/NTTデータ:ユーティリティ領域をはじめとする地域リソース情報連携基盤の提供
■安全かつ柔軟にデータを連携・活用できる企業間・組織間データ連携の総合サービス「X-CuriaTM(読み:クロスキュリア)」を基にした、地域リソース情報連携基盤の構築およびユーティリティ領域への適用
■上記により業界横断のデータ連携に必要な機能の抽出および改善の実施

今後について

2025年度後半からプラットフォームの検討・構築を実施し、2026年度中に他事業者を誘致しての実証を開始予定です。将来的には波照間島での実証結果を踏まえ、業界横断の安心安全なデータ連携の仕組みを他の地域に展開することを目指します。

(注1)「データ連携エコシステム」とは、事業者や組織同士が安全にデータを共有し合い、新しいサービスを生み出すための共通基盤や仕組みです。
(注2)「MaaS」とは、Mobility as a Serviceの略であり、地域住民や旅行者のトリップ単位での移動ニーズに応じて、複数の公共交通機関やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済などを一括で行うサービスです。
(注3)「分散型再エネ電源」とは、家庭や事業所などが各地に分散して所有しているエネルギー源のことです(例:太陽光発電や蓄電池)。
*「X-Curia」は日本国内における株式会社NTTデータの商標です。
*その他の商品名、会社名、団体名は、各社の商標または登録商標です。

ベンゼン環の一発変換で創薬加速

著者: contributor
2025年10月13日 15:51

ベンゼン環の一発変換で創薬加速
芳香族ケトンを一度で多様なヘテロ環に

ポイント

  • 医薬品開発で重要な「芳香族環のヘテロ芳香環への置換」を、ワンステップで可能にする新反応を開発しました 
  • 古典的な反応を利用しつつ、従来の「進まない」という常識を覆し、多段階でしかできなかった変換を一度で実現しました。 
  • 医薬品や天然物由来の複雑な分子にも適用可能で、高収率かつ温和な条件で変換できます 
  • 医薬分子の構造多様化や物性改善を加速し、新薬創出に貢献する基盤技術として期待されます 

概要

ベンゼン環(芳香環)をヘテロ芳香環に置き換える「ヘテロ芳香環スワッピング」は、医薬品の溶解性や安定性を高める有効な手法ですが、従来は複雑な多段階反応が必要で汎用性が低いという課題がありました。 

早稲田大学の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、古典的なClaisen※4/逆Claisen反応※5を応用し、芳香族ケトン※1とヘテロ芳香族※2エステルを一度に反応させることで、ワンステップで多様なヘテロ芳香族ケトンを合成する新手法を開発しました。本反応は高効率で進行し、医薬品や天然物由来の複雑分子にも適用可能です。この成果は創薬研究や新材料開発に広く応用されることが期待されます。
本研究成果は、2025年10月9日 (木)に「Nature Communications」に掲載されました。
論文名:Heteroaromatic Swapping in Aromatic Ketones

これまでの研究で分かっていたこと

製薬企業の創薬研究者は、薬の性能を向上させるために、生物活性をもつ化合物(シード化合物)を有機合成化学の手法で改変し、より高活性で代謝安定性の高い薬へと作り直してきました。その中でも、芳香環(ベンゼン環)を、窒素などを含む大きさの近いヘテロ芳香環に置き換えると、水溶性や代謝安定性が改善されることが知られています。実際に、抗てんかん薬ペランパネルは、シード化合物のベンゼン環をピリジン環に変えることで、生物活性が約3倍向上しました。
ヘテロ芳香環にはピリジン環以外にも多様な種類があるため、研究者はさまざまなヘテロ芳香環に変換して活性を確認したいと考えてきました。これが「ヘテロ芳香環スワッピング」※3と呼ばれる手法です。しかし、ヘテロ芳香環の導入は合成の初期段階に行われることもあり、例えば、ヘテロ芳香環の導入から5工程かけて化合物を合成した場合、10種類の化合物を作ろうとすると50回の反応を行う必要あります。もし最終段階で、ワンステップ(1工程)で置換できれば、同じ10種類でもわずか10回で済みます。そのため、効率的に「ヘテロ芳香環スワッピング」を実現する簡便な方法の開発が強く望まれていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回、私たちの研究グループは、芳香族ケトンとヘテロ芳香族エステルを一度の反応で混ぜ合わせ、芳香族環を様々なヘテロ芳香環に置き換える新しい「ヘテロ芳香環スワッピング」を開発しました。この反応は、古典的なClaisen反応と逆Claisen反応を組み合わせたもので、容易に入手できる試薬と、温和な条件下で高効率に進行します。これにより、従来は多段階を必要とした変換を、ワンステップで実現することが可能になりました。さらに、この手法は官能基耐性※6が高く、医薬品や天然物など複雑な分子にも適用できることを実証しました。例えば、抗精神病薬である芳香族ケトン「ハロペリドール」の芳香環をワンステップで、ピリジン環をもつ新規類縁体へと変換可能です。ピリジン環のみならず25種類以上のヘテロ芳香環に変換できることもわかっています。

研究の波及効果や社会的影響

今回開発した「ヘテロ芳香環スワッピング」は、薬の開発における大幅な効率化を可能にします。従来は複数の工程を必要としていた構造改変をワンステップで実現できるため、研究者は短期間で多くの候補化合物を合成できるようになり、新しい薬の探索や最適化が大きく加速すると期待されます。
さらに本成果は、古典的なClaisen反応では中間体が安定で、逆Claisen反応は進行しないと考えられていた通説を覆すものです。ケトンに電子的な差をもつ中間体であれば、逆Claisen反応が容易に進行することを明らかにし、教科書の記載に影響を与える学術的成果としても意義をもちます。

課題、今後の展望

今回開発した芳香族ケトンの「ヘテロ環スワッピング」は、幅広い分子に適用可能である一方で、すべての基質に対応できるわけではありません。特に電子的に豊富なヘテロ芳香族や一部の単純なケトンでは反応が進みにくく、さらなる基質適用範囲の拡大が課題となります。最大の課題は、ベンゼン環の隣にケトンを持つ必要があるため、すべてのベンゼン環に適用できない点です。
今後は、この制限を克服し、より多様なベンゼン環をもつ化合物に適用できるような新しい改良法の開発を進めていきます。これにより、より幅広い医薬品候補化合物や機能性化合物に本手法を応用できるようになり、創薬や材料開発における可能性がさらに広がると期待されます。

研究者のコメント

教科書に明記されてきた通説に例外があることを示せたのは、私たちにとって大きな驚きであり、大きな達成感を得ています。このシンプルで実用的な手法は、創薬研究に携わる多くの研究者の助けになると確信しています。今後も有機化学の基礎反応を新しい視点から見直し、社会に貢献できる分子変換技術を生み出していきたいと考えています。

用語解説

※1 芳香族ケトン
ベンゼン環などの芳香環にカルボニル基(C=O)が結合した化合物。医薬品や機能性分子の合成中間体として広く使われています。

※2 ヘテロ芳香環
ベンゼン環のような芳香環の一部が窒素や酸素、硫黄などの原子に置き換わった環構造。薬の溶解性や安定性を改善する効果があり、多くの医薬品に利用されています。

※3 ヘテロ芳香環スワッピング
既存の芳香環を、異なるヘテロ芳香環に入れ替える手法。薬の効力や安全性を高めるための手法の一種で、創薬研究において注目されています。

※4 Claisen反応(クライゼン反応)
エステルやケトンのエノラートが縮合して1,3-ジカルボニル化合物をつくる有機化学の基本反応。19世紀末にドイツの化学者ルートヴィヒ・クライゼンが発見。

※5 逆Claisen反応
1,3-ジカルボニル化合物が逆方向に分解し、2つのカルボニル化合物(今回はケトンとエステル)に戻る反応。

※6 官能基耐性
反応の際に分子内の他の部位(アルコールやアミンなどの官能基)が壊れずに残る性質。耐性が高いと複雑な分子にも適用しやすくなります。

キーワード

芳香族ケトン、ヘテロ芳香族、分子編集、Claisen反応、逆Claisen反応、医薬品化学、骨格変換、合成化学、構造多様化、創薬

論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文名:Heteroaromatic Swapping in Aromatic Ketones
執筆者名:Hikaru Nakahara(早稲田大学)、Ryotaro Shirai(早稲田大学)、Yoshio Nishimoto(京都大学)、Daisuke Yokogawa(東京大学)、Junichiro Yamaguchi*(早稲田大学)
掲載予定日時(現地時間):2025年10月9日
掲載予定日時(日本時間):2025年10月9日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-64041-6
DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-025-64041-6
*:責任著者

研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)
研究課題名:結合交換反応の開発と機械学習最適化
研究代表者名:山口潤一郎(早稲田大学)
助成番号:JP21H05213

研究費名:日本学術振興会 科学研究費補助金(JSPS KAKENHI)
研究課題名:ラジカル生成過程の観測と追跡を可能とする高精度電子状態理論の開発
研究代表者名:横川大輔(東京大学)
助成番号:JP23H04911

その他、JST CREST (JPMJCR24T3)や科学研究費補助金(25K01775)も一部ご支援をいただきました。

 

(3年連続)おもしろ科学実験教室 in シンガポールを開催しました

著者: staff
2025年10月13日 11:28

2025 年 9 月 6 日(土)、7 日(日)の 2 日間にわたり、シンガポールに所在する早稲田大学系属・早稲田渋谷シンガポール校を会場として「おもしろ科学実験教室 in シンガポール」を開催しました。今回はシンガポール日本人学校中学部の生徒、シンガポール教育省語学センター(MOELC:Ministry of Education Language Centre)で日本語を学んでいる中高生、および早稲田渋谷シンガポール校の生徒を対象として、総勢 79 名の生徒が参加しました。

本企画は 2019、2023、2024 年に続き、今年で3年連続 4 回目を迎えました(2020 年~2022年は新型コロナウイルス感染症の影響で実施を見送り)。本実験教室は、自ら体験することを通じて科学への興味・関心を高める機会を提供するとともに、シンガポール在住の中高生に早稲田大学および早稲田渋谷シンガポール校を知っていただき、進学先候補として興味を持ってもらうこと、また早稲田渋谷シンガポール校の生徒には高大連携の一環として本学理工学部をより理解してもらうことを目的として実施しました。

会場となった早稲田渋谷シンガポール校

分離技術で、植物の成分を取り出す

実験のテーマは「植物の葉から光合成のヒミツの成分をとりだそう!~未来を支える分離技術~」です。今回は、特定のものを分離する技術である『細胞分画』と『カラムクロマトグラフィー』を用いて、植物から光合成の成分を分離する2つの実験に挑戦しました。

①細胞分画による葉緑体の分離

 
試料はムラサキゴテンを使用し、その紫色の葉から緑色の葉緑体を分離しました。目視では分かりませんが、顕微鏡でムラサキゴテンの葉を観察すると緑色の部分もあることが確認できます。観察後は、葉っぱを砕き、マイクロピペットという器具を上手に使いこなして試薬を加えたり、上澄み液を吸い取ったりしながら溶液を調製し、遠心力によって葉緑体だけを回収しました!

 

②カラムクロマトグラフィーによる光合成色素の分離

 
試料はほうれん草を使用し、光合成色素の分離を行いました。ほうれん草をすりつぶして得た溶液(抽出液)に青色LEDをあてると、緑色の液体が赤色に光ります!カラムに抽出液を入れ、カラムクロマトグラフィーにより成分を3種類に分離させることができました。

カラムクロマトグラフィーにより単離した光合成色素 左からカロテノイド、クロロフィルa、クロロフィルb

カラムクロマトグラフィーという手法を用いると、植物内の成分をこのように分離して観察できます。分離した溶液に青色LEDの光を当てることで、複数種類ある光合成色素の中でも自家蛍光で赤く光る特徴を持つクロロフィルを判別することができました!


実験指導には、早稲田大学理工学術院の技術職員のほかに早稲田渋谷シンガポール校の在校生も加わりました。彼らの的確な指導のもと、参加者は楽しく実験していました。実験の待ち時間や休憩時間は、趣味や休日の過ごし方、高校についての紹介等でどのテーブルも盛り上がっていました!

今回のテーマは高校や中学ではまだ学んでいない知識が含まれていたり、使ったことのない装置や器具を使用するため、内容や工程には難しい部分もありましたが、皆真剣に取り組み、大きな失敗もなく大成功で終えることができました。参加者の皆さんは、真剣な眼差しで実験に取り組み、葉が緑色に見える理由や、光合成の仕組みに深く関わる成分を自分の手で分析する喜びを感じていたようです。また、実験の合間には、学校の垣根を越えて生徒同士が活発に交流している様子も見られました。

シンガポール教育省語学センターの先生方は、「通常の学校では利用できない実験器具を用いて細胞分画やカラムクロマトグラフィーを体験する貴重な機会を得ました。また、実験教室は日本語で行われたため、生徒たちは日本語の科学用語にも触れることができました。高校生や大学スタッフとの会話を通じて日本語の会話力も磨かれ、実験体験はさらに充実したものとなりました。」とコメントされていました。

この実験教室は、本学理工センター技術部の職員や機器・装置だけではなく、本学が持つ海外拠点ネットワーク(早稲田渋谷シンガポール校)の物的・人的リソースの活用、早稲田渋谷シンガポール校在校生の協力、さらにシンガポール日本人学校、シンガポール教育省語学センター、理工パートナーズの支援により実現しました。この取り組みを通じて、多くの参加者に科学への興味関心を深める機会を提供することができました。

参加者の中から将来、早稲田生が誕生し、やがて世界で活躍する校友(卒業生)として、ともに科学技術や社会の発展に寄与していくことを、私たち職員一同願っています。

白衣を着た姿で記念撮影(写真は9/6午前の部)

記念品として配布した、スタッフ手作りの葉っぱ型小物入れ。本実験教室で使用した植物の葉をイメージし、3Dプリンターとレーザー加工機で作製!中には細胞小器官が描かれています。

次は早稲田で会いましょう!
See you again at WASEDA!

環境省「地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」に新規採択

著者: contributor
2025年10月8日 17:34

再エネ導入を加速する次世代蓄電技術開発に着手

シリコン系負極を活用した高性能リチウムイオン電池で電力安定供給とカーボンニュートラルを推進

国立大学法人信州大学、TDK株式会社、国立大学法人鳥取大学、学校法人早稲田大学、ヴェルヌクリスタル株式会社の5者は、環境省が公募した「令和7年度 地域共創・セクター横断型カーボンニュートラル技術開発・実証事業」において、研究開発課題「再エネの導入促進に資するSi系負極を用いた系統用電力貯蔵システムに関する技術開発」(以下、本事業)が採択されたことをお知らせします。
本事業は、2050年カーボンニュートラル社会の実現に不可欠な再生可能エネルギー(以下、再エネ)の導入拡大を加速させるため、電力貯蔵システムの高度化を目指すもので、既存のリチウムイオン二次電池(以下、LIB)に使用されている黒鉛負極をSi系負極に置き換えることで、高エネルギー密度と高出力/長寿命の次世代LIBを開発・実証し、早期の社会実装を図ります。
※本事業の早稲田大学代表研究者は理工学術院の門間聰之教授です。

本事業の目的と技術的優位性

再エの出力変動を補い、安定した電力供給を可能にするためには、高エネルギー密度と高出力を両立した電力貯蔵システムが喫緊に求められています。しかし、現在の技術では、この両立は困難でした。本事業で開発するSi系LIBは、従来の黒鉛の代わりにSi系負極を用いることで、エネルギー密度を飛躍的に向上させ、かつ高い出力と長寿命化を同時に実現します。この革新的な技術は、既存の製造プロセスを転用できるため、他の次世代電池技術に比べて早期の社会実装が期待されています。また、主要材料であるシリコンは国内での供給安定性が高く、経済的な優位性も備えています。

実施体制と今後の展望

本事業は、令和7年度10月から2年半にわたり、各機関の専門性を結集して研究開発と実証を進めます。信州大学が代表機関として全体を統括し、材料評価、セル試作、劣化機構解析を分担します。共同実施者である鳥取大学はSi系複合材料の開発と基本性能評価を、早稲田大学は高度な解析技術を用いて劣化機構を解明します。ヴェルヌクリスタル株式会社は要素技術を統合したシステム開発を、TDK株式会社は開発した電極合材で試作したセルでの信頼性評価と事業化に向けたロードマップの策定を担当します。
本技術の社会実装を加速させることで、我が国のエネルギー安定供給とカーボンニュートラル社会の実現に貢献してまいります。

ムーンショット型研究開発制度のプロジェクトマネージャーに小澤徹教授が新規採択

著者: contributor
2025年10月8日 17:30

このたび、内閣府が統括する「ムーンショット型研究開発制度」における目標10のプロジェクトマネージャーとして、本学から新たに小澤 徹教授の研究開発プロジェクトが採択されました。

採択プロジェクト

プロジェクトマネージャー

小澤 徹(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト

「核融合研究のパラダイムを刷新する数理モデルの定式化と解決法のイノベーション」

本研究開発プロジェクトは、プラズマ科学と数理科学の協働により、フュージョン分野の革新的な発展につながる研究課題を数学的に定式化し、その課題解決に挑戦し、核融合技術の基盤を築く取り組みです。数理を共通言語とする学際的な研究開発体制により、核融合炉の「設計ツール」の概念構築と数理的基盤形成を通じて社会実装や人材育成を推進し、研究開発プログラム計画を遂行します。また、本研究開発プロジェクトの推進により、フュージョンエネルギーの実用化・産業化の実現された社会像を目指し、ムーンショット目標10の達成に貢献します。

ムーンショット型研究開発制度

日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する新たな制度で、内閣官房、内閣府、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省等が連携し、研究開発を推進します。総合科学技術・イノベーション会議で決定された10のムーンショット目標について、各目標における研究開発全体責任者であるプログラムディレクターの下、プロジェクトマネージャーは、ムーンショット目標達成および研究開発構想実現に至るシナリオの策定、研究開発プロジェクトの設計、研究開発体制の構築、研究開発プロジェクトの実施管理などを行います。

目標10では、フュージョンエネルギー(核融合反応によって生まれるエネルギー)の実用化に向けて、様々な応用技術が実装された2050年の社会からバックキャストし、その鍵となる課題解決に挑戦する研究開発を実施し、イノベーション創出を目指します。

ムーンショット目標

1. 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

2.2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現

3.2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現

4.2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現

5.2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出

6.2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現

7.2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現

8.2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現

9.2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現

10.2050年までに、フュージョンエネルギーの多面的な活用により、地球環境と調和し、資源制約から解き放たれた活力ある社会を実現

本学では、これまでに以下5名が「ムーンショット型研究開発制度」にプロジェクトマネージャーとして採択されており、プロジェクトを実施しています。

菅野重樹(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「一人に一台一生寄り添うスマートロボット」

竹山春子(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「土壌微生物叢アトラスに基づいた環境制御による循環型協生農業プラットフォーム構築」

由良 敬(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「地球規模の食料問題の解決と人類の宇宙進出に向けた昆虫が支える循環型食料生産システムの開発」

青木 隆朗(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「ナノファイバー共振器QEDによる大規模量子ハードウェア」

中垣 隆雄(理工学術院・教授)

研究開発プロジェクト
「岩石と場の特性を活用した風化促進技術“A-ERW”の開発」

【11月28日(金)12:30~13:10開催】文部科学省PEP卓越大学院プログラム 2026年4月進入/編入 9期生 募集説明会開催します!

著者: staff
2025年10月7日 17:36

文部科学省卓越大学院プログラム『パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム』は、
電力・エネルギー新産業創出に寄与する人材を輩出することを目的とした修士・博士後期5年一貫の博士人材育成プログラムです。

この度、本プログラムの2026年進入/編入 9期生募集説明会を以下のように開催致します。
当日は、プログラム説明後に現役PEP生2名(電力系・エネルギーマテリアル系代表)も参加して、
皆さんの質問にお答えします。
お気軽にお申込みください!

<日時>
2025年11月28日(金)12:30~13:10

形式:Zoomオンラインミーティング(途中入退室可)
※申請フォームから参加登録いただいた方にURL等詳細を、前日までにメールでお送り致します

<申請フォーム>
PEPプログラムに少しでも関心のある方はお気軽に、以下URLよりお申込みください。
https://forms.office.com/r/TTETZxXshZ
申込締切:11月27日(木)10:00まで

<ポスター>
ポスター

<概要>
対象:現在、電力系・エネルギーマテリアル系を専攻分野としている
(あるいは現在それらの分野・専攻に関心がある)以下の学生、社会人
・学部3年生、4年生
・修士課程・一貫制博士課程1年生、2年生
・2026年4月に以下の参画専攻博士後期課程入学予定者

<参画専攻>
・基幹理工学研究科(機械科学・航空宇宙専攻、電子物理システム学専攻)
・創造理工学研究科(地球・環境資源理工学専攻)
・先進理工学研究科(応用化学専攻、電気・情報生命専攻、ナノ理工学専攻、先進理工学専攻)
・環境・エネルギー研究科(環境・エネルギー専攻)

<内容>
・PEP卓越大学院プログラム概要説明(研究指導・支援体制、カリキュラム、進路、経済的支援etc)
・進入/編入募集日程
・現役PEP生(2名)の体験談
・Q&Aタイムもあります

<ご参考>
PEP卓越大学院プログラムHP https://dpt-pep.w.waseda.jp/
パンフレット https://dpt-pep.w.waseda.jp/about/?id=pamphlet
募集要項出願書類 https://www.waseda.jp/fsci/admissions_gs/guidelines/pep/

<お問合せ>
PEP卓越大学院プログラム事務局(51号館1F理工統合事務所内)
Email:[email protected]   TEL:03-5286-3238

誘電正接0.001未満を実現―世界最高水準の低誘電材料を発見

著者: contributor
2025年10月2日 17:03

誘電正接0.001未満を実現―世界最高水準の低誘電材料を発見
~次世代高速通信(6G)に貢献する回路基板材料の新展開~

発表のポイント

  • 高周波電気信号への応答性が低い硫黄を含む高分子を基盤構造に、世界最高水準の低誘電特性を示す新しい有機材料を開発した。
  • 硫黄原子と酸素原子を交互に配列する分子設計にも拡張し、170 GHzというミリ波帯でも低誘電特性を維持できることを実証した。
  • 本材料は、第6世代移動通信システム (6G) の実現に向け、高速・大容量・低遅延の通信を支える回路基板材料としての応用が期待される。

早稲田大学 理工学術院の小柳津研一 (おやいづけんいち) 教授および渡辺清瑚 (わたなべせいご) 次席研究員らの研究グループは、株式会社ダイセル(本社:大阪市北区、代表取締役社長 榊 康裕)と共同で、これまで達成が難しいとされてきた誘電正接0.001未満の低誘電材料の開発に成功しました。
低誘電材料は、次世代の高速・大容量通信に欠かせない要素技術ですが、通信に用いる電波の周波数が高くなるほどエネルギー損失が増大する課題を抱えています。来たる6G通信の実装 (2030年頃) に向けて、材料の電気絶縁性を飛躍的に高めることが強く求められています。本研究では”ポリ(フェニレンスルフィド)誘導体”という構造に着目し、高周波電気信号への応答性を大幅に抑制することで、従来材料を凌駕する世界最高水準の低誘電特性を実現しました。本研究は、高速大容量通信における回路基板材料の新たな設計指針を提示するものであり、将来的には「より多くのデータを、より高速で、より高品質に」伝送できる通信技術の実現につながる可能性があります。
本研究成果は、2025年8月16日 (土曜日) 午前7時 (英国時間) にNature系列誌「Communications Materials」にオンライン掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと

近年、モノのインターネット (IoT) や人工知能 (AI) の急速な発展に伴い、多量のデータを高速かつ高品質に伝送する技術への需要が一層高まっています。しかし、情報通信機器の回路基板に用いられる電気絶縁材料 (低誘電高分子材料) は、通信に用いる電波の周波数※1が高くなるとともに伝送損失※2の増加を引き起こし、通信時の発熱や品質劣化を招く課題を抱えています。2030年頃に実装が見込まれる6G通信※3に向けては、30-300 GHzのミリ波帯でも優れた電気絶縁性を維持できる回路基板材料の開発が急務となっています。

低誘電材料の性能を表す指標には、誘電率※4と誘電正接※5の2つがあり、特に誘電正接は伝送損失の値を大きく左右するため重要な指標とされています。これまで、ポリイミド※6やポリ(フェニレンオキシド) (PPO)※7など多くの低誘電材料が開発されてきましたが、分子内に存在する極性※8の影響から、低誘電率 (3以下) かつ低誘電正接 (0.001未満) を両立する材料の実現は困難でした。例外的に、PTFE※9に代表されるフッ素樹脂は、フッ素原子の分極率※10が低く0.001未満の誘電正接を示しますが、近年は環境規制により含フッ素化合物の使用が制限されており、これに代わる新たな分子設計指針が求められてきました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した手法

本研究グループは、低誘電プラスチックの分子構造から極性を持つ官能基を排除し、電気信号への応答性を極限まで抑えることで、誘電率や誘電正接を更に低減できると考えました。そこで、極性の低いスルフィド結合※11と分子運動性の低いベンゼン環※12から構成される”ポリ(フェニレンスルフィド) (PPS) 誘導体”に着目し、電気信号に伴う分子振動を抑えられる化学構造を導入することで、従来の低誘電材料を凌駕する低誘電特性を実現できることを見出しました。

そこで、研究グループは、従来の低誘電材料であるPPOの酸素原子を硫黄に置換したジメチル置換PPS (PMPS) と、これらの交互共重合体※13 P1に新しく着目しました (図1)。

図1: 本研究における低誘電化の戦略

図1の補足:従来のPPOと、本研究で見出した高分子 (PMPS、P1) の分子設計と誘電特性 (10 GHzにおける値)。PPOの酸素がPMPSでは硫黄に変わり、分子の極性が小さくなることから、高周波電気信号への応答性が低くなり誘電正接 (Df) が低下する。(CCライセンスに基づき、論文中の模式図を一部改変及び翻訳)

誘電特性を測定したところ、分子構造に含まれるPMPS骨格の割合が多いほど、スルフィド結合の低い極性に由来して誘電正接が減少し、特にPMPSでは10 GHzにおいて0.001未満の極めて低い値を示しました。一方、硫黄は高い分極率を有することから誘電率は増加したものの、最大でも2.80に留まり、低誘電材料として十分に機能することが分かりました。すなわち、PPS誘導体は従来材料と同等の低い誘電率を保ちながら、誘電正接を大幅に低減できることが明らかとなりました。

図2: P1の特異的な誘電特性

(a) 10-170 GHzにおける誘電正接スペクトルと傾きkDfの一覧. P2は交互共重合体P1の位置異性体 (メチル基の位置が異なる構造体)、PPSはポリ(p-フェニレンスルフィド)を指す。P1のみが極小値 (紫部) を有し、スペクトルの傾きも小さいことから周波数依存性が小さい。
(b) P1とPMPSの極性を表す模式図。
(c) P1とPMPSの静電ポテンシャル (左) およびMulliken電荷 (右) の分布。硫黄はやや正に、酸素は負に帯電していることがわかる。(CCライセンスに基づき、論文中の模式図を一部改変及び翻訳)

さらに、PPO骨格とPMPS骨格を交互に配置したP1は、他の高分子と異なり周波数が増加しても誘電正接がほぼ変化せず、80 GHzにおいても安定して0.002未満の低誘電正接を維持しました。また、この低い周波数依存性は170 GHzという更に高い周波数帯でも維持されました (図2a)。詳細な機構を調べると、PMPS骨格とPPO骨格が交互に並ぶP1でのみ極性が微小に偏り、高分子鎖間に静電相互作用※15が発現することで電気信号に伴う分子運動が抑制され、幅広い周波数帯においてエネルギー損失を抑えられることが分かりました (図2b, c)。

研究の波及効果や社会的影響

近年の情報通信の高速化は著しく、低誘電材料の開発競争もこの5年程度で急速に激化しています。要求水準は年々上がる一方で、所望の低誘電特性を実現する高分子材料の設計指針は確立されていませんでした。本研究は、分野における壁の1つである「誘電正接0.001未満」を突破する新しい手法として、「硫黄を使った分子設計」というアイディアを初めて実証したものです。
今後、このコンセプトを多様な高分子構造に展開することで、更に優れた低誘電特性を示す材料が網羅的に開拓されることが期待できます。得られた材料が第6世代移動通信システム (6G) に実装されれば、「より多くのデータを、より高速で、より高品質に」伝送できるようになり、データの処理速度の飛躍的向上、IoTの普及拡大、ウェアラブル機器の高性能化など、大きな社会的波及効果も期待できます。

課題、今後の展望

本成果では、極めて低い誘電正接を示す有機材料の分子設計を初めて実証しましたが、その下限がどこにあるのかは未知数です。今後は、PPS誘導体の構造を部分的に改変した高分子や、他の硫黄含有ポリマー、さらには架橋高分子にも対象を拡張し、高分子材料が到達し得る低誘電特性の限界を追究したいと考えています。

研究者のコメント

これまで取り組んできた高屈折率高分子の研究を発展させ、「屈折率と表裏の関係にある誘電率の制御にも応用できるのでは?」と着想したのが本研究の出発点です。当初は「屈折率が高ければ誘電率も高い」と予想していましたが、実際にはスルフィド結合の性質により誘電率は意外に低く、加えて誘電正接が大幅に低減することを見出しました。本成果は低誘電材料開発におけるブレイクスルーであり、情報社会を支える革新的技術への第一歩になると確信しています。

用語解説

※1 周波数
1秒間に電波が振動する回数。周波数が高いほど、より多くの情報を伝送できる。

※2 伝送損失
情報通信において、電気信号が減衰する度合い。周波数の1乗、誘電率※3の平方根、誘電正接※4の1乗に比例する。

※3 6G通信
2030年頃に実装が予定されている、30-300 GHzの電波を用いた通信技術。現行の5G通信と比較して省コストかつ更に高速・低遅延・大容量の通信や、同時多数の情報デバイス接続が可能となる。

※4 誘電率
外部から電場が加わった時に、電子が偏る程度を表す指標のこと。回路基板に用いる高分子材料の場合、誘電率は低い方が好ましい。

※5 誘電正接
外部から交流電場が加わった時に、エネルギーが熱として損失する程度を表す指標。極性基や運動性の高い官能基が電気信号に応答し、局所的に運動することが損失の原因とされている。回路基板に用いる高分子材料の場合、誘電正接は低い方が好ましい。

※6 ポリイミド
イミド結合を有するエンジニアリングプラスチックの総称。高分子鎖間での相互作用が強く、耐熱性や電気絶縁性に優れる。

※7 ポリ(フェニレンオキシド) (PPO)
芳香環と酸素原子の繰り返し構造から成るエンジニアリングプラスチック。耐熱性や電気絶縁性に優れる。工業的には、ポリスチレンとブレンドして成形加工性を高めたノリル樹脂が用いられることが多い。

※8 極性
分子構造の中で、電荷がプラス(正)とマイナス(負)に偏る程度のこと。極性の低い分子ほど外部電場に応答しにくくなり、損失が小さくなる。

※9 PTFE
テフロン樹脂 (ポリ(テトラフルオロエチレン)) の略称。耐熱性や耐薬品性、電気絶縁性に優れる。フライパンの撥水コーティングなどにも用いられる。

※10 分極率
電場や光が加わった際に、原子周囲の電子の偏りが生じる性質。硫黄は分極率が高く、酸素は分極率が低い原子として知られている。分極率の低い分子ほど電荷を貯めにくく、損失が小さくなる。

※11 スルフィド結合
炭素原子と硫黄原子が2つの電子を介して形成する化学結合。炭素と硫黄は電気陰性度 (電子を原子が引き付ける能力) の差が小さいことから極性※8が低い。

※12 ベンゼン環
6つの炭素原子が正六角形に結合した平面状の化学構造。高分子に組み込まれると,剛直性が高く、熱的・化学的安定性に優れた官能基として働く。

※13 交互共重合体
2種類の化学構造が、交互に連結された高分子のこと。例えば、2種類の高分子の単位構造をそれぞれA, Bとすると、交互共重合体はABABAB…という分子配列を有する。

キーワード

ポリ(フェニレンスルフィド)、含硫黄高分子、低誘電特性、周波数、高速大容量通信、ミリ波、6G、回路基板材料

論文情報

雑誌名:Communications Materials
論文名:Poly(phenylene sulfide) derivatives as ultralow dielectric loss materials with stable frequency response
執筆者名(所属機関名):Seigo Watanabe1,2, Shuma Miura2, Tomohiro Miura2, Yoshino Tsunekawa2, Daisuke Ito3, Kenichi Oyaizu1,2,*
*:責任著者
1早稲田大学理工学術院総合研究所
2早稲田大学先進理工学研究科応用化学専攻
3株式会社ダイセル
掲載日時(現地時間):2025年8月16日7時
掲載日時(日本時間):2025年8月16日15時
掲載URL:https://doi.org/10.1038/s43246-025-00917-w
DOI:10.1038/s43246-025-00917-w

研究助成

研究費名:有機エネルギーマテリアル化学の確立と展開
研究課題名:文部科学省 科研費 基盤研究(A) (21H04695)
研究代表者名(所属機関名):小柳津研一(早稲田大学)

研究費名:ソフト分極構造の多重集積による光・電場機能高分子の革新
研究課題名:文部科学省 科研費 挑戦的研究 (開拓) (22K18335)
研究代表者名(所属機関名):小柳津研一(早稲田大学)

研究費名:両親媒性共重合体を鍵材料とするポリフェニレンスルフィドの革新的接着と相溶化
研究課題名:文部科学省 科研費 若手研究 (25K18083)
研究代表者名(所属機関名):渡辺清瑚(早稲田大学)

上記のほかに、みずほ学術振興財団 工学研究助成、池谷科学技術振興財団 単年度研究助成 (No. 0371233-A)、天野工業技術研究所 研究助成 の支援により実施されました。

【PEP卓越大学院プログラム】2026年1月実施9期生(2026年4月進入・編入)選抜試験(SE)情報を更新しました

著者: staff
2025年9月22日 14:37

卓越大学院プログラム
「パワー・エネルギー・プロフェッショナル(PEP)育成プログラム」
2026年1月実施の9期生(2026年4月進入・編入)選抜試験(SE)に関する情報を更新致しました。

詳細は、理工学術院HP大学院入試ページの中のPEP SE情報ページ(募集要項・出願書類)をご参照ください。

https://www.waseda.jp/fsci/admissions_gs/guidelines/pep/

「CREST」「さきがけ」および「ACT-X」に採択

著者: contributor
2025年9月19日 09:37

2025年度JST戦略的創造研究推進事業に採択

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の2025年度戦略的創造研究推進事業(「CREST」、「さきがけ」および「ACT-X」)において、本学の研究提案からCREST1件、さきがけ1件、ACT-X2件が採択されたほか、さきがけの特定課題調査として1件が決定しました。

CRESTは採択60件/応募826件(うち私大の採択は2件)、さきがけは採択168件/応募1,734件(うち私大の採択は11件)、ACT-Xは採択110件/応募745件(うち私大の採択は6件)と、年々応募件数が増加している中での採択となりました。

本採択を受け、他の研究者や産業界等ともネットワークを構築しながら、挑戦的な基礎研究を推進し、新たな科学知識に基づく革新的技術シーズの創出を目指します。

決定した本学からの研究提案は以下のとおりです。

CREST

戦略目標:量子フロンティア開拓のための共創型研究
研究領域:量子・古典の異分野融合による共創型フロンティアの開拓
青木 隆朗(理工学術院 教授)
【研究課題】次世代加工による超高協同係数ナノフォトニック共振器QED

 

さきがけ

戦略目標:ゆらぎの制御・活用による革新的マテリアルの創出
研究領域:ゆらぎの理解と制御による材料革新
廣井 卓思(理工学術院 准教授)
【研究課題】ソフトマテリアルの表面選択的ゆらぎ計測法の開発

 

さきがけ(特定課題調査)

※次年度への再応募を条件とした短期間での調査・研究活動

戦略目標:実環境に柔軟に対応できる知能システムに関する研究開発
研究領域:実世界知能システムの基盤創出
三宅 太文(次世代ロボット研究機構 次席研究員)

 

ACT-X

戦略目標:人間理解とインタラクションの共進化/文理融合による社会変革に向けた人・社会解析基盤の創出/信頼されるAI/数理科学と情報科学の連携・融合による情報活用基盤の創出と社会への展開/Society 5.0を支える革新的コンピューティング技術の創出
研究領域:次世代AIを築く数理・情報科学の革新
伊藤 潤成(大学院先進理工学研究科 修士課程1年)
【研究課題】部分観測下におけるSim2Real転移手法の開発
河井 雪野(大学院基幹理工学研究科 博士課程2年)
【研究課題】AutoMLに向けたクラスタリングの数理情報基盤

 

戦略的創造研究推進事業とは

戦略的創造研究推進事業は、我が国が直面する重要な課題の克服に向けて、挑戦的な基礎研究を推進し、社会・経済の変革をもたらす科学技術イノベーションを生み出す、新たな科学知識に基づく創造的な革新的技術のシーズ(新技術シーズ)を創出することを目的としています。そのために、大学・企業・公的研究機関等の研究者からなるネットワーク型研究所(組織の枠を超えた時限的な研究体制)を構築し、その所長であるプログラムオフィサー(研究総括等)による運営の下、研究者が他の研究者や研究成果の受け手となる産業界や広く社会の関与者とのネットワークを構築しながら、研究を推進します。(出典:JSTホームページ)

2025年度 JST「戦略的創造研究推進事業 情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)」に採択

著者: contributor
2025年9月18日 10:20

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)「戦略的創造研究推進事業 情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)」の公募において、2025年度の新規研究開発課題として、本学からの提案が採択されました。
応募件数138件のうち採択課題は11件で、私立大学からは唯一の採択となりました。

採択課題

甲藤 二郎(理工学術院・教授)

【研究開発課題名】学習型符号化と生成AIの統合による生成型通信

 

戦略的創造研究推進事業 情報通信科学・イノベーション基盤創出(CRONOS)

情報通信分野の重要性が世界的にもますます増していることを踏まえ、Society5.0以降を見据えた未来社会における大きな社会変革を実現可能とする革新的な情報通信技術の創出と、革新的な構想力を有した研究人材育成に取り組み、日本の情報通信技術の強化を目指すプログラムです(プレスリリース文より)

寝室の換気量、現行の2倍が望ましい可能性

著者: contributor
2025年9月10日 09:12

寝室の換気量、現行の2倍が望ましい可能性

ポイント

  • 寝室内換気と睡眠の質の関係について、過去17本の研究を整理・分析しました。
  • 寝室の換気状況を示す指標として用いられる二酸化炭素濃度が1,000ppmに達すると、睡眠効率や深睡眠割合が低下することを確認しました。
  • 安全側に余裕を持たせて睡眠の質が低下する可能性を十分に低く抑えるには、寝室内の二酸化炭素濃度を800ppm以下に保つことが望ましく、現行の住宅換気基準の少なくとも2倍の換気量が必要であると推計されました。
  • 本研究成果は、住宅の設計規格や換気設備の改良、省エネルギー型換気技術の開発につながることが期待されます。

概要

早稲田大学スマート社会技術融合研究機構 研究助手の秋元 瑞穂(あきもと みづほ)、同大学理工学術院教授の田辺 新一(たなべ しんいち)およびデンマーク工科大学教授のPawel Wargockiらの国際研究チームは、寝室内換気と睡眠の質の関係について、同グループの研究成果に加え、国内外で発表された関連研究を含めて整理・分析しました。

その結果、寝室の換気状況を示す代表的な指標である二酸化炭素濃度※1が1,000ppm※2に達すると睡眠効率※3や深睡眠※4割合が低下すること、さらに安全側に余裕を持たせて睡眠の質が低下する可能性を十分に低く抑えるには800ppm以下を目標とすべきであることが明らかとなりました。また、この水準を満たすためには、現行の住宅換気基準の少なくとも2倍の換気量が必要であることを示しました。

本研究成果は、Taylor & Francis社発行の国際学術誌『Science and Technology for the Built Environment』(論文名:New research on bedroom ventilation and sleep quality suggests that building standards should be revisited (ASHRAE 1837-RP))に掲載され、2025年7月21日(月)にオンライン版が公開されました。

キーワード:
睡眠の質、換気量、二酸化炭素(CO₂)濃度、寝室環境、睡眠効率、深睡眠、室内空気質(IAQ)、住宅換気基準

研究の背景と目的

これまでの研究でも、寝室の不十分な換気が睡眠の質に及ぼす影響には関心が寄せられてきました。特に、室内のCO₂濃度が高まると、覚醒時に眠気や集中力の低下が生じることは広く知られているものの、寝室内の換気不足や、その結果として生じるCO₂濃度の上昇が睡眠に与える影響については、これまで統一的な結論を導くことが困難でした。これは、実際に報告されてきた研究が、対象とする人数や年齢、測定した睡眠指標(睡眠効率、深睡眠割合、入眠潜時※5など)、さらに換気の方法(窓開け、機械換気など)においてそれぞれ異なっていたためであり、結果を直接比較することが難しい状況にあったからです。

研究の方法と明らかになったこと

本研究グループは、同グループの研究成果を含め、2020年1月から2024年8月までに発表された、寝室の換気状況と睡眠の質を同時に測定した合計17本の研究を整理・分析しました。対象には、実際の住環境で寝室の状況を調べた研究に加え、換気条件を意図的に操作して睡眠への影響を検討した研究も含まれており、寝室内のCO₂濃度や換気条件と、睡眠効率、深睡眠割合、入眠潜時といった睡眠指標との関係を比較しました。これらの研究はまだ数は多くないものの、近年着実に増加しており、国際的にも注目が高まっています(図1)。

図1:睡眠中の換気と睡眠の質を同時に測定した論文数と被引用数の推移
2024年8月時点での状況を示しており、論文数が年々増加していることがわかる。

分析の結果、寝室内のCO₂濃度が高くなると睡眠の質に影響が及ぶことが確認されました。図2は、レビュー対象とした研究を縦軸に並べ、それぞれの研究の種類(実際の住環境での調査か、換気条件を操作した実験的研究か)や対象者の年齢属性とともに整理し、横軸に報告されたCO₂濃度を示したものです。整理・分析した17本の研究のうち、一部は複数の条件で実験を行っており、図2には合計22件の実験データが反映されています。そのため研究番号が同じでも、条件の異なる結果が複数プロットされている場合があります。

例えば研究番号3では、実験室内のCO₂濃度がおよそ800 ppm、1,900 ppm、3,000 ppmの条件で比較されています。その結果、800 ppmに比べて1,900 ppmや3,000 ppmでは睡眠の質に統計的に有意な低下(p<0.05)が確認されました。このように、黒く塗りつぶされたプロットは有意な低下が認められた条件を、白抜きのプロットは比較対象や有意差が認められなかった条件を示しています。

図2:寝室内CO₂濃度と睡眠の質に関する各研究の結果
縦軸にはレビュー対象とした研究番号が並び、それぞれの研究の種類(横断研究=実際の住宅で実態調査を行った研究、介入研究=実験室・実際の住宅で換気条件を変えた研究)と対象者の年齢属性が整理されている。なお、同じ研究番号が複数示されているのは、1つの研究で条件の異なる実験結果を含むためである。

横軸には寝室内CO₂濃度を示し、黒いプロットは平均値、赤いプロットは95パーセンタイル値。塗りつぶされたプロットや灰色の帯は統計的に有意な差(p<0.05)が確認された水準を示し、白抜きは有意差が確認されなかったことを示す。CO₂濃度は絶対値で表す。なお、研究番号12は人工気候室にて実験的にCO₂を追加して濃度を上昇させた研究であり、他の研究と必ずしも直接比較できない。

図2から、脳波計や腕時計型睡眠計によって測定された睡眠の質に有意な低下(p<0.05)が報告された最も低い絶対CO₂濃度は約1,000 ppmであることが読み取れます。一方で、統計的に有意差が確認された条件(塗りつぶし)と比較された参照条件(白抜き)の中で最も高い濃度は850 ppmでした。(それぞれ図中に青丸で示す。)ただし、850ppmという値はあくまで参照条件にすぎず、NOAEL(無影響量)と位置づけることはできません。本研究グループは、センサーの測定精度(±50 ppm程度)を考慮し、安全側に余裕を持たせて800 ppm以下を暫定的な目標水準とすることが合理的だと提案しました。

さらに、図3は外気のCO₂濃度を420 ppmと仮定し、睡眠中の人からのCO₂産生量に応じて、寝室内のCO₂濃度を800 ppmや1,000 ppmといった目標値以下に保つために必要な外気供給量を推計したものです。この図から、成人が睡眠中の寝室でCO₂濃度を800 ppm以下に維持するには一人当たり約8 L/s(リットル/秒)の外気供給が必要であることが読み取れます。この換気量は、現在推奨されている住宅の換気量より明らかに多く、また住宅で広く採用されている0.5回/h換気※6よりも高い値に相当します。例えば、床面積10m2・天井高2.5mの寝室(容積25m3)で考えると、一人で滞在する場合はおよそ1時間に1回、二人で滞在する場合はおよそ30分に1回、部屋全体の空気が入れ替わる換気量に相当します。現状、この水準に対応する規格は限られており、欧州規格EN 16798-1の最も厳しいカテゴリーI(屋外濃度+380 ppm以内)が該当します。また、一部の病院規格(例:米国暖房冷凍空調学会ASHRAE Standard 170、日本の病院設備設計ガイドラインHEAS-02)でも同様のレベルが規定されています。

なお、必要換気量は「屋外濃度との差」と「室内のCO₂産生量」によって決まります。就寝時はCO₂産生量が覚醒時より小さいため、寝室で800 ppmを目標とする場合でも、一般オフィスで1,000 ppmを目標とする場合と同程度(約8–10 L/s・人)の換気量が必要になる目安です。

図3:寝室内CO₂濃度を抑えるために必要な外気供給量の推計
外気CO₂濃度を420 ppmと仮定し、睡眠中の人のCO₂産生量(9、10、11、15 L/(h・人))と、目標とする寝室内CO₂濃度(800 ppmや1,000 ppmなど)に応じて必要な外気供給量を推計したもの。睡眠中のCO₂産生量は、9 L/(h・人)が高齢者、10 L/(h・人)が子ども、11 L/(h・人)が成人、15 L/(h・人)が夜間に目覚めやすい人や代謝量の高い人を想定している。成人の睡眠中の寝室を想定した場合、CO₂濃度を800 ppm以下に維持するには、一人当たり約8 L/sの換気量が必要である。

研究の波及効果や社会的影響

これまで住宅の換気は、主にシックハウス対策や結露防止、感染症対策を目的として議論されてきましたが、本研究は睡眠という生活行動と換気環境を結び付け、寝室で目安となるCO₂濃度を提示した点に特徴があります。睡眠の質が日々の生活に影響することを踏まえると、こうした知見は住宅設計や換気のあり方を検討するうえで有用な基礎情報となります。

今後の展望

本研究は既存研究を整理・分析したレビューであり、対象となった研究数がまだ多くないこと、また研究ごとに条件や評価方法に違いがあることが課題として挙げられます。また、CO₂濃度は寝室の換気状況を示す指標として広く用いられていますが、CO₂のみを操作した研究は限られており、特に1,000ppm未満の低濃度での比較データが不足しています。そのため、今後さらなる研究の積み重ねが必要です。

本研究で得られた知見をもとに、比較可能なデータが増えていくことが重要であり、私たち自身も実際の寝室での実験や調査を継続することで、より確かな知見を蓄積していきたいと考えています。

用語解説

※1 CO₂(=二酸化炭素)濃度
室内の空気に含まれる二酸化炭素の割合を示す指標。単位は ppm(parts per million、百万分の一)。人が呼吸でCO₂を排出するため、室内の換気状況を示す目安として広く使われている。

※2 ppm
気体の濃度を表す単位で、「100万分の1」を意味する。例えば、800 ppm は空気100万分のうち二酸化炭素が800含まれる状態を表す。

※3 睡眠効率
布団やベッドに入っていた時間のうち、実際に眠っていた時間の割合。一般的に85%以上で良好とされる。

※4 深睡眠
睡眠段階のひとつで、脳波では徐波(ゆっくりした波)が多く出現する状態。身体の回復や記憶の整理に重要とされる。

※5 入眠潜時
布団やベッドに入ってから実際に眠りに入るまでの時間を指す。短いほど寝つきが良いとされ、長い場合は寝つきにくさや睡眠の質の低下を示すことがある。

※6 換気回数(回/h)
室内の空気が1時間あたりに何回入れ替わるかを示す指標。例えば0.5回/hは「2時間で部屋全体の空気が1回入れ替わる」ことを意味する。

論文情報

雑誌名:Science and Technology for the Built Environment
論文名:New research on bedroom ventilation and sleep quality suggests that building standards should be revisited (ASHRAE 1837-RP)
執筆者名(所属機関名):秋元 瑞穂*(早稲田大学)、Xiaojun Fan(カリフォルニア大学バークレー校シンガポール研究拠点)、Li Lan(上海交通大学)、Chandra Sekhar(シンガポール国立大学)、田辺 新一(早稲田大学)、David P. Wyon(デンマーク工科大学)、Pawel Wargocki(デンマーク工科大学)
論文掲載日:2025年7月21日
掲載URL:https://doi.org/10.1080/23744731.2025.2531317
DOI:10.1080/23744731.2025.2531317

研究助成

研究費名:科研費 特別研究員奨励費22KJ2956
研究課題名:室内環境が良質な睡眠に与える影響に関する研究
研究代表者名(所属機関名):秋元瑞穂(早稲田大学)

研究費名:ASHRAE 1837-RP
研究課題名:The Effects of Ventilation in Sleeping Environments
研究代表者名(所属機関名):Pawel Wargocki(デンマーク工科大学)

なお、本研究は Danish the 20th December Foundation および鹿島学術振興財団(The Kajima Foundation)からの支援も受けています。

制約を圧縮して表現する量子技術を開発

著者: contributor
2025年8月29日 13:12

制約を圧縮して表現する量子技術を開発 
量子計算機による組合せ最適化解法の高精度化を実現 

ポイント

  • 現実世界の組合せ最適化問題を量子計算機で解くには一般に現れる多くの制約(守らなければならないルール)を効率的に取り扱うという課題がありより汎用的で精度の高い手法の開発が求められてきました  
  • 本研究では、組合せ最適化問題がもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する技術を構築し、その技術をもとに、探索対象となる組合せの個数を削減し、探索効率を向上する量子アルゴリズムを開発し、精度の改善を実証しました 
  • 本手法は量子計算機に簡単に導入できることから本技術を取り込んだ量子ソフトウェアの開発により、精度高く現実世界の組合最適化問題を解くことが期待できます 

概要

 量子計算機を現実世界の組合せ最適化問題に活用するためには、組合せ最適化問題※1がもつ制約を効率的に取り扱うことが重要となります。これを受け、早稲田大学高等研究所准教授の白井達彦(しらい たつひこ)、同大学理工学術院教授の戸川望(とがわ のぞむ)らの研究グループは、組合せ最適化問題がもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する技術(図1)を構築し、組合せ最適化の探索効率を向上するための新しい手法を開発しました。さらに本研究グループは、この手法をゲート型量子計算機※2に適用し、実量子計算機を模したシミュレータで精度の改善を確認しました。

図1 組合せ最適化問題のもつ制約を量子計算機で圧縮して表現するための手法の概要。
図1の補足:図中央上は量子回路を表し、量子ゲート※3(左から制御NOTゲートとXゲート)を作用させることで、表(図中央下)で示した変換を実行する。

これまでの研究で分かっていたこと

現実世界のあらゆるところに存在する組合せ最適化問題は大規模になるほど、従来型のコンピュータで最適解を得ることが困難になるため、様々な解法が研究されています。中でも近年、ゲート型量子計算機といった量子力学の原理にしたがって動作する新しいタイプの計算機が注目されています。量子計算機は国内外で研究開発され、一般のユーザーもクラウド上で使用できる段階になっています。
しかし、量子計算機を活用するにはまだ課題が多くあります。とくに制約をもつ組合せ最適化問題を解くことは社会的に重要である一方で、現在の量子計算機では十分な精度を達成することは難しいという課題があります。これまで、この困難を克服するためさまざまな手法が開発されてきました。しかし、これらの手法は、特定のタイプの制約に適用範囲が制限されており、社会課題に現れる複雑な制約をもつ組合せ最適化問題を解くことは依然として困難です。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

 今回の研究では、現実世界の組合せ最適化問題に現れる制約に対して汎用的に適用可能な手法を実現しようと試みました。そこで、探索の効率化を実現するため、制約を満たす解の集合を圧縮して表現することを考えました。たとえば、図1では、1個の果物をAlice(以下A)とBob(以下B)のどちらかに与えるという問題を考えます。それぞれAとBに1個ずつの量子ビットを対応させ、量子ビットが1のとき果物を与える、量子ビットが0のとき果物を与えないとします。すると2個の量子ビットが必要となります。このとき、果物の個数は1個ですので、2個の量子ビットのうち、一方は0、もう一方は1とする必要があります。これが制約です。ところが量子計算機は一般に制約を満たさない解を出力します。たとえば、2個の量子ビットの両方が0あるいは両方が1となるような解です。このような制約を満たさない解があるとエネルギー地形が複雑化(凸凹)するため、量子アルゴリズムの精度を悪化させる要因となります。そこで、制約を満たす解の個数が2個であることに着目し、1個の量子ビットでこれらを表現することを考えます。具体的には、図1の表で与えられる変換を考えます。このとき、x_A^’を0に固定した解空間を考えると、x_B^’=0とx_B^’=1がそれぞれ制約を満たす解に対応しています。このように、もともと2個の量子ビットで表現されていた制約を満たす解空間を1個の量子ビットで圧縮して表現できることがわかります。こうしたもともとの問題で必要とする量子ビットの個数より、少ない個数の量子ビットで表現された空間を圧縮空間と呼びます。圧縮空間では探索する必要のある解の個数が減るため、精度高く最適解を探索できることが期待されます。
今回の研究では、ゲート型量子計算機を用いて圧縮空間を構築する方法を明らかにしました。圧縮空間を与える変換は、ゲート型量子計算機で操作する量子ゲートを組み合わせて表すことができます。そこで、組合せ最適化問題の制約に応じて、圧縮空間を構成する量子ゲートの組合せを探索するための量子アルゴリズムを開発しました。この方法は、原理的にはあらゆるタイプの制約に適用でき、現実世界に現れる多くの組合せ最適化問題に対して有効です。さらに典型的な制約をもつ組合せ最適化問題に対して、具体的に本手法が適用可能であることを示しました。実際に、量子計算機で解くことが困難とされる3つのタイプの組合せ最適化問題に対して、本手法を組み込んだ場合(提案手法)と組み込まなかった場合(従来手法)とを比較した結果、提案手法で得られた答えの精度が高いことがわかりました(図2)。

図2.手法の比較
図2の補足:縦軸横軸の値は各組合せ最適化問題の最適解が得られる確率を表しています(1が最も精度が高い)。縦軸に提案手法、横軸に従来手法を示しました。四角(赤色)のデータは最大kカット問題※4(k=3,4)、丸(緑色)のデータは二次ナップサック問題※5、三角(青色)のデータは二次割当問題※6を表し、それぞれシミュレータを用いて実験を行った結果をプロットしています。データが対角線の上側にあることは、提案手法において従来手法より性能が改善していることを示しています。

研究の波及効果や社会的影響

本手法を使うことによって、より精度高くさまざまな制約をもつ組合せ最適化問題を解くことができます。本手法は量子計算機に簡単に導入することができることから、現在のまた近未来的に実現する量子計算機の性能を最大限引き出すための量子ソフトウェア開発の要素技術として利用されることが期待されます。たとえば、今回の手法により交通流の最適化が実現すると、渋滞の解消や二酸化炭素排出量の削減など社会的問題へ大きく貢献する可能性があります。

課題、今後の展望

本手法では、組合せ最適化問題のもつ制約を量子計算機で圧縮して表現する手法を開発しました。今後、量子計算機の性能が向上するとともに、一層広範囲の組合せ最適化問題に適用可能となることが期待されます。また、圧縮空間を構築する方法は、組合せ最適化問題にとどまらず、化学計算や機械学習などへの応用が考えられます。実世界に見られるさまざまな具体的な問題に対して、本手法の有効性を検証していきます。

研究者のコメント

本研究ではゲート型量子計算機を精度高く利用するための手法を開発しました。本研究で開発した手法を使うことで、量子計算機の性能が最大限発揮され、今後新たに量子計算機を活用できる事例が増えることを期待します。

キーワード

組合せ最適化、制約、量子アルゴリズム、圧縮、量子ソフトウェア

用語解説

※1 組合せ最適化問題
膨大な選択肢の中から、与えられた制約を満たしつつ、関数の最小値(または最大値)をとる選択肢を求める問題の総称。

※2 ゲート型量子計算機
現在の計算機を構成するビットを量子ビットで置き換えた計算機であり、量子ゲートと呼ばれる演算を量子ビットに作用させることで動作する。

※3 量子ゲート
ゲート型量子計算機における演算素子。図1で示した、制御NOTゲートとXゲートは、古典計算における排他的論理和やNOTに対応する。

※4 最大kカット問題
与えられたグラフの頂点集合を、異なる部分集合間を繋ぐ辺の数を最大にするようにk個の部分集合に分割する組合せ最適化問題。

※5 二次ナップサック問題
ナップサックの容量と品物の価値が与えられたとき、容量を超えない範囲でナップサックに入れる品物の総価値を最大化する組合せ最適化問題。

※6 二次割当問題
工場と地点が同じ個数与えられたとき、各工場を各地点に割り当てたときの地点間の輸送コストの合計を最小化する組合せ最適化問題。

論文情報

雑誌名:IEEE Transactions on Quantum Engineering
論文名:Compressed space quantum approximate optimization algorithm for constrained combinatorial optimization
執筆者名(所属機関名):Tatsuhiko Shirai*(早稲田大学)、 Nozomu Togawa(早稲田大学)
掲載日時:2025年8月25日
掲載URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/11139119
DOI:https://doi.org/10.1109/TQE.2025.3602404

研究委託

研究委託元:NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
研究課題名:JPNP16007「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発/次世代コンピューティング技術の開発/量子計算及びイジング計算システムの総合型研究開発」
代表機関:国立研究開発法人産業技術総合研究所
本学の研究代表者名:戸川望(早稲田大学)

研究助成

研究費名:科研費・若手研究
研究課題名:23K13034「非平衡量子開放系における物性制御法の開発」
研究代表者名:白井達彦(早稲田大学)

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