矢沢永吉のソロファーストアルバムのタイトルともなっている「アイラブユ-OK」は特別な曲だ。
ファンの間で伝説となっている横浜のライブでの1シ-ンは、Uチュ-ブでも繰り返し見られている。
ステ-ジ上の矢沢が「アイラブユ-OK」の途中で、いきなり感極まって歌えなくなってしまう。
長くつらい道も お前だけを支えに歩いた
この歌詞の「お前だけを支えに歩いた」のところで、こみ上げる感情を抑えきれずに、歌えなくなってしまった。
のちに矢沢がTVで語っていたのは「18歳の春、高校卒業直後、ギタ-1本抱えて最終の夜行列車で広島から東京を目指した。列車がホ-ムを出て動き出した瞬間、オイオイいったい俺はどこへ行こうとしているんだ。岡山から東に行ったことのない俺が、今から東京へ行ってどうなってしまうのか。」と不安と期待とが交錯した。
その当時のシ-ンが、この時なぜかいきなり浮かんできて、胸が詰まる思いがしたと。
彼が語る「お前だけを支えに歩いた」の「お前は」とは彼自身、矢沢永吉自身だと語っている。
上京後、横浜に落ち着いた矢沢は、中華街でバイトをしながらバンドのメンバ-を集める。
24歳の時、ロックバンド「キャロル」として初めてレコ-ドデビューする。
キャロル解散後の矢沢のサクセススト-リ-は皆が知る通りだ。
片や菅氏は、同じように高卒直後の18歳の春、秋田の農村から集団就職の一員として、東京に出てきた。ダンボ-ル工場で働いて学費を稼ぎ、大学に通う苦学生だった。
その後、横須賀で代議士の秘書をしながら、市会議員をへて国会議員への道を歩みだしていった。
そして、とうとう総理大臣という頂点にまで上り詰めようとしている。
無謀ともいえる野心に燃えて「必ず上り詰めて見せる」という二人を支えたのは、若者特有の「根拠のない自信」だった。
「根拠のない自信」こそ若者の特権だ。未来など何一つ確定していないのだから「根拠のない自信」に胸をいっぱいに膨らませて進んでいけばよい。
今の成績や、模試の結果に捕らわれる必要など全くない。必要なのは「必ず成功してみせる」という揺るぎない自信だけだ。
それにしても、同じ三浦半島の付け根にある横浜と中間にある横須賀。
矢沢永吉の曲「チャイナタウン」にあるように「空のポケットに夢ばかり詰め込んでいた」若者同士、どこかですれ違っていたのかもしれない。
