職人の世界では「不器用な人ほど一流の職人になる」という逆説がある。
器用な人は、飲み込みも速くすぐに一人前になる。
不器用な人は、飲み込みも悪く修行の時代が長い。
だが、長い修行の時代の後、大きく飛躍して一流の匠になっている。
受験勉強はなんだかんだといっても結局は「技の習得」である。
特に理系科目はその要素が強い。
数Ⅲ微積は「微積分学」というよりは「微積分術」であり、正確な計算術を競うコンペだ。
物理は「公式の組み合わせ」を使って、高校数学の基礎計算を競う。
化学は「モル計算」を使って「小学生レベルの煩雑な少数計算」の速さと正確さを競う競技だ。
これらすべてを、たかだか1年程度の勉強期間で「難関大合格」に必要なレベルに持っていくのは、無理な話だ。
東京や関西に集中している「超一流進学校」の生徒は中高一貫の先取り学習を利用して、2年から3年かけてこのレベルまでもっていく。
田舎の公立高生は、時間的なハンデが大きい。
だが、そのハンデを乗り越えて現役で難関校に受かっている生徒たちを見ていると、能力に共通点がある。
友達に教えるのが大変にうまい。
表現が適切で、実に論理的に教える。
解き方の「再現能力」が高い、つまり高度の「再現性」を獲得している。
再現能力こそ「人に教える能力」であり、学習者としても「もう一人の自分が自分自身に教えている」ので、一度学習した類題が出ると、その「もう一人の自分」が、自分自身に語りかけ正解に導いてくれる。
「不器用で呑み込みの遅い人間」はこの再現能力を獲得するのに、時間がかかるのである。
だが、人の2倍3倍の時間をかけることで「器用な先行者」よりもはるかに鮮明な「もう一人の自分」を自分自身の中に生み出していく。
その「鮮明なもう一人の自分」こそ、名人と呼ばれるものの正体だ。
続く
