七夕豪雨と賎機山山崩れの教訓
2021年7月5日 14:39
47年前、静岡市と旧清水市を襲った七夕豪雨では、27名の犠牲者が出たが、中でも賎機山の山崩れで犠牲者を出したことは、今でも記憶に鮮明に残っている。
当時、賎機山には頂上までのリフトが設けられていて、その造成工事で山の東側山腹が大きく削られていた。
その東側山腹部分が、集中豪雨での膨大な水量を支えきれずに崩壊し、ふもとの住宅を押しつぶした。
もともと賎機山一帯は、今川氏が山城として築いた要塞で、天才軍師大原雪済が敵からの攻撃にも崩壊しないように、入念に工事を施していた。
そこに山腹工事をして大量の土砂を削り取ってしまったために、豪雨に弱い地形になってしまったのだ。
日本の山地は、人が長い年月をかけて自然災害にも強い安定した地形を維持してきた。
そこに宅地造成などで大幅な改造を加えると、地盤の強度のバランスが崩れて山崩れや土石流が起こりやすくなる。
記憶に新しいのは、同じ集中豪雨で山崩れが起きた2014年8月の「広島市集中豪雨災害」だ。
広島市は経済発展にともない、人口増加に対応する住宅地が不足した。
そこで背後の山林地帯を宅地造成して、多くの住宅を建設したが、集中豪雨による山腹崩壊で土砂が住宅に流れ込み多くの犠牲者を出した。
今回の熱海市土石流も、別荘地として開発された地域に起こった。
しかも土石流の起点は5万リュ-ベの盛り土がされた箇所で、その全てが一気に崩壊している。
熱海市は「どこのだれがいつ盛り土をしたのか解らない」としている。
これにはさすがに川勝知事も怒り心頭で、熱海市の許認可業務に不信感を抱いている。
また川勝節がさく裂して、怒りの鉄拳が飛びそうだが、知事選圧勝直後なので、今のところ自重している。
知事の表情を見ると、熱海市のいい加減な開発許可に、怒りを抑えているのが見て取れる。
今日の知事現場視察で現状を把握するだろうが、遠慮せずにビシビシやって欲しい。