中1から中3までの前期評価点が生徒に渡された。
新星では5が着かなかった科目について、分析を各自に書いてもらうが、ダメだった理由に「レポ-トや追及の記録の中身が薄いと言われた」というコメントが多い。
発言や文章の中身が薄いのは小中学生や政治家、総理大臣にいたるまで、普遍的な現象だ。
頭の中味がからっぽなので、発言や文章の中味が薄いのは、当然だ。
だが生徒のレポ-ト内容が「薄い」原因は、無知無教養よりも「考察の浅さ 思考のなげやりさ」が原因だ。
なぜ、「考えて考え抜いたレポ-ト」を書かないのかといえば、単純にその必要を全く感じていないからである。
本気になる必要性、必死にならざる得ない状況がまったく存在しないからだ。
中3にもなればレポ-ト内容、追及の記録の質が「内申点」に直結することぐらいは、理解しているが、
では毎回の追及の記録が具体的にどのように5段階の評価点に反映するかの手がかりがない。
教師も全生徒の追及の記録にコメントを書くのは大変なので、一々そこまではする必要はない。
ただ、事前に追及の記録でA評価を何回以上をもらったら評点は5というように知らせておけば、生徒もがぜんやる気になる。
ただし、どの程度の追及の記録、レポ-トがAをとれるのか見当がつかないという生徒も多い。
そこで、ネットで全員のレポ-トが見られるようにすればよい。
さらに生徒からのコメントや質問が表示されると、俄然、白熱してくる。
中味の薄いレポ-トを毎回書いていると、恥ずかしくて仕方がないので、少しはまともな内容にしようと努力する。
それでもまだ優秀なレポートとは差があると解れば、さらに向上心に火が付く。
管理する教師の方も、ベストレポ-ト上位10位、5位、最優秀レポ-トもどんどん公表してやればよい。
大人の世界も子供の世界も同じである。
科学者も何とかして一流雑誌の「Science」や「Nature」に掲載してもらおうと必死に論文を書くし、医師は「New England Medical Journal」に自分の論文が載れば、有頂天になる。
いいレポ-トは生徒もこぞって真似をするが、それはそれでまたいいのである。
優れた切り口、面白い発想、参考にした資料、そして何よりも読み易くて論理的な文章、そのような追及の記録やレポ-トがAを取って評価点5になると解れば、生徒全体のレベルが向上していく。