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観測史上最古の「隠れ銀河」を発見

著者: contributor
2021年9月24日 14:42

観測史上最古の「隠れ銀河」を131億年前の宇宙で発見

概要

札本 佳伸(ふだもと よしのぶ)国立天文台アルマプロジェクト特任研究員・早稲田大学理工学術院総合研究所次席研究員と稲見 華恵(いなみ はなえ)広島大学宇宙科学センター助教らの国際研究チームが、アルマ望遠鏡の大規模探査による観測データの中から、約130億年前の宇宙で塵に深く埋もれた銀河を複数発見しました。そのうちの一つは、塵に埋もれた銀河として見つかったものの中で最古の銀河です。今回発見されたような銀河は、すばる望遠鏡などを用いた観測で発見することは難しく、初期の宇宙にどれほど存在するのかこれまで全くわかっていませんでした。今回の発見は、宇宙の歴史の初期においても数多くの銀河が塵に深く隠され、いまだ発見されないままになっていることを示します。同時に、このような銀河は宇宙の初期における銀河の形成と進化をより統一的に理解する上で重要な発見です。

この観測成果は、Fudamoto et al. “Normal, Dust-Obscured Galaxies in the Epoch of Reionization”として、英国の科学誌「ネイチャー」オンライン先行公開版に2021年9月22日16:00(イギリス時間)に掲載され、9月23日に本誌に掲載されます。

上図:今回の観測結果の模式図。ハッブル宇宙望遠鏡による近赤外線の観測画像(左)では、中心やや下に銀河が見えています。これは右下の想像図のような、これまで存在がよく知られていた若い銀河です。一方今回のアルマ望遠鏡による観測では、ハッブル宇宙望遠鏡では何も見えていない領域に、塵に深く埋もれた銀河(右上の想像図)を新たに発見しました。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope

(1)これまでの研究で分かっていたこと

過去20年以上にわたり、世界中の研究者がすばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡など用いて遠方銀河の探査を行ってきました。光が有限の速さでやってくることから、遠方銀河を探査することで初期の宇宙にあった銀河の姿を直接捉えられます。そして、それらの大規模な探査の結果、ビッグバンから10億年以内の宇宙の初期に存在した銀河が数多く発見され、それらの時代において銀河がどのように形成・進化してきたのかについての研究が大きく進んできました。

このような宇宙の初期にある銀河の大規模な探査では、銀河に含まれる、太陽の数十倍程度の質量をもった大型の星から放射される明るい紫外光が観測されてきました。宇宙の膨張によって遠方天体からやってくる光の波長が伸びるため(赤方偏移)宇宙の初期にある銀河から放たれた紫外光は、地球で観測する際には可視光や近赤外線となります。

しかしながら、この紫外光には銀河に含まれる塵(ちり)によって大きく吸収・散乱されるという性質があります。この塵は銀河内部で星が世代交代することによって作り出されるため、銀河で過去にどのような星形成活動があったのかによってその量が変わってきます。内部で放たれた紫外光のほとんどが大量の塵に吸収・散乱されてしまうような、塵に埋もれた銀河の場合は、可視光や近赤外線を用いた観測では見つけることができません。初期の宇宙でこれまでに見つかっている塵に埋もれた銀河は、天の川銀河の1000倍以上といった激しいペースで星形成を行っている極めて稀な銀河に限られていました。そのため、130億年ほど前の宇宙に存在する若くて星形成活動が比較的低調な銀河の大多数は塵にはあまり隠されておらず、感度の良い可視光や近赤外線の観測を行うことで検出が可能だと考えられてきました。

(2)今回の研究で明らかになったこと

国立天文台アルマプロジェクト特任研究員として早稲田大学で研究活動を行う札本佳伸氏は、アルマ望遠鏡による大規模探査プロジェクト「REBELS」で観測された銀河を研究するうちに、偶然このような塵に埋もれた銀河を初期の宇宙で発見しました。REBELSの本来の目的は、130億年程度前の宇宙に存在したと考えられる近赤外線で非常に明るい40個の銀河を観測し、塵からの放射と炭素イオンの輝線の探査を行うことでした。広島大学宇宙科学センター助教の稲見華恵氏は、REBELSプロジェクトの共同代表研究者として本プロジェクトに参加しています。

札本氏がREBELS-12とREBELS-29という二つの銀河の観測データを調べていたところ、それぞれ本来の観測対象としていた銀河に加えて、そこから少し離れた場所からも塵からの放射と炭素イオンの輝線が非常に強く放たれていることを発見しました。そして驚くべきことに、これらの偶然見つかった新たな放射源の場所には、感度の良いハッブル宇宙望遠鏡を用いても何も見えませんでした。つまり、これらの放射は、ハッブル宇宙望遠鏡などが観測することのできる紫外光をほとんど放っていない、塵に埋もれた銀河からやってきたものであることを示しています。そのうちの一つ、REBELS-12の近傍に見つかった銀河は、塵に埋もれていた銀河の中では観測史上最古となる131億年前のものになります(注)。さらに驚いたことに、今回見つかった銀河は、これまで塵に埋もれた銀河に見られたような爆発的な星形成は行っておらず、130億年程度前の宇宙でこれまで多数見つかっていた銀河と同程度の星形成活動しかありませんでした。つまり、今回見つかった銀河は、塵に埋もれているということ以外はこれまで知られている典型的な銀河と変わりありません。これは、典型的な星形成活動をおこなう「普通」の銀河であっても宇宙のこれほど初期において塵に埋もれて見えなくなってしまう、ということを示し、多数の銀河が塵に埋もれて未だ発見されていないのではないか、と言うことを示唆しています。

注:アルマ望遠鏡の観測によると、REBELS-12の近傍に見つかった銀河の赤方偏移は7.35でした。これをもとに宇宙論パラメータ(H0=67.3km/s/Mpc, Ωm=0.315, Λ=0.685: Planck 2013 Results)で光が飛んできた時間を計算すると、131億年となります。詳しくは「遠い天体の距離について」もご覧ください。

(3)今後の展開・影響

これまでの観測からは全く見つけられなかったような種類の銀河が宇宙の初期に存在した、という発見は、いままで考えられてきた宇宙の初期における銀河の形成の理論に大きな影響を及ぼす発見です。このような銀河がどの程度存在し、どのように銀河全体の進化と形成に影響してきたのかをより統一的に理解するにはさらなる観測を待たなければなりません。アルマ望遠鏡による探査や、2021年内に打ち上げ予定のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による大規模な銀河の探査と、それらによる銀河の形成に関する統一的な理解の進歩が待たれます。

上図:アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡、欧州南天天文台VISTA望遠鏡で撮影した遠方銀河。アルマ望遠鏡で観測した電離炭素原子からの放射を緑、塵からの放射をオレンジ、VISTA望遠鏡・ハッブル宇宙望遠鏡で観測した近赤外線を青で表現しています。REBELS-12、REBELS-29は近赤外線と電離炭素原子・塵からの放射がいずれも検出されていますが、REBELS-12-2とREBELS-29-2では近赤外線が検出されていません。これらは今回のアルマ望遠鏡による観測で初めて見つかった銀河で、塵に深く埋もれていると考えられます。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, ESO, Fudamoto et al.

研究者からのコメント

札本氏は「宇宙の初期において、塵に埋もれて発見されていないような隠れた普通の銀河が存在するという予想外の、そして偶然の発見に驚きました。今回見つかった銀河は、宇宙の非常に狭い領域から見つかったものであるため、氷山のほんの一角に過ぎないと考えています。このような隠れた銀河がどれだけ宇宙の初期に存在するのかの研究はこれからの大きな課題となるでしょう。」とコメントしています。

また、稲見氏は「今回の発見では、ひとつ謎を解決しようとしたところで新たな謎が見つかった、という研究の醍醐味を改めて感じました。塵を大量に生産するにはある程度歳をとった星が必要なのに、ビッグバン直後という宇宙の極初期で、何がきっかけでどのようにして短時間で塵が生み出されたのか、これから解き明かしていきます。私たちが知り得ていないことが、この広大な宇宙にはまだまだあることを教えてくれる成果です。」とコメントしています。

論文情報

雑誌名:Nature
論文名:Normal, Dust-Obscured Galaxies in the Epoch of Reionization
執筆者:Y. Fudamoto1,2,3, P. A. Oesch1,4, S. Schouws5, M. Stefanon5, R. Smit6, R. J. Bouwens5, R. A. A. Bowler7, R. Endsley8, V. Gonzalez9,10, H. Inami11, I. Labbe12, D. Stark8, M. Aravena13, L. Barrufet1, E. da Cunha14,15, P. Dayal16, A. Ferrara17, L. Graziani18,20, 27, J. Hodge5, A. Hutter16, Y. Li21,22, I. De Looze23,24, T. Nanayakkara12, A. Pallottini17, D. Riechers25, R. Schneider18,19,26,27, G. Ucci16, P. van der Werf5, C. White8
所属機関名:1Department of Astronomy, University of Geneva,2Research Institute for Science and Engineering, Waseda University, 3National Astronomical Observatory of Japan, 4Cosmic Dawn Center (DAWN), Niels Bohr Institute, University of Copenhagen, 5Leiden Observatory, Leiden University, 6Astrophysics Research Institute, Liverpool John Moores University, 7Sub-department of Astrophysics, The Denys Wilkinson Building, University of Oxford, 8Steward Observatory, University of Arizona, 9Departmento de Astronomia, Universidad de Chile, 10Centro de Astrofisica y Tecnologias Afines (CATA), 11Hiroshima Astrophysical Science Center, Hiroshima University , 12Centre for Astrophysics & Supercomputing, Swinburne University of Technology, 13Nucleo de Astronomia, Facultad de Ingenieria y Ciencias, Universidad Diego Portales, 14International Centre for Radio Astronomy Research, University of Western Australia, 15ARC Centre of Excellence for All Sky Astrophysics in 3 Dimensions (ASTRO 3D) , 16Kapteyn Astronomical Institute, University of Groningen, 17Scuola Normale Superiore, 18Dipartimento di Fisica, Sapienza, Universita di Roma, 19INAF/Osservatorio Astronomico di Roma, 20INAF/Osservatorio Astrofisico di Arcetri, 21Department of Astronomy & Astrophysics, The Pennsylvania State University, 22Institute for Gravitation and the Cosmos, The Pennsylvania State University, 23Sterrenkundig Observatorium, Ghent University, 24Dept. of Physics & Astronomy, University College London, 25Cornell University, 26Sapienza School for Advanced Studies, 27INFN, Roma, Italy
掲載日:オンライン先行版 2021年9月22日(水)16:00(イギリス時間)
本誌 2021年9月23日(木)(イギリス時間)
DOI:10.1038/s41586-021-03846-z

研究助成

国立天文台 ALMA Scientific Research Grant 2020-16B
日本学術振興会科学研究費補助金 ( JP19K23462 、 JP21H01129)
the Swiss National Science Foundation through the SNSF Professorship grant 190079
TOP grant TOP1.16.057
the Nederlandse Onderzoekschool voor Astronomie
STFC Ernest Rutherford Fellowship (ST/S004831/1 , ST/T003596/1)
European Research Council’s starting grant ERC StG-717001
the NWO’s VIDI grant 016.vidi.189.162
the European Commission’s and University of Groningen’s CO-FUND Rosalind Franklin program
the Amaldi Research Center funded by the MIUR program “Dipartimento di Eccellenza” CUP:B81I18001170001
the National Science Foundation MRI-1626251
FONDECYT grant 1211951
“CONICYT+PCI+INSTITUTO MAX PLANCK DE ASTRONOMIA MPG190030″
“CONICYT+PCI+REDES 190194” 、ARC Centre of Excellence for All Sky Astrophysics in 3 Dimensions (ASTRO 3D) CE170100013 (EdC); Australian Research Council Laureate Fellowship FL180100060
the ERC Advanced Grant INTERSTELLAR H2020/740120
the Carl Friedrich von Siemens-Forschungspreis der Alexander von Humboldt-Stiftung Research Award
the VIDI research program 639.042.611
JWST/NIRCam contract to the University of Arizona, NAS5-02015
ERC starting grant 851622
the National Science Foundation under grant numbers AST-1614213, AST-1910107
the Alexander von Humboldt Foundation through a Humboldt Research Fellowship for Experienced Researchers

日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム開催報告

著者: staff
2021年7月9日 15:23

2021年6月19日(土)、「日本医科大学・早稲田大学合同シンポジウム~両校の実質的連携を目指した研究交流~」をWeb開催いたしました。日本医科大学と本学とは2009年に大学間協定を締結し、共同研究等に取り組んでまいりました。さらに2019年以降、両校の連携をより実効性あるものとするための対話を続け、2020年1月に研究面における実質的な研究連携に合意しました。本シンポジウムは、医学に関する両校における最新の研究成果を紹介し、さらなる連携推進を図ることを目的として開催しました。

本学総長の田中愛治は冒頭挨拶で、「日本医科大学・弦間学長との対話の中で、本学理工系研究の強みは、AIを含む情報工学、ロボット工学、ナノテクノロジーであると申し上げ、日本医科大学の坂本理事長や弦間学長らの執行部の先生方に頷いていただいた。超高齢社会を迎え新展開が期待される医学分野において、日本医科大学の高い研究レベルに、医理工連携という形で早稲田がお手伝いすれば、共同研究を通して、日本医科大学が日本の医学のあり方を変革されることに早稲田もある程度は貢献できるのではないかと思う」と話しました。
日本医科大学との連携では研究面のみならず、教育面でも進んでいます。まず、日本医科大学と本学附属校・系属校との高大接続連携に関する協定締結を2020年7月に結びました。この協定に基づき、2022年4月の入学者から日本医科大学の医学部に、早稲田大学高等学院・同本庄高等学院・早稲田実業学校高等部から各2名ずつ、合計6名の卒業生を推薦入学させていただけることになりました。その背景としては、「高校時代に受験勉強に偏らずにオールラウンドに勉強して来た優秀な高校生の方が、医学部に入ってから伸びている」という日本医科大学の先生方の教育理念があったことにも、総長の田中は触れました。
次に、日本医科大学で選抜された3年生を、本学の理工系研究室に3週間迎え入れて交流を図る「研究配属」の新しい取組など、教育面からの貢献についても示し、「本シンポジウムがさらなる連携促進の契機となり、日本医科大学との協力の中で、医学教育の改革に対し本学が貢献していけることを期待している」旨を述べました。
続いて登壇された日本医科大学理事長の坂本篤裕氏は、近年、連携が真の意味で実践されてきたとの認識を話され、医学に関する様々な課題解決に資する本学との連携への意欲を語られました。

左:早稲田大学総長・田中愛治、右:日本医科大学理事長・坂本篤裕氏

セッション1およびセッション2では、連携研究の成果報告を含めて、6名の講演があり、いずれの講演に対しても活発な議論が行われました。講演は以下の通りです。

【セッション1】
座長:日本医科大学大学院医学研究科長/脳神経外科学教授・森田 明夫、早稲田大学研究推進部長/理工学術院教授・合田亘人
  • 清家 正博(日本医科大学 内科学(呼吸器内科学) 教授)
    「肺がんにおける医工連携研究」
  • 浜田 道昭(早稲田大学 理工学術院 教授)
    「AIアプタマー創薬プロジェクト」
  • 横堀 將司(日本医科大学 救急医学 教授)
    「ウイズコロナ・ポストコロナに求められる医⼯学連携」
【セッション2】
座長:早稲田大学教務部長/理工学術院教授・本間 敬之、日本医科大学研究部長/泌尿器科学教授・近藤 幸尋
  • 棟近 雅彦(早稲田大学 理工学術院 教授)
    「医療におけるマネジメントシステム:通常医療および災害医療」
  • 小川 令(日本医科大学 形成外科学 教授)
    「創傷治癒のメカノバイオロジーとメカノセラピー」
  • 岩田 浩康(早稲田大学 理工学術院 教授)
    「AI/ロボット技術を駆使した先制医療への挑戦」

セッションの後の閉会挨拶では、まず日本医科大学学長の弦間昭彦氏から、「最先端の研究成果や、医療現場の現状等を共有でき、両校の連携を発展させる一歩になるシンポジウムとなったのではないか。本日伺っただけでも、医療側のニーズを解決できそうに思える研究が多くあり、こんなことまで可能なのか、と非常に勉強になった。具体的な内容を持ち合い、お互いの研究を見ることが重要であると再認識し、今後、連携を大きく進歩させられる実感を持った」とお話しになりました。つづいて本学副総長の須賀晃一からは、本シンポジウム関係者への感謝の言葉とともに、「自身は経済学が専門であるが、それでも非常に胸がおどるような講演内容だった。先進国を中心に社会の高齢化が進む中で、健康や医療に対する考え方を再検討する時代になっている。ぜひ次回以降は本学の人文社会科学系で医療や高齢化社会に関する研究を進めている研究者とも対話してみていただきたい」と、今後への期待も述べられ、閉会となりました。

左:日本医科大学学長・弦間昭彦氏、右:早稲田大学副学長・須賀晃一

電池材料粒子内部の高分解可視化

著者: contributor
2021年7月8日 11:24

電池材料粒子内部の高精細な可視化に成功

多次元イメージング計測とデータ科学の連携

【発表のポイント】

  • 電池材料など複雑・不均一な内部構造を分析するナノ顕微鏡や化学分析ツールが求められている
  • リチウム電池正極活物質粒子内部の化学状態を高分解可視化
  • 放射光計測データのデータクラスタリングにより構造の抽出・分類に成功
  • 先端材料のナノ機能分析の効率化に期待

【概要】

電池材料などとして使われる、内部構造が複雑な先端材料の働きについては未だ不明な点が多く、内部の形状だけでなく化学状態を高解像で可視化するツールの確立が急務です。東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 石黒志助教(理化学研究所放射光科学研究センター 客員研究員)、高橋幸生教授(理化学研究所放射光科学研究センター チームリーダー)、東北大学大学院工学研究科 上松英司大学院生(理化学研究所放射光科学研究センター 研修生)、早稲田大学 大久保將史教授、産業技術総合研究所 細野英司博士、北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 ダム ヒョウ チ教授らの共同研究グループは、リチウム電池正極材料の一つであるニッケル−マンガン酸リチウム粒子の1粒に対して、2次元空間での試料の高空間分解能化学状態可視化技術である「タイコグラフィ-XAFS法」[1][2] 測定を大型放射光施設「SPring-8」[3] で行い、計測データを粒子内部のマンガンとニッケルの元素分布や価数分布のデータマイニングと連携させることで、粒子内部の複数の不均一な構造の可視化に成功しました。

本研究成果は今後、さまざまな先端機能性材料のナノ構造・化学状態分析に応用されるものと期待できます。

本研究成果は、米国現地時間令和3年6月17日に、学術専門誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」のオンライン版に掲載されました。

【詳細な説明】

背景

近年、電池材料などに使われている先端機能性材料は、ますます複雑化しています。一方、実動中に「材料の働きが隅々まで行き渡っているのか?」、「一部しか働いていないのではないか?」、「どこから劣化しているのか?」などという問いについては、特にナノスケールの領域で未だに多くの事象がブラックボックスとなっています。リチウム電池正極材料も粒子レベルで形状・組成・構造を均一に合成できるわけでなく、電池としての働きは本質的に不均一であり未知な部分も多くあります。より高性能・高効率な材料開発のためには、材料の構造・機能の関係性を試料内部深くまで高解像で明らかにする手法が望まれています。

放射光X線計測は電子顕微鏡よりも厚い試料の内部まで観察できることに強みがあります。その中でもX線の可干渉性(コヒーレンス)[4] を利用したイメージング技術であるX線タイコグラフィは、非常に高い空間分解能と感度を実現できる次世代のX線顕微法であり、放射光施設を中心に利用法の研究が進められています。これまで共同研究グループはX線タイコグラフィ法に、X線吸収分光分析法であるX線吸収微細構造(XAFS)を組み合わせた「タイコグラフィ−XAFS法」の開発を行い、数十 nmオーダーの空間分解能により、不均一な試料中の微小領域の化学状態を調べられるようになりました。更に近年、計測は飛躍的に高分解能・高次元化され、得られる情報量が爆発的に増えてきており、高度情報処理との連携が必要不可欠になってきています。

 本研究の成果

本研究では、共同研究グループがこれまでに開発を推し進めてきた「タイコグラフィ−XAFS法」をリチウム電池正極活物質であるスピネル型ニッケル−マンガン酸リチウム(LNMO)粒子に適用し、データマイニングの手法を駆使して、不均一な内部構造の可視化を検討しました。スピネル型LNMOは高いエネルギー密度と作動電圧を有する正極活物質として注目されています。しかし、充放電サイクルに伴う性能劣化が実用化への大きな課題となっており、その主要因としてLNMO粒子内部のナノスケールでの組成・価数等の不均一性が関連すると予想されています。「タイコグラフィ−XAFS法」によるスピネル型LNMO粒子の観察は、大型放射光施設SPring-8の理研ビームラインBL29XUで行いました。Ni及びMnの2元素の各K殻吸収端近傍のX線エネルギー点で、LNMO粒子を2次元走査しながら回折パターンを測定し、位相回復計算を実行することで、Ni及びMnの各K殻吸収端でそれぞれ80 nm、60 nmの空間分解能の再構成振幅・位相画像と対応するXAFS及び位相スペクトルを得ることに成功しました。再構成画像から得られるXAFS及び位相スペクトルを分析することで、Ni及びMnの元素組成比分布や価数分布粒子全体の電子密度分布を得ることができます。

これらの各化学状態パラメータの空間分布は、LNMO粒子内に組成・化学状態に複数の要素が不均一に分布していることを示唆するものです。この結果を踏まえて、これらのパラメータ間の相関性を分類抽出する目的で、データクラスタリング[5]を用いて調べたところ、統計的に3つの相関性分布G1,G2,G3にグループ分けすることができました。G1,G2,G3各グループのもつ相関関係を注視すると、それぞれ規則型、不規則型、不純物相と予想される構造分布をもち、主成分であるG1粒子中心部、その他は粒子が外郭部に分布する傾向があるということが示唆されました。

今後の期待

本研究成果は現状では、測定粒子は電池として働く前の止まった状態ですが、次の段階として正極活物質粒子が実際に電池として働いている“その場(オペランド)”でのタイコグラフィ-XAFS計測・データクラスタリングへと展開することで、データ解析の力を駆動力にして、充放電過程での動的な化学反応においても、主反応・副反応などを分類することが可能になると予想されます。タイコグラフィXAFS計測は、次世代放射光施設での光源性能の向上の恩恵を最大級に受ける測定技術であるので、今後、更なる計測時間の短縮化・空間分解能の向上・オペランド計測の普及・高度化が見込めます。それに伴い、計測から得られる情報量が爆発的に増加します。その結果、データマイニングなど高度情報処理の積極的な活用により、電池・触媒など先端材料の機能の根源がより効率的に理解され、設計・開発が促進されるものと期待できます。

 【謝辞】

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号 18H05253, 19H05814, 19H05815, 19H05816, 20K15375)及び文部科学省「人・環境と物質を繋ぐイノベーション創出ダイナミックアライアンス」プロジェクトの支援を受けたものです。

【論文情報】

タイトル:Visualization of Structural Heterogeneities in Particles of Lithium Nickel Manganese Oxide Cathode Materials by Ptychographic X-ray Absorption Fine Structure

著者:Hideshi Uematsu, Nozomu Ishiguro*, Masaki Abe, Shuntaro Takazawa, Jungmin Kang, Eiji Hosono, Nguyen Duong Nguyen, Hieu Chi Dam, Masashi Okubo, Yukio Takahashi

掲載誌:The Journal of Physical Chemistry Letters

DOI:10.1021/acs.jpclett.1c01445

筆頭著者:上松英司(東北大学 大学院工学研究科 金属フロンティア工学専攻 修士2年・東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター・東北大学多元物質科学研究所)

責任著者:石黒 志(東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター・東北大学多元物質科学研究所)

【用語説明】

[1] X線タイコグラフィ

コヒーレントX線回折イメージング手法の一つ。X線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点からのコヒーレント回折パターンを測定する。そして、回折パターンに位相回復計算を実行し、試料像を再構成する手法。

[2] X線吸収微細構造(XAFS)

X線吸収スペクトルの吸収端付近にみられる固有の構造。XAFSの解析によって、X線吸収原子の電子状態やその周辺構造などの情報を得ることができる。XAFSは、X-ray Absorption Fine Structureの略。

[3] 大型放射光施設「SPring-8」

兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

[4] 可干渉性(コヒーレンス)

波と波が重なり合うとき、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質。

[5] データクラスタリング

機械学習・データマイニング手法の一つ。「教師なし学習」に分類され、多数のデータ群{xi}から、出力結果yを未知のまま、その背後に存在する本質的な相関性を分類する解析手法であり、未知の事象の存在を予測するのに力を発揮する。

悪臭問題を解決できるスルフィド合成

著者: contributor
2021年6月29日 14:40

悪臭問題に解決策 芳香環交換反応を利用したスルフィド合成法の開発
~独自の金属触媒でスルフィド類の芳香環を付け替える~

発表のポイント

  • 芳香環交換反応により芳香族スルフィド部位を他の芳香族化合物に移動させることに成功。
  • 独自に開発した金属触媒を用いて幅広い芳香族スルフィド化合物の合成を実現。
  • 悪臭の原因となるチオール類を用いない、新たなスルフィド合成法を提供。

早稲田大学理工学術院の山口潤一郎(やまぐちじゅんいちろう)教授らの研究グループは、独自に開発した金属触媒により、芳香環※1のスルフィド部位を異なる芳香環へと移動させるスルフィド合成法の開発に成功しました。

芳香族スルフィド※2は医農薬、有機材料に頻出する重要化合物です。これまで芳香族スルフィドをつくる場合、「強烈な悪臭を発するチオール※3」をスルフィド化剤として使用する手法が一般的でした。その悪臭、毒性からチオールの使用、保管に際しては特別な排気設備や周囲環境への配慮など細心の注意を払う必要があります。そのためチオールを用いない芳香族スルフィド合成法が求められていました。

今回の研究では、独自に開発したニッケル触媒(Ni/dcypt)と芳香環交換反応※4という概念を用いて、新たな芳香族スルフィド合成法の開発に成功しました。取扱いが容易な無臭の芳香族スルフィドをスルフィド化剤として使おうというユニークな発想のもとに生まれた新反応です。

今回の研究により、医薬品などを含む40種類以上の化合物を様々な芳香族スルフィドに変換可能であることが分かっており、悪臭問題を解決できる斬新な芳香族スルフィド合成法を提供することとなります。

本研究成果は、アメリカ化学会『Journal of the American Chemical Society』のオンライン版に2021年6月28日(月)(現地時間)に掲載されました。

論文名:Ni-Catalyzed Aryl Sulfide Synthesis through an Aryl Exchange Reaction (ニッケル触媒による芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィド合成)

(1)これまでの研究で分かっていたこと

芳香族スルフィドは医薬品や農薬、有機材料といった有用化合物に頻出する重要化合物です。これらの芳香族スルフィド化合物はチオール類を用いたSN2反応※5やクロスカップリング反応※6など様々な手法で合成できます。これらは信頼性の高い手法であるもののチオール類は高い毒性や悪臭を有する化合物であり、取扱いに際し、特別な排気設備や周囲環境への配慮が必要といった課題が残されていました。さらに、これらの反応の多くは塩基を必要とするため適用可能な化合物にも制限がありました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

早稲田大学の研究グループ(先進理工学研究科博士後期課程3年一色遼大さん、同1年黒澤美樹さん、高等研究所武藤慶講師、理工学術院山口潤一郎教授)は芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィドの新たな合成法の開発に挑戦しました。

研究グループ 前左:一色遼大さん 前右:黒澤美樹さん 後左:山口潤一郎教授 後右:武藤慶講師

今回見出したスルフィド合成法により40種類以上の化合物を様々な芳香族スルフィドに変換可能であることが分かりました。複雑な構造を有する医薬品候補化合物を変換することも可能であり、新たな医薬品候補化合物を簡便に提供することにも成功しています。悪臭問題を解決するのみならず、これまでのスルフィド合成法で必須であった塩基を用いる必要がないため、比較的温和な条件で進行します。また詳細な機構解明研究により、この新形式反応の反応機構が明らかとなりました。

(3)そのために新しく開発した手法

本研究グループは2020年2月に、芳香環交換反応を利用した世界初のエステル合成法の開発に成功しました (参照: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.0c00291)。

今回、この芳香環交換反応で得られた知見を応用すれば、チオールを用いないスルフィド合成が実現できると考えました。膨大な反応条件検討の結果、研究室で開発したニッケル触媒(Ni/dcypt)を用い、ピリジルスルフィドをスルフィド化剤とすることで種々の芳香族化合物(芳香族エステル、フェノール誘導体、芳香族ハロゲン化物)との芳香環交換反応が進行し新たな芳香族スルフィドが生成することを見出しました。

(4)研究の波及効果や社会的影響

今回開発したスルフィド合成法はチオールを使用しないため、その悪臭や毒性問題を解決できます。また、安価で容易に入手可能な様々な芳香族化合物を変換することができ、医薬品化合物の直接変換にも利用することができます。環境調和に優れた芳香族エステルやフェノール誘導体を原料にできる点や、調製や取扱いが容易なピリジルスルフィドをスルフィド化剤にできる点から研究室スケールはもちろん、工業規模での応用も期待できます。

(5)今後の課題

適用可能な化合物も多く非常にユニークな方法であるものの、反応に高温を必要とすることが今後の課題です。反応はまだ発見されたばかりであるため、今後、より綿密な触媒改変、反応条件の検討により、これらの課題を克服したいと考えています。

(6)研究者のコメント

安価に得られる芳香族化合物を有用化合物に変換する新奇反応の開発を継続して行ってきました。3つの新しい反応形式を開発し、その1つがこの芳香環交換反応です。すでに反応のコンセプトは昨年報告することができましたが、有用化合物に変換するという課題を乗り越えたのが本研究の成果となります。一色さん、黒澤さんの活躍がなければこの考えを実現するには至りませんでした。今後も、あっと驚くような高難度有機反応を開発していきたいと考えています。

(7)用語解説

※1 芳香環
ベンゼン環をもつ環状構造。これらをもつ有機化合物を芳香族化合物という。芳香族化合物は特有の香りを発する。

※2 芳香族スルフィド
芳香環にメルカプト基(SR)がついたもの。医農薬や機能性材料に用いられる。

※3 チオール
末端に水素化された硫黄をもつ有機化合物(HSR)。悪臭をもつ。

※4 芳香環交換反応
2種類以上の芳香環(アリール)を交換すること。概念は単純ではあるが、実際は互いの芳香環を同時に反応させることができる触媒が必要である。

※5 SN2反応
有機化学における一般的な反応形式の一つ。二つの化合物が結合の切断を伴いながら新たな結合を作り出す反応。

※6 クロスカップリング反応
金属触媒を用いて二種類の化合物を連結させる反応。2010年のノーベル化学賞にも選ばれている。

(8)論文情報

雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:Ni-Catalyzed Aryl Sulfide Synthesis through an Aryl Exchange Reaction (ニッケル触媒による芳香環交換反応を利用した芳香族スルフィド合成)
著者:Ryota Isshiki, Miki B. Kurosawa, Kei Muto, and Junichiro Yamaguchi(一色遼大、黒澤美樹、武藤慶山口潤一郎
掲載日(現地時間):2021年6月28日(月)
DOI:10.1021/jacs.1c04215
掲載URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.1c04215

過冷却を抑制するメカニズムを解明

著者: contributor
2021年6月24日 09:54

過冷却を抑制するメカニズムを解明
~セミクラスレートハイドレート潜熱蓄熱材の実用化へ期待~
 

発表のポイント

  • 水溶液が凝固点以下に冷却されても固体化せずに液体状態を維持する現象を過冷却といいます。過冷却を解除し、積極的に相変化を起こす為のトリガーとなる物質に関する研究は数多いものの、メカニズムの詳細は不明でした。
  • 過冷却水溶液の電子顕微鏡観察を通して、結晶の最小構造単位として考えられるクラスター※1が、銀ナノ粒子から生成するその瞬間を捉えることに成功しました。
  • セミクラスレートハイドレート※2生成前の過冷却水溶液における溶液構造を観察した結果、銀ナノ粒子はクラスターの生成を加速し、過冷却を抑制、結晶化を促進する一方、パラジウム、金、イリジウムなどの貴金属ナノ粒子にはその効果は見られませんでした。
  • 過冷却抑制効果により蓄熱時の省エネ効果が期待でき、色々な温度で相変化するセミクラスレートハイドレート潜熱蓄熱材の実用化が加速されることが期待されます。

発表の概要

 早稲田大学理工学術院平沢 泉教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の菅原 武助教、パナソニック㈱の町田博宣博士らの研究グループは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、未利用熱エネルギー革新的活用技術研究組合(TherMAT)ならびに日本学術振興会科学研究費助成事業のプロジェクトにおいて、潜熱蓄熱※3の研究開発に取り組んできました。今般、セミクラスレートハイドレート(SCH)の過冷却水溶液中において結晶の最小構造単位として考えられるクラスターが、銀ナノ粒子から生成するその瞬間を捉えることに成功しました。また、銀ナノ粒子がクラスター生成を促進し、SCH生成過程における過冷却を大幅に抑制するメカニズムを明らかにすることに成功しました。

 これまで、SCH生成過程における大きな過冷却が実用化への課題であることが知られていましが、過冷却を抑制するための設計指針は明らかになっていませんでした。本研究により明らかになった過冷却抑制効果は、蓄熱材としての利用のみならず、SCHの産業利用において省エネルギー効果が期待でき、特に、SCHを利用した潜熱蓄熱の実用化が加速されることが期待されます。

 本研究成果は、国際科学誌「Communications Materials」(オンライン)に、6月18日(金)午後6時(日本時間)に公開されました。

【論文情報】
・掲載誌:Communications Materials
・論文名:The moment of initial crystallization captured on functionalized nanoparticles
・DOI: 10.1038/s43246-021-00171-w

Ⅰ.研究の背景

 環境中に排出されている未利用熱エネルギーを有効活用する一環として、蓄熱技術が注目されています。蓄熱技術には様々な方式がありますが、所望の温度域での相変化を利用する潜熱蓄熱は、利用方法が簡便で低コストであるため、期待されています。一方で、潜熱蓄熱材の多くには、過冷却現象がもたらす蓄熱動作の不安定化・冷却コスト上昇といった課題があり、実用化の障害となっていました。
 本研究グループは常温常圧でセミクラスレートハイドレート (SCH)を生成することが知られている第四級オニウム塩に注目し、潜熱蓄熱材としての研究を行ってきました(H. Machida et al., CrystEngComm, vol. 20, pp. 3328–3334 (2018), H. Machida et al., J. Cryst. Growth, vol. 533, Article No. 125476 (2020))。SCHはオニウムカチオンのアルキル鎖長やカウンターアニオンの種類によって、ハイドレートの分解温度を変化させることができるため、デザイン可能な潜熱蓄熱材です。SCHは生成時における大きな過冷却が課題であることが知られていましたが、それを抑制するための設計指針は明らかになっていませんでした。
 このような課題を解決するため、本研究グループはSCH過冷却水溶液中の溶液構造に着目し、凍結割断レプリカ法※4を組み合せた電子顕微鏡観察により、過冷却抑制剤とクラスター生成の関係を系統的に調査しました。その結果、ペンタン酸銀とTetra-n-butylammonium fluoride(TBAF)を添加した系において、約5 nmの銀ナノ粒子が生成し、それを起点に直径10-30 nmのクラスターが生成する瞬間を捉えることに成功しました(図)。また、銀ナノ粒子とTBAFの協奏的な効果により、クラスターの生成が促進され、SCHを生成させる過程において過冷却を抑制することにも成功しています。更に、パラジウム、金、イリジウムなどの貴金属ナノ粒子は過冷却抑制効果が小さいことと、そのメカニズムも明らかにしました。

図 a) SCH生成前の水溶液サンプル#1, #2, #11, #13から凍結割断レプリカ法により調製されたレプリカ膜の電子顕微鏡(HAADF-STEM)画像 ペンタン酸銀を添加したサンプル#11, #13では、5 nm程度の銀ナノ粒子が多数観察される。ペンタン酸銀とTBAFを両方とも添加したサンプル#13では、281 Kですでに10-30 nmのクラスターが存在し、冷却に従って、クラスターの数密度が増加する。その結果、小さい過冷却度でSCHが生成する。
b) a)#13-a と同じレプリカ膜の電子顕微鏡(SE-STEM)画像(異なる視野) 直径約5 nmの銀ナノ粒子(赤矢印で指す黒い点)を囲む様に10-30 nmのクラスターが形成されている。

Ⅱ.本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本研究成果により、銀ナノ粒子とTBAFによるクラスターの生成促進機構が明らかになったことで、様々な第四級オニウム塩のSCHを用いた潜熱蓄熱材の過冷却を抑制する設計指針が明確になりました。SCHにおける結晶生成のメカニズムと過冷却抑制方法が明らかになったことで、蓄熱時の省エネ効果が期待できるため、潜熱蓄熱材の実用化が加速され、また、医薬・食品、機能品、宝石、環境、エネルギー分野の結晶創りにおける生産効率、品質向上に寄与することが期待されます。

Ⅲ.研究者のコメント

 今回の成果は、セミクラスレートハイドレートにつきまとう「過冷却」という問題点を解決し、セミクラスレートハイドレートをもっと有効に利用したいという研究者全員の熱い思いから得られたものです。色々な実験を行ううちに、偶然と必然が絡み合い、今回の成果を得ることができました。さらに研究を続け、セミクラスレートハイドレートの利用が促進されるよう尽力したいと思います。

Ⅳ.用語解説

※1 クラスター

溶液中で原子や分子が集合した集合体であり、結晶化する前の過冷却溶液中にも存在する。結晶の最小構造単位として考えられる

※2 クラスレートハイドレート

メタンハイドレートに代表されるクラスレートハイドレートは、水分子が水素結合によって作る籠状構造の内部にゲスト分子と呼ばれる分子が包接されてできる結晶。その中で、ゲスト分子が水素結合ネットワークに参加するハイドレートはセミクラスレートハイドレート(SCH)と呼ばれる

※3 潜熱蓄熱

物質が相変化する際の熱(相変化エンタルピー、いわゆる潜熱)を利用した蓄熱方法。深夜の余剰電力を利用した氷蓄熱がその一例。氷は0℃でしか融解しませんが、SCHは、ゲスト分子を選択することで、約30℃までの範囲で相変化温度をデザインすることができる

※4 凍結割断レプリカ法

高真空である電子顕微鏡鏡筒内部で観察できないような水溶液などを瞬間凍結によりガラス化し、その割断面に現れる溶液構造由来の凹凸を正確にかたどるレプリカ膜を作る方法。このレプリカ膜を電子顕微鏡で観察することができる

Ⅴ.論文情報

掲載誌:Communications Materials  DOI: https://doi.org/10.1038/s43246-021-00171-w
論文名:“The moment of initial crystallization captured on functionalized nanoparticles”
著者名:Hironobu Machida*, Takeshi Sugahara*, and Izumi Hirasawa   (*責任著者)

 なお、本研究は、未利用熱エネルギー革新的活用技術研究組合(TherMAT)が受託する国立研究開発法人新エネルギ-・産業技術総合開発機構(NEDO)未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発(PL:小原 春彦(産業技術総合研究所 理事 エネルギー・環境領域 領域長))の蓄熱技術プロジェクト、ならびに日本学術振興会科学研究費助成事業 No. JP18K05032の一環として行われました。

カーボンニュートラル加速 C2X始動

著者: contributor
2021年6月16日 15:21

C2X始動 「異業種連携、複数社のコラボレーションでのカーボンニュートラル加速、Carbon to X (CO2を新たな価値に)共創プロジェクトへ9社が参画」

~再エネ主力時代における循環型で持続可能な脱炭素社会の実現に向けて~

株式会社サニックス、スマートシティ企画株式会社、株式会社ゼネシス、株式会社タクマ、株式会社リテックフロー、株式会社巴商会、大栄THA株式会社、NECキャピタルソリューション株式会社、学校法人早稲田大学は再エネ主力時代における循環型で持続可能な脱炭素社会の実現に向けたオープンイノベーションプラットフォームのC2X(Carbon to X)プロジェクトに参画することになりましたので、お知らせいたします。

【概要】

■C2Xの目的

異業種連携、複数社のコラボレーションによる事業化に重点をおいた組織として「C2X」を機能させることで、再エネ導入による循環をベースとした持続的で安心・安全かつ快適な脱炭素社会を実現することを目的とします。

■C2Xの機能・役割

脱炭素社会実現に向けたCarbon to Xの具体化支援を行います。

①事業開発
  • 事業の構想/企画/事業化の検討、事業性/LCA評価、フィールド実装、事業推進の組織等の管理等を行います。
②ソリューションの提供
  • 脱炭素社会実現に向けたソリューションの探索、提供、ライセンス/パテントの管理等を行います。
③マーケティング・提言の推進
  • 関係省庁への政策の提言、ソリューションの標準化の提案を行います。
④ファンドとの連携
  • アーリーステージでの探索・成長加速を目的に投資ファンドとファイナンス組成、事業評価で連携していきます。

■C2Xで進める個別プロジェクト例

以下のテーマでプロジェクトの検討、具体化、実証等を進めています。

「CO2溶解装置を活用した水産養殖」、「次世代清掃工場」、「次世代廃棄物リサイクル」等

*参画企業の拡大に合わせて、随時その他のプロジェクトも組成、具体化する予定です。

■C2Xアドバイザー

C2Xでは脱炭素社会の実現に向けて早稲田大学小野田教授と共同で個別プロジェクトの具体化を図ります。

早稲田大学大学院 環境・エネルギー研究科 小野田弘士教授

主な研究分野:スマートコミュニティ、次世代モビリティシステム、未利用バイオマス利活用技術・システム、再生可能エネルギー熱利用技術・システムエネルギーマネジメントシステム、環境配慮設計、LCA、資源循環技術・システム、廃棄物処理・リサイクルシステム

 

■参加企業の役割

以下の参加企業と共に、C2Xプロジェクトを進めます。

株式会社サニックス
  • 廃棄物リサイクル、脱炭素エネルギー事業等環境サービスプロバイダーとしてカーボンリサイクル事業の可能性について検討
スマートシティ企画株式会社
  • 事業開発、ソリューションの提供、マーケティング・提言の推進、C2Xの事務管理
株式会社ゼネシス
  • CCSのアミン溶液回収や、低温熱回収をフィージブルにする独自の全溶接型高効率プレート熱交換器ソリューションを提供
株式会社タクマ
  • ごみ焼却炉のトップランナーとして、2050カーボンニュートラルに向けた次世代清掃工場を自治体、地域とともに構想、検討
株式会社リテックフロー
  • CO2の再利用と、海藻養殖に最適な流れを与えることで、従来海藻養殖に比べて数倍成長が促進する養殖技術を提供
株式会社巴商会
  • 産業用ガスの専門商社としてガス利用ソリューション・ネットワークを提供、技術部門によるガス評価機能などを提供
大栄THA株式会社
  • 高濃度気体溶解装置を活用したCO2溶解による微細藻類・藻類養殖の育成を促進する、高効率且つ安全なCO2溶解ソリューションを提案
NECキャピタルソリューション株式会社
  • 事業開発、ソリューションの提供、マーケティング・提言の推進、ファンドとの連携
早稲田大学大学院環境・エネルギー研究科 小野田弘士教授
  • 事業開発、ソリューションの提供、マーケティング・提言の推進、C2Xへのアドバイザリー業務の実施

大動脈瘤診断マーカースペクトル同定

著者: contributor
2021年5月7日 13:10

ラマン分光法における大動脈瘤の診断マーカースペクトルを同定

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研究概要

大動脈瘤は、血管が瘤(こぶ)のように異常に拡張する疾患で、無症状に経過することが多く、瘤が成長して破裂すると死に至る、大変危険な疾患です。しかしながら、大動脈瘤の発症と瘤の成長を根本的に阻止する薬剤や大動脈瘤形成を予測できるバイオマーカーがなく、治療法としては、超音波検査やCT検査などで血管径をモニターし、瘤径が一定基準以上になると手術を行うしかないのが現状です。

血管壁を構成する成分として、コラーゲンなどの膠原線維や、エラスチンなどの弾性線維という細胞外マトリクスが知られており、その異常が大動脈瘤形成に関わることが報告されています。従って、細胞外マトリクスの変化を臨床的に観察することができれば、大動脈瘤形成の診断マーカーとなり得ると考えられます。

近年、非侵襲的に生体分子構造情報を取得する方法として、分光学的手法が注目されています。その一つであるラマン分光法は、物質に光を当てた際に生じる、入射光とは異なるエネルギーを持つ散乱光(ラマン散乱)から、分子の振動などの分子構造情報を得るもので、医学分野への応用が進んでいます。

本研究では、ラマン分光法と多変量解析を組み合わせたアプローチにより、マウスとヒトの大動脈瘤に特異的な、新規マーカースペクトル成分を同定するとともに、大動脈瘤の有無により、弾性線維および膠原線維の構造が異なっていることを解明しました。このような、分光学的手法により非侵襲的に病状を観察する方法は、さまざまな疾患への応用が期待されます。

研究代表者

研究の背景

大動脈瘤は、大動脈径が通常の1.5倍以上に拡張し、破裂により死に至る疾患で、患者数は年々増加傾向にあります。しかしながら、大動脈瘤破裂の予兆は少なく、根本的な治療薬もありません。そのため臨床においては、超音波検査やCT検査で大動脈径の拡張をモニターし、既定の瘤径以上になると外科的修復を行います。しかし、基礎疾患を抱えた患者や高齢者への適応は限定的であり、バイオマーカーなどを用いた病状の追跡方法や、病態に応じた治療法の開発が求められています。

大動脈には、心拍出に伴う血流によって生じるメカニカルストレスに耐えられる伸縮性と硬さが必要です。血管壁を構成する主要成分として、伸び縮みを司る弾性線維や、硬さの保持に資する膠原線維などの細胞外マトリクス注1が存在します。弾性線維形成に必要なタンパク質として、フィブリン4やフィブリン5が知られています。本研究グループは、これまでに、マウスの平滑筋細胞特異的フィブリン4の欠損が大動脈瘤をもたらすことや、フィブリン5欠損マウスでは大動脈瘤は形成されないものの、大動脈の蛇行と伸長を引き起こすことを見出しています。これらのマウスでは、大動脈瘤の有無に関わらず、弾性線維の異常が認められています。そこで、「瘤がある大動脈」と「ない大動脈」における血管壁の分子構造の詳細な違いを調べるために、近年、医学分野での活用が進んでいるラマン分光法注2を用いて、解析を行いました。

研究内容と成果

本研究では、マウスとヒトの大動脈瘤において、ラマン分光法と多変量解析を組み合わせることで、この疾患に特異的な弾性線維と膠原線維由来のラマンマーカースペクトル成分の同定を試みました(参考図)。具体的には、野生型マウス、大動脈瘤マウス(平滑筋細胞特異的フィブリン4欠損マウス)、大動脈瘤を伴わない大動脈蛇行マウス(フィブリン5欠損マウス)、およびヒトの大動脈凍結組織の切片をスライドガラス上に作成し、染色等を行うことなく、洗浄後ラマン顕微鏡でラマン分光測定を行います。そのデータを3種類の多変量データ解析注3手法(True Component Analysis; TCA、主成分分析、多変量スペクトル分解)を用いて解析しました。

まず、得られたラマン分光スペクトルから、細胞外マトリクスである弾性線維、膠原線維、アグリカンやバーシカンなどのプロテオグリカン注4および、細胞核、脂質、その他のマトリクス成分のスペクトルをそれぞれ抽出し、TCA解析によりラベルフリーイメージング注5を作製しました(参考図左下)。続いて、その中から弾性線維と膠原線維の主成分分析を行ったところ、血管壁におけるこれらのクラスター分布が、野生型と大動脈瘤マウスとで異なっていることを見出しました(参考図中下)。さらに、弾性線維と膠原線維由来の成分に対して、多変量スペクトル分解を行い、マウスにおける大動脈瘤部位に特異的なマーカースペクトル成分を同定しました(参考図右下)。ヒト大動脈瘤患者の大動脈切片に対して同様の解析を行ったところ、マウスと同じ結果が得られました。ことから、このスペクトル成分が、マウス大動脈瘤とヒト大動脈瘤にのみ存在する、新たな大動脈瘤の診断マーカーとなり得ることが分かりました。

今後の展開

本研究により同定された大動脈瘤特異的マーカースペクトル成分は、大動脈瘤の発症や経過の予測に有用だと考えられます。このような、ラマンスペクトルを、病状を解析するための診断スペクトルとして活用する手法は、従来の組織学では診断が難しい疾患への診断や、処置後の患部の治癒経過の評価、さらに将来的には、疾患予防へも応用可能になることが期待されます。

図 本研究に用いた実験手法と結果

マウスとヒトの、コントロール(野生型)と大動脈瘤組織において、染色等の前処理を行わずにラマン顕微鏡による測定を行いました。得られたデータの多変量データ解析から、血管壁におけるラマンイメージングの作製、細胞外マトリクス成分の大動脈瘤の有無によるクラスター分布の特定、大動脈瘤に特異的なマーカースペクトル成分の同定を行いました。

用語解説

注1) 細胞外マトリクス
  • 生体の臓器や組織は、細胞と非細胞物質で構成されており、非細胞性物質の主要な構成成分を細胞外マトリクスという。細胞を支える足場や組織の形成や分化、細胞接着を担っており、主に、線維状タンパク質とプロテオグリカンの高分子から成る。
注2) ラマン分光法
  • 物質に光を当てると散乱光が生じ、そのうち、入射光とは異なるエネルギーを持つものをラマン散乱という。このラマン散乱を利用し、分子構造の情報を得る手法をラマン分光法という。非侵襲的に物質の構造情報が得られるため、分子の指紋とも呼ばれる。
注3) 多変量データ解析
  • 複数の変数に関わる大量のデータに対して、変数間の相互関係を分析する統計的手法を、多変量データ解析という。変数を数学的に変換したり、行列因子分解したりすることで、結果が可視化される。
注4) プロテオグリカン
  • コアタンパク質に、原則としてウロン酸とアミノ糖の2糖の繰り返し構造からなる直鎖状糖鎖が結合したもの。
注5)ラベルフリーイメージング
  •  染色等の前処理を行わず、ありのままの細胞や組織を非標識で画像化する手法。

研究資金

本研究は、科研費、JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、先進医薬研究振興財団、他の研究プロジェクトの一環として実施されました。

掲載論文

  • 【題名】Raman microspectroscopy and Raman imaging reveal biomarkers specific for thoracic aortic aneurysms (胸部大動脈瘤におけるラマン顕微鏡とイメージングによるバイオマーカーの同定)
  • 【著者名】Kaori Sugiyama, Julia Marzi, Julia Alber, Eva M. Brauchle, Masahiro Ando, Yoshito Yamashiro, Bhama Ramkhelawon, Katja Schenke-Layland*, Hiromi Yanagisawa*.
    †Co-first authors, *Co-corresponding authors 本研究は、筑波大学、早稲田大学、Eberhard Karls University Tübingen(ドイツ)、New York University Langone Health(アメリカ)との国際共同研究によって行われました。
  • 【掲載誌】 Cell Reports Medicine
  • 【掲載日】 2021年4月28日
  • 【DOI】10.2139/ssrn.3606775
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