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アジア6カ国100名超の研究者が人工細胞構築に向けた10年ロードマップを発表

著者: contributor
2026年6月8日 15:17

アジア6カ国100名超の研究者が人工細胞構築に向けた10年ロードマップを発表
―「ProtoCell」から「AutoCell」へ至る協調的研究戦略を提示―

発表のポイント

  • 生体分子などを組み合わせることによって天然の細胞の本質的な機能を付与した人工細胞※1の実現に向けて、タンパク質合成・代謝・遺伝情報の複製・分裂、さらに、多階層システム統合の主要課題を明確にし、 ProtoCellの構築に続いてAutoCellの構築へと発展させる2段階戦略を定めました。
  • 人工細胞構築に向けてAI駆動型中央バイオファウンドリ※2を活用し、標準化と自動化による新たな共同研究モデルを提案しました。
  • アジアの研究者群による人工細胞研究におけるロードマップの発表で、同研究分野におけるアジアの国際的な存在感の強化に繋がります。

早稲田大学理工学術院の木賀大介(きがだいすけ)教授、東京大学大学院総合文化研究科の市橋伯一(いちはし のりかず)教授、国立研究開発法人理化学研究所生命機能科学研究センターの清水義宏(しみずよしひろ)チームディレクター、東京科学大学未来創成研究院地球生命研究所の松浦友亮(まつうらともあき)教授、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の近藤昭彦(こんどうあきひこ)客員教授、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久(はすぬまともひさ)センター長・教授、大阪大学大学院工学研究科の青木航(あおきわたる)教授らの国際共同研究チームは、深セン先進技術研究院(中国)所長のChenli Liu教授らと協力し、多種類の生体分子などを組み合わせることで生命に近い細胞システムを構築することを目指し、今後10年間にわたる人工細胞研究の体系的なロードマップ(以下、「本ロードマップ」という)を発表しました。
本ロードマップは、これまで個別・探索的に進められてきた人工細胞研究を、アジア全体で連携した高インパクトな研究へと発展させる重要な転換点となるもので、人工細胞構築における主要なボトルネックの克服を加速させることが期待できます。その結果、個々の分子としては「生きてはいない」生体分子たちを組み合わせることで、生命を創り出せるかという根源的な問いに対して、アジアからの知見を示し、国際的な責任を果たすことを目的としています。
本成果は、「Nature Biotechnology」に、2026年5月26日にオンライン掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと

リン脂質、タンパク質、DNAなどの生体高分子を用いて、単一細胞に相当するシステムを一から構築することは、合成生物学における最も挑戦的な目標の一つです。
この目標の達成は、「生命とは何か」という根本的な問いの理解を深めるだけでなく、プログラム可能でカスタマイズ可能な機能性細胞の創出に繫がります。これにより、基礎科学だけでなく、バイオものづくりやバイオ医療をはじめとするバイオテクノロジー分野にも、大きな変革をもたらすことが期待されます。過去20年にわたり、欧州では MaxSynBio や BaSyC、米国では Build-a-Cell Initiative などの取り組みが進められ、細胞の各種機能に対応したモジュールの設計や機関横断型の共同研究の基盤が築かれてきました。
一方で、個々の機能モジュールの研究は大きく進展しているものの、それらを時間的・空間的に統合し、完全に機能する人工細胞へと組み上げることは、依然として世界的な未解決課題です。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

2023年、アジア6か国の研究者は SynCell Asia Initiative を設立しました。これは、世界の人工細胞研究において、アジア独自の力強い研究コミュニティを形成する重要な一歩となりました。
その後、SynCell Asia Workshop を継続的に開催し、参加研究者は深い議論を重ね、ビジョンを共有しながら、アジアの視点と地域的強みに根ざした科学的枠組みと行動計画を形成してきました。今回、本取り組みを通じて本ロードマップを発表しました。
まず、本ロードマップでは、人工細胞構築に向けて以下の4つを中核的課題として挙げました。

【中核的課題】

1.代謝の連続性
現在の無細胞系の多くは、ATPやNADHなどのエネルギー物質をあらかじめ投入する方式に依存しており、継続的なエネルギー再生や代謝サイクルを十分に備えていません。そのため、長時間にわたる自律的な動作が大きく制限されています。

2.リボソームの自律性
RNAの情報からタンパク質を生産する工場として動作する巨大分子であるリボソームは、多数のタンパク質とRNAによって構成されている、という再帰的な性質があります。そして、リボソームの組み立てには、リボソームの構成成分であるタンパク質の構造を変化させる酵素や、RNAへの化学修飾が必要です。しかし、現在のリボソームの人工的な組み立て手法ではこれらが十分に再現されていません。このことが、自己持続的なタンパク質生産の実現を妨げています。

3.モジュール設計ルールの不足
細胞機能についての制御可能な各種モジュールについて、物理原理に基づいてこれらを設計するための体系的な指針が、まだ確立されていません。例えば、膜の成長と細胞分裂をどのように力学的に結合させるかについても、十分に理解されていません。

4.時空間協調制御の複雑性
DNA複製、染色体分配、細胞分裂を時間的・空間的に精密に制御することは極めて困難です。これは、人工細胞構築における最も深刻なシステムレベルのボトルネックです。

これらの課題に対応するため、本ロードマップでは、中央集約型の新しい研究パラダイムを以下の4つの軸で提案するとともに、10年間の時間軸における目標設定を提示しました。

【中核的課題を解決するための新しい研究パラダイムの提案】

1.AI駆動型中央バイオファウンドリ
この構想では、従来の研究室単位の分散的な取り組みに代わり、統合拠点としてAI駆動型中央バイオファウンドリを設置することを提案しています。
このモデルでは、「中央ファクトリー」と「各国に分散したワークステーション」を組み合わせます。試薬や、標準化され機能拡張が可能な人工細胞を中央ファクトリーで調製し、自動化されたパイプラインを通じて参加研究室へ分配します。これにより、閉ループ型の Design-Build-Test-Learn、すなわち DBTL サイクル※3を実現します。

2.単一人工細胞オミクス
自動化プラットフォームを用いて、ゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、定量イメージングデータを単一細胞レベルで取得します。これにより、機械学習モデルに必要な高次元データを提供します。

3.ハイブリッドモデリング
生命システムの内容物と反応過程をできる限り理論に取り込んだ「ホワイトボックス型」の機構論的モデルと、これと相補的な、実験条件と実験結果の組み合わせの高次元データから構築される「ブラックボックス型」データ駆動モデルという、2つのモデルを組み合わせることで、人工細胞についての設計上の制約や重要な制御パラメータを明らかにします。

4.人工細胞の進化
多数の要素からなる生命システムについて、合理的設計を行った場合でも、予期しない相互作用が生じる可能性があります。そこで本ロードマップでは、細胞の成長と分裂からなる細胞増殖のサイクルが完全に確立される前の研究段階から、細胞機能の各種モジュールの組み合わせについての大量のバリエーション構築と、これらからの人為選択を繰り返して行う、人工的な進化サイクルの推進を提案しています。これにより、成長とDNA複製の連動など、細胞を構成する多階層をまたぐ、創発的な機能を探索します。]

【本ロードマップを実現するための時間軸】

1.第1段階:ProtoCell (1〜5年目)
第1段階では、安定なリン脂質ベシクル※4を基盤とする ProtoCell の構築を目指します。
ProtoCell は、少なくとも200遺伝子からなるゲノム基本セット※5を持ち、無細胞転写翻訳システム※6によって90%以上の種類のタンパク質を生産できることを目標とします。また、主要代謝物を内因的に合成できるシステムを備えることも目指します。
さらに、人工細胞の「デジタルツイン」を開発し、機械的シグナルと生化学的シグナルがどのように協調して分裂を制御するのかを探索します。

2.第2段階:AutoCell (6〜10年目)
第2段階では、外部から供給される無細胞発現システムに依存せず、ゲノムにコードされたリボソーム再生を内因的に実現する AutoCell の構築を目指します。
AutoCell について、細胞の各種機能が協調した成長・分裂サイクルが、少なくとも連続10回以上進行することを目標とします。また、各種目的に応じた環境選択圧のもとで人工細胞を進化させます。さらには、複数種類の人工細胞からなる集団について、細胞間での物質交換や分業による創発的な挙動を行わせることも視野に入れています。

研究の波及効果や社会的影響

SynCell Asia が提案した本ロードマップは、アジア各国が持つ技術的強みの相補性を活かし、国境を越えた共同研究、共有インフラ、オープンスタンダードを基盤とする新たな研究モデルを構築するものです。
ProtoCell から AutoCell へと至る2段階戦略と、AI駆動型中央バイオファウンドリをシステム統合の中核に据える構想は、細胞機能の個々のモジュールが十分に結合されていないという現在の課題に直接対応するものです。このような研究組織の設計とプラットフォーム構築は、世界的にも前例のない独自の協同研究モデルです。この新たなパラダイムは、人工細胞研究を、各研究室が異なる反応環境で個別に進める断片的なモジュール探索から、標準化された手法に基づく体系的・協調的な人工細胞システムの構築へと転換するものです。さらに、本ロードマップのもとで構築される共同研究体制とインフラは、人工細胞構築にとどまらず、定量生物学、人工知能、バイオものづくりなどの発展を共通して牽引する基盤となることが期待されます。

課題、今後の展望

人工細胞の構築には、これを構成する各種の機能モジュールを開発してきた多くの研究者の協同が必要になります。しかし、開発した各種モジュールを組み合わせることが課題として残されていました。
本ロードマップに示されるように、基盤人工細胞をAI駆動的に合成する施設の設立や国際的な標準化・共同研究を通じて、課題を段階的に克服し、自律的に動作する人工細胞の構築へと至る各種研究の進展が期待されます。

研究者のコメント

わが国では、人工細胞の研究会として世界に先駆けて2007年に設立された「細胞を創る」研究会を中心とした活動が行われてきました。早稲田大学理工学術院電気・情報生命工学科に所属する複数の教員もこの研究会で活動しており、2016年には岩崎秀雄教授を会長として早稲田大学にて年会が開催されています。
2010年代になると、アメリカ、欧州それぞれでの人工細胞研究コミュニティが設立され、国際共同研究が活発になってきました。アジアでも人工細胞研究の機運が高まっている今、このロードマップを世界に対して示すことができたことは大きな意義があります。
また、国内でも、高市政権が示した戦略17分野の一つ、「合成生物学・バイオ」において、人工細胞研究が次世代の合成生物学の重要テーマとして注目されています。自律的に増殖する人工細胞の実現に至る以前の段階でも、細胞の部分機能に対応して構築される個々の人工的な部分システムが、学術的にも産業応用にも活用されており、今後さらなる活用が見込まれます。なお、この研究分野の詳細については、国立研究開発法人科学技術振興機構から本年3月に刊行された調査報告書「人工細胞システム研究の新展開」にもまとめられており、そちらも合わせてご覧ください。

用語解説

※1 人工細胞
生物の細胞が持つ機能を、リン脂質、タンパク質、DNAなどの生体分子を組み合わせて人工的に再構成した細胞様システム。本研究では、生命に近い性質を持つ人工細胞を一から構築することを目指している。

※2 AI駆動型バイオファウンドリ
AI、実験自動化、データ解析を組み合わせて、生物システムの設計、構築、評価、学習を効率的に繰り返す研究基盤。本ロードマップでは、標準化された人工細胞や試薬を調製し、各国の研究室と連携して開発を進める中核拠点として提案されている。

※3 DBTLサイクル
Design-Build-Test-Learn の略で、設計、構築、評価、学習を繰り返す、合成生物学における研究開発の進め方。人工細胞研究では、AIや実験自動化を活用しながら、人工細胞の設計、作製、測定、改善を反復することで、複雑な細胞システムの構築を効率化する。

※4 リン脂質ベシクル
リン脂質が水中で自発的に形成する袋状の構造。生物の細胞膜に似た膜で囲まれた空間を作ることができるため、人工細胞を構築する際の基本的な「入れ物」として用いられる。

※5 ゲノム基本セット
細胞が基本的な機能を維持するために必要な遺伝子だけに絞り込んだゲノム。人工細胞研究では、生命活動に必要な最小限の遺伝情報を明らかにし、それを人工的な細胞システムの中で機能させることが重要な目標となる。

※6 無細胞転写翻訳システム
細胞を使わずに、リボソームなどを含む試験管内などでDNAの情報からRNAを作り、さらにタンパク質を合成する反応系。人工細胞の内部でタンパク質を生産するための基盤技術として重要である。

キーワード

人工細胞研究、合成生物学、国際共同研究、AI駆動研究

論文情報

雑誌名:Nature Biotechnology
論文名:A framework for building a synthetic cell from the SynCell Asia initiative
日本国内の執筆者名(所属機関名):
木賀 大介 (早稲田大学 理工学術院 教授)
青木 航(大阪大学 大学院工学研究科 教授)
市橋 伯一(東京大学 大学院総合文化研究科 教授)
小坂 唯心(大阪大学 大学院工学研究科 助教)
近藤 昭彦 (神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 客員教授)
清水 義宏(国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター チームディレクター)
蓮沼 誠久 (神戸大学 先端バイオ工学研究センター センター長・教授)
松浦 友亮(東京科学大学 未来社会創成研究院 地球生命研究所 教授)
水無 渉 (新エネルギー・産業技術総合開発機構 技術戦略研究センター)
掲載日時:2026年5月26日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41587-026-03153-w
DOI:https://doi.org/10.1038/s41587-026-03153-w

【第37回ユニラブ】小中学生のための科学実験教室開催

著者: staff
2026年6月8日 11:53

🤖 AI Summary

ユニラブは、早稲田大学理工学術院が主催する小中学生向け科学実験教室です。1988年に始まり、現在では日本全国から多くの参加者が集まる大規模イベントとなっています。延べ3万人以上が参加しています。「ユニラブ」は「University Laboratory」の造語です。

このイベントは、小中学生に科学や技術への興味を深めさせるとともに、大学を社会に公開する目的で開催されています。主催者の早稲田理工では、「知っている」から「できる」までの徹底的な実践教育を行っており、その強みを活かした実験教室が提供されています。

また、早稲田大学と関連がある地域を中心に実施されており、実際の取り組みについては別途ウェブサイトで紹介しています。

2025 年 9 月・2026 年 4 月入学 大学院先進理工学研究科修士課程 一般入試において「生命医科学専攻・基礎工学II」の問題を解答された皆様へ

著者: staff
2026年6月8日 11:47

🤖 AI Summary

以下是该文章的简洁总结:

2025年9月及2026年4月入学的东京女子大学先進理工学研究科修士课程一般入試中,"生命医科学専攻・基礎工学II"科目试卷作答完毕的学生们请注意。此通知由该校发布,具体内容请参阅官方网站链接:[https://www.waseda.jp/fsci/assets/uploads/2026/06/20260608_daigakuin.pdf]。

该公告主要提醒考生注意审核自己的答案,并未包含其他具体信息。如有疑问,请直接联系学校获取详细解答。

テラヘルツバイオフォトニクスが拓く次世代バイオ計測

著者: contributor
2026年6月2日 15:48

テラヘルツバイオフォトニクスが拓く次世代バイオ計測
~テラへルツ技術の医療・生命科学応用に向けた課題と技術ロードマップを提示~

発表のポイント

  • 生体組織や細胞、分子の状態を非侵襲・非破壊で調べることができる電磁波としてテラヘルツ波が注目されてきましたが、医療・生命科学への実利用は大きく進んでいませんでした。
  • 本研究では、テラヘルツ波を生体計測に応用する研究分野である「テラヘルツバイオフォトニクス」の発展を妨げてきた本質的課題を整理し、その克服に向けた技術の進展を体系的にまとめました。
  • 加えて、新しい顕微鏡技術や高感度センサー技術などの研究動向を整理し、医療・バイオ計測分野への応用に向けた現実的な技術ロードマップを示しました。
  • 本成果により、テラヘルツバイオフォトニクスを次世代の医療・生体計測を支える候補技術として社会に広く示すとともに、産学連携や異分野融合の加速が期待されます。

生体の水和状態や分子間相互作用などを捉えられる新しい技術として、テラヘルツ波を用いた生体計測が注目されています。しかし、可視光などの光技術と比べると、医療や生命科学への実利用は大きく遅れていました。
早稲田大学大学院情報生産システム研究科 芹田和則(せりたかずのり)准教授、岡山大学学術研究院先鋭研究領域異分野基礎科学研究所 斗内政吉(とのうちまさよし)教授(特任)の研究グループは、テラヘルツバイオフォトニクス研究の歴史と最新技術を整理し、分野の発展を妨げてきた本質的課題を体系的に分析しました。さらに、顕微鏡技術や高感度センサーなどの新しい研究動向を整理し、医療・バイオ計測への応用に向けた技術ロードマップを提示しました。本成果は、テラヘルツバイオフォトニクスを次世代の医療・生体計測技術として発展させるための重要な指針となります。
本研究成果は2026年5月29日に「Journal of Physics Photonics」に掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと

テラヘルツ波※1は、分子間相互作用や水素結合、水和状態など、生体の状態を反映する物理情報に敏感に応答する電磁波です。2000年代以降、医療や生命科学への応用を目指した研究が世界的に進められてきました。これまでの研究では、がん組織、創傷、血液、細胞、DNA、タンパク質など様々な対象で有望な結果が報告されてきました。しかし、可視光や近赤外光を用いた光学顕微鏡に比べると、テラヘルツ技術の実利用は以下の技術的課題が存在していたため、大きく遅れていました。

  • 空間分解能※2が低いこと
  • 水による強い吸収によって感度が低下すること
  • 計測速度が遅いこと
  • 装置が大型で高コストになりやすいこと

また、先行研究では、テラヘルツ信号によって観測された信号の違いが病気特有の情報ではなく、単に水分量の違いを反映している可能性が指摘されるなど、テラヘルツ信号の観測解釈に懐疑的な見方も多く、「測定できた」という段階にとどまる研究も少なくありませんでした。そのため、テラヘルツ波が生体のどのような情報を実際に捉えているのかを検証する研究が求められていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、テラヘルツバイオフォトニクス※3分野の研究動向を体系的に整理し、この分野の発展を妨げてきた本質的課題と、それを克服するための技術進展を明らかにしました。
まず、テラヘルツバイオフォトニクス研究の歴史を俯瞰し、分野の停滞要因の本質的課題を以下の4つとして再定義しました。

(1)空間分解能の不足

(2)水への強い吸収による感度不足

(3)計測速度の遅さ

(4)装置の大型化

次に、これらの課題を克服するための技術進展を整理しました。特に、テラヘルツ時間領域分光法※4による分光技術、テラヘルツ顕微鏡を使ったイメージング技術、テラへルツメタマテリアル※5を使ったセンシング技術が、どのように進展し、どの課題の解決に寄与していくのかを体系的に整理しました。
例えば、テラヘルツ時間領域分光法による高精度な分光技術が進展することで、生体の水和状態などの変化を定量的に評価することが可能となり、テラヘルツ信号の解釈の信頼性向上に寄与します。また、テラヘルツ顕微鏡技術の進展により、従来課題であった空間分解能の向上が進み、現在では、細胞、分子、微細構造レベルでの観察が可能になりつつあります。さらに、テラヘルツメタマテリアルを用いたセンシング技術は、テラへルツ波の電場を局所的に強く集中させることで、微量な生体物質の検出感度を高め、小型・高感度なバイオ分析チップへの応用が期待されています。
特に、筆者らがテラヘルツバイオフォトニクス応用の要となる技術として開発を進めているテラヘルツ点光源顕微鏡※6は、これまでのテラへルツ計測の主要課題であった上記4つ(空間分解能、感度、計測速度、装置サイズ)を同時に克服する技術として位置づけられ、細胞レベルでの生体計測や微量試料分析への応用可能性にも言及しています。
さらに、皮膚がん診断や創傷評価では、すでに臨床応用を見据えたテラへルツ診断装置も進みつつあることを示し、比較的早期の実用化が期待される応用分野として、医療分野での社会実装に向けた現実的なシナリオを提示しました。
本研究により、テラヘルツバイオフォトニクス研究は、単に「測れるかどうか」を示す段階から、テラヘルツ波が生体のどのような情報を捉えているのかを検証しながら実用化へと進む段階に入りつつあることが明らかになりました。

研究の波及効果や社会的影響

本研究は、テラヘルツバイオフォトニクスという新しい研究領域の可能性を社会に広く示すものです。テラヘルツ技術は、非侵襲・ラベルフリーで生体情報を取得できる可能性を持つため、将来的には皮膚がん診断、創傷評価、生体組織分析、微量バイオ分析などの医療分野への応用が期待されています。また、メタマテリアルセンサーやマイクロ流路技術との統合により、小型で高感度なバイオ分析チップの開発にもつながる可能性があります。こうした技術は医療だけでなく、創薬、食品、環境、半導体、バイオ産業など幅広い分野への応用が期待されます。
さらに、テラヘルツ技術は、大きなマーケットを担うバイオ産業の一翼を担うことが期待されています。本研究は、テラヘルツバイオフォトニクス技術がこのバイオ産業の開拓に貢献できる具体的な道筋を明らかにしたものです。
加えて、テラヘルツバイオフォトニクスは物理学、光工学、電子工学、生命科学、医学などが交差する学際分野であり、本成果の社会発信により、新しい研究コミュニティの形成や産学連携の加速が期待されます。

課題、今後の展望

テラヘルツバイオフォトニクスは大きな可能性を持つ一方で、依然としていくつかの課題が残されています。特に、生体内でのテラヘルツ信号の起源をより正確に理解すること、計測装置の小型化・高速化・低コスト化を進めることなどが重要です。今後は、顕微鏡技術やセンサー技術のさらなる発展に加え、AIによるデータ解析や医療機関との連携を進めることで、実際の医療現場への応用が期待されます。また、近年急速に発展しているナノフォトニクスやメタマテリアル技術との融合により、これまでにない高感度な生体計測技術が生まれる可能性があります。

研究者のコメント

テラヘルツ波は長年、医療や生命科学への応用が期待されながらも、実用化には多くの課題が残されていました。本研究では、これまでの研究を整理し、分野が直面している本質的課題とその解決に向けた技術の方向性を示しました。テラヘルツ技術が、将来の医療や生体計測を支える新しい技術として発展することを期待しています。また、「テラヘルツ波」をより身近に扱える未来社会の実現に向けた重要な指針となる論文になることを期待しています。

用語解説

※1 テラへルツ波
周波数が約1テラヘルツ(1兆ヘルツ)付近にある電磁波の総称で、光と電波の中間に位置する。波長は約0.3ミリメートルで、光のように直進しやすく、電波のように物質を透過する性質を併せ持つ。また、生体内の水や分子の動きに敏感に反応する特徴がある。1光子のエネルギーはX線の約100万分の1と小さく、生体にダメージを与えにくい非侵襲計測が可能とされる。医療・生命科学、半導体検査、食品品質管理、次世代通信など幅広い分野での応用が期待されている。

※2 空間分解能
どれだけ細かい構造を見分けられるかを示す指標。空間分解能が高い(良い)ほど、小さな対象(細胞や微細構造)をよりはっきりと観察することができる。

※3 テラヘルツバイオフォトニクス
テラヘルツ波を利用して、生体組織、細胞、分子などの状態を計測・分析する研究分野。テラヘルツ波は水和状態や分子間の相互作用などに敏感に反応するため、生体の状態を非侵襲・非破壊で調べられる可能性がある。医療診断、生体計測、バイオ分析などへの応用が期待されている学際的な研究領域である。

※4 テラへルツ時間領域分光法
テラヘルツパルスを発生させ、物質を透過・反射した波形を時間領域で測定することで、物質の吸収特性や屈折率などを調べる計測手法。テラヘルツ領域の代表的な計測技術であり、物質の構造や分子振動の情報を得ることができるため、生体分子や材料の分析に広く利用されている。

※5 メタマテリアル
自然界には存在しない特殊な電磁特性を人工的に実現するために設計された微細構造材料。電磁波の共鳴や電場増強などの効果を利用できるため、センサーや光学デバイスなどに応用されている。テラヘルツバイオセンサーでは、メタマテリアル構造によって電場を強く集中させることで、微量な生体物質を高感度に検出できる可能性がある。

※6 テラへルツ点光源顕微鏡
局所的にテラヘルツ波を発生させ、その微小なテラヘルツ光源を走査することで試料を観察する顕微鏡技術。従来のテラヘルツ計測よりも高い空間分解能で測定できるため、細胞や微小構造などの生体試料を詳細に観察できる可能性がある。

キーワード

テラへルツ波、テラへルツバイオフォトニクス、テラへルツ時間領域分光、テラへルツ点光源顕微鏡、メタマテリアル

論文情報

雑誌名:Journal of Physics Photonics
論文名:Recent advances and emerging directions in terahertz biophotonics
執筆者名(所属機関名):Kazunori Serita (Waseda University), *Masayoshi Tonouchi (Okayama University)
掲載日時:2026年5月29日
DOI:https://doi.org/10.1088/2515-7647/ae7490
*:責任著者

研究助成

研究費名:JST創発的研究支援事業
課題番号:JPMJFR2029
研究課題名:近接場テラヘルツ励起プローブ顕微鏡による1細胞・1分子分光イメージング解析とその応用
研究代表者名(所属機関名):芹田 和則(早稲田大学)

研究費名:JSPS科学研究費助成事業 基盤研究B
課題番号:JP25K01294
研究課題名:高分解能テラへルツ内視鏡の開発
研究代表者名(所属機関名):芹田 和則(早稲田大学)

研究費名:JSPS科学研究費助成事業 基盤研究A
課題番号:JP23H00184
研究課題名:局所場における光テラヘルツ波変換モデルリングと半導体分析応用
研究代表者名(所属機関名):斗内 政吉(岡山大学)

金属ガラスの電子顕微鏡像に現れた”明るい点”の正体に迫る

著者: contributor
2026年5月28日 16:54

金属ガラスの電子顕微鏡像に現れた”明るい点”の正体に迫る
~高分解能像の解析から柱状原子配列の存在を示唆~

発表のポイント

  •  Zr-Pt金属ガラス※1に20面体原子クラスター※2とそれに類似する構造を持つ歪んだ20面体原子クラスターが支配的に存在し、それぞれ異なる空間分布の特徴があることを見出しました。
  •  20面体原子クラスターは互いに入り込むような形で中距離秩序構造※3を形成し、比較的短い柱状原子配列※4を作ることが知られています。本研究では、その中心軸に沿った原子列が高分解能透過型電子顕微鏡※5像(高分解能像)に輝点として現れることを明らかにしました。
  •  さらに、歪んだ20面体原子クラスターを含めた様々な種類の原子クラスターが一方向に結合し、想定されていた中距離秩序構造よりも大きな柱状原子配列を形成することを初めて示しました。この構造は高分解能像に特に強い輝点として現れることが明らかとなりました。
  •  これにより、従来解釈が複雑とされてきたガラスの高分解能像を、柱状原子配列をもとにすることで、より直感的に解釈できる可能性が示されました。今後、金属ガラスや他のガラス物質の構造を理解するための新たな理論の確立につながることが期待されます。

合金のガラス形成過程において、異なる構造的特徴を持つ原子クラスターの挙動、または原子クラスターの接続によって形成される中距離秩序構造は、金属ガラスの機械的強度などの性質の起源を探る上で重要なため、多くの研究者の注目を集めています。しかし、ガラス構造には結晶構造のような周期性がないことから、実験で撮影した高分解能透過型電子顕微鏡※5像(高分解能像)には明確な輝点の周期配列が現れないため、その解釈が困難であることが知られています。
早稲田大学の査思源(Zha Siyuan)助手と平田秋彦(ひらたあきひこ)教授の研究グループは、Zr-Pt合金のガラス構造に関して、分子動力学シミュレーションと透過型電子顕微鏡による観察を組み合わせ、20面体を含む種々の原子クラスターが一列に並ぶ柱状原子配列の特徴を調べ、それらの柱の中心軸が高分解能像中で中距離秩序構造に起因する明瞭な輝点として現れることを明らかにしました。
本研究は、金属ガラスの構造を理解するための新たな視点を提供するものであり、金属ガラスや他のガラス物質の構造を理解するための新たな理論の確立につながることが期待されます。
本成果は、2026年5月12日(火)に『Acta Materialia』で公開されました。

図1(左上)20面体原子クラスターおよび歪んだ20面体原子クラスターからなる中距離秩序構造。比較的短い柱状原子配列に対応する。(右上)実験で金属ガラスから得られた高分解能像。(左下)分子動力学シミュレーションで得られた金属ガラスモデルから計算した高分解能像。(右下)種々の原子クラスターからなる大きいサイズの柱状原子配列。左上や右下の柱状中距離秩序構造の中心軸に沿った原子の並びが、柱の軸方向から見た際の像中の輝点に対応する。右下の配列からは、左上のものと比べて、より輝度の高い輝点が期待される。

これまでの研究で分かっていたこと

1960年代、金属を液体から急冷することによって、金属ガラスが初めて作られました。金属ガラスはランダムな原子配列を示していますが、そのランダムな中に秩序が潜んでおり、金属ガラスの構造的特徴を解明するため、多くの研究がこれまで行われてきました。
原子クラスターは金属ガラスの基本構造単位として、それぞれ異なる構造的特徴を示しています。原子クラスター同士は、一部の原子を共有する形で互いに接続して、数ナノメートルの直径を持つ中距離秩序構造を形成していることが示唆されています。例えば、計算機シミュレーションによるモデル作成の手法を用いて、金属ガラスの中距離秩序構造の特徴がこれまで議論されてきました(S. Y. Wang et al., Phys. Rev. B 78, 184204 (2008))。
一方で、そのような金属ガラスの中距離秩序構造を実験的に解明するのは容易ではありません。その理由は、金属ガラスの構造には結晶構造のような周期性が無いことから、全体から得られる構造情報は平均化されたものになってしまうためです。そこで、局所的な領域を観察できる透過型電子顕微鏡観察を用いて、中距離秩序構造に対応する局所秩序領域の存在がこれまで示唆されています(Y. Hirotsu et al., Microsc. Res. Tech. 40, 284-312 (1998)、J. Saida et al., J. Appl. Phys. 90, 4717–4724 (2001))。しかし、ガラス構造から得られた高分解能像をどのように解釈するかに関しては、未だ不明な点が多く残されていました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

これまで、結晶構造のような周期性を持たないガラス構造に対する高分解能像は、非常に複雑なことからその解釈が困難でした。今回、早稲田大学の査思源(Zha Siyuan)助手と平田秋彦(ひらたあきひこ)教授の研究グループは、実験で得られたガラス物質の高分解能像を観察する中で、著しく明るい輝点コントラストが至る所に含まれていることに気づきました。この輝点コントラストの起源を調べるため、代表的な金属ガラスの1つであるZr系合金を選び、高分解能像観察と計算機シミュレーションを組み合わせることで研究を進めました。
今回、研究対象としたZr80Pt20合金は、高いガラス形成能※6を持つことが知られており、金属ガラスに関する多くの研究で扱われています。まず、分子動力学シミュレーションによって構造モデルを作成し、ボロノイ多面体解析※7から、20面体原子クラスターと歪んだ20面体原子クラスターが支配的であることが分かりました。さらに、この二種類の原子クラスターの分布特徴を調べたところ、20面体原子クラスターは互いに入り込み、相互貫入型の中距離秩序構造をより多く形成し、密集する傾向があります。一方、歪んだ20面体原子クラスター同士は多面体の面または辺を共有する形でより長い距離で接続する傾向があり、広がりを持つ構造を形成していました。
さらに、本合金に対する高分解能像観察も行い、上述したような著しく明るい輝点コントラストが像中に見られることが分かりました。この輝点に対応する構造を見出すため、分子動力学シミュレーションによって作成した構造モデルを用い、高分解能像を計算することにより、実験結果との比較を行いました。計算像は、実験像に見られる輝点の位置や強度を一対一に再現するものではありませんが、電子線入射方向に沿って原子クラスターが柱状に連結した領域では、その中心軸に沿った原子の並びが局所的に高い輝度を与えることが分かりました。このことから、実験像に現れる明るい輝点の有力な起源として、20面体原子クラスターのみで構成されたものだけでなく、種々の原子クラスターが電子線入射方向に沿って接続することで形成された柱状原子配列の存在を示しました。
今回の研究によって、これまで不明な点が多かったガラス構造の高分解能像に新たな解釈を与えたため、今後、ガラス構造の研究自体に新たな視点をもたらすことが期待されます。

研究の波及効果や社会的影響

  • 金属ガラス構造中に支配的に存在する二種類の原子クラスターが全く異なる分布特徴を示すことが見出され、金属ガラスの構造に対する理解が深まりました。このような構造不均一性は、金属ガラスのダイナミクスや物性に影響を与えると予想され、新たな発展が期待されます。
  • 実験結果と計算結果の比較により、これまで不明な点が多かったガラス構造の高分解能像の解釈に新たな視点を与えました。これにより、これまでに気づかれていなかった大きいサイズの柱状原子配列が初めて見出され、金属ガラスの基礎研究に新たな視点を提供しました。今後、柱状原子配列の構造的特徴や3次元的配列などについて詳しく調べることで、新たな発見が期待されます。

課題、今後の展望

今回の研究で、Zr-Pt合金における20面体を含む様々な原子クラスターが連なった柱状原子配列が見出され、その柱の中心軸に沿った原子列が高分解能像の輝点の起源になっていることを示しました。しかし、柱状原子配列については、その構造的特徴の定量解析や構造中の多面体分布状況を、より詳細に調べる必要があります。さらに、柱状原子配列の形成が機械的性質などの物性に与える影響や、それがガラス物質全般について一般的なものであるか、という課題について、他のガラス物質を用いて検証する必要があります。

研究者のコメント

  • 今回の研究で、高分解能像に多く含まれている輝点コントラストに着目し、実験結果と計算結果の比較により、その起源と考えられる柱状原子配列が見出されました。なかでも、20面体だけでなく複数種の原子クラスターからなるサイズの大きい柱状原子配列に関してはこれまでに注目されておりませんでしたが、今後、金属ガラスの基礎研究における一つの視点として、発展が期待されます。(査思源)
  • ガラス物質から得られる高分解能像は複雑であり、その解釈は簡単ではありませんでした。我々は、これまで局所電子回折や計算機シミュレーションを用いて、アモルファス構造に潜む秩序の解明に取り組んできました。今回、改めて高分解能像中の特に明るい輝点に着目することで、これまで見出されていなかった特徴を持つ柱状原子配列を見出しました。他のガラス物質においても、同様のコントラストが見られることが多いことから、ガラス物質に普遍的な特徴であることが期待されます。(平田秋彦)

用語解説

※1 金属ガラス
規則正しい原子配列を持つ金属結晶とは異なり、原子が不規則に配列している固体金属材料です。

※2 原子クラスター
数個から十数個の原子からなる局所構造で、通常0.5nm以下の半径のものを示します。金属ガラスの基本構造単位として扱われることが多いです。

※3 中距離秩序構造
原子クラスターの接続によって形成される構造で、1~2ナノメートルのスケールを持つものです。

※4 柱状原子配列
中距離秩序構造のうち、特に原子クラスターが直線状に連なって接続しているものを指します。コラム状原子配列とも呼ばれます。

※5 透過型電子顕微鏡
加速された電子を薄膜試料に照射し、透過した電子を用いて回折や像を得る顕微鏡です。これにより、原子スケールの観察が可能となります。

※6 ガラス形成能
合金系を液体から冷却したときに、ガラス状態になる能力を指します。ガラス形成能が高いほど、ガラス状になりやすいです。

※7 ボロノイ多面体解析
原子クラスターの構造的特徴を幾何学的観点で分類するための数理的手法です。

キーワード

金属ガラス、原子クラスター、中距離秩序構造、透過型電子顕微鏡、分子動力学シミュレーション

論文情報

雑誌名:Acta Materialia
論文名:Columnar atomic arrangements in Zr-Pt metallic glasses and their appearance in high-resolution electron microscopy
執筆者名(所属機関名):査思源(早稲田大学、筆頭)平田秋彦(早稲田大学)*
掲載日時(現地時間):2026年5月12日
掲載日時(日本時間):2026年5月12日
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1359645426004465
DOI:https://doi.org/ 10.1016/j.actamat.2026.122344
*:責任著者

研究助成

研究費名:科学研究費 挑戦的研究(萌芽) 課題番号:23K17837
研究課題名:ガラス構造における擬格子面と位相幾何的秩序
研究代表者名(所属機関名):平田 秋彦(早稲田大学)

ムーンショット型研究開発制度のプロジェクトマネージャーに尾形哲也教授が決定

著者: contributor
2026年5月28日 16:53

🤖 AI Summary

早稲田大学の尾形哲也教授が「ムーンショット型研究開発制度」における目標3プロジェクトマネージャーに選ばれました。この制度は、2050年までにAIとロボットが共進化し、人間と共存するスマートロボットを実現するための研究開発プロジェクトです。

「ムーンショット型研究開発制度」は、日本の破壊的イノベーションの創出を目指す新しい制度で、内閣府が統括しています。この制度は総合科学技術・イノベーション会議で決定された10の目標に基づいており、各目標に対する全体責任者であるプログラムディレクターの下でプロジェクトマネージャーが活動します。

尾形教授の具体的な研究開発プロジェクトは「一人に一台一生寄り添うスマートロボットAIREC」です。このプロジェクトは、2050年までに人間と共生するロボットを実現することを目指しています。

このたび、内閣府が統括する「ムーンショット型研究開発制度」における目標3に、本学から尾形哲也教授がプロジェクトマネージャーとして決定されました。

 

プロジェクトマネージャー

尾形哲也(理工学術院・教授)

 

研究開発プロジェクト

「一人に一台一生寄り添うスマートロボットAIREC 」

 

ムーンショット型研究開発制度

日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する新たな制度で、内閣官房、内閣府、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省等が連携し、研究開発を推進します。総合科学技術・イノベーション会議で決定された10のムーンショット目標について、各目標における研究開発全体責任者であるプログラムディレクターの下、プロジェクトマネージャーは、ムーンショット目標達成および研究開発構想実現に至るシナリオの策定、研究開発プロジェクトの設計、研究開発体制の構築、研究開発プロジェクトの実施管理などを行います。

ムーンショット目標

1. 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現

2.2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現

3.2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現

4.2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現

5.2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出

6.2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現

7.2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現

8.2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現

9.2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現

10.2050年までに、フュージョンエネルギーの多面的な活用により、地球環境と調和し、資源制約から解き放たれた活力ある社会を実現

独創性を発揮する、気鋭の研究者たち(理工学術院 和佐泰明准教授)

著者: contributor
2026年5月28日 15:02

🤖 AI Summary

早稲田大学は、「PI飛躍プログラム」を通じて独創的な研究者を支援しています。2026年度には13名の中から和佐泰明准教授を含む3名が選ばれました。

和佐准教授の専門は制御工学で、彼は社会システム全体を「Cyber-Physical Human Systems(CPHS)」と捉え、その制御設計を探求しています。具体的には、自動車や電力市場など多様な領域での制御技術を研究し、複数の対象から構造的な課題を見出し解決策を設計します。

早稲田大学のPI飛躍プログラムは2022年に新設され、独創的で学内原則的に博士学位取得後15年以内の若手研究者を支援しています。採択された研究者は研究促進費や国内外の研究ネットワーク構築などの支援を受けられます。

和佐准教授が今後どのような成果を生み出すか注目されるところです。このプログラムは、多様な分野からの支援により若手研究者の成長を促しています。

理工学術院 森 達哉 教授が令和8年度「情報通信功績賞」を受賞

著者: contributor
2026年5月28日 14:53

🤖 AI Summary

理工学術院の森達哉教授が令和8年度「情報通信功績賞」を受賞しました。この賞は、総務省及び情報通信月間推進協議会により、電波利用又は情報通信の発展に貢献した個人及び団体に対して授与されます。

【主な内容】
- 受賞者:森達哉 教授(理工学術院・教授)
- 受賞理由:AI、IoT、Webなどに関するサイバーセキュリティの研究に長年従事し、先進的な研究成果と高度人材の育成を通じて我が国のサイバーセキュリティ分野の発展に寄与。また、政府におけるAIセキュリティ政策の推進にも尽力しました。

- 令和8年度情報通信功績賞は計5件の受賞があり、そのうち個人4件、団体1件です。

この表彰は森教授の長期的な研究と貢献を称えるもので、彼の業績は日本のサイバーセキュリティ分野の発展に大いに貢献していると評価されています。

総務省及び情報通信月間推進協議会は、令和8年度の「電波の日」(6月1日(月))及び「情報通信月間」(同年5月15日(金)から6月15日(月)まで)にあたり、電波利用又は情報通信の発展に貢献した個人及び団体を表彰しています。この度、理工学術院の森達哉教授が令和8年度の情報通信月間推進協議会会長表彰「情報通信功績賞」を受賞しました。

【受賞者】森 達哉 (理工学術院・教授)

【受賞理由】AI、IoT、Web等に関するサイバーセキュリティの研究に長年従事し、先進的な研究成果の創出と高度人材の育成を通じて我が国のサイバーセキュリティ分野の発展に寄与するとともに、政府におけるAIセキュリティ政策の推進にも尽力し、我が国の安全・安心なサイバー空間の実現に多大な貢献をした(総務省ホームページより抜粋)。

なお、令和8年度の「情報通信功績賞」は、個人4件、団体1件の計5件が受賞しました。

趣味の手芸が人々のためのアイデアに 編み図作成アプリを開発する早大生

著者: contributor
2026年5月26日 11:51

「ものづくりは好きなことなので、無限にできます」

創造理工学部 4年 木棚 麗香(きだな・れいか)

西早稲田キャンパス 51号館にて。アプリを用いて作った編み物を持って

中高生の頃、手芸をしている際に生じた不便さから着想を得て、「編み図(※1)作成アプリ」を開発した木棚麗香さん。2026年3月13日、小野記念講堂で行われた早稲田大学アントレプレナーシップセンター主催の「第一回WASEDA DEMO-DAY」(以下、デモデイ)では、編み図作成アプリの発表を行い、見事最優秀賞に輝きました。

早稲田大学に入学した頃は、ただ何かを作ることが好きなだけだったという木棚さん。WASEDAものづくり工房主催の「WASEDAものづくりプログラム(※2)」(以下、ものプロ)や「WASEDAものづくりプログラム・ADVANCED」(以下、ものプロアドバンスト)に参加したことがきっかけで、趣味だった手芸やものづくりが、社会的意義を持つものに変わっていったと言います。趣味のように楽しみながら開発に取り組む木棚さんに、これまでの道のりや開発を始めたきっかけ、これからの展望について聞きました。

※1 編み物を作成するための手順が記された設計図
※2 早稲田大学と清水建設株式会社との包括連携協定に基づく共同プロジェクト。技術と創意を融合させた“ものづくり”を通じて“社会実装”までを見据えた価値創造に挑戦するプログラム

――どのような経緯でものプロアドバンストやデモデイに参加しましたか?

ものプロアドバンストは、3年生の夏に友達に誘われて参加したものプロの応用として続けて参加しました。小さい頃から、何かを作るということが好きだったんです。デモデイは、ものプロアドバンストでの活動の延長として、挑戦してみないかと誘われたことがきっかけでした。

木棚さんが過去に趣味で編んだ編み物の一部

最初に参加したものプロは、理工学術院に所属する学生を対象としたものづくりを促進するプログラムで、参加者がおのおの好きに実体のあるものを制作します。都度、進捗発表やミーティングを行い、参加者同士で交流もして、西早稲田キャンパスの技術職員の方々からアドバイスやレクチャーをいただけます。ここでは、センサマシマシコントローラというセンサを多数積んだコントローラ及びそれを用いるゲームを、友人とともに制作しました。定められた期間内で、実践的な技術指導を受けられることや制作費用がプログラムから出ることがとても良かったです。

 

写真左:センサマシマシコントローラとものプロで受賞した賞状
写真右:水位センサで画面内の水位が、ジャイロセンサで画面の傾きが変わっている様子

ーーでは、ものプロアドバンストでの活動内容について教えてください。

ものプロアドバンストは、これまでのものプロとは異なり、“社会実装”というテーマがはっきりとしているんです。今まで自己満足で作ってきたものが、“社会に有用であるか”を考える機会が設けられていて。例えば、ユーザーからのフィードバックをもらうなど、他者から評価を受けることがありました。他人の目を介することで、自分では気付かなかった視点を得ることができ、貴重な機会でした。

この活動の中で、編み図作成アプリを開発したんです。ここでは、アプリを使って実際に動くパーツに合わせて編み図を作り、立体のワセダベアを制作しました。

ものプロアドバンストで制作したワセダベアのパーツ

2026年3月に行われたものプロアドバンストの最終成果報告会での一枚。前列の左から3番目が木棚さん

――編み図作成アプリを作ろうと思ったきっかけは何ですか?

行動を起こしたきっかけは、所属する石井裕之先生(理工学術院教授)の研究室で、「人類の幸福に資するアプリケーションソフトウェアを開発せよ」という課題が出たことです。この課題に向けて、編み図作成アプリのツール制作を始めました。

発想のきっかけは、趣味の手芸でカメラのケースを編み物で作った時に、カメラの凹凸に合わせて編むことに苦戦して途中で辞めてしまったという経験があったんです。その時、もし編み図があれば諦めずに済んだかもしれないと思い、物をスキャンしてそれに対応する編み図を作ってくれるツールを作ろうと考えました。

石井研究室10周年記念パーティーでの一枚(左から2人目が木棚さん、3人目が石井先生)

――編み図作成アプリについて詳しく教えてください。

編み図作成アプリは、糸を編むかぎ針用で、編みたい物の3Dデータや画像を入力すると、その編み図を作ってくれるwebアプリです。

実際に、立体の編み物を作る時は、ぐるぐると輪っかを描くようにして編んでいきますが、その編み目の数を増やしたり減らしたり変えることによって、いろんな形を作ることができるんです。 ただ、それを自分で自由自在にやるのは本当に難しくて。初級者や中級者は編み図という編む上でのロードマップが必要なんです。

そういった人のために、この編み図作成アプリは、作りたい物の写真などのデータを入力して、その都度最適な編み図を手に入れることができるようになっています。

アプリでスキャンした物体とそれをもとにできた編み物を持つ木棚さん

アプリ制作の知識はなかったので、開発する際には生成AIを活用しました。アプリ制作に強い生成AIを使い、自分で考えたアプリの中心となるアルゴリズムを基に、具体的に生成AIに指示を出して、動作に不備があったらそこを指摘して…と何度もトライアンドエラーを重ねて完成させました。学業との両立などで忙しい時期が多かったですが、ものづくりは好きなことなので、無限にできました!

――今後の展望をお願いします。

編み物をはやらせたいです。現段階の編み図作成アプリはまだバグが多く、追加したい機能もあるので、実装するまで課題は山積みですが、このアプリを通じて特に若い世代の層に「これも編み物で作れるの!?」というワクワク感を与えられたら良いな、と思っています。さらにこの先、編む工程まで機械化して、気軽に家で使えるようなものにできないかと考えています。卒業後は大学院に進学する予定ですが、進学後もしばらくは編み図作成アプリの開発に集中したいです。

ものプロアドバンストやデモデイに出てから、自分の中で趣味のような位置付けだったものづくりを、社会的意義と結び付けて捉えられるようになりました。アプリの開発が終わった後も、何かやりたいと思ったときにハードルが高いという理由で踏み出せなかったり、うまくいかなかったりする人が少しでも減るように、新しくツールを開発し、提供していきたいと思っています。

柔らかな笑顔を見せる木棚さん。研究室のある西早稲田キャンパス 59号館の前にて

第926回

取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター
政治経済学部 2年 和田 悠良

【プロフィール】

木棚さんが命を吹き込んだワセダベア

東京都出身。豊島岡女子学園高等学校卒業。余暇の過ごし方は、友達とインディーズのゲームをすることや、小旅行に行くこと。サークルは理工展連絡会に所属。お薦めのワセメシは「ひまわり」のアジフライ弁当だそう。生涯ものづくりに関わる仕事に携わっていきたいと、意欲を見せる。

ニュートリノの「変⾝」が左右する星の最期と超新星爆発

著者: contributor
2026年5月25日 16:23

ニュートリノの「変⾝」が左右する星の最期と超新星爆発
~スパコン「富岳」を⽤いたマルチアングル輸送計算により解明~

発表のポイント

  •  ニュートリノがその性質を「変⾝」させるニュートリノ振動※1が、星の⼀⽣の最期に起きる超新星爆発へどう影響を及ぼすかを初めて明らかにしました。
  • 超新星爆発内部で起きる特異な種類のニュートリノ集団振動、特に「⾼速フレーバー変換」を正確に取り扱うために、運動量空間を解くマルチアングル輸送シミュレーションをスーパーコンピュータ(スパコン)「富岳」※2において実⾏し、フレーバー変換の効果を初めて考慮しました。
  •  軽い星ではニュートリノ振動が爆発を促進し、重い星ではその逆となることがわかりました。
  •  宇宙進化に重要な役割を果たす超新星爆発のメカニズムにはまだ謎が多いですが、その解明に⼀歩近づきました。

早稲田大学理工学術院総合研究所赤穗 龍一郎(あかほ りゅういちろう)次席研究員理工学術院山田 章一(やまだ しょういち)教授、国立天文台の長倉 洋樹(ながくら ひろき)特任助教らの研究グループは、素粒⼦であるニュートリノがその性質を「変⾝」させるニュートリノ集団振動という現象が、宇宙最⼤の⼤爆発である超新星爆発にどう影響するかを、スパコン「富岳」によるシミュレーションで明らかにしました。超新星はニュートリノがエネルギーを運ぶことで爆発を引き起こすと考えられています。そして超新星内部では、ニュートリノ同⼠の相互作⽤によってニュートリノ集団振動という現象が起きると理論的に予想されていますが、その影響はわかっていませんでした。本研究では、集団振動の種類の中で最も卓越的である⾼速フレーバー変換の効果を、それを正しく取り扱うためのマルチアングル輸送シミュレーションに初めて組み込み、超新星爆発ダイナミクスに及ぼす影響を明らかにしました。

本研究成果は2026年5月 1 1日(月)にアメリカ物理学会の「Physical Review Letters」にて公開され、同誌のFeatured in Physics Viewpointとして選出されました。Physics Viewpointは、Physical Review の中から特に注目される論文が選出されます。

図1:比エントロピー(衝撃波を膨張させる勢いの指標)の分布を、フレーバー変換なし(左)とフレーバー変換あり(右)で比較したもの。赤い領域がフレーバー変換発生領域で、そこを通ったニュートリノの平均エネルギーが高まり、ニュートリノ加熱率が上昇したことで衝撃波が広がっている。

これまでの研究で分かっていたこと

重い星が⼀⽣の最期に起こす超新星爆発は宇宙最⼤規模の⼤爆発です。多彩な元素が超新星で合成され、宇宙に拡散されることで多様な物質が⽣まれ、我々のような⽣命が誕⽣したと考えられています。また、その後中⼼部にはブラックホールや中性⼦星などの天体が形成され、それらは他の⾼エネルギー突発天体現象を引き起こします。よって超新星爆発は宇宙の新陳代謝にとって中⼼的イベントであると⾔えます。

超新星爆発は、ニュートリノが内部の熱を外に運び周囲の物質に受け渡す、ニュートリノ加熱メカニズムによって爆発が引き起こされると考えられています。ニュートリノは特殊な素粒⼦で、⽇本のスーパーカミオカンデ※3が発⾒したニュートリノ振動という現象によって、その性質を「変⾝」させます。近年の理論研究では、超新星内部のような超⾼密度環境において、ニュートリノ同⼠の相互作⽤による「集団振動」が起こることが指摘されるようになりました。ニュートリノ振動が発⽣すると、ニュートリノの3つあるフレーバー(電⼦型、ミュー型、タウ型)が⼊れ替わります。加熱メカニズムに貢献するのは主に電⼦型のみなので、集団振動によるフレーバー組成が変化するとニュートリノから周囲の物質へのエネルギーの受け渡され方が変化し、超新星のダイナミクスそのものを左右すると考えられています。現在、この集団振動が爆発に与える影響に、世界的な注⽬が集まっています。

ニュートリノ集団振動、そしてその中でも成⻑率の⾼い⾼速フレーバー変換が超新星にどう影響を及ぼすかを明らかにするには、位置に関するニュートリノ分布だけでなく、どの⽅向にどのくらいの量が⾶んでいるのか、運動量空間分布を解く「マルチアングル輸送」が必要です。しかし先⾏研究では運動量空間に近似が課されており、集団振動を原理的に取り扱えませんでした。結果、⾼速フレーバー変換の影響を調べた先⾏研究はその発⽣場所を⼿動のパラメータとして取り扱っていました。しかしそのパラメータによって⼤きく結果が変わるため、そのような先⾏研究からは決定的な結論が出されていませんでした。

今回の新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと、そのために新しく開発した⼿法

研究グループは世界で唯⼀、完全な運動量空間分布を解くマルチアングル輸送である、ボルツマン輸送シミュレーションを空間多次元にて推進してきました。本研究ではそのシミュレーションコードに⾼速フレーバー変換(FFC)の影響を実装することで、世界で初めて超新星爆発ダイナミクスへの影響を明らかにしました。特に、FFC が発⽣する数学的条件である ELN-XLN ⾓度クロッシング※4を⾃⼰無撞着的に判定し、その後の分布も量⼦運動論的処⽅※5によって与える⼿法を組み込みました。

その結果、軽くて爆発が成功する星では FFC によりさらに爆発が促進されること、そして重くて爆発が失敗する星では FFC がさらに爆発を抑制する、と影響が⼆極化することが発⾒されました(図2)。その理由は、軽い星と重い星での、電⼦型と重レプトン型(ミュー・タウ)ニュートリノの放射のされ⽅の違いにあります。軽い星は質量降着率※6が低く、それによって駆動される電⼦型ニュートリノの放出が弱く(光度・平均エネルギーが低く)なります。このような状態で FFC が起きると、重レプトン型ニュートリノから電⼦型ニュートリノへの変換が卓越します。重レプトン型の⽅が電子型よりも平均エネルギーが⾼いため、FFC が起きると電⼦型の平均エネルギーがつられて上がり、ニュートリノ加熱率※7が増加して爆発が促進されます(図1)。⼀⽅で重い星は質量降着率が⾼く、元々の電⼦型ニュートリノの放出が強い状態です。よって FFCが発⽣すると、電⼦型ニュートリノから重レプトン型ニュートリノへの変換が卓越します。その結果軽い星とは逆で、ニュートリノ加熱率が減少して爆発が抑制されるのです。

また、論⽂ではさらに、先⾏研究で⽤いられていた近似的取り扱いの妥当性の評価を⾏いました。その先⾏研究では、低次のモーメントから⼈為的に再現した運動量空間分布に基づき FFC の影響を調べていました。本研究ではその⼿法と、直接運動量空間分布から求めた結果を⽐較しました。その結果、先⾏研究の近似的⼿法では FFC が出現する場所の⼤部分を⾒逃してしまうこと、そして分布によっては FFCが本来発⽣しない場所で偽判定してしまうことがわかりました。よって FFC の影響を調べるには本研究のようなボルツマン輸送シミュレーションが必要であるということも⽰されました。

図2. 平均衝撃波半径の⽐較。9~20 の初期質量(太陽質量)の結果。 VM、χEFT、DBHF それぞれは異なる状態⽅程式。 フレーバー変換を考慮した計算は破線で表されている。

研究の波及効果や社会的影響

超新星爆発は宇宙がどう進化してきたか解明する鍵を握る重要な現象です。また、地球上で実現できない超⾼エネルギー現象であるため、現在の素粒⼦・原⼦核理論の検証を行うことができる重要な実験場でもあります。本研究では超新星爆発理論の中でも⼤きな不定性であるニュートリノ集団振動の影響を明らかにし、超新星爆発の解明に⼀歩近づきました。

課題、今後の展望

ニュートリノ集団振動の成⻑モードは複数種類あると考えられており、本研究では最も成⻑率が⾼く、卓越的である⾼速フレーバー変換の影響を調べました。今後は衝突フレーバー変換など他の成⻑モードについても調べていきたいと考えています。また、超新星理論にはニュートリノ集団振動以外にも他の不定性も残されており、⼀つ⼀つ解決していく必要があります。

近年、電磁波・ニュートリノ・重⼒波観測を組み合わせたマルチメッセンジャー観測の機運が⾼まっており、近傍で超新星爆発が起きれば全ての種類のシグナルが観測できると考えられています。特に今回の主題であるニュートリノの検出に関しては、建設中のハイパーカミオカンデをはじめとして複数の国際プロジェクトが始動中です。本研究のような精密なモデル作りは、将来の観測結果を解釈する上での重要な基盤となります。

研究者のコメント

本研究で⾏われたボルツマン輸送計算は他の研究グループの近似計算と⽐べて計算コストが⾼く、スパコン「富岳」をはじめとした世界最⼤規模の計算機によって初めて可能となるものです。本研究は⼤規模シミュレーション・計算科学を活⽤して基礎科学を解明する⼀例となります。

用語解説

※1 ニュートリノ振動:
ニュートリノは今のところ 3 種類あると考えられており、それぞれ周りの物質と異なる相互作⽤をする。ニュートリノ振動とは、ニュートリノが⾶んでいく間にその型が変化する現象である。これはスーパーカミオカンデ※3で確認されたもので、この発⾒によって梶⽥隆章⽒がノーベル賞を受賞した。そして超新星爆発のような、特にニュートリノ数密度が⾼い現象ではニュートリノ同⼠の前⽅散乱による「集団振動」が発⽣すると考えられている。

※2 スーパーコンピュータ「富岳」:
スーパーコンピュータ「京」の後継機として理化学研究所が設置し、2021年3月から共用を開始した計算機。 スーパーコンピュータの主要な世界ランキングの一つであるGraph500で11期(~2025年6月)連続1位を獲得し、以降も世界トップレベルの性能を有している。

※3 スーパーカミオカンデ:
岐阜県の神岡鉱山跡地に設置された、水チェレンコフ検出器と呼ばれる種類のニュートリノ観測装置。同種の検出器としては世界最大で、超新星から放出されたニュートリノを観測するには最適。前身のカミオカンデII検出器が超新星SN1987Aからのニュートリノを検出し、アップデート後のスーパーカミオカンデが太陽ニュートリノを使ってニュートリノ振動を発見したことで、2度のノーベル賞受賞に関わっている。

※4 ELN-XLN ⾓度クロッシング:
電⼦型ニュートリノレプトン数(ELN)と重レプトン型ニュートリノレプトン数(XLN)の差で定義される、ELN-XLN という物理量の運動量空間⾓度分布が、正と負両⽅の値をとる(0 の値をクロスする)こと。⾼速フレーバー変換発⽣の必要⼗分条件であることが数学的に証明されている。

※5 量⼦運動論的処⽅:
ニュートリノ集団振動を⾃⼰無撞着的に扱った量⼦運動論シミュレーションの知⾒を⽤い、⾼速フレーバー変換の影響を有効的に取り⼊れる⼿法。⾼速フレーバー変換が発⽣した後は、その発⽣条件である ELN-XLN ⾓度クロッシングを消すような分布に⾄るということが知られている。本研究では、分布から ELN-XLN ⾓度クロッシングが取り除かれた漸近分布を解析的表式で与え、その分布へ向けた時間緩和法によって有効的にフレーバー変換の影響を考慮した。

※6 質量降着率:
超新星爆発は、外へ伝播しようとする衝撃波と、降り積もってくる物質との競合であり、後者を特徴づける量が質量降着率である。質量降着は爆発の進行を妨げる一方、その重力エネルギーの解放を通じて原始中性子星表面を加熱し、(主に電子型の)ニュートリノ放出を増大させる効果も持つ。より重い星は一般に大きく膨らんでおり、高い質量降着率が維持される。

※7 ニュートリノ加熱率:
ニュートリノが単位時間に衝撃波後⽅物質に与えるエネルギー。ニュートリノ加熱率が上昇すると衝撃波の外側への伝播を促進する。ニュートリノ加熱は主に電⼦型ニュートリノが担う。

論文情報

雑誌名:Physical Review Letters
論文名:Bifurcated impact of neutrino fast flavor conversion on core-collapse supernovae informed by multiangle neutrino radiation hydrodynamics
執筆者名(所属機関名)︓⾚穗⿓⼀郎 (早稲⽥⼤: 筆頭著者)、⻑倉洋樹(国⽴天⽂台)、岩上わかな(早稲⽥⼤)、古澤峻(関東学院⼤)、原⽥了(茨城⾼専)、⼤川博督(⻘森⼤)、松古栄夫(⾼エネ研)、住吉光介(沼津⾼専)、⼭⽥章⼀(早稲⽥⼤*: 責任著者)
掲載日時:2026年5月1 1日(月)
DOI:https://doi.org/10.1103/fksy-1jtw
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/fksy-1jtw

研究助成

研究費名:科研費 若手研究
研究課題名:量子多体系として解明する重力崩壊型超新星爆発(JP26K17158)
研究代表者名(所属機関名):赤穗龍一郎(早稲⽥⼤学)

研究費名:科研費 基盤(B)
研究課題名:古典的ボルツマンソルバーを⽤いたニュートリノ集団振動の超新星爆発への影響の研究 (JP25K01006)
研究代表者名(所属機関名):⼭⽥章⼀(早稲⽥⼤学)

研究費名:科研費 基盤(C)
研究課題名:ニュートリノ輻射流体計算を⽤いた超新星爆発及び連星中性⼦合体の包括的研究 (JP24K00632)
研究代表者名(所属機関名):⻑倉洋樹(国⽴天⽂台)

研究費名:科研費 基盤(B)
研究課題名:⼀般相対論的第⼀原理計算で探る星の最期と原⼦核物理 (JP23K03468)
研究代表者名(所属機関名):住吉光介(沼津⾼専)

本研究は、以下の「富岳」を中核とする HPCI システム利⽤研究課題を通じて、スーパーコンピュータ「富岳」(理化学研究所 R-CCS)、及び Wisteria(東京⼤学)の計算資源の提供を受け、実施しました。課題番号: hp240041, hp240079, hp240264, hp250166, hp250006, hp250326, hp250191。

“ AI and City Planning – Australian Insights and emerging trends for the global cities.”

著者: staff
2026年5月25日 12:49

🤖 AI Summary

### AIと都市計画 – アUストラリアの洞察とグローバル都市の将来トレンド

**講演タイトル:** "AI and City Planning – Australian Insights and emerging trends for the global cities."

**日時:** 2026年6月19日(金) 15:10-16:50
**会場:** 早稲田大学 西早稲田キャンパス 55号館1階 第一会議室

**講師:** Hoon Han(The University of New South Wales, Faculty of Arts, Design and Architectureの都市計画教授)

**対象:** 学部生、大学院生、教職員、学外者、一般
**参加方法:** 入場無料,直接会場へお越しください。

**主催:** 創造理工学部 建築学科

**問い合わせ:** 早稲田大学 理工センター 総務課 TEL:03-5286-3000
**URL:** [https://www.goto.arch.waseda.ac.jp/](https://www.goto.arch.waseda.ac.jp/)

### 主要な情報
この講演では、AIと都市計画の関連性についてアUストラリアの視点から解説され、グローバル都市における新しいトレンドが示されます。参加者には学部生から一般の方まで広く開かれており、無料で会場に足を運べます。詳細な情報は主催者のウェブサイトや問い合わせ先から入手できます。

演題:“ AI and City Planning – Australian Insights and emerging trends for the global cities.”

日時:2026年6月19日(金) 15:10-16:50

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス 55号館1階 第一会議室

講師:Hoon Han (Professor of City Planning, Faculty of Arts, Design and Architecture, The University of New South Wales)

対象:学部生、大学院生、教職員、学外者、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:創造理工学部 建築学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

URL:https://www.goto.arch.waseda.ac.jp/

システムズ・ケミストリーへの招待:分子設計で生命機能は創出できるか?

著者: staff
2026年5月25日 12:48

🤖 AI Summary

早稲田大学の先進理工学部で、2026年7月10日(金)に「システムズ・ケミストリーへの招待:分子設計で生命機能は創出できるか?」というタイトルで講演会が開催されます。主催は応用化学科で、伴野太祐准教授(慶應義塾大学)による講演となります。

講演の内容は、システムズ・ケミストリーの観点から、分子設計による生命機能の創出可能性について考察します。対象者は学部生、大学院生、教職員、一般で無料参加可能です。会場は早稲田大学西早稲田キャンパス52号館304室です。

詳細については早稲田大学理工センター総務課に問い合わせることが可能です(TEL:03-5286-3000)。関連記事として、AIと都市計画に関する講演会や、他のイベント情報も紹介されています。

演題:システムズ・ケミストリーへの招待:分子設計で生命機能は創出できるか?

日時:2026年7月10日(金) 15:05-16:45

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス52号館-304室

講師:伴野 太祐 ( 慶応義塾大学 准教授)

対象:学部生、大学院生、教職員、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:先進理工学部 応用化学科

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

[Announcement of Applicants Admitted from the Waitlist] English-based Undergraduate Program AO Admission for September 2026 Entry

著者: staff
2026年5月25日 10:00

🤖 AI Summary

【待機者による入学案内】英語カリキュラムの学部AO入試(2026年9月入学生向け)

ウェザデア大学国際科学部から、2026年度9月入学生用の英語カリキュラム AO 入試で待機者として入学を認定された受験生のリストが公表されました。

主要な内容は以下の通りです:

- 本次 Admission of Waitlisted Students(待機者入学案内)公告了2026年9月入学的英语课程学部提前录取(AO入试)中被列为候补名单的学生。
- 被认定了入学资格的具体学生名单将在官方页面上公布。
- 持续关注学校官网以获取更多详细信息。

[原文链接]詳細はウェザデア大学国際科学部の公式ウェブサイトをご確認ください。https://www.waseda.jp/fsci/assets/uploads/2026/05/webfjkdlsagfvcnzx.pdf

この要約では、公告の主旨と主な情報を簡潔にまとめています。詳細は公式ウェブサイトを参照してください。

Donaldson-Thomas theory of the quantum Fermat quintic(2026/6/11)

著者: staff
2026年5月21日 11:46

🤖 AI Summary

以下は記事の要約です:

タイトル:量子フェルマー五次曲線のドナルドソン=トーマス理論

日時:2026年6月11日(木)16:30-17:30
場所:早稲田大学 西早稲田キャンパス63号館2階05会議室
講師:カイ・ベルランド(ブリティッシュコロンビア大学 教授)
対象:学部生、大学院生、教職員、一般

内容は量子フェルマー五次曲線のドナルドソン=トーマス理論に関するものです。このセミナは無料で公開され、直接会場にお越しいただけます。

主催:基幹理工学部 数学・応用数理専攻
問い合わせ先:早稲田大学 理工センター 総務課 TEL 03-5286-3000
詳細URL:https://www.math.sci.waseda.ac.jp/math/seminar/

主なイベント情報は、関連記事や日程カレンダーからも得られます。

演題:Donaldson-Thomas theory of the quantum Fermat quintic

日時:2026年6月11日(木) 16:30-17:30

会場:早稲田大学 西早稲田キャンパス63号館2階05会議室

講師:Kai Behrend (Professor University of British Columbia )

対象:学部生、大学院生、教職員、一般

参加方法:入場無料、直接会場へお越しください。

主催:基幹理工学部 数学応用数理専攻

問合せ:早稲田大学 理工センター 総務課

TEL:03-5286-3000

URL:https://www.math.sci.waseda.ac.jp/math/seminar/

独創性を発揮する、気鋭の研究者たち(理工学術院 廣井卓思准教授)

著者: contributor
2026年5月20日 11:17

🤖 AI Summary

早稲田大学では「PI飛躍プログラム」により独立研究室を主宰する若手研究者の支援を行っています。2026年度の採択者は3名で、その一人である理工学術院の廣井卓思准教授について紹介します。

廣井准教授は構造化学の専門家であり、ゲルやゼリーなどのソフトマテリアルの高分子構造解析に取り組んでいます。従来計測が難しい領域でも独自開発した装置と動的光散乱法を用いて研究を行っています。

PI飛躍プログラムは、それぞれの研究者に合わせた支援を提供する特徴があります。廣井准教授の場合は、研究環境整備や人材育成などに活用されています。また、アドバイザーからの国際ネットワーク強化などの支援も受けられます。

本プログラムは早稲田大学が2022年に新設したもので、採択された3名の若手研究者は今後、独創的な研究成果を生み出すことが期待されています。

【Faculty job openings】 Department of Resources and Environmental Engineering (Professor, Associate Professor, Assistant Professor, Professor (tenure-track), Associate Professor(tenure-track), Assistant Professor(tenure-track) or Professor (non-tenure-track))(One position)2026/7/17 Deadline for receipt

著者: staff
2026年5月20日 09:45

🤖 AI Summary

記事要約:

Wasteeda大学資源環境工学部における教員募集について以下の要点をまとめます。

【主な内容】
1. 募集職種:教授、准教授、助教(常任講師または非常勤講師)のいずれか。
2. 職位:教授、准教授、助教(常任講師または非常勤講師)
3. 関連学科:資源環境工学部
4. 求人期限:2026年7月17日

【詳細】
Waseda大学の資源環境工学部では、教授、准教授、助教(常任講師または非常勤講師)の職位に対して募集を行っています。希望者向けの詳細情報は以下のPDFから確認可能です。

リンク:[https://www.waseda.jp/fsci/assets/uploads/2026/04/Faculty-Recruitment-Information_Department-of-Resources-and-Environmental-Engineering-Waseda-University.pdf](https://www.waseda.jp/fsci/assets/uploads/2026/04/Faculty-Recruitment-Information_Department-of-Resources-and-Environmental-Engineering-Waseda-University.pdf)

Faculty Recruitment Information_Department of Resources and Environmental Engineering, Waseda University

【教員公募】理工学術院 創造理工学部環境資源工学科 教授、准教授、専任講師、教授(テニュアトラック)、准教授(テニュアトラック)、講師(テニュアトラック)または教授(任期付) 1名 応募締切 2026/7/17(締切)

著者: staff
2026年5月20日 09:45

🤖 AI Summary

以下は該当記事の要約です:

【教員募集】早稲田大学理工学術院創造理工学部環境資源工学科では、教授、准教授、専任講師、教授(テニュアトラック)、准教授(テニュアトラック)および講師(テニュアトラック)または教授(任期付)を1名募集します。応募締切は2026年7月17日です。

重要点:
- 募集学科:早稲田大学理工学術院創造理工学部環境資源工学科
- 求む職種:教授、准教授、専任講師、教授(テニュアトラック)、准教授(テニュアトラック)、講師(テニュアトラック)または教授(任期付)
- 募集人数:1名
- 应募締切:2026年7月17日

詳細情報は公式リンク先をご覧ください。

早稲田大学理工学術院環境資源工学科公募

【開催報告】「心の科学」学内研究交流イベント(2026年4月10日開催)

著者: contributor
2026年5月20日 09:08

はじめに

2026年4月10日、早稲田大学121号館コマツ100周年記念ホールにて「心の科学」をテーマとした学内研究交流イベントを開催しました。
学内の多様な研究領域をつなぎ、分野の垣根を越えた交流を促進することを目的とした本イベントには、様々なバックグラウンドを持つ研究者及び学生が各キャンパスから総勢100名以上集いました。
「心の科学」という広範なテーマを軸に、分野横断的な交流を深め、新たな研究テーマ発掘の可能性を示す機会となりました。


【第一部】 研究紹介

理工学、社会科学、人間科学、文学の枠を超えた10名の学内研究者が、互いの研究内容を「知る」ことに主眼を置いた研究紹介を行いました。臨床心理や社会心理学的な視点(社交不安障害、うつ、陰謀論、戦争報道への反応)、政治学的な分析(投票行動と感情)、さらには神経科学や工学的アプローチ(言語の脳内メカニズム、3D映像の影響、鳥の模倣行動)など、多様な知見が共有されました。各発表を通じ、「心」という対象がいかに多面的で、学際的な研究に開かれているかが示されました。質疑応答も活発に行われ、異なる分野の視点が交錯する中で、新たな気づきや関心の広がりが生まれる場となりました。
(司会/進行:研究戦略センター・城谷和代)

大須理英子教授(人間科学学術院)|認知神経科学へのお誘い —社交不安障害からASDまで

大須教授は認知神経科学を専門としており、数ある研究の中から、社交不安障害、ASD(自閉症スペクトラム障害)、半側空間無視(※)などの研究事例を紹介した。

(※)脳の損傷により、視覚には問題がないにもかかわらず、損傷部位と反対側の空間に注意が向けられなくなる症状

社交不安障害は、他者から注目されたり評価されたりする状況に対して、強い恐怖や不安を持続的に感じることで日常生活に支障をきたす疾患だ。その要因の一つとして、自分自身の内的なネガティブ状態へ過度に意識が向く「自己注目」が指摘されている。自己注目が高いと、「右前頭極」と呼ばれる脳領域の過剰な活動が観察される。

そこで、本当にこの脳領域が自己注目に関与しているかを明らかにするため、頭部の外側から静磁場刺激を与えることでこの領域の活動を抑制してみた。すると、社交不安傾向が高い被験者において、自己注目の程度が低下することが確認された。

続くASD、半側空間無視などに関する研究も参加者の認知神経科学の世界への興味関心をかき立てるに十分な内容であった。

尾野嘉邦教授(政治経済学術院)|投票は何で決まるのか――印象と感情が動かす投票行動

尾野教授によると、近年の投票行動研究では、有権者が政策内容だけでなく、直観的な手がかりに依拠し、「ヒューリスティクス(※)」によって判断を下している可能性が示唆されている。

(※)経験や直感に基づく「思考のショートカット」で、複雑な問題を迅速に解決するための簡便な方法。

研究では、候補者の顔を「美しい」から「美しくない」までの5段階で評価してもらい、その結果と実際の選挙結果を比較したところ、顔の「魅力度」が高い候補者ほど得票率が高くなる傾向が確認された。これは、有権者の投票行動が、候補者の「見た目」という政策とは直接関係のない要素に影響されている可能性を示している。

また、有権者の判断に影響を与える要素として、選挙ポスターや政見放送における候補者の「表情」、SNSでの発言のトーンなども挙げた。

SNSなどの普及により、選挙において有権者が接する情報は多様化し、ヒューリスティクスの影響が高まっている可能性がある。直感的な印象や感情が投票判断に及ぼす影響は、今後さらに重要な研究課題になろう。尾野教授の研究は、有権者が投票時に何を手掛かりにしているのか、そして何に注目すべきかを問いかけるものである。

河合隆史教授(理工学術院)|先進映像と人間工学——「安全な3D」から「宇宙酔い対策」へ

「先進映像と人間工学」をテーマとする河合教授は、1990年代から、3D映像が視覚機能などに及ぼす影響に関する研究に従事しており、数々の3D映像の制作に携わってきた。

北欧初の3D劇場映画「Moomins and the Comet Chase(邦題:ムーミン谷の彗星)(2010年)」、「映画 怪物くん(2011年)」、「STAND BY ME ドラえもん(2014年)」など、参加者もよく知る映画が紹介され、会場は驚きの声で包まれた。

前者2作品については、「安全な3D」「快適な3D」を目指し、視覚などに負担がかからないような工夫を施し、「STAND BY ME ドラえもん」では、ストーリー展開に対応した、感情の増幅を意図した立体感の設計を心掛けたと言う。まさに、「感動する3D」と言える。

現在の河合教授の興味関心は「宇宙」にある。2040年頃から、一般民間人が宇宙旅行をする時代が訪れる。そのため、宇宙酔いは事前に解決すべき課題であると言える。

河合教授は、宇宙酔い軽減の効果が得られる映像の開発に取り組んでいるという。近い将来、宇宙を旅行する際の必須アイテムとなることが期待される。

神前裕教授(文学学術院)|ヒトの心・動物の心——「意図」と「目的性」を科学する

「ヒトの心・動物の心」をテーマとする神前裕教授の発表では、ラットを用いた実験を通じて、「意図」や「目的性」といった心の働きをどのように捉えることができるのかが紹介された。

ある実験では、餌を報酬としてラットにレバー押しを訓練したのちに、餌と塩化リチウム投与を組み合わせることで餌の価値を下げる操作が行われた。その結果、塩化リチウムを投与されたラットは対照群と比べて、実際には餌が出ないテスト場面におけるレバー押し頻度を低下させた。この結果は行動が単なる反応ではなく、「結果への具体的な予期」に基づくことを示す。

一方、同様の課題を長期間継続すると、価値低下後も行動が維持されるケースが確認された。これは行動が目的なものから習慣的反応へと移行した状態を意味する。

神前教授は、こうした目的行動から習慣への移行条件やそれを支える神経基盤の解明が、私たちの行動に伴う意図や目的といった心的過程の解明、さらに薬物依存症など疾患の理解にもつながる可能性に言及し、習慣の形成、またその消去・再発の機序は今後の重要な研究課題であるとした。さらに、行動に対する「行為主体感」様の再帰的知覚をマウスにて検出した最新の研究を紹介し、心の科学における動物研究の意義を強調して発表を締めくくった。

小林哲郎教授(政治経済学術院)|「陰謀論」はなぜ政治現象となるのか――社会心理学の視点から考える

社会心理学をベースに政治現象を分析してきた小林教授は、本発表で「陰謀論」をテーマに取り上げた。

一般に、陰謀論を信じやすい人ほど投票行動に消極的になるとされる一方、近年は各国で陰謀論的主張を掲げる政党が一定の支持を得ており、既存の知見との齟齬が指摘されている。小林教授はこの点を説明する概念として、「Collective Efficacy(集合的有効性感覚)」に着目した。

Collective Efficacyは、「私一人では政治を変えることはできないが、みんなで力を合わせれば政治にインパクトを与えられる」という考えである。

2023年の調査では、陰謀論を信じやすい人ほど政府の応答性に対する評価は低い一方、Collective Efficacyを強く感じていることが見出された。すなわち、陰謀論を信じる人々は、集団的な力を信じて政治参加へと向かう可能性があるということである。

小林教授は、Collective Efficacy自体は参加型民主主義を支える重要な要素であるとしつつも、そのプロセスを通じて陰謀論的言説が政治的影響力を持ちうる点に注意を促した。最後に、この現象を民主主義の活性化と見るべきか、それとも歪みと捉えるべきかを会場に問いかける形で、発表を終えた。

酒井弘教授(理工学術院)|「意味」は脳内のどこにあるのか——脳活動パターンから概念を推定する

酒井教授は、言語を処理する神経回路が脳内のどこにあるかという伝統的な理解を超えて、回路上で個々の単語の意味がどのように表現されているかの解明を目指している。

その実験手法は、被験者に複数の画像を提示し、その際の脳活動を磁気センサで計測。得られたデータをベクトルとして扱い、高次元空間上にマッピングしたうえで、機械学習手法の一つであるSupport Vector Machine(SVM)を用いて分類を行うというものである。

この手法により、脳活動のパターンのみから被験者が見ている対象をどの程度推定できるかが検証された。画像を「食べ物」と「道具」に分類した場合、ほぼ100%の精度で両者を区別できることが示されたという。

これらの結果は、脳内において「食べ物」と「道具」といった概念が神経活動のパターンとして表象されている可能性を示すものである。脳内における概念理解の新たなアプローチとして、会場からも注目が集まった。

杉森絵里子准教授(人間科学学術院)|うつの「前段階」では何が起きているのか——不安や緊張は「表情」に現れる

杉森准教授は、外界からの情報がどのように知覚され、どのように表出されるのか、さらにその個人差に着目した研究を行っている。

発表では、近年取り組んでいる「閾値下うつ」に関する研究成果が紹介された。閾値下うつとは、医療機関を受診するほどではないものの、抑うつ傾向を有する状態を指す。

杉森准教授は、こうした人々における表情の知覚や表出、さらには他者に与える印象について分析を行った。

一般に、臨床的なうつ状態では、他者の表情をよりネガティブに知覚しやすく、自身の表情表出においても笑顔が減少することが知られている。一方で本研究では、閾値下うつの人はそうではない人と同様な形で他者の表情を知覚できていることが確認された。

しかし、自身の表情表出に関しては、ポジティブな表情が弱まり、不安や緊張の高い表情が現れやすい傾向が示唆された。これは、典型的な「笑顔の減少」とは異なる形で、抑うつ傾向が表情に影響を及ぼしている可能性を示すものである。

こうした知見は、うつの早期段階における心理・行動の変化を捉える手がかりとなる見込みがあり、今後の研究の進展に期待したい。

多湖淳教授(政治経済学術院)|戦争をめぐる心の科学——戦争報道に人はどう反応するのか

多湖淳教授の発表では、戦争から距離のある一般市民が、報道などを通じて戦争を目にした際にどのような心理的反応を示すのか、という研究が紹介された。

近年、一般市民が戦争映像に触れる機会が増えている。その一方で、兵士や被害者に関する研究に比べ、遠隔地の一般人が悲惨な光景を目にした際の反応を扱った研究は限られているという。そこで多湖教授は、早稲田大学の学生を対象に、戦争に関する画像を用いた実験を実施した。

実験では、戦争に関連する画像を提示し、その間の心拍変化や戦争コストに対する認識を測定した。その結果、破壊や兵器、生存者が写る画像では大きな変化は見られなかった一方、死体が含まれる画像では、戦争のコストを高く評価する傾向とともに、心拍数が低下する反応が確認された。心拍低下は「嫌悪感(ディスガスト)」に起因するものであると考えられる。
本分野には未解明の点も多く、今後も研究を継続していく必要があると述べたが、戦争報道のあり方を考えるための有益な研究である。

田中雅史准教授(文学学術院)|人と鳥の文化の科学——模倣学習はどのように生まれるのか

田中准教授は、人と歌鳥が共通して有する高い模倣能力と文化伝達能力について研究している。

鳥の研究では、幼鳥が成鳥の歌を対面で聴く際、脳の運動連合野においてドーパミンが放出されること、また、そのドーパミン伝達を遮断すると模倣ができなくなる一方、ドーパミンを人工的に放出させると、本来は模倣しにくいはずのスピーカーから再生した歌に対しても模倣が生じることが示された。

また、情動との関連が知られる扁桃体の機能について、正常な鳥では、特定の成鳥に近づいて歌を学ぶのに対し、扁桃体を損傷した鳥では、どの成鳥へも近づいて模倣対象が定まらなくなるという結果が示された。人を対象とした実験でも、情動の操作によって言葉や歌の模倣学習が促進されうることが報告された。

本研究は、文化伝達に重要な模倣能力と情動・社会性とをつなぐメカニズムが、文化を伝える珍しい動物である人と鳥に共通して存在することを示唆するもので、文化伝達の生物基盤の理解に寄与する成果として注目される。

渡邊克巳教授(理工学術院)|心を研究するということ——多様な学問領域をつなぐ視点

渡邊教授は、第一部の各発表を振り返りながら、自身の研究と多くの接点があることを実感したと語った。

講演では、自身の研究テーマを複数紹介しつつ、その内容が、自分自身でも「色々やりすぎている」ように見える点についても率直に言及。そのうえで、むしろそうした多様性が心の科学の本質である点を楽しんでほしいと会場に呼びかけた。

また、文学部出身でありながら、現在は理工学術院で研究・教育に携わっているという自身の経歴にも触れ、「心を研究する」という立場を確立させ、方法論を貫けば、分野を越えて展開できるのが「心の研究」の魅力ではないかと述べた。さらに、「心の研究」は多様な分野と接続しうるものであり、結論を急がず探究を続ける姿勢が重要であると強調し、発表を締めくくった。

*第一部総括*

第一部の締めくくりに、研究戦略センター関根泰所長より「知的好奇心を強く刺激する多彩なテーマだった」との賛辞が贈られました。分野横断的な広がりを本学の大きな強みと捉え、今後の発展に期待を寄せています。最後に若手研究者へ向けて、積極的に多様な分野へ触れることで視野を広げ、「新たな時代を切り拓く存在に」と熱いエールが送られました。

【第二部】 ポスター発表及び交流会

学生を含む若手研究者計14名の研究発表が行われました。
会場には多くの来場者が集まり、各ポスターの前には人だかりができるなど、盛況な様子が見られました。また、第一部で登壇した研究者のもとにも多くの参加者が集まり、会場の各所で名刺交換や情報交換が行われるなど、分野を越えたネットワーク形成の様子もうかがわれました。総括として渡邊克巳教授より、分野の垣根を取り払った自由な探求こそが「心の科学」の真髄であり、今後もこうした連携を含めていく重要性が語られ、イベントは盛況のうちに閉幕しました。
(司会/進行:理工学術院総合研究所・荒勝俊)


ダイジェスト動画


参加者の状況

(本分析では、参加者のうち事前登録を行われた方を対象としています。また、キャンパスの属性については、各参加者が所属する箇所の本拠地を基準に集計しています。)


開催日:2026年4月10日(金)
会場:早稲田大学121号館
共催:早稲田大学 理工学術院総合研究所/ 研究戦略センター
イベントアドバイザー:理工学術院 渡邉克巳 教授
世話人:理工学術院総合研究所 荒勝俊、高橋大輔/ 研究戦略センター 城谷和代
運営:「心の科学」イベント運営事務局(理工総研事務所/ 研究戦略センター事務局内)
動画制作:広報課
記事作成協力:ライター 関瑶子 氏
(参考)開催案内:https://www.waseda.jp/fsci/wise/news/2026/02/03/11302/

卵子を育てる「細胞間のかけ橋」の機能に迫る、内部構造の解明

著者: contributor
2026年5月19日 09:52

卵子を育てる「細胞間のかけ橋」の機能に迫る、内部構造の解明
~卵子とその周辺細胞とのコミュニケーションを促す橋渡し構造の中に「微小管」を発見~

発表のポイント

  •  卵巣内で、卵子とその周囲の細胞をつなぐ突起構造の中に、微小管※1が広く存在することを発見しました。従来の顕微鏡とは異なる超解像顕微鏡による観察で、今回の発見に至りました。
  • また、突起構造を形成するために必要な因子として、微小管結合タンパク質Camsap3※2が重要な働きを担うことを発見しました。
  •  Camsap3を欠損したマウスは、卵子の成熟異常、排卵障害、不妊を示すことを発見しました。
  •  卵子と周囲の細胞との突起形成がCamsap3と微小管によって促進されることが分かり、卵子と周辺細胞とのコミュニケーション機構の実体が明らかになることで、卵子の成熟機構について理解が進み、生殖医療・不妊研究への応用が期待されます。

不妊の原因のひとつである卵子成熟の欠陥を治療することはできないのか?そのために欠かせないのは、卵子の成熟がどのように起きるのかというメカニズムを解明することです。
この課題に迫るため、京都大学大学院薬学研究科の戸谷美夏(とや みか)助教(研究当時:早稲田大学理工学術院)および早稲田大学理工学術院佐藤政充(さとう まさみつ)教授は、早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻 博士後期課程の相川皓洋(あいかわ あきひろ)、修士課程の鶴巻孝夫(つるまき たかお)とともに、麻布大学獣医学部の伊藤潤哉(いとう じゅんや)教授、京都大学大学院薬学研究科の倉永英里奈(くらなが えりな)教授との共同研究チームで、卵子とその周囲の細胞とをつなぐ突起構造の内部に、微小管が高頻度で存在することを超解像顕微鏡技術により発見しました。さらに、その突起構造を形成するためにはCamsap3タンパク質が重要な役割を果たすことを明らかにしました。本研究成果は、卵子成熟を促す細胞間コミュニケーションの新たな仕組みを示すものであり、卵成熟の欠陥による不妊の原因解明や生殖医療の発展につながることが期待されます。
本成果は、2026年4月28日(火)に『iScience』(出版社:Elsevier/Cell Press)で公開されました。

図1 卵子周囲の細胞から卵子に向けて伸びる突起のほとんどに微小管が含まれていることを発見

これまでの研究で分かっていたこと

ヒトやマウスなど、ほ乳類の卵子は、卵巣内でたくさんの顆粒層細胞 ※3に取り囲まれた状態で成熟します。卵子の成熟に異常があると不妊につながるため、そのメカニズムを解明することは生殖医療の観点から重要です。顆粒層細胞は卵子に様々な分子を届けることで卵子の成熟を促すと考えられていますが、具体的な分子メカニズムは分かっていません。卵子と顆粒層細胞の間には透明帯という領域が存在します。透明帯を超えて顆粒層細胞から卵子に直接分子を送り届けるために、顆粒層細胞はTranszonal projection(以降、「TZP」という)※4と呼ばれる突起状の構造を伸ばします(図1、図2)。これが卵子まで到達することで、卵子の成熟に必要な物質を送り届けると考えられています。
これまで、TZP突起の内部には、アクチン※5と呼ばれる細胞骨格の一種が内包されることが分かっていました。これに対して、異なる細胞骨格である微小管はTZP突起のうち5%程度にしか存在しなかったため、重要な機能を担うとは考えられていませんでした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、これまでの定説とは異なり、TZP突起構造の中に微小管が頻繁に存在することを発見し、これが卵子成熟に大きな役割を担うことを明らかにしました。
着想の経緯は、戸谷美夏博士(京都大学)が以前から研究していた微小管結合タンパク質Camsap3でした。一般的にCamsap3は細胞内の微小管を安定化させる機能を持ち、マウスの生体内では腎臓や卵管、気管、脳などの幅広い組織で重要な役割を担います。今回、Camsap3の遺伝子欠損(ノックアウト)マウスのメスは、排卵せず不妊を示すことを発見しました。不妊の原因に迫るために卵巣組織を解析したところ、Camsap3欠損マウスでは初期段階の卵子は正常に形成されていましたが、排卵が近づいた後期段階の卵子はほぼ消滅しており、卵子成熟の過程に異常がある様子が見えてきました。
Camsap3欠損マウスの卵子と顆粒層細胞を観察した結果、両者をつなぐTZP突起の本数が野生型マウスと比較して約60%に減少していました(図2)。従来の研究では、TZP突起は内部にアクチン細胞骨格を含むことが知られています。これに対して、別の細胞骨格である微小管はTZP突起全体のうち約5%にしか発見されていないことから、微小管結合タンパク質Camsap3の欠損マウスにおいて、なぜ、アクチンを主体とするはずのTZP突起が異常を示すのか疑問でした。
そこで、超解像顕微鏡技術を用いてTZP突起を高精細に観察しました。その結果、通説とは異なり、TZP突起の大多数(約80%)が内部に微小管を含むことを発見しました(図2)。つまり、微小管結合タンパク質Camsap3を欠損すると、TZP突起内部の微小管に異常が起き、これがTZP突起の形成不全を引き起こすことが分かりました。このように、微小管は従来想定されていたよりもはるかに重要な役割、つまり突起そのものを形成するために中心的な役割を果たすことが見えてきました。

図2 野生型ではTZP突起の内部に微小管が含まれ、Camsap3欠損マウスでは微小管の短縮化にともなうTZP突起の減少が見られました

 

さらに、TZP突起の内部で微小管とアクチンが示す形態にはいくつかのパターンが存在し、卵子成熟の段階に応じて、その形態が変化することが明らかになりました。初期段階では、微小管とアクチンが並走する直線的なTZP突起が多く見られましたが、卵子成熟が進むにつれて、枝分かれした複雑なTZP構造へと変化しました。Camsap3はTZP突起内の微小管上に局在していたことから、Camsap3は微小管の向きや安定性を制御していると考えられます。
これまで、卵子表層に到達したTZP突起は、ギャップ結合や接着結合といった結合様式で卵子に接続することがわかっています(図3)。このような結合箇所には、アミノ酸などの低分子化合物が通れるほどの小さな穴が存在します。一方、mRNA※6やミトコンドリア※7のような大きな分子はどのようにTZP突起から卵子に送られるのか不明のままです。本研究では一部のTZP突起において、微小管がTZP突起の先端からさらに伸長して卵子内部まで貫通する構造がみられました(図3)。このようなTZP突起では、TZP突起の先端が卵子の細胞膜と融合してトンネルのように貫通し、卵子の細胞質に直接つながっていると考えられます(図3)。つまり、ミトコンドリアやmRNAなどの巨大な物質を卵子内に送り届けることが容易だといえます。野生型において、このような卵子の細胞質に直接つながったTZP突起の内部にミトコンドリアが存在する様子が観察されました。これらの観察結果は、TZP突起内部の微小管は顆粒層細胞から卵子に向けてミトコンドリアなどの巨大な物質を輸送するために使われている可能性を示唆しています。
これらの成果は、TZP突起はアクチンを主体とする突起構造だとみなしてきた従来の理解を大きく更新するものです。本研究が微小管を内部に発見したことで、微小管がTZP突起の形成を促すこと、さらに微小管をレールとして卵子から顆粒層細胞への物質輸送が起きるという新しいメカニズムが見えてきました。

図3 TZP突起の先端には2種類ある:(中央)TZP突起の先端が卵子内に接触する例、(右)先端が卵子に融合して微小管が侵入したTZP突起の例「出典: Aikawa et al., 2026(今回の発表論文)」

 

研究の波及効果や社会的影響

本研究は、卵子成熟の分子メカニズムの解明に大きく寄与する基盤研究と考えています。卵子は周囲の顆粒層細胞から分子を受け取ることで成熟し、排卵されます。卵子成熟の欠陥は排卵障害の原因となり、不妊症のひとつですが、成熟の欠陥が起きるメカニズムはよく分かっていません。
本研究では、Camsap3の欠損によってTZP突起の形成不全が起きること、また、これが排卵障害を引き起こすことが示されました。つまり、TZP突起の形成を司る重要分子としてCamsap3が同定できたといえます。これを足がかりとすることで、卵子成熟の欠陥による不妊の治療や予防に応用できると考えます。
また、近年、顆粒層細胞から卵子にmRNAやミトコンドリアが輸送される可能性が注目されています。本研究はTZP突起内に微小管の存在を示したことで、これを物質輸送のレールとして卵子に成熟因子を届けるという卵子成熟の新たな分子機構のベールがはがされました。将来的には、TZP突起を人工的に作製したり、成熟分子が分かればそれを人為的に卵子に届けたりすることで、卵子の成熟能力を高める新たな生殖医療技術の開発につなげていきたいと考えます。

課題、今後の展望

本研究では、超解像顕微鏡技術を用いて、従来考えられていたよりも多くのTZP突起が微小管を含んでいることが明らかになり、物質輸送の原理が見えてきました。しかし、顆粒層細胞から卵子に向けてどのような分子が輸送されているのかは、依然として明確な知見・証拠がありません。私たちは、その輸送される分子の同定を最重要課題と捉えています。この因子が決定できれば、未成熟の卵子にそれを人為的に投与することで人工的に卵子成熟を誘導して、不妊治療につなげられる可能性があるからです。

研究者のコメント

TZP突起はこれまでアクチンを主体とする細胞突起として理解されてきました。本研究では、超解像顕微鏡を用いることで従来検知できなかった微小管の存在を発見できました。本研究が卵子成熟や不妊の原因を解明する新たな基盤になるよう、研究を継続していきます。不妊の原因は男女含めて様々なものがあると考えられます。その原因を1つずつ追究していく基礎研究が、生殖医療のブレークスルーにつながると信じています。

用語解説

※1 微小管
細胞骨格の繊維状構造の一つであり、チューブリンタンパク質の重合により繊維状の形になります。細胞内での物質輸送、細胞形態の維持、染色体の分配など様々な場面で重要な役割を担います。物質輸送においては、微小管がレールのような働きをすることで、特定の場所や方向に物質を運ぶ際の重要な経路となることが知られています。

※2 Camsap3
微小管に結合し、微小管を安定化する機能を持つタンパク質。マウスの生体では腎臓や気管、脳などの幅広い組織で役割を担います。小腸上皮細胞では、細胞内の微小管を一定方向に整列させることで、上皮細胞の形態を形作ります。腎臓の尿細管では微小管の整列をおこない、Camsap3を欠失させると尿細管が肥大化して嚢胞腎に似た症状を示します。卵管では、排卵された卵子や受精卵を正しい方向に送り出して子宮に届けるためにCamsap3は重要な役割を担います。

※3 顆粒層細胞
卵巣内で卵子を取り囲む多数の細胞。卵子の成熟に必要な物質を卵子に供給し、卵子の成長や成熟を支える重要な役割を担います。卵子に向けて突起状の構造を形成して、これを介して直接的な物質伝達など、細胞間コミュニケーションを行います。

※4 Transzonal projection (TZP)
顆粒層細胞から伸び、卵子を包む「透明帯」を貫通して卵子表面近くまで到達する突起。卵子と顆粒細胞の間で、卵子の成熟に必要な物質を受け渡すための連絡路として働きます。従来は、突起の内部はアクチンを主体とするものと考えられていましたが、本研究でTZPの多くが内部に微小管も含むことが分かりました。

※5 アクチン
細胞骨格の一つであり、アクチンタンパク質の重合により繊維状の構造になります。細胞の形作りや移動などの機能を担います。これまでは、TZP突起の内部を構成する主要な構造物はアクチンであると考えられてきました。

※6 mRNA
DNAに記録された遺伝情報をもとに作られるRNAの一種。細胞内でタンパク質を合成する際の“設計図”として働きます。卵子の成熟では、顆粒層細胞から供給されるmRNAが重要な役割を果たします。

※7 ミトコンドリア
細胞内に存在する細胞小器官の一つで、酸素を利用してエネルギー(ATP)を産生する工場の役割を担います。卵子は成熟段階で顆粒層細胞からミトコンドリアが供給されると考えられています。

キーワード

不妊治療、生殖医療、卵子、卵子の成熟、排卵、微小管、細胞間コミュニケーション

論文情報

雑誌名:iScience
論文名:Camsap3-Mediated Microtubules Maintain Transzonal Projections Essential for Soma–Germ Communication during Ovarian Follicle Maturation in Mice
執筆者名(所属機関名):相川皓洋1,鶴巻孝夫1,倉永英里奈2,伊藤潤哉3,4,戸谷美夏1,2,佐藤政充*1,5
1:早稲田大学 大学院先進理工学研究科 生命医科学専攻
2:京都大学 大学院薬学研究科 創発医薬科学専攻
3:麻布大学 獣医学部 動物繁殖学研究室
4:麻布大学 大学院獣医学研究科
5:早稲田大学 構造生物・創薬研究所
掲載日時:2026年4月28日
掲載URL:https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(26)01286-1
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.115911
*:責任著者

研究助成

研究費名:科研費 基盤研究 (C) 25K09635
研究課題名:卵胞成熟を支える微小管構造による体細胞―生殖細胞間コミュニケーションの分子機構
研究代表者名(所属機関名):戸谷美夏(京都大学)

研究費名:公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 研究助成
研究課題名:卵母細胞と母体のコミュニケーションを橋渡しする微小管の機能
研究代表者名(所属機関名):戸谷美夏(早稲田大学/京都大学)

研究費名:公益財団法人 第一三共生命科学研究振興財団 研究助成
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

研究費名:科研費 基盤研究 (B) 16H04787
研究課題名:微小管の機能発見および人工制御:細胞から組織まで
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

研究費名:科研費 挑戦的研究(萌芽) 18K19347
研究課題名:高齢卵子における紡錘体の位置の異常と不妊の関連性
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

研究費名:科研費 基盤研究(B) 23K27173
研究課題名:クロマチン変動・発現変動・エネルギー産生による細胞の目覚めの統合的理解
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

研究費名:科研費 学術変革領域研究(A) 25H02582
研究課題名:休眠か目覚めかの運命を定めるエピコードとヌクレオソーム状態の変化
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

光と原子つなぐ新量子ゲートを提案

著者: contributor
2026年5月15日 16:24

光と原子つなぐ新量子ゲートを提案
~光1回の反射で完結、量子計算の誤り率を低減~

発表のポイント

  •  重要な量子ゲートの1つである「制御変位ゲート」を、光と原子に対して実現する新たな手法を理論的に提案しました。
  •  光を共振器に1回だけ反射させることで実現でき、複数回の反射が必要だった従来手法と比べて短時間に、かつ誤り率を低減した計算を実行できます。
  • 光と原子、性質の異なる2つのシステムを繋げることで、ハイブリッド系を活用した新たな量子計算・量子通信の実現を加速することが期待されます。

早稲田大学先進理工学研究科の木倉清吾(きくらせいご)大学院生と理工学術院の青木隆朗(あおきたかお)教授(兼:理化学研究所量子コンピュータ研究センター・チームディレクター)、理化学研究所量子コンピュータ研究センターの後藤隼人(ごとうはやと)チームディレクター、シンガポール国立大学の花村文哉(はなむらふみや)博士研究員からなる研究グループは、原子と光、全く異なる性質を持つ2つの量子系に量子もつれ※1を生じさせる量子ゲート※2を効率的に実装する新たな手法を提案しました。
従来手法では、原子を閉じ込めた共振器※3に光パルスを複数回反射させ、かつ光の干渉操作を組み合わせることで1つの量子ゲートを合成していました。しかし、この場合光の損失や量子誤りの蓄積の問題がありました。本提案手法では、光パルスを1回だけ共振器に反射させると同時に原子をレーザーで制御することで、2つの量子系を繋げる制御変位ゲート※4を直接実装する手法を新たに提案しました。本手法により、ハイブリッド系を駆使する高性能な量子情報処理技術のさらなる発展を加速することが期待されます。
本成果は、2026年5月12日(火)に『Physical Review Letters』に公開されました。

これまでの研究で分かっていたこと

近年目覚ましい進展を遂げる量子情報処理では、人工的に作られたチップだけでなく、光や原子といった自然界に存在する量子系が情報の担い手として活躍します。
例えば、光は光通信に代表されるように高速・長距離伝送が可能であり、また「GKP符号」※5と呼ばれる量子誤り訂正に有利な符号を扱える特徴を持ちます。一方で、光だけでは量子性が強い操作(非線形操作)が難しいという課題があり、その他の量子系についてもそれぞれ固有の長所短所を持ち合わせています。そこで、単一の量子系では克服が難しい短所を補いつつ長所を最大限活用するために、性質の異なる2つの量子系を繋げたハイブリッド系を活用することが盛んに研究されています。例えば、チップ内に2つの人工量子系を統合することで、単一の量子系ではそれまで困難だったGKP符号の作成・制御が実現されています。このようなハイブリッド系の能力を駆使するために、異なる量子系に量子もつれを生じさせる「制御変位ゲート」は欠かせない量子ゲートの1つです。
しかし、「静止する原子」と「高速に移動する光パルス」に対して、この量子ゲートを効率的に実装する方法はこれまで確立されていませんでした。従来は、制御変位ゲートを直接実行する手法が確立していなかったため、異なるゲート操作を組み合わせることで制御変位ゲートを合成していました。この場合には、原子を閉じ込めた共振器(共振器量子電気力学※6系と呼ばれる)に光パルスを複数回反射させる必要があり、反射のたびに光のエネルギーが損失するため、ゲートの精度が低下するという課題がありました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、光パルスと原子の間の制御変位ゲートを、光を1回だけ反射させる「シングルショット方式」で実現する手法を提案しました。原子を共振器内に捕捉し、光パルスが共振器に入射するのと同時に、原子をレーザーで精密に制御します。これにより、原子の量子ビットの状態に応じて、反射してきた光パルスの量子状態が変化します。すなわち、複数回の反射を必要とせず1回の反射操作で、制御変位ゲートの実装が完結します。
さらに、共振器内部の光損失や原子の自然放出など、現実の実験で避けられない損失を取り込んだ解析モデルを導出しました。このモデルにより、提案手法の評価・最適化を簡潔に行えることを示しました。数値シミュレーションにより、導出されたモデルの有効性を確認し、またそのモデルを用いてパラメータの最適化を行うことで、提案手法が従来手法に比べてゲートエラー(理想の操作とのズレ)を大幅に改善できることを確認しました(図1)。

図1:内部協同係数※7に対するゲートエラー。提案手法においては導出された解析モデルを用いて共振器のミラーの反射率を最適化した。従来手法に比べて提案手法はゲートエラーを大幅に削減することに成功している。

 

研究の波及効果や社会的影響

光と原子は、それぞれが有望な量子系として盛んに研究が行われており、その技術発展は凄まじい状況です。この技術潮流の中で、これらを結びつけるハイブリッド系は、それぞれの潜在能力を最大限引き出し、高性能な量子計算・量子通信を実現するために活発に研究されています。
今回、高速かつ誤り率の小さい量子ゲート手法を新たに提案したことで、国内外の実験・理論研究グループによる実験実証や応用研究を促進し、ハイブリッド量子系の技術発展を加速させることが期待されます。

課題、今後の展望

今回、新たな量子ゲート手法を提案しただけでなく、高い内部協同係数が誤り率の小さい量子操作の実現において重要であることを、共振器量子電気力学系における先行研究結果を踏まえて再確認しました。これにより高協同係数共振器系の研究開発がさらに促進されることが期待されます。また、原子と光からなるハイブリッド量子系の基本かつ重要な量子ゲートについて、高速かつ誤り率の小さい実装手法を提案したことで、原子をメモリ、光を通信媒体とした量子ネットワークをはじめとした量子情報処理技術の社会実装の加速にも貢献することが期待されます。

研究者のコメント

光と原子という性質の異なる物理系を量子的に結んだシステムを利用することで、現状より高速な情報処理、あるいはよりセキュアな光通信の実現が期待されています。今回提案した「シングルショット制御変位ゲート」は、その鍵となる操作を効率的に実現するものです。本成果が量子技術の社会実装に微力ながら貢献することを期待しています。

用語解説

※1 量子もつれ
複数の量子が互いに強く結びつき、一方の状態を測定すると距離に関係なく他方の状態も瞬時に決まるという量子力学特有の現象。

※2 量子ゲート
量子情報処理において、情報を担う量子の状態を変化させる基本操作。

※3 共振器
高反射率の鏡の間に光を閉じ込め、光と物質(原子など)の相互作用を増大させる装置。本研究では原子を閉じ込め、光パルスを反射させる中心的な装置として機能する。

※4 制御変位ゲート
量子ビット(原子など)の状態(0か1か)に応じて、光の量子状態を位相空間(位置と運動量を座標とする空間)上で移動(変位)させる量子ゲート。ハイブリッド量子系の基本的な操作のひとつ。

※5 GKP符号
光の連続的な量子状態を利用して量子誤りを訂正する符号の一種。光量子コンピュータにおける量子誤り訂正の有力な方式として注目されている。

※6 共振器量子電気力学
共振器内に閉じ込めた光と原子の相互作用を量子力学的に扱う物理学の分野。光と原子を強く結合させることで、精密な量子制御が可能になる。

※7 内部協同係数
共振器量子電気力学系において、光と原子の結合の強さを共振器内部の損失と原子の自然放出レートの積と比べた指標。値が大きいほど、量子操作を高性能に実行できる。

論文情報

雑誌名:Physical Review Letters
論文名:Single-shot conditional displacement gate between a trapped atom and traveling light
執筆者名(所属機関名):
木倉 清吾(早稲田大学理工学術院)、後藤 隼人(理化学研究所量子コンピュータ研究センター)
花村 文哉(シンガポール国立大学量子技術センター)
青木 隆朗*(早稲田大学理工学術院/理化学研究所量子コンピュータ研究センター)
掲載日時:2026年5月12日
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/234l-q12q
DOI:https://doi.org/10.1103/234l-q12q
*:責任著者

キーワード

量子ゲート、量子計算、量子通信、制御変位ゲート、共振器

研究助成

研究費名:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業
研究課題番号:JPMJMS2268、JPMJMS256K
研究代表者名(所属機関名):青木隆朗(早稲田大学)

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