佐渡に行ってきました。(Tommyセンセ風)
2026年8月8日 10:33
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この旅行記は8月3日から8月6日の佐渡・新潟3泊4日の旅について書かれたものです。作者は主に以下のような観光スポットを訪れています:
1. 両津港への移動と滞在
2. 佐渡金山(相川金山)の見学
3. 夫婦岩の訪問
4. トキの飼育保護センターでの視察
また、作者は佐渡島の夕陽や地元のおすすめグルメについても触れています。以下に主な見所をまとめます:
1. **両津港**:
- 佐渡汽船のフェリー利用
- 入口付近での観光情報
2. **佐渡金山(相川金山)**:
- 収集された鉱物展示
- 露天掘りによる山の分断状態
- 旧坑道内の人形や運搬装置の展示
- 過去の採掘施設の廃墟
3. **夫婦岩**:
- 車で訪れる名勝
- 異なる見方による男性と女性との関連性の解釈
4. **トキの飼育保護センター**:
- 成鳥や親子の家族を観察できる檻
- トキ保護に関する注意事項
5. **夕陽と民宿生活**:
- 宿泊した宿からの夕日
- グイ飲みの持参
旅行記は地元の歴史や文化、自然美について作者が興味を持って観察し、詳細に紹介しています。また、佐渡島滞在での体験談も豊富に含まれており、読者にとって楽しい読み物となっています。
1. 両津港への移動と滞在
2. 佐渡金山(相川金山)の見学
3. 夫婦岩の訪問
4. トキの飼育保護センターでの視察
また、作者は佐渡島の夕陽や地元のおすすめグルメについても触れています。以下に主な見所をまとめます:
1. **両津港**:
- 佐渡汽船のフェリー利用
- 入口付近での観光情報
2. **佐渡金山(相川金山)**:
- 収集された鉱物展示
- 露天掘りによる山の分断状態
- 旧坑道内の人形や運搬装置の展示
- 過去の採掘施設の廃墟
3. **夫婦岩**:
- 車で訪れる名勝
- 異なる見方による男性と女性との関連性の解釈
4. **トキの飼育保護センター**:
- 成鳥や親子の家族を観察できる檻
- トキ保護に関する注意事項
5. **夕陽と民宿生活**:
- 宿泊した宿からの夕日
- グイ飲みの持参
旅行記は地元の歴史や文化、自然美について作者が興味を持って観察し、詳細に紹介しています。また、佐渡島滞在での体験談も豊富に含まれており、読者にとって楽しい読み物となっています。
ということで、ほぼ1ヶ月ぶりの更新となります。無職であるがゆえに毎日家にいるので、食事の支度やら洗濯やらで案外忙しい。ワタシにとってブログを書く一番グッドな時間帯は5:00~7:00なのですが、故に、どうしても洗濯と重なってしまい、まるで人類の生きる営みとは関係のない更新はどんどん後回しになっていき、これだけの日数を怠けてしまったということです。
また、もう一つの主要更新メディアであるフェイスブックが、金儲けのあまり投稿欄のリンクを制限しているのも気に入らず、更新エネルギーを萎えさせてしまったのです。
旅行記なんかが、再開にはやはり適しているのだと勝手に想像し、この8月3日~8月6日までの佐渡・新潟の3泊4日旅をご報告いたします。
まず、佐渡旅行最大の難関は佐渡に渡る船の料金がべらぼうに高いこと(ワタシ基準)。新潟港から両津港(佐渡の玄関口)まで自家用車の輸送代が片道2万円だ。これに大人一人の乗車券が4千円くらいかかる。ワタシは、この渡船業者である佐渡汽船の「お得な民宿パック」を利用した。佐渡滞在中に指定された民宿を1回使うだけでいい。もし、2泊するなら2泊目を高級リゾートホテルに変えても利用可能になる。ワタシは1泊目をこのパックにして、大人2名総額5万8千円なり。
したがってこの旅程は、8/3 富士市の自宅を5時発(車はインプレッサ廉価版)で始まり。
中央高速長野道を経て北陸道・関越道と合流し新潟港に11:00頃に到着。 お昼ご飯を、その辺の食堂でと思ったが、これが大間違い!!!! 今や史上空前の漁港ブームと港グルメブームであって、どこの店も修行僧のように黙って並ぶ客がずらり。 これでは12:30の出発に間に合うわけがなくて、店頭販売のお弁当パックで我慢する。ワタシは「ノドグロフライ丼」なるをチョイスしたが。空腹を満たすことは達成できた。(おつまみに買った、ムール貝の味付け煮はとても美味しかった)
15時30分、佐渡の両津港に到着。これから同行者(妻)との会話の中で「両津」という言葉が再三繰り返されるが、その都度に、両津勘吉の顔が頭に浮かんで困った。
さあ、ここからマイカーで、
3日、4日、5日の12時まで、佐渡島を思いつく限り、巡り尽くすことになる。
佐渡を旅した知り合いから聞いたところ、田んぼの回りを飛んでいるトキを目撃できると言っていたが、この道中ではその願いは叶わなかった。(秋田に行ったときに熊にも会えなかった。10月には北海道を予定しているので、こんどこそ熊と対決するぞ!!!!) 広大な水田の上を優雅に滑空している白くて大きな鳥は2,3羽目撃した。真っ白な色だったので、たぶんサギだ。
でも、ホンモノのトキには、トキの飼育&保護センターで会える。
8月4日(火) この日はまるまる一日、佐渡に滞在するので、隅から隅に車を走らせることにする。
ここは佐渡島の相川という地域にあるので、相川金山と呼ばれる。佐渡には金山が多数あり、すでに平安時代から金の産出が知られていた(このころは砂金)。江戸幕府になって、この佐渡島にはもっともっと有望な金山が眠っているはずだということで全国から山師(鉱山関係者、日本一の名僧空海も山師の一族だったらしい)が集まり、一山当てたのが相川金山である。つまり、江戸時代に金山として全国一の産出量を誇り、江戸幕府を大いに潤わせたのは相川金山でであり、佐渡金山ではない。日本史のテストで「相川」というワードを選択肢に入れる学校はレベルが高く、「佐渡」を選択肢にする学校はレベルが低いのだ。しかし、相川という地名を筆記で問うのは高校生にとってはイジメだと思う。
相川金山は明治時代も政府直轄だったが、しばらくしてお約束通り三菱財閥に払い下げられた。金山としてはなんと平成元年まで稼働していたらしい。今は採掘をあきらめ、観光名所として三菱傘下の子会社が運営している。したがって、入場料も民営レベルで大人一人1500円だ?
上の山の写真は、この相川金山のシンボル的光景で、有望な鉱脈を山頂から掘り続けてなんと露天掘りで山を2つに割ってした露天掘りの後である。近代化された後はこの山の地下深くまで坑道が掘り進められた。
佐渡金山は、昭和になって乱獲され、どんどん鉱山設備が大規模になっていった。鉱脈はどんどん先細っていったので、今まで捨てていた石ころなんかも細かく砕いてほんの僅かな金でも採集していた。下の写真が、その巨大施設の廃墟である。
北沢浮遊選鉱場 | さど観光ナビ (正確には、北澤浮遊選鉱場という 読んで字の如く、鉱物を浮かせてかき混ぜて選んだ場所だろう)
さてと、金山を後にしてもう一つの超有名観光名所、「たらい船」に向かう。島と言えども真反対の海岸なので車で2時間ほどかかる。
場所は、小木(おぎ)の集落だ。たらい船の体験をさせてくれるの場所は、佐渡島でも3カ所しかない。佐渡のたらい舟まとめ!3ヶ所のたらい舟それぞれのおすすめポイントと乗れる時期を紹介!/佐渡市|新潟県観光協会公式ブログ たびきち|【公式】新潟県のおすすめ観光・旅行情報!にいがた観光ナビ
一番佐渡島らしい場所は、矢島経島の渡し船である。
過去に訪ねた“見捨てられた街” 蒲原宿・日坂宿・関宿(以上東海道) 望月・芦田・奈良井・妻籠(中山道) 岩村、明智(岐阜県)奈良⇔大阪の竹内街道周辺 近江の木之本 などなど
昔ながらの石葺き屋根の家も見受けられる。そして宿根木(しゅくねぎ)地区の最大の特徴は、下の写真のような杉板の縦張りで、家を囲むように建てられていることだ。日本海の冬の荒波と猛吹雪、砂塵、風塵等から家を守るためで、この杉板は、船の建造用のものであるらしい。船での使用年数は短いけれど建築材としてはまだまだ充分使えるような板材を使っている。宿根木の家々を“船大工が建てた街”ともいうらしい。
かつて牛舎だった家 | 大改造!!劇的ビフォーアフター SEASON II | 朝日放送テレビ
さて、この宿根木集落で、だいたい3時30分。そろそろ宿に向かわねばならない。この日の帰り道、同行者に我が侭を言って立ち寄った場所がある。
名称を「真野御陵」という、承久の乱の責任を取らされて北条義時(小栗旬)によって佐渡に流された順徳上皇のお墓である。名前こそ御陵(みささぎ)だが、順徳院はその後、父の後鳥羽院とともに京都大原に合祀されたため、正確には、順徳院の火葬塚なのだそうだ。でも、佐渡の人達は現代に至るまで順徳院のお墓として懇ろ(ねんごろ)に祀ってくれている。なんと、御陵の前にはお土産物屋さんも3つあった!!!!!!
ワタシは、かるたマンであって日本史も教えていたので、順徳院が佐渡に流されたことは当然知っている。「ももしきや」ではじまる百人一首の歌が順徳院の詠んだ歌である。同行者が「へぇーっ 百人一首にも順徳院の歌があるんだ!!!!!!!」と不思議がっていたが、基本的に、藤原定家卿(撰者)が選んだ歌人は、不幸な死に方や時の政権に疎まれた人物が多い。百人一首は定家卿の私選鎮魂歌集みたいなものである。
そういえば、順徳院という諡号(おくりな)も似たようなもので、歴代天皇の中でも特に不幸な死に方(子孫に不幸が続くこともある)をした天皇には、徳の漢字がつけられる。安徳天皇、称徳天皇、崇徳上皇、孝徳天皇など。一番有名なのは聖徳太子であって、日本古代史上、最高の政治家でありながら結果的に子孫を残すことができなかった不幸な血筋の象徴となっている。また、日本最大の御陵は仁徳天皇陵であって、仁徳天皇は「徳」の字に似つかわない偉大な天皇であると思われがちだが、仁徳天皇の
血統は次の子供(履中・允恭・反正)の代と孫の代で絶え、結果的に(もしかしたらどこの馬の骨かわからない)継体天皇系へと王朝が取って代わられているのである。だから、古代の純粋な王朝は仁徳天皇系統を最後に途絶えることになる。
ワタシは、今回の皇室典範の改正には反対のと立場をとる。「万世一系の男系男子による系統」というのは、明治政府が創造した物語であって、厳密に考えればその通りではない。一夫一妻制の今、このような血族による縛りをもうけるのは天皇家存続のためにも賢明ではなく、今の天皇家をもっと楽に存続させる方向に向けた方がいいだろうと思うのである。つまり、雅子様が即位してもいいし、雅子様に男の子が生まれた場合には、その子(男系男子でではない)が天皇になられてもよいかと思うのだだ。
ということで、夕陽の時間が近づき、真野御陵を後にする。佐渡2泊目の宿も夕陽が見える場所にある。
8月5日(水) 佐渡最終日。12時には両津港に戻らねばならない、フェリーの予約がある。午前中に車を飛ばし佐渡島の最北端に位置する景勝地に行く予定だ。
ただし、山頂部への登頂は敵わず仕舞いだった。急斜面が続いてバテたのと、帰りの時間が迫っていたからだ。でも、いい景色だったなあ。
静岡県在住の読者にワタシがお勧めする、県下一のプライベートビーチは伊豆下田の九十九浜である。(ここは波がほとんどないのでワタシは行かない)
九十浜海水浴場 | 伊豆下田観光ガイド
そして、佐渡島も残り30分、最後にたどり着いたのは、
実は、この佐渡島、順徳上皇だけでなくあの日蓮聖人もここに流されている。日蓮は許されて本土に復帰したが、この北一輝は日蓮に信者であった。日本が戦前に軍国主義に歩を始めるにあたって、時々日蓮が顔をだす。この北一輝、血盟団の井上日召、満州事変の石原完爾・・・・日蓮という人も凄い革命家であったのだ。
さらば、つかの間の佐渡。
今回の佐渡旅行は、本当に天気に恵まれた。順調に行きたいところにもいけた。でも、霧深いどんよりとしたうら寂しい日本海も見てみたいものだ。
ワタシの一番好きな短歌は百人一首でもなくて、寺山修司の
「マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや」
である。この諦観(自分の無力さ、あわれさ)を呼び起こす霧深い日本海はまた次の機会だ。
この地区は新潟でも歴史的建物保存地区として整備されていて、他にも
のような建物が残る。
そして、新潟からの土産物として、笹団子、米、そして
あとは、車で高速道路をぶっ飛ばして帰るのみ。
途中、信州中野インターチェンジを通過すると、「よく来るご近所」感覚になり、豊科インターを過ぎると、「近所の遊び場に帰ってきた感覚」になり、諏訪湖サービスエリアを過ぎるとあと少しで富士だと錯覚し、中央高速から中部横断道に入ると、地元だと安心し、富沢の道の駅では「ただ今」と言ってしまった。
読者の皆様 次の旅行記もお楽しみにね。