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高3重要 7時から3Fで難関大記述対策問題

7時から3Fで難関国立大記述対策問題です。
教材を忘れないようにしよう。
24日の全統記述模試の数学では、数Ⅲの出来が分かれ目になる。
この教材をしっかりマスタ-すれば、問題ありません。
質的量的に「全統記述模試」の上を行っているので、自信を持ちましょう。


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重要 現中2から受ける「大学入試共通テスト」方針決定

今の高3から順次受ける「大学入試共通テスト」の最終形態が決定した。
最終形態は2025度から実施で、今の中2から受けることとなる。
まず大きな傾向としては、文系学部志願者の負担が大きくなる。
新科目として「情報」が加わり、「理科総合」が物理基礎化学基礎生物基礎地学基礎を全て含むこととなる。
数学は数学Cが理系必修となり数Ⅲの一部単元が加わる。
ただ、これは理系がもともと数Ⅲは筆記試験用に勉強しているので、特に負担にはならない。
文系志願者の負担が大きくなったというよりも、「文系と理系」という無意味な区別を徐々に撤廃する方向にあると見たほうがよい。
国語と社会科は実質的にはほとんど変化しない。
個人的には、理数科目の負担が増えるので、国語からは「古文漢文」は除外すべきだろう。
現代語訳を「国語現代文」に含めて出題すればよい。古文文法の学習は時間の無駄だ。



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静大と浜医合併の行方

静大の新学長に「工学部医学部合併反対派」の教授が選ばれて、事態が混迷してきた。
今後の可能性を探ると
①白紙撤回
静大の機関決定では、別々の別個の大学となるとされている。
静大と浜医の合意書もその方針で結ばれているので、合意書違反となれば浜医が蹴って、白紙撤回となるだろう。
この可能性はかなり高い。
②浜医が静大傘下の医学部、医科工学部となる。
以前に浜医を静大の一学部とする案があり、浜医側が反発して破談になった。
この可能性はない。
③医科工学大学と人文理学教育大学の別々の独立行政法人となり、その上に「統合運営委員会」を設けてその指導の下に運営する。
人事は別個に決定し、予算配分は「統合運営委員会」が2つのキャンパス代表者と協議して決定する。
予算の専決権がないと自由な運営ができないので、浜医側は大いに不満だろう。
④当初の「静大機関決定」と「静大浜医合意書」に則り、2021年度から2つの新大学としてスタ-トする。これが本筋で、これ以外の方針は浜医が蹴るだろう。
新学長は、既定方針を踏襲するしかない。
⑤何も具体的なことが決まらず、保留となる。
4年後の学長選挙で選ばれた学長に決定を託す。
⑥浜医がさっさと見切りを付けて、ほかの手を探る。
静岡県立大学も巻き込んで、医科薬科工科大学となる。
これは素晴らしい案だ。文部科学省の国公立大学再編統合方針とも合致する。
実現のためには文部科学省の仲介と後押しが必要だが、今の文部科学大臣は「浜松医科工科大学」賛成の立場なので、可能性はある。
⑦⑥と関連して、静岡キャンパスは文化芸術大学と統合して、静岡文化芸術教育大学となる。
この結果、4つの大学が「医科薬科工科大学」と「文化芸術教育大学」の2つに再編され、すっきりする。個人的にはこれがベストだと考える。



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明日は遠足

全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、明日はいよいよ遠足です。我が校は、1年と3年が遠足に行き、2年生は学校で授業以外のイベント。
理由は、2年生は12月に修学旅行にいくからです。


 ああ、やっとコロナ縛りから学生が解放されます。でもでも、遠足は県内に限定され3年生が楽しみにしていた某F士Qハイランドや鎌倉、八景島には行けません。
受験生によく使われる「県内縛り」という用語が、遠足にも使われてしまった。ワタシの所属するクラス(一応副担任)も、県内某所に出没します。
 ああ、やっと2年生も、修学旅行に行くことができます。我が校の修学旅行(正式には研究旅行という、単純な許認可問題なんです、馬鹿馬鹿しい)は、普通科が台湾、理数科がアメリカ合衆国でした。でもでも、このコロナ禍で、海外渡航が禁止され、ずっと国内の情勢を見極めながら可能性を探り、なんとか、とりあへず国内修学旅行という形で実現することになりました。
どこに行くかはまだ公表できませんが、ワタシは理数科の国内旅行についていきたい!!!!!! とっても魅力的なプランです。 普通科のプランはいまいちなんですが、これは旅行人員が原因です。
普通科6クラスでの移動と、理数科1クラスの移動では、難易度が6倍以上違います。普通科の皆様、許してください。
 
 しかしながら、今年の3月から全国一斉に学校が休校になりそれに巻き込まれて家族も大変な日々を過ごしました。一番最初にロックダウン(外出禁止令)のターゲットにされたのが、小~高の児童・生徒達でした。
でもね、
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http://www.hc.u-tokyo.ac.jp/covid-19/youth/ (出典はここ、東京大学の保健センターだから、でたらめな表ではありません)
コロナウィルスの感染に関して、一番強いのは10代未満の若者たちです、10代は感染もしなければ重傷にもなりません。死にません(20代も死にません)
なのに、何で全国で一番最初に外出禁止令がだされたのでしょう?
普通に考えれば、10代未満が一番安全です。


はっきり言って、3月からの学校休校処置は政策自体が間違いでした。学校は安全だったのです。
政府は絶対にあやまりません、大人も絶対に謝りません。
「休校措置があったから若者の感染者数が少ないのだ!!!!」と言い張るでしょう。でもこれはウソです。今、第2波が襲ってきています、若者も危険にさらされています、でも一向に10代の感染者は増加していません。
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それでも、自分達の措置(若者を学校に行かせない)が間違いだったことを謝らずに、例の“怖い怖い通達”ばかりしています。
リンク先の東京大学保険センタ-のサイトにも
<コピッペ>
新型コロナウィルスの感染から発症までの潜伏期間は1日から12.5日(多くは4-5日)と考えられています。いくつかの研究結果からは、無症候あるいは軽症でも感染が広がる可能性があるとの指摘もあります(※2)。つまり、自分で「うつった」ことに気づかないうちに、他人に「うつしてしまう」ことがあるのです。また、厚生労働省の新型コロナウィルス感染症の国内発生動向(※3)(2020年4月19日18時時点)によると、年齢階級別陽性者数から20歳代から50歳代を中心に感染者がひろがっていることがわかります。年齢階級別死亡数・重症者数から、重症化する比率は高齢者の方が高く、青壮年期層(10歳代後半から50歳くらい)は無症候あるいは軽症が多いことがわかってきました。この傾向は、海外でも報告(※4、※7)されています。つまり、若年者は無症状で人に「うつしてしまう」可能性に特に注意する必要があります。<コピッペ終了>こんな感じで、いかにも「若者が無症状で人にうつしてしまう」と言っても、このことは、若者以外もすべて同じことです。誰でもうつしてしまうリスクは同じです。なんで若者だけを限定するのでしょう?そういえば、小学校が休校になったとき、「おじいちゃん、おばあちゃんにうつしてしまったら大変!!!!!」と言われましたが、統計的にいえば、孫にうつされる危険よりも、親(お父さんおかあさん世代)にうつされる方がはるかに可能性が高いのです。


若者の自由を奪った政治家諸君、素直に謝りなさい!!!!!










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高1至急 今日の理科は学力テスト対策

今日の理科は化学の学力テスト対策です。
3セットあるので早めに来て完成させよう!!
ちなみに、去年の化学平均点は28点、学年最高点は新星女子78点。
理系に進む覚悟を問うテストです。女子にできて男子にできないはずがない。???

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中1重要 直角三角形は「円の3大定理」の基礎

昨日の数学では、コンパスと定規による作図で、直角三角形を基にして「円の三大定理」について考えてみた。
①円周角の定理
直角三角形の斜辺の中点を中心にとり、斜辺の半分を半径として円を描くと、直角三角形の外接円ができる。円の直径に対応する円周角は全て直角になる。
「中心角=円周角の2倍」から直径は180度でその半分は90度だからだ。
②内接四角形の定理
直角三角形をもとに、合同条件「三つの辺が等しい」を使ってコンパスで斜辺反対側に斜辺共通で合同三角形を描く。すると四角形ができるが、対角はともに90度である。
この四角形は円に内接する。またもう一組の対角の和は180度になる。
③接弦定理
直角三角形の斜辺以外の辺の中点を中心にとり、その辺の半分を半径として円を描くと、もう一つの辺が円の接線となる。直角部分頂点は接線の接点となる。
さらに、円周と斜辺との交点と接点を結ぶ弦を引く。すると、弦と接線が作る角は弦の弧の円周角と等しくなる。
これは接線と弦の定理、つまり接弦定理だ。
部外者は①②③ともこの文章から作図をしてみてください。
さて昨日は塾長のアドリブで作図してもらったが、これで中学と高1で学ぶ円の3大定理は「作図と証明」が同時にできた。(③は証明に相似を使う)
円の三大定理は「三角形が直角三角形」という特殊条件で導いたが、他の三角形でも当てはまる。
つまり一般性がある。これが特殊定理から一般定理を導くという事だ。






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赤字を垂れ流しても大丈夫

全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。


ということで、不思議な記事をご紹介



普通の読者ならば、まったく意味が分からない。
そもそも、「強制MMT」ってなんだ? ちなみに、カナリアとは、「炭鉱のカナリア(canary in the coal mine)」のことで、有毒ガスに敏感で炭鉱などにおいてはガス発生検知のために使われた。要するに、危険を知らせるものの代名詞のこと。
このMMTとは、「現代貨幣理論」(Modern Monetary Theory)の略語で、定義っぽく言うと、
「政府が自国通貨建てで支出する能力に制約はなく、財政赤字や国債残高は気にしなくてよい。したがって、税収ではなく、インフレ率に基づいて財政支出を調整すべき」
となる。
政府の経済対策は、自民党も立憲民主党も、“政府の赤字体制はまずい”、“早く政府の借金を返せ”の一点張りだった。したがって、今の国民も完全に、「日本政府は借金だらけで大変だ」と思っている。
しかし、このMMT理論からすると、
“政府の借金は、国民の資産である”ことがよく理解できるのだ。
MMT理論に従えば、政府が黙って100億円を作り出せば、100億の借金として政府には計上されるけれど、100億が国民の資産として計上される。


ワタシは、今年からMMT理論を使って経済を教えている。
(時々参考にするサイト、https://parkseungjoon.hatenadiary.com/
だから、一番上の記事見出し、「強制MMT」というのは、このコロナ禍の中、政府が、とりあへず国民救済のためにばらまいている赤字のこのだ。
記事の一部をコピッペ
国際通貨基金(IMF)が14日に発表した財政報告には、ちょっとしたサプライズがあった。
世界全体で政府債務が国内総生産(GDP)に匹敵する規模まで膨張する予測自体は意外感はない。
驚きだったのは、新型コロナウイルスへの対応を巡り「積極的に財政政策を活用すべき」としたうえで「低金利の恩恵で高水準の債務残高は当面はリスクにならない」と明言したことだ。15日にはゲオルギエバ専務理事が「企業や家計への支援を拙速に遮断するべきではないというのが我々の大きなメッセージだ」と踏み込んだ。



今まで、「緊縮財政」一本槍で各国の財政をコントロールしてきたIMFである。彼らは、「赤字財政で大変だから、政府の予算を少なくして、その代わりを企業にやらせろ!!!」と世界中に“外注国家”を作り出してきた張本人である。
日本も、同じで、パソナ(竹中平蔵が持っている派遣会社)や電通(ご存じ)に外注してきた。
そのIMFが、「積極的に財政政策を活用すべき」
と態度を大きく変えた。
つまりは、MMT理論を認めたことになる。


ちなみに、今では、政府はなし崩し的に、MMT理論にたよっている。

どこの国でも、このコロナで、財政赤字がどんどん膨れている。それでも、転覆していない。この記事で面白いのは、記事の執筆者が、どのように結んでいいのか困っている点だ。
<コピッペ>
赤字額は前の年の3倍以上で、リーマンショックのあとの2009年度の1兆4000億ドル台も大きく超えて、過去最悪になりました。
これは、新型コロナウイルスによる景気の悪化で税収が減少した一方、失業者や中小企業を支援する3兆ドル規模の巨額の経済対策で支出が急増したためです。
感染拡大が収まらない中、アメリカ議会では追加の財政出動も議論されています。
政府の借金にあたる公的債務の残高は、すでに26兆ドルに上っていますが、財政再建をめぐる議論は事実上凍結されていて、今後は、効率的な財政運営も大きな課題となりそうです。

<コピッペ終了>
もう、アメリカでも財政再建などの議論は全く行われていない。コロナ克服のためにはいくら赤字が膨らんでも平気だと言わんばかりである(MMT理論では正しい)
「今後は、効率的な財政運営も大きな課題となりそうです」
この部分は、
「私たちは、政府の借金まみれはダメと教わってきて、赤字運営を批判してきたのに、どうやって記事にすればいいの?」と読み返すことができる。
日本だって、
「政府が自国通貨建て(つまり円)で支出する能力に制約はなく、財政赤字や国債残高は気にしなくてよい。したがって、税収ではなく、インフレ率に基づいて財政支出を調整すべき」

いう世界だから、
政府の債務残高(政府の借金残高)が1000兆円を超えても、国が普通に運営されている。消費税減税は、“やっていいの!!!!!” 






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中2重要 なぜ「中身の薄い」レポ-トを書くのか その対処法

「中身の薄い文章」を書く根本原因を分析しないと、対処法も打ち出せない。
原因をまず2つに大別する。
原因の①
技術論の欠落その1)
文章には基本形式があり、「起承転結」や「序破急」のような型をそもそも知らない。
そこで「書き方のお手本となるテキスト」をまずしっかり読むことを薦める。
書店に行けばレポ-トの書き方や小論文の書き方に関する「ノウハウ本」はいくつもある。
だが安直な「ノウハウ本」はすぐに姿を消してしまうので、昔からの定評のある本が良い。
一)「文章読本」(谷崎潤一郎)はやさしい文章で、良い文章とは何か、良い文章の書き方について分かりやすく説明してる。同じ「文章読本」という書名で他の有名作家、川端康成や三島由紀夫も書いている。読み比べてみると面白い。
二)「論文の書き方」(清水幾太郎)は、高校生の必読書と言われてきた。
やや硬い論説文調の文章を書くときには、参考になる。
このほかにもまだまだ、お手本はあるが、まずは手ごろなこの2冊を読んでみよう。
技術論の欠落その2)
文章は結論が先か、後かで「演繹法」的書き方と「帰納法」的書き方があり、学術論文の多くは「仮説を立てて」=「結論を先に述べて」からその結論に向けて論拠を組み立て行く。
「帰納法」は結論が確定していない段階で書き始め、書き進めるうちに方向がだんだん見えてくるので、結論を絞り込んでいく。書いている途中で「ヒラメキ」が浮かんで、最初の想定とは異なった結論になることも珍しくない。
どちらのスタイルで行くか初めに決めておく。
プロの小説家もこの2タイプがあり「夏目漱石」「芥川龍之介」「三島由紀夫」は、最初に結末ありきの前者だ。
一方、私の好きな「村上春樹」は長編小説では、結末がどうなるか書いてみないと解らないという後者だ。書いていて楽しいのは圧倒的に、後者だと感じる。
原因の②アイデアやテ-マが浮かばない発想力のなさ。
中身の濃い文章やレポ-トは「独創性」が高いと思われがちだが、実はいくつかの既存のアイデアをうまく組合わせているに過ぎない。
その組み合わせ方が、多彩で同じ手を使わないので、独創的だと思わせている。
最近亡くなった作曲家の筒美京平氏は天才的に美しい旋律を生み出したが、既存の洋楽を組み合わせて傑作を量産してきた。その陰で膨大な曲を黙々と一人聴く毎日だった。
作曲も、作文もアウトプットする以上の大量のインプットが前提となる。
つまり、ありとあらゆるジャンルの文章を、多読乱読することでアイデアのタネを片っ端から脳内に蓄積することが大事だ。空っぽの頭からは当然何も生まれない。
文章を書いている途中で次々とアイデアがひらめくときは、間違いなく傑作、名文が書ける。
自分では「閃いて」いるように感じるがそれは錯覚で、以前に仕込んだネタを思い出したに過ぎない。
ただネタ=アイデアを寝かしておいた期間が長かったので、熟成していたのだろう。
読書という思考訓練を数多く経験している生徒ほど、優れた文章が書ける。
読書は知的好奇心が動機となるが、常に新しいネタや話題を提供してくれる新聞は、手ごろなネタ元となる。
毎朝、新聞を読む習慣を着けるのも効果がある。朝刊を取らない家庭も増えているが、もったいない。

原因③作文は苦行、苦痛でしかない。
文章を書く楽しみを知らない。
音楽は聴いて楽しんでくれる人に聴かせるために作るもの、絵画は日々眺めて喜んでくれる人のために描くもの、文章は読んで共感してくれる人のために書くもの。
発表する場のない文章を書くのでは楽しいはずがない。共感する人がいてこそ良い文章が書ける。
良い文章を拾い上げてほめてくれる仲間や、教師が不可欠だ。

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中2重要 生徒も保護者も 中身の薄いレポ-トや提出物を書かないために

評点3は実質最低の評価点だが、評点4もよい成績とは言えない。
相対評価の時代は評点5はクラスで2名だけと決まっていたので、附属中で学科科目で5が3つも4つもある生徒は、間違いなく東大現役組だった。
今は絶対評価の時代なのでいくらでも評点5が取れる。クラス内で評点5は何人でも取ることが可能だ。
すると、評点4では全く不十分で、評点5は取れて当たり前だという事になる。
生徒による評点4の自己分析文で「レポ-トの中身が薄い」という表現が頻繁に出てくる。
おそらくこれは担当教師が生徒向けにも使っている表現だろう。
本当は「レポ-トの中身がない」とか「中身がカラッポ」とか、もっと手厳しい表現でもいいのだろう。
「中身が薄いレポ-ト」しか書けないので、気が引けてついつい出さないで済ます、ということもありうる。
「中身の薄いレポ-ト」しか書けない原因を分析する必要がある。
後は続きで。
何しろこの後すぐ「中身の濃いレポ-ト」を連発して、オール5を取った静高優秀女子達の授業が待っているのですよ。

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中2重要 保護者むけ 提出物未提出をなくす方法 

まずは、レポ-トや追及の記録の提出は、任意ではないというル-ルを周知徹底させることが大事だ。
その上で
①レポ-トの提出指示は必ず、校内専用ネットでまめに公示する。
特に保護者には必須レポ-トが必ずわかるようにしておく。
②期限までに未提出の生徒は、ネットではなく「校内の掲示板」に名前を公表する。
再度の提出を促すが、2回目の期限までに未提出ならば、評価点2をつけることを明示する。
掲示板の名前は、2回目の期限までに提出すれば消去されるが、それでも未提出の生徒は消去されない。
皆の笑いものになるのもいいクスリだ。
③鞭ばかりではなく、アメも必要だ。
レポ-トや追及の記録は、頻繁にコンペをやって、優秀作品は校内報に掲載する。
全生徒のレポ-トを印刷した冊子を以前は出していたが、今もあるのか不明だ。
単に冊子にまとめるだけでなく、優秀な作品には金銀銅のランクを付けて顕彰すべきだ。
これでぐんとやる気が出る。
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中2重要 保護者向け 実技科目こそ提出物が大切

学科科目のレポ-ト、追及の記録だけが重要なわけではない。
実技科目は、筆記試験がない分、かえって学科科目よりも「追求の記録」は評価の重要資料となる。
前のブログで国語や社会科の提出物を出さずに済ませている生徒は、実技科目でも「全く提出物を出していない。」
実技科目は体育の運動能力の高い生徒や、音楽の歌唱力、楽器演奏力が高い生徒だけが高い評点を取るのではない。
まるっきりの運動音痴でもしっかり評点5を取ってくる。
今の静高で学年10位以内に入る成績優秀者の女子に、なぜかこのタイプの生徒が多い。
自分の運動能力不足を自覚しているので「追求の記録」でしっかりしたレポ-トを書き、マメに提出する努力を継続して体育の評点5を獲得している。そのひたむきな姿は、教師の心に訴えるものがある。


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中2重要 保護者向け 評価点に見る問題点 レポ-トの未提出

評価点で3がつく生徒の自己分析文および聞き取りから、レポ-ト、プレレポ-ト、追及の記録が未提出が多いことがわかる。
1回のみならず、複数回提出をしていない生徒もいる。
未提出生徒に、再度「未提出の理由」について分析文を書かせたところ
①国語で「言の葉大賞」のレポ-トを書いて提出後、修正を指示されたが、「めんどくさくて」結局提出せずに終わってしまった。
②国語で「ペットが禁止されている避難所」に関するレポ-トで、授業中に書き終わらなかったので、自宅に持ちかえったが、結局提出しなかった。
③国語の「言の葉大賞」のレポ-トを清書して書いたが、自宅に忘れてしまい、その後も出さなかった。
④社会科歴史で「綱吉と家康」のレポ-トを書いたが、提出時に忘れてしまった。
⑤国語の古文で「追求したいことがなかった」ので、追及の記録を出さなかった。
などのコメントが見られた。
レポ-ト作成は、附属中授業の中でも最重要 に位置づけされる活動である。
その最重要活動を、何度もしゃあしゃあとサボっているのである。
提出するのを忘れたのではなく、「提出しないで済まそう」とする確信犯である。
⑤の生徒は、悪質である。
意図的に出さない生徒には、教師も厳しい罰則を科さねばならないが、その気配がない。
「なめる生徒も生徒だが、なめられる教師も教師」で同罪である。
今回、未提出生徒には評価点で3がついているが、前例からすれば、本来は評点2のはずである。
志望する進学高校に提出する内申点表で学科科目に2がある生徒は、まず合格しない。
評点2の理由が「提出物の未提出」であることは、自明なので「宿題未提出の常習犯」確実の生徒を、入学させるはずがない。
特に、「宿題提出」にうるさい静高、清水東高、静岡東高では、不合格にされる。
では、どうすればよいのかは続き。


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中2重要 保護者向け 前期評価点に見る問題点

今回,各生徒の前期評価点について分析したところ、大きな問題点が見えてきた。
学力の問題点というよりは「附属中の授業に対応する生徒の問題点」というべき事柄である。
5段階評価ではあるが、評価点1は実際には付けないし、評価点2も例外的な点数なので実質的には3段階評価である。
その3段階評価で最低点の3を取る生徒には「授業態度における大きな欠点」があり、生徒各自に対する聞き取りと本人の書いた分析文にはっきりと出ている。
日常生活に起因する欠点でもあり「保護者のしつけの問題点」でもある。
これは静大附属中の授業を成り立たせている根幹にも関わる問題なので、今後詳しく書いていく。

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共通テスト騒動結末

全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。
誕生日記事から24時間 「笑顔」や「ことば」ではなく、モノでくれ!!!! とつぶやいたので収穫の報告
1 リポD1本  2ファイバーミニ1本  3 板チョコ1枚  4駄菓子のラムネ1ビン
・・・・・・こんな貧乏な国に誰がしたんだろう? 日本は豊かな国ではなかったのか? ワタシが20代、30代の頃は、教科書にも資料集にも“本当の豊かさとは何か・・・”などという特集が作られていた。GNPよりも大切な指標とか、余暇時間の多さとか、何と今では「豊かな国」そのものがなくなっている!!!!
・・・・・私の人望がないのはもちろん棚に上げている。


ということで、教育界のニュースをご披露

コロナ大騒動の中で、4月からの休校強制期間中、あれほど騒がれた「1月の共通テスト」は、せっかく、文科省がコロナによる学習の遅れを考慮して第2日程を作ったのに、第2日程希望者は、なんと789人・・・全国集計で789人です。第一日程が530,000人も集めたのに、789人とは・・・
これは、共通テストの日程だけを下げて、他のスケジュール(出願締め切り日など)を全く変えようとしない文科省や大学側の大きな制度設計のミスである。文科省の浅はかな考えは、530000人と789人という無残で惨めな結果として後世にまで語り継がれるのだろう。
過去ログを見ればわかると思うが、ワタシは共通テストから大学入学のすべてを5月のGWをめどに繰り下げろ、と主張していた。


次は、教育界の巨大コングロマリット、ベネッセグループの野望が見事に崩れ落ちる瞬間のお話
フェイスブックの誕生日騒動でも、このベネッセグループの方々から、温かいメッセージや「イイね」を頂いて本当にうれしく思うし、且つ、現状の受験指導はベネッセグループの支援なしにはやっていけない現状ではある。
ただし、この話題は別、
文科省が、高大接続改革と銘打って大学入試改革にのりだし、その中で「キャリアパスポート」とか「学習のポートフォリオ」とかのカタカナ語がならんだ。要するに、小さいころからの「学習過程」をしっかりデジタルデータに残して、単にテストの成績だけではない、一人一人の勉強の過程と成果を目に見える形にしようという試みである。
そして、教育界巨大コングロマリットベネッセグループがこの高大接続改革とICTを組み合わせるべく、総力を挙げて開発したのが、


である。HPを見ると全国115万人が利用しているという。確か利用契約すると一人年間3000円。1150000×3000円で、3450000000(34億円)、高校3年間の契約だから、ここ3年間で100億の売り上げになる。
とことがところが、このClassiビジネスがものの見事に崩れる瞬間があった。


それは、中間テストの最中にわが校の教員たちが、静岡県総合教育センター(教員が研修を受けるところ)からの講師によって、グーグルクラスルームの使い方の研修をうけたのだ。
しかも教職員全員を対象にした悉皆(しっかい、と読み、絶対い全員という意味)研修みたいな感じだった。

 ベネッセグループのClassiの機能は、すべてこのグーグルクラスルームを活用することで活用できる。しかも、もっと多様なことが出来る。しかも、無料!!!!!!

Classiは、すべてにおいてGoogleに敗北した。そして、県立高校を束ねる総合教育センターがグーグルの活用を薦めているのだ。
ワタシ的には、すべてがGoogleに支配されるのもイヤなのだが、これが世界標準というものである。日本の巨大企業が、Googleに負けた瞬間だ。


 これで終わりにすると、どこかの国のアホなジャーナリズムと同じなので、少し、うんちく。
この世界標準という日本語は世界ではグローバルスタンダードという。グローバルスタンダードもなじみの言葉であるが、これには2つの意味がある。
それを「デジュールスタンダード」と「デファクトスタンダード」という呼び名で区別する。
コピッペ
https://www.weblio.jp/content/デファクトスタンダード

デジュール‐スタンダード【de jure standard】
《de jureはラテン語で「法律上の」の意》公的機関が法的に定めた標準。ISOやJISなど。デジュール標準。デジューレスタンダード。デジュリスタンダード。→デファクトスタンダード
  デファクト‐スタンダード【de facto standard】
《de factoはラテン語で「事実上の」の意》ISOやJISなどの規格制定機関の認定によるのではなく、市場競争を勝ち抜くことによってその業界の標準と見なされている規格。事実上の標準。業界標準。ディファクトスタンダード。→デジュールスタンダード



つまり、ISO(国際標準後化機構)のように、公的機関で決めた国際標準と、力ずくで勝ち取ってきた国際標準のことである。
<ちなみに>
 ISO (アイエスオー)とは、国際標準化機構(International Organization for Standardization)というスイス・ジュネーヴに本部を置く非営利法人のことです。国際標準化機構とは、様々な世界の標準(ISO規格)を定める団体であり、世界162カ国がISOという機構に加盟しています。もちろん、私達の住む日本も加盟国です。
ISOの主な目的はISO規格とも呼ばれる国際規格の策定であり、私達に身近なものから縁遠いものまで、1947年の発足以来、22,467もの規格を策定しています。(2018年12月時点)このISOという組織が定める「ISO規格」のことを省略して「ISO」と呼ぶことがあります。一般的に「ISOを取得する」といえば「ISOの規格の 認証 を得る」という意味になります。



日本だって、このデファクトスタンダードを相当勝ち取って、世界をリードしてきた。DVDしかりCDしかり、ニンテンドーしかり、省エネ技術しかり・・・
しかし、IT業界では、完全に負け続けている。ウィンドウズのマイクロソフト、グーグル、アマゾン(楽天と競争しているが・・)、そういえば、ミクシィというSNSサイトがあったが、これも完全に敗北に終わった。


今では、グローバルスタンダードといのは、ぼぼ、デファクトスタンダードのことを指すようになった。
ちなみに、「グローバル」というのも、元来は、「世界的な干渉」を意味する言葉で、
「俺(勝ち組)のことを素直に聴け、そうすれば、幸せにしてやる」というずうずうしい言葉である。


今日は、これまで。














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