このシリ-ズは著者やテーマがアットランダムに出されているように見えて、実は相互に関連性がある。
「カミュ;ペスト」を扱った回はずいぶん前の発行だが、2020年9月の「デフォ-;ペストの記憶」は、去年のコロナ禍下での発行だ。
「カミュのペスト」は虚構でフランスのマルセイユを舞台とした「ペストと闘う医師」を主人公にした寓話である。
寓話というのは第二次大戦時「ナチスドイツ占領下のフランス」でドイツ軍と闘ったカミュは、レジスタンス闘士としての自らの経験から「ペスト=侵略軍と最後まで闘うことの意味」を綴った。
ペストをナチスと見立てているところが、辛辣で意味深いメタファ-だ。
フランス国民を置いて、さっさとイギリスに逃げて行ってしまったフランス政府とドゴ-ル将軍に対して、取り残された国民はナチスドイツへの抵抗組織=レジスタンスを通じて執拗な反撃を加えた。
だが、ドイツ軍の弾圧は苛烈を極め、多くのレジスタンス闘士が殺害、処刑された。
ドゴ-ル将軍が英米軍の陰に隠れてコソコソとパリに凱旋したときには、レジスタンス組織は実質的に壊滅していた。
主人公の医師の友人は、ペストで封鎖された都市からの脱出を試みる。
だが医師たちの絶望的な闘いの姿を見て、自分もここに止まる決心をする。
これは今まさに、対コロナ戦争の真っ最中に、「医療の最前線」で闘っている多くの医療従事者の姿そのものである。
療養中だった医師の妻はペストで亡くなり、同僚の医師の何名かもペストの犠牲となった。
ワクチンがまだ未開発だったコロナ禍当初の姿と重なる。
コロナ禍で亡くなった医療従事者の数は、相当数に上る。
肉親を失ってもなお、逃げ出さずにペストと闘った医師は、今まさにここにいる世界中のコロナ戦士そのものである。
「デフォ-;ペストの記憶」はその舞台が17世紀のロンドンで、ほとんど史実に基づいた「ドキュメンタリ-」的な作品だ。
ここには特定の主人公はいない。
ペストで右往左往した民衆の群像劇である。
死の記述がリアルなのは、当時の公的な記録がそのまま引用されているからだ。
一週間ごとに発表される死亡週報=その週に死亡した人の数や死因を公表したものを、ほぼそのまま転載している。
自らの命を顧みず闘う「カミュの医師(意思)」とは対照的に、ペストの恐怖に駆られたロンドン市民は、デマや迷信に惑わされた。
街には「魔法使いや黒魔術師」が現れ、ペストから逃れられる運命かどうかを占う「悪の一党」は無数の市民から莫大な金を巻き上げた。
偽医者や怪しい薬売りも横行し、胡散臭い偽薬の広告がロンドン市中に大量に張られた。
日本でも、品不足のマスクを買い占めて高額で転売した連中が現れた。
ロンドン市民はペスト下で「命をとるか、仕事をとるか」の選択を迫られる。
感染拡大下で、仕事を休むと収入が絶たれる。
「命か家計か」というパンデミック下における普遍的な問題を、突き付けている。
日本でも飲食業や観光業ではまさに「命か家計か」の選択を迫られてきた。
ロンドンでは仕事がなくなり、田舎に向う途中で、多くの人々が途中でペストにかかって亡くなった。
デフォ-は「ペストそのものではなく、ペストが引き起こした災いのせいで絶命した。
空腹と苦境に襲われ、すべてが欠乏するなかで一般市民は亡くなったのだ。」と書いている。
さらに、ペスト禍を生き抜いたロンドン市民は、何を頼りに闘い抜いたのか、というテーマを扱っている。
群像劇の一人H.Fの場合は「神のご意思」という宗教的な信念だった。
神を信じない日本人の場合はどうなのか。
政治家と政府は信じられない。
唯一の救いは「科学は正しい。科学にもとづく最新の医療を信じよう。」そして「医療従事者は最後まで国民の味方だ。」という国民的なコンセンサスだったのでないか。
さて、入試問題に出される場合は、これらの問題について考察しておかなければならない。
浜医のテーマ指定の英語自由作文では「パンデミック下での対応」という問題が出されるかもしれない。
英作文の書き出しを
Accordinng to"A Journal of the Plague Year " by Dniel Defore..................,とやれば採点者は仰天するだろう。
さらには、この原典そのものが英語読解問題や日本語訳で国語問題に出される可能性も高い。
浜医医学科生物入試問題で転載されたテキストの該当ペ-ジをズバリ当てた塾長の勘を、軽く見てはいけないのだ。