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小学5年から数学履修が決定か

現在、小学校では算数しか学ばず、数学は中学からとなっている。
ところが、英語の必修化と並んでとうとう小学校にも、数学履修が導入されることが、確定的だ。
小学校5年生のカリキュラムに、中学数学が下りてきて、数学の先行学習が始まる。
もっとも中学入試では堂々と順列組み合わせは出てきているし、高校入試は数学ⅡBの2次方程式「解と係数の関係」も出されている。
これで、中学入試では、中学数学の内容を出してよいことになるので、入試科目としての「算数&数学」は様替りする事になる。
文部科学省の理数教育重視シフトの一環だ。
小学校に中学数学が降りててくると、当然のことに中学には高校数学が降りてくる。
長い間、中学数学と高校数学の「量と程度」に格差がありすぎるという批判があったが、これが解消されると思うのは早合点だ。
高校数学に大学数学も降りてくるのだ。
個人的には大賛成だが、高校生は大変である。
事のおこりはやはり東大にある。
東大理系のカリキュラムでは大学3年と4年の履修内容に「大学院内容」が既に降りてきている。
そのとばっちりで、東大入試に「大学内容の数学」が名前を隠して出されている。
もっともこの傾向はかなり前からあったが、東京の東大受験生には常識であっても、田舎の公立校生には非常識だ。
となると、中学数学の教師は「高校数学」もしっかりと解っていないと務まらない。
中学数学内容を高校数学内容に合わせて、再編する必要がある。
 


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中2中3 2次関数で「定義域内の最大値最小値」を求める意味 平均値の定理の前提

2次関数で、定義域を定めてからその範囲内で、最大値と最小値を求めさせる問題は、高校入試でも最もよく出される問題だ。
なぜ、最大値と最小値を求めるのか??
学校の数学担任に聞いてみるとよい。
これは
①定義域内で最大値最小値を持つ⇒②最大値最小値が特定されるので、確かに最大値最小値が存在することが証明される⇒③ロルの定理⇒④平均値の定理と繋がる。
②を「最大値最小値の存在定理」と呼ぶが、これは高校数学最重要定理である④「平均値の定理」の前提条件となっている。
中学数学と高校数学の本道は「微積分学」で、高校で学ぶ微積分の中で最も重要な定理は「平均値の定理」である。
「平均値」とは中学で学ぶ「変化の割合」のことで、正式には「平均変化率」と呼ぶ。
「平均値の定理」はさぞ難しい定理だと思うかもしれないが、これを最初に聞いた高校生は皆「そんなの当たり前じゃん。」と感じるほど簡単だ。
「平均値の定理」を中学生用に簡単に説明すると
2次関数を例にとると、「変化の割合」は2次関数と交わる1次関数の直線の傾きの事で、その交点間の変化の割合に等しい。
この直線の傾きと全く等しい傾きを持つ接線が、この2次関数の上に必ず1本ある。
グラフで描くと、変化の割合を示す1次関数とその接線は平行線として現れる。
ただこれだけだ。
3次関数なら2本、4次関数なら3本ある。
この本数はそれぞれの関数の極大値極小値の数と一致している。
この場合、極大値と極小値は最大値最小値と一致している。
実際に描いてみると「なんだ。当たり前じゃん。」となる。
実際に2次関数や3次関数を描いて、変化の割合を直線で記入しそれと並行の接線を引いてみよう!!
大学入試共通テストの数学には、1次関数、2次関数、3次関数のグラフが並べて出てくる。
このうちの2つは中学の内容だ。
今の内に、しっかり理解しておこう!!






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中1至急 今日は3時半から3Fで英語サマ―テキストB

今日は3時半から3Fで英語のサマ―テキストBをやります。
附属中1の期末テスト英語は他の科目と異なり、出題範囲があいまいです。
指定された範囲以上の内容が出ることがしばしばで、レベルの高い演習が必要です。
サマ―テキストBで基本事項を固めてから、夏季講習でサマ―テキスト発展編でさらなる応用力を着けよう!!
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安倍晋三の件で感動した記事

全国の毒舌ファンの皆様 おはようございます。Tommyセンセです。

ということで、日本のマスコミは、統一教会に今度は一辺倒。なんで、どこの局でも同じようなニュースしかやらないのだろうかなあ。
溢れまくる、統一教会・安倍晋三・山上容疑者 の件で、かなり感動した記事にたどり着いた。
ラサール石井(@bwkZhVxTlWNLSxd)さん / Twitter

まずは、ラサール石井さんのTwitterに行き


独紙が分析「安倍元首相を殺したのは、日本人の社会への関心の弱さ、弱者への救済の少なさだ」 | 犯人を蝕んだ同調圧力と自己責任論 | クーリエ・ジャポン (courrier.jp)

クーリエ・ジャポンというニースのポータルサイトに行き、ここが会員限定のサイトなので、無料登録を行い、やっとログインできて読んだ記事である。
この記事には、「統一教会」という言葉も、安倍晋三も出てこない!!!!!!!!
記者は、この事件で、日本の社会構造にメスをいれ、考察の中心としている。


例えば
<コピッペ>
そして今回の事件は、「制度に馴染めず、挫折した独身男性が、その不満をどうしたらいいかわからず、他人を攻撃する」という近年相次ぐ殺傷事件と類似するとしている。2016年の相模原障害者施設殺傷事件、2019年の京都アニメーション放火殺人事件、2021年の京王線殺傷事件などがその例だ。

<終了>


記者は、山上容疑者を特別扱いせず、「制度になじめず頓挫した独身男性」としてカテゴライズしている。
そして、
<コピッペ>
「集団社会である日本では皆が社会に奉仕する自分の仕事をすることで、全体がうまくいき、誰も邪魔をしない。そこでは比較的スムーズに生活ができるが、人と違ったり、成功しなかったり、ルールやヒエラルキーに適応できない人は、このシステムのなかですぐ孤立する。個人的な苦労や悩みを相談できる場もあまりない」

<終わり>


日本は、「ルールに対応できない人の個人的悩みを相談できる場があまりない」と指摘した。


<コピッペ>
社会のサポートシステムが充分ではない「日本では、家族がもっとも重要な支援を提供する。たとえば社会的困窮者に対しても、まず国はその人を助けられる親族を探し、家族で解決させようとする。しかし山上の場合は家庭が崩壊していた」。そのため彼を救えるものはなかった。

<終わり・太字はワタシ>


・・・・・・実は、日本という国は、集団社会とその同調圧力に大きな特徴があり、その圧力に耐えられない問題は、自分とその家族に問題解決が求められる。


<コピッペ>
ハン記者は、日本は多くの美しさを持つ一方、狭苦しくてモノトーンで、「都市は商業に支配され、無表情だ」と書く。都市は「同じような家屋に埋め尽くされ、集団社会による全体の構造への同調圧力があり、問題は自分と家族で解決することが期待される」
<終了>
無機質な中で、人の助けも充分には得られない都会。そこでは人と同じようにやることが求められ、一方でシステムから外れて問題を抱えると、自分達で解決しなくてはならずに困窮しがちなのだ。





つまり、
日本社会はこのような構図になっている。
同調圧力の中で社会的に機能できない人間は、結局は、家族内へ問題解決を委ねられる。最終的には、「家庭環境と家庭の問題」と論点を持って行きがちだ。
そして、その「最終的に問題を任される家族のいない人間」が、極端に社会に不満を持ち続けて、自身も不適応のような状況になった時、日本の社会は誰も寛容に受け得入れてくれない。結局、最終的にはあり得ない形の犯罪となる。


なるほどね。
そして、この記事を書いた記者はこのように結んでいる。


<コピッペ>
このような痛ましい事件を起こさないように、「孤立した男性に新たな展望を与えるにはどうしたらいいか、大きな社会的議論が日本には必要だ」。しかし、そのような議論は起こりそうにもないことに、警鐘が鳴らされている。

<終わり>


日本の論点は、少子高齢化に必ず行きつく。でも、少子化の原点は「非婚」であり。少子化が続くならば、非婚も続く。
「家族」に問題解決を押しつけてきた日本社会というのは、今後どうなるだろう?






















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