リーディングビュー

独創性を発揮する、気鋭の研究者たち(理工学術院 廣井卓思准教授)

🤖 AI Summary

早稲田大学では「PI飛躍プログラム」により独立研究室を主宰する若手研究者の支援を行っています。2026年度の採択者は3名で、その一人である理工学術院の廣井卓思准教授について紹介します。

廣井准教授は構造化学の専門家であり、ゲルやゼリーなどのソフトマテリアルの高分子構造解析に取り組んでいます。従来計測が難しい領域でも独自開発した装置と動的光散乱法を用いて研究を行っています。

PI飛躍プログラムは、それぞれの研究者に合わせた支援を提供する特徴があります。廣井准教授の場合は、研究環境整備や人材育成などに活用されています。また、アドバイザーからの国際ネットワーク強化などの支援も受けられます。

本プログラムは早稲田大学が2022年に新設したもので、採択された3名の若手研究者は今後、独創的な研究成果を生み出すことが期待されています。
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【開催報告】「心の科学」学内研究交流イベント(2026年4月10日開催)

はじめに

2026年4月10日、早稲田大学121号館コマツ100周年記念ホールにて「心の科学」をテーマとした学内研究交流イベントを開催しました。
学内の多様な研究領域をつなぎ、分野の垣根を越えた交流を促進することを目的とした本イベントには、様々なバックグラウンドを持つ研究者及び学生が各キャンパスから総勢100名以上集いました。
「心の科学」という広範なテーマを軸に、分野横断的な交流を深め、新たな研究テーマ発掘の可能性を示す機会となりました。


【第一部】 研究紹介

理工学、社会科学、人間科学、文学の枠を超えた10名の学内研究者が、互いの研究内容を「知る」ことに主眼を置いた研究紹介を行いました。臨床心理や社会心理学的な視点(社交不安障害、うつ、陰謀論、戦争報道への反応)、政治学的な分析(投票行動と感情)、さらには神経科学や工学的アプローチ(言語の脳内メカニズム、3D映像の影響、鳥の模倣行動)など、多様な知見が共有されました。各発表を通じ、「心」という対象がいかに多面的で、学際的な研究に開かれているかが示されました。質疑応答も活発に行われ、異なる分野の視点が交錯する中で、新たな気づきや関心の広がりが生まれる場となりました。
(司会/進行:研究戦略センター・城谷和代)

大須理英子教授(人間科学学術院)|認知神経科学へのお誘い —社交不安障害からASDまで

大須教授は認知神経科学を専門としており、数ある研究の中から、社交不安障害、ASD(自閉症スペクトラム障害)、半側空間無視(※)などの研究事例を紹介した。

(※)脳の損傷により、視覚には問題がないにもかかわらず、損傷部位と反対側の空間に注意が向けられなくなる症状

社交不安障害は、他者から注目されたり評価されたりする状況に対して、強い恐怖や不安を持続的に感じることで日常生活に支障をきたす疾患だ。その要因の一つとして、自分自身の内的なネガティブ状態へ過度に意識が向く「自己注目」が指摘されている。自己注目が高いと、「右前頭極」と呼ばれる脳領域の過剰な活動が観察される。

そこで、本当にこの脳領域が自己注目に関与しているかを明らかにするため、頭部の外側から静磁場刺激を与えることでこの領域の活動を抑制してみた。すると、社交不安傾向が高い被験者において、自己注目の程度が低下することが確認された。

続くASD、半側空間無視などに関する研究も参加者の認知神経科学の世界への興味関心をかき立てるに十分な内容であった。

尾野嘉邦教授(政治経済学術院)|投票は何で決まるのか――印象と感情が動かす投票行動

尾野教授によると、近年の投票行動研究では、有権者が政策内容だけでなく、直観的な手がかりに依拠し、「ヒューリスティクス(※)」によって判断を下している可能性が示唆されている。

(※)経験や直感に基づく「思考のショートカット」で、複雑な問題を迅速に解決するための簡便な方法。

研究では、候補者の顔を「美しい」から「美しくない」までの5段階で評価してもらい、その結果と実際の選挙結果を比較したところ、顔の「魅力度」が高い候補者ほど得票率が高くなる傾向が確認された。これは、有権者の投票行動が、候補者の「見た目」という政策とは直接関係のない要素に影響されている可能性を示している。

また、有権者の判断に影響を与える要素として、選挙ポスターや政見放送における候補者の「表情」、SNSでの発言のトーンなども挙げた。

SNSなどの普及により、選挙において有権者が接する情報は多様化し、ヒューリスティクスの影響が高まっている可能性がある。直感的な印象や感情が投票判断に及ぼす影響は、今後さらに重要な研究課題になろう。尾野教授の研究は、有権者が投票時に何を手掛かりにしているのか、そして何に注目すべきかを問いかけるものである。

河合隆史教授(理工学術院)|先進映像と人間工学——「安全な3D」から「宇宙酔い対策」へ

「先進映像と人間工学」をテーマとする河合教授は、1990年代から、3D映像が視覚機能などに及ぼす影響に関する研究に従事しており、数々の3D映像の制作に携わってきた。

北欧初の3D劇場映画「Moomins and the Comet Chase(邦題:ムーミン谷の彗星)(2010年)」、「映画 怪物くん(2011年)」、「STAND BY ME ドラえもん(2014年)」など、参加者もよく知る映画が紹介され、会場は驚きの声で包まれた。

前者2作品については、「安全な3D」「快適な3D」を目指し、視覚などに負担がかからないような工夫を施し、「STAND BY ME ドラえもん」では、ストーリー展開に対応した、感情の増幅を意図した立体感の設計を心掛けたと言う。まさに、「感動する3D」と言える。

現在の河合教授の興味関心は「宇宙」にある。2040年頃から、一般民間人が宇宙旅行をする時代が訪れる。そのため、宇宙酔いは事前に解決すべき課題であると言える。

河合教授は、宇宙酔い軽減の効果が得られる映像の開発に取り組んでいるという。近い将来、宇宙を旅行する際の必須アイテムとなることが期待される。

神前裕教授(文学学術院)|ヒトの心・動物の心——「意図」と「目的性」を科学する

「ヒトの心・動物の心」をテーマとする神前裕教授の発表では、ラットを用いた実験を通じて、「意図」や「目的性」といった心の働きをどのように捉えることができるのかが紹介された。

ある実験では、餌を報酬としてラットにレバー押しを訓練したのちに、餌と塩化リチウム投与を組み合わせることで餌の価値を下げる操作が行われた。その結果、塩化リチウムを投与されたラットは対照群と比べて、実際には餌が出ないテスト場面におけるレバー押し頻度を低下させた。この結果は行動が単なる反応ではなく、「結果への具体的な予期」に基づくことを示す。

一方、同様の課題を長期間継続すると、価値低下後も行動が維持されるケースが確認された。これは行動が目的なものから習慣的反応へと移行した状態を意味する。

神前教授は、こうした目的行動から習慣への移行条件やそれを支える神経基盤の解明が、私たちの行動に伴う意図や目的といった心的過程の解明、さらに薬物依存症など疾患の理解にもつながる可能性に言及し、習慣の形成、またその消去・再発の機序は今後の重要な研究課題であるとした。さらに、行動に対する「行為主体感」様の再帰的知覚をマウスにて検出した最新の研究を紹介し、心の科学における動物研究の意義を強調して発表を締めくくった。

小林哲郎教授(政治経済学術院)|「陰謀論」はなぜ政治現象となるのか――社会心理学の視点から考える

社会心理学をベースに政治現象を分析してきた小林教授は、本発表で「陰謀論」をテーマに取り上げた。

一般に、陰謀論を信じやすい人ほど投票行動に消極的になるとされる一方、近年は各国で陰謀論的主張を掲げる政党が一定の支持を得ており、既存の知見との齟齬が指摘されている。小林教授はこの点を説明する概念として、「Collective Efficacy(集合的有効性感覚)」に着目した。

Collective Efficacyは、「私一人では政治を変えることはできないが、みんなで力を合わせれば政治にインパクトを与えられる」という考えである。

2023年の調査では、陰謀論を信じやすい人ほど政府の応答性に対する評価は低い一方、Collective Efficacyを強く感じていることが見出された。すなわち、陰謀論を信じる人々は、集団的な力を信じて政治参加へと向かう可能性があるということである。

小林教授は、Collective Efficacy自体は参加型民主主義を支える重要な要素であるとしつつも、そのプロセスを通じて陰謀論的言説が政治的影響力を持ちうる点に注意を促した。最後に、この現象を民主主義の活性化と見るべきか、それとも歪みと捉えるべきかを会場に問いかける形で、発表を終えた。

酒井弘教授(理工学術院)|「意味」は脳内のどこにあるのか——脳活動パターンから概念を推定する

酒井教授は、言語を処理する神経回路が脳内のどこにあるかという伝統的な理解を超えて、回路上で個々の単語の意味がどのように表現されているかの解明を目指している。

その実験手法は、被験者に複数の画像を提示し、その際の脳活動を磁気センサで計測。得られたデータをベクトルとして扱い、高次元空間上にマッピングしたうえで、機械学習手法の一つであるSupport Vector Machine(SVM)を用いて分類を行うというものである。

この手法により、脳活動のパターンのみから被験者が見ている対象をどの程度推定できるかが検証された。画像を「食べ物」と「道具」に分類した場合、ほぼ100%の精度で両者を区別できることが示されたという。

これらの結果は、脳内において「食べ物」と「道具」といった概念が神経活動のパターンとして表象されている可能性を示すものである。脳内における概念理解の新たなアプローチとして、会場からも注目が集まった。

杉森絵里子准教授(人間科学学術院)|うつの「前段階」では何が起きているのか——不安や緊張は「表情」に現れる

杉森准教授は、外界からの情報がどのように知覚され、どのように表出されるのか、さらにその個人差に着目した研究を行っている。

発表では、近年取り組んでいる「閾値下うつ」に関する研究成果が紹介された。閾値下うつとは、医療機関を受診するほどではないものの、抑うつ傾向を有する状態を指す。

杉森准教授は、こうした人々における表情の知覚や表出、さらには他者に与える印象について分析を行った。

一般に、臨床的なうつ状態では、他者の表情をよりネガティブに知覚しやすく、自身の表情表出においても笑顔が減少することが知られている。一方で本研究では、閾値下うつの人はそうではない人と同様な形で他者の表情を知覚できていることが確認された。

しかし、自身の表情表出に関しては、ポジティブな表情が弱まり、不安や緊張の高い表情が現れやすい傾向が示唆された。これは、典型的な「笑顔の減少」とは異なる形で、抑うつ傾向が表情に影響を及ぼしている可能性を示すものである。

こうした知見は、うつの早期段階における心理・行動の変化を捉える手がかりとなる見込みがあり、今後の研究の進展に期待したい。

多湖淳教授(政治経済学術院)|戦争をめぐる心の科学——戦争報道に人はどう反応するのか

多湖淳教授の発表では、戦争から距離のある一般市民が、報道などを通じて戦争を目にした際にどのような心理的反応を示すのか、という研究が紹介された。

近年、一般市民が戦争映像に触れる機会が増えている。その一方で、兵士や被害者に関する研究に比べ、遠隔地の一般人が悲惨な光景を目にした際の反応を扱った研究は限られているという。そこで多湖教授は、早稲田大学の学生を対象に、戦争に関する画像を用いた実験を実施した。

実験では、戦争に関連する画像を提示し、その間の心拍変化や戦争コストに対する認識を測定した。その結果、破壊や兵器、生存者が写る画像では大きな変化は見られなかった一方、死体が含まれる画像では、戦争のコストを高く評価する傾向とともに、心拍数が低下する反応が確認された。心拍低下は「嫌悪感(ディスガスト)」に起因するものであると考えられる。
本分野には未解明の点も多く、今後も研究を継続していく必要があると述べたが、戦争報道のあり方を考えるための有益な研究である。

田中雅史准教授(文学学術院)|人と鳥の文化の科学——模倣学習はどのように生まれるのか

田中准教授は、人と歌鳥が共通して有する高い模倣能力と文化伝達能力について研究している。

鳥の研究では、幼鳥が成鳥の歌を対面で聴く際、脳の運動連合野においてドーパミンが放出されること、また、そのドーパミン伝達を遮断すると模倣ができなくなる一方、ドーパミンを人工的に放出させると、本来は模倣しにくいはずのスピーカーから再生した歌に対しても模倣が生じることが示された。

また、情動との関連が知られる扁桃体の機能について、正常な鳥では、特定の成鳥に近づいて歌を学ぶのに対し、扁桃体を損傷した鳥では、どの成鳥へも近づいて模倣対象が定まらなくなるという結果が示された。人を対象とした実験でも、情動の操作によって言葉や歌の模倣学習が促進されうることが報告された。

本研究は、文化伝達に重要な模倣能力と情動・社会性とをつなぐメカニズムが、文化を伝える珍しい動物である人と鳥に共通して存在することを示唆するもので、文化伝達の生物基盤の理解に寄与する成果として注目される。

渡邊克巳教授(理工学術院)|心を研究するということ——多様な学問領域をつなぐ視点

渡邊教授は、第一部の各発表を振り返りながら、自身の研究と多くの接点があることを実感したと語った。

講演では、自身の研究テーマを複数紹介しつつ、その内容が、自分自身でも「色々やりすぎている」ように見える点についても率直に言及。そのうえで、むしろそうした多様性が心の科学の本質である点を楽しんでほしいと会場に呼びかけた。

また、文学部出身でありながら、現在は理工学術院で研究・教育に携わっているという自身の経歴にも触れ、「心を研究する」という立場を確立させ、方法論を貫けば、分野を越えて展開できるのが「心の研究」の魅力ではないかと述べた。さらに、「心の研究」は多様な分野と接続しうるものであり、結論を急がず探究を続ける姿勢が重要であると強調し、発表を締めくくった。

*第一部総括*

第一部の締めくくりに、研究戦略センター関根泰所長より「知的好奇心を強く刺激する多彩なテーマだった」との賛辞が贈られました。分野横断的な広がりを本学の大きな強みと捉え、今後の発展に期待を寄せています。最後に若手研究者へ向けて、積極的に多様な分野へ触れることで視野を広げ、「新たな時代を切り拓く存在に」と熱いエールが送られました。

【第二部】 ポスター発表及び交流会

学生を含む若手研究者計14名の研究発表が行われました。
会場には多くの来場者が集まり、各ポスターの前には人だかりができるなど、盛況な様子が見られました。また、第一部で登壇した研究者のもとにも多くの参加者が集まり、会場の各所で名刺交換や情報交換が行われるなど、分野を越えたネットワーク形成の様子もうかがわれました。総括として渡邊克巳教授より、分野の垣根を取り払った自由な探求こそが「心の科学」の真髄であり、今後もこうした連携を含めていく重要性が語られ、イベントは盛況のうちに閉幕しました。
(司会/進行:理工学術院総合研究所・荒勝俊)


ダイジェスト動画


参加者の状況

(本分析では、参加者のうち事前登録を行われた方を対象としています。また、キャンパスの属性については、各参加者が所属する箇所の本拠地を基準に集計しています。)


開催日:2026年4月10日(金)
会場:早稲田大学121号館
共催:早稲田大学 理工学術院総合研究所/ 研究戦略センター
イベントアドバイザー:理工学術院 渡邉克巳 教授
世話人:理工学術院総合研究所 荒勝俊、高橋大輔/ 研究戦略センター 城谷和代
運営:「心の科学」イベント運営事務局(理工総研事務所/ 研究戦略センター事務局内)
動画制作:広報課
記事作成協力:ライター 関瑶子 氏
(参考)開催案内:https://www.waseda.jp/fsci/wise/news/2026/02/03/11302/

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卵子を育てる「細胞間のかけ橋」の機能に迫る、内部構造の解明

卵子を育てる「細胞間のかけ橋」の機能に迫る、内部構造の解明
~卵子とその周辺細胞とのコミュニケーションを促す橋渡し構造の中に「微小管」を発見~

発表のポイント

  •  卵巣内で、卵子とその周囲の細胞をつなぐ突起構造の中に、微小管※1が広く存在することを発見しました。従来の顕微鏡とは異なる超解像顕微鏡による観察で、今回の発見に至りました。
  • また、突起構造を形成するために必要な因子として、微小管結合タンパク質Camsap3※2が重要な働きを担うことを発見しました。
  •  Camsap3を欠損したマウスは、卵子の成熟異常、排卵障害、不妊を示すことを発見しました。
  •  卵子と周囲の細胞との突起形成がCamsap3と微小管によって促進されることが分かり、卵子と周辺細胞とのコミュニケーション機構の実体が明らかになることで、卵子の成熟機構について理解が進み、生殖医療・不妊研究への応用が期待されます。

不妊の原因のひとつである卵子成熟の欠陥を治療することはできないのか?そのために欠かせないのは、卵子の成熟がどのように起きるのかというメカニズムを解明することです。
この課題に迫るため、京都大学大学院薬学研究科の戸谷美夏(とや みか)助教(研究当時:早稲田大学理工学術院)および早稲田大学理工学術院佐藤政充(さとう まさみつ)教授は、早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻 博士後期課程の相川皓洋(あいかわ あきひろ)、修士課程の鶴巻孝夫(つるまき たかお)とともに、麻布大学獣医学部の伊藤潤哉(いとう じゅんや)教授、京都大学大学院薬学研究科の倉永英里奈(くらなが えりな)教授との共同研究チームで、卵子とその周囲の細胞とをつなぐ突起構造の内部に、微小管が高頻度で存在することを超解像顕微鏡技術により発見しました。さらに、その突起構造を形成するためにはCamsap3タンパク質が重要な役割を果たすことを明らかにしました。本研究成果は、卵子成熟を促す細胞間コミュニケーションの新たな仕組みを示すものであり、卵成熟の欠陥による不妊の原因解明や生殖医療の発展につながることが期待されます。
本成果は、2026年4月28日(火)に『iScience』(出版社:Elsevier/Cell Press)で公開されました。

図1 卵子周囲の細胞から卵子に向けて伸びる突起のほとんどに微小管が含まれていることを発見

これまでの研究で分かっていたこと

ヒトやマウスなど、ほ乳類の卵子は、卵巣内でたくさんの顆粒層細胞 ※3に取り囲まれた状態で成熟します。卵子の成熟に異常があると不妊につながるため、そのメカニズムを解明することは生殖医療の観点から重要です。顆粒層細胞は卵子に様々な分子を届けることで卵子の成熟を促すと考えられていますが、具体的な分子メカニズムは分かっていません。卵子と顆粒層細胞の間には透明帯という領域が存在します。透明帯を超えて顆粒層細胞から卵子に直接分子を送り届けるために、顆粒層細胞はTranszonal projection(以降、「TZP」という)※4と呼ばれる突起状の構造を伸ばします(図1、図2)。これが卵子まで到達することで、卵子の成熟に必要な物質を送り届けると考えられています。
これまで、TZP突起の内部には、アクチン※5と呼ばれる細胞骨格の一種が内包されることが分かっていました。これに対して、異なる細胞骨格である微小管はTZP突起のうち5%程度にしか存在しなかったため、重要な機能を担うとは考えられていませんでした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、これまでの定説とは異なり、TZP突起構造の中に微小管が頻繁に存在することを発見し、これが卵子成熟に大きな役割を担うことを明らかにしました。
着想の経緯は、戸谷美夏博士(京都大学)が以前から研究していた微小管結合タンパク質Camsap3でした。一般的にCamsap3は細胞内の微小管を安定化させる機能を持ち、マウスの生体内では腎臓や卵管、気管、脳などの幅広い組織で重要な役割を担います。今回、Camsap3の遺伝子欠損(ノックアウト)マウスのメスは、排卵せず不妊を示すことを発見しました。不妊の原因に迫るために卵巣組織を解析したところ、Camsap3欠損マウスでは初期段階の卵子は正常に形成されていましたが、排卵が近づいた後期段階の卵子はほぼ消滅しており、卵子成熟の過程に異常がある様子が見えてきました。
Camsap3欠損マウスの卵子と顆粒層細胞を観察した結果、両者をつなぐTZP突起の本数が野生型マウスと比較して約60%に減少していました(図2)。従来の研究では、TZP突起は内部にアクチン細胞骨格を含むことが知られています。これに対して、別の細胞骨格である微小管はTZP突起全体のうち約5%にしか発見されていないことから、微小管結合タンパク質Camsap3の欠損マウスにおいて、なぜ、アクチンを主体とするはずのTZP突起が異常を示すのか疑問でした。
そこで、超解像顕微鏡技術を用いてTZP突起を高精細に観察しました。その結果、通説とは異なり、TZP突起の大多数(約80%)が内部に微小管を含むことを発見しました(図2)。つまり、微小管結合タンパク質Camsap3を欠損すると、TZP突起内部の微小管に異常が起き、これがTZP突起の形成不全を引き起こすことが分かりました。このように、微小管は従来想定されていたよりもはるかに重要な役割、つまり突起そのものを形成するために中心的な役割を果たすことが見えてきました。

図2 野生型ではTZP突起の内部に微小管が含まれ、Camsap3欠損マウスでは微小管の短縮化にともなうTZP突起の減少が見られました

 

さらに、TZP突起の内部で微小管とアクチンが示す形態にはいくつかのパターンが存在し、卵子成熟の段階に応じて、その形態が変化することが明らかになりました。初期段階では、微小管とアクチンが並走する直線的なTZP突起が多く見られましたが、卵子成熟が進むにつれて、枝分かれした複雑なTZP構造へと変化しました。Camsap3はTZP突起内の微小管上に局在していたことから、Camsap3は微小管の向きや安定性を制御していると考えられます。
これまで、卵子表層に到達したTZP突起は、ギャップ結合や接着結合といった結合様式で卵子に接続することがわかっています(図3)。このような結合箇所には、アミノ酸などの低分子化合物が通れるほどの小さな穴が存在します。一方、mRNA※6やミトコンドリア※7のような大きな分子はどのようにTZP突起から卵子に送られるのか不明のままです。本研究では一部のTZP突起において、微小管がTZP突起の先端からさらに伸長して卵子内部まで貫通する構造がみられました(図3)。このようなTZP突起では、TZP突起の先端が卵子の細胞膜と融合してトンネルのように貫通し、卵子の細胞質に直接つながっていると考えられます(図3)。つまり、ミトコンドリアやmRNAなどの巨大な物質を卵子内に送り届けることが容易だといえます。野生型において、このような卵子の細胞質に直接つながったTZP突起の内部にミトコンドリアが存在する様子が観察されました。これらの観察結果は、TZP突起内部の微小管は顆粒層細胞から卵子に向けてミトコンドリアなどの巨大な物質を輸送するために使われている可能性を示唆しています。
これらの成果は、TZP突起はアクチンを主体とする突起構造だとみなしてきた従来の理解を大きく更新するものです。本研究が微小管を内部に発見したことで、微小管がTZP突起の形成を促すこと、さらに微小管をレールとして卵子から顆粒層細胞への物質輸送が起きるという新しいメカニズムが見えてきました。

図3 TZP突起の先端には2種類ある:(中央)TZP突起の先端が卵子内に接触する例、(右)先端が卵子に融合して微小管が侵入したTZP突起の例「出典: Aikawa et al., 2026(今回の発表論文)」

 

研究の波及効果や社会的影響

本研究は、卵子成熟の分子メカニズムの解明に大きく寄与する基盤研究と考えています。卵子は周囲の顆粒層細胞から分子を受け取ることで成熟し、排卵されます。卵子成熟の欠陥は排卵障害の原因となり、不妊症のひとつですが、成熟の欠陥が起きるメカニズムはよく分かっていません。
本研究では、Camsap3の欠損によってTZP突起の形成不全が起きること、また、これが排卵障害を引き起こすことが示されました。つまり、TZP突起の形成を司る重要分子としてCamsap3が同定できたといえます。これを足がかりとすることで、卵子成熟の欠陥による不妊の治療や予防に応用できると考えます。
また、近年、顆粒層細胞から卵子にmRNAやミトコンドリアが輸送される可能性が注目されています。本研究はTZP突起内に微小管の存在を示したことで、これを物質輸送のレールとして卵子に成熟因子を届けるという卵子成熟の新たな分子機構のベールがはがされました。将来的には、TZP突起を人工的に作製したり、成熟分子が分かればそれを人為的に卵子に届けたりすることで、卵子の成熟能力を高める新たな生殖医療技術の開発につなげていきたいと考えます。

課題、今後の展望

本研究では、超解像顕微鏡技術を用いて、従来考えられていたよりも多くのTZP突起が微小管を含んでいることが明らかになり、物質輸送の原理が見えてきました。しかし、顆粒層細胞から卵子に向けてどのような分子が輸送されているのかは、依然として明確な知見・証拠がありません。私たちは、その輸送される分子の同定を最重要課題と捉えています。この因子が決定できれば、未成熟の卵子にそれを人為的に投与することで人工的に卵子成熟を誘導して、不妊治療につなげられる可能性があるからです。

研究者のコメント

TZP突起はこれまでアクチンを主体とする細胞突起として理解されてきました。本研究では、超解像顕微鏡を用いることで従来検知できなかった微小管の存在を発見できました。本研究が卵子成熟や不妊の原因を解明する新たな基盤になるよう、研究を継続していきます。不妊の原因は男女含めて様々なものがあると考えられます。その原因を1つずつ追究していく基礎研究が、生殖医療のブレークスルーにつながると信じています。

用語解説

※1 微小管
細胞骨格の繊維状構造の一つであり、チューブリンタンパク質の重合により繊維状の形になります。細胞内での物質輸送、細胞形態の維持、染色体の分配など様々な場面で重要な役割を担います。物質輸送においては、微小管がレールのような働きをすることで、特定の場所や方向に物質を運ぶ際の重要な経路となることが知られています。

※2 Camsap3
微小管に結合し、微小管を安定化する機能を持つタンパク質。マウスの生体では腎臓や気管、脳などの幅広い組織で役割を担います。小腸上皮細胞では、細胞内の微小管を一定方向に整列させることで、上皮細胞の形態を形作ります。腎臓の尿細管では微小管の整列をおこない、Camsap3を欠失させると尿細管が肥大化して嚢胞腎に似た症状を示します。卵管では、排卵された卵子や受精卵を正しい方向に送り出して子宮に届けるためにCamsap3は重要な役割を担います。

※3 顆粒層細胞
卵巣内で卵子を取り囲む多数の細胞。卵子の成熟に必要な物質を卵子に供給し、卵子の成長や成熟を支える重要な役割を担います。卵子に向けて突起状の構造を形成して、これを介して直接的な物質伝達など、細胞間コミュニケーションを行います。

※4 Transzonal projection (TZP)
顆粒層細胞から伸び、卵子を包む「透明帯」を貫通して卵子表面近くまで到達する突起。卵子と顆粒細胞の間で、卵子の成熟に必要な物質を受け渡すための連絡路として働きます。従来は、突起の内部はアクチンを主体とするものと考えられていましたが、本研究でTZPの多くが内部に微小管も含むことが分かりました。

※5 アクチン
細胞骨格の一つであり、アクチンタンパク質の重合により繊維状の構造になります。細胞の形作りや移動などの機能を担います。これまでは、TZP突起の内部を構成する主要な構造物はアクチンであると考えられてきました。

※6 mRNA
DNAに記録された遺伝情報をもとに作られるRNAの一種。細胞内でタンパク質を合成する際の“設計図”として働きます。卵子の成熟では、顆粒層細胞から供給されるmRNAが重要な役割を果たします。

※7 ミトコンドリア
細胞内に存在する細胞小器官の一つで、酸素を利用してエネルギー(ATP)を産生する工場の役割を担います。卵子は成熟段階で顆粒層細胞からミトコンドリアが供給されると考えられています。

キーワード

不妊治療、生殖医療、卵子、卵子の成熟、排卵、微小管、細胞間コミュニケーション

論文情報

雑誌名:iScience
論文名:Camsap3-Mediated Microtubules Maintain Transzonal Projections Essential for Soma–Germ Communication during Ovarian Follicle Maturation in Mice
執筆者名(所属機関名):相川皓洋1,鶴巻孝夫1,倉永英里奈2,伊藤潤哉3,4,戸谷美夏1,2,佐藤政充*1,5
1:早稲田大学 大学院先進理工学研究科 生命医科学専攻
2:京都大学 大学院薬学研究科 創発医薬科学専攻
3:麻布大学 獣医学部 動物繁殖学研究室
4:麻布大学 大学院獣医学研究科
5:早稲田大学 構造生物・創薬研究所
掲載日時:2026年4月28日
掲載URL:https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(26)01286-1
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.115911
*:責任著者

研究助成

研究費名:科研費 基盤研究 (C) 25K09635
研究課題名:卵胞成熟を支える微小管構造による体細胞―生殖細胞間コミュニケーションの分子機構
研究代表者名(所属機関名):戸谷美夏(京都大学)

研究費名:公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 研究助成
研究課題名:卵母細胞と母体のコミュニケーションを橋渡しする微小管の機能
研究代表者名(所属機関名):戸谷美夏(早稲田大学/京都大学)

研究費名:公益財団法人 第一三共生命科学研究振興財団 研究助成
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

研究費名:科研費 基盤研究 (B) 16H04787
研究課題名:微小管の機能発見および人工制御:細胞から組織まで
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

研究費名:科研費 挑戦的研究(萌芽) 18K19347
研究課題名:高齢卵子における紡錘体の位置の異常と不妊の関連性
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

研究費名:科研費 基盤研究(B) 23K27173
研究課題名:クロマチン変動・発現変動・エネルギー産生による細胞の目覚めの統合的理解
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

研究費名:科研費 学術変革領域研究(A) 25H02582
研究課題名:休眠か目覚めかの運命を定めるエピコードとヌクレオソーム状態の変化
研究代表者名(所属機関名):佐藤政充(早稲田大学)

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光と原子つなぐ新量子ゲートを提案

光と原子つなぐ新量子ゲートを提案
~光1回の反射で完結、量子計算の誤り率を低減~

発表のポイント

  •  重要な量子ゲートの1つである「制御変位ゲート」を、光と原子に対して実現する新たな手法を理論的に提案しました。
  •  光を共振器に1回だけ反射させることで実現でき、複数回の反射が必要だった従来手法と比べて短時間に、かつ誤り率を低減した計算を実行できます。
  • 光と原子、性質の異なる2つのシステムを繋げることで、ハイブリッド系を活用した新たな量子計算・量子通信の実現を加速することが期待されます。

早稲田大学先進理工学研究科の木倉清吾(きくらせいご)大学院生と理工学術院の青木隆朗(あおきたかお)教授(兼:理化学研究所量子コンピュータ研究センター・チームディレクター)、理化学研究所量子コンピュータ研究センターの後藤隼人(ごとうはやと)チームディレクター、シンガポール国立大学の花村文哉(はなむらふみや)博士研究員からなる研究グループは、原子と光、全く異なる性質を持つ2つの量子系に量子もつれ※1を生じさせる量子ゲート※2を効率的に実装する新たな手法を提案しました。
従来手法では、原子を閉じ込めた共振器※3に光パルスを複数回反射させ、かつ光の干渉操作を組み合わせることで1つの量子ゲートを合成していました。しかし、この場合光の損失や量子誤りの蓄積の問題がありました。本提案手法では、光パルスを1回だけ共振器に反射させると同時に原子をレーザーで制御することで、2つの量子系を繋げる制御変位ゲート※4を直接実装する手法を新たに提案しました。本手法により、ハイブリッド系を駆使する高性能な量子情報処理技術のさらなる発展を加速することが期待されます。
本成果は、2026年5月12日(火)に『Physical Review Letters』に公開されました。

これまでの研究で分かっていたこと

近年目覚ましい進展を遂げる量子情報処理では、人工的に作られたチップだけでなく、光や原子といった自然界に存在する量子系が情報の担い手として活躍します。
例えば、光は光通信に代表されるように高速・長距離伝送が可能であり、また「GKP符号」※5と呼ばれる量子誤り訂正に有利な符号を扱える特徴を持ちます。一方で、光だけでは量子性が強い操作(非線形操作)が難しいという課題があり、その他の量子系についてもそれぞれ固有の長所短所を持ち合わせています。そこで、単一の量子系では克服が難しい短所を補いつつ長所を最大限活用するために、性質の異なる2つの量子系を繋げたハイブリッド系を活用することが盛んに研究されています。例えば、チップ内に2つの人工量子系を統合することで、単一の量子系ではそれまで困難だったGKP符号の作成・制御が実現されています。このようなハイブリッド系の能力を駆使するために、異なる量子系に量子もつれを生じさせる「制御変位ゲート」は欠かせない量子ゲートの1つです。
しかし、「静止する原子」と「高速に移動する光パルス」に対して、この量子ゲートを効率的に実装する方法はこれまで確立されていませんでした。従来は、制御変位ゲートを直接実行する手法が確立していなかったため、異なるゲート操作を組み合わせることで制御変位ゲートを合成していました。この場合には、原子を閉じ込めた共振器(共振器量子電気力学※6系と呼ばれる)に光パルスを複数回反射させる必要があり、反射のたびに光のエネルギーが損失するため、ゲートの精度が低下するという課題がありました。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、光パルスと原子の間の制御変位ゲートを、光を1回だけ反射させる「シングルショット方式」で実現する手法を提案しました。原子を共振器内に捕捉し、光パルスが共振器に入射するのと同時に、原子をレーザーで精密に制御します。これにより、原子の量子ビットの状態に応じて、反射してきた光パルスの量子状態が変化します。すなわち、複数回の反射を必要とせず1回の反射操作で、制御変位ゲートの実装が完結します。
さらに、共振器内部の光損失や原子の自然放出など、現実の実験で避けられない損失を取り込んだ解析モデルを導出しました。このモデルにより、提案手法の評価・最適化を簡潔に行えることを示しました。数値シミュレーションにより、導出されたモデルの有効性を確認し、またそのモデルを用いてパラメータの最適化を行うことで、提案手法が従来手法に比べてゲートエラー(理想の操作とのズレ)を大幅に改善できることを確認しました(図1)。

図1:内部協同係数※7に対するゲートエラー。提案手法においては導出された解析モデルを用いて共振器のミラーの反射率を最適化した。従来手法に比べて提案手法はゲートエラーを大幅に削減することに成功している。

 

研究の波及効果や社会的影響

光と原子は、それぞれが有望な量子系として盛んに研究が行われており、その技術発展は凄まじい状況です。この技術潮流の中で、これらを結びつけるハイブリッド系は、それぞれの潜在能力を最大限引き出し、高性能な量子計算・量子通信を実現するために活発に研究されています。
今回、高速かつ誤り率の小さい量子ゲート手法を新たに提案したことで、国内外の実験・理論研究グループによる実験実証や応用研究を促進し、ハイブリッド量子系の技術発展を加速させることが期待されます。

課題、今後の展望

今回、新たな量子ゲート手法を提案しただけでなく、高い内部協同係数が誤り率の小さい量子操作の実現において重要であることを、共振器量子電気力学系における先行研究結果を踏まえて再確認しました。これにより高協同係数共振器系の研究開発がさらに促進されることが期待されます。また、原子と光からなるハイブリッド量子系の基本かつ重要な量子ゲートについて、高速かつ誤り率の小さい実装手法を提案したことで、原子をメモリ、光を通信媒体とした量子ネットワークをはじめとした量子情報処理技術の社会実装の加速にも貢献することが期待されます。

研究者のコメント

光と原子という性質の異なる物理系を量子的に結んだシステムを利用することで、現状より高速な情報処理、あるいはよりセキュアな光通信の実現が期待されています。今回提案した「シングルショット制御変位ゲート」は、その鍵となる操作を効率的に実現するものです。本成果が量子技術の社会実装に微力ながら貢献することを期待しています。

用語解説

※1 量子もつれ
複数の量子が互いに強く結びつき、一方の状態を測定すると距離に関係なく他方の状態も瞬時に決まるという量子力学特有の現象。

※2 量子ゲート
量子情報処理において、情報を担う量子の状態を変化させる基本操作。

※3 共振器
高反射率の鏡の間に光を閉じ込め、光と物質(原子など)の相互作用を増大させる装置。本研究では原子を閉じ込め、光パルスを反射させる中心的な装置として機能する。

※4 制御変位ゲート
量子ビット(原子など)の状態(0か1か)に応じて、光の量子状態を位相空間(位置と運動量を座標とする空間)上で移動(変位)させる量子ゲート。ハイブリッド量子系の基本的な操作のひとつ。

※5 GKP符号
光の連続的な量子状態を利用して量子誤りを訂正する符号の一種。光量子コンピュータにおける量子誤り訂正の有力な方式として注目されている。

※6 共振器量子電気力学
共振器内に閉じ込めた光と原子の相互作用を量子力学的に扱う物理学の分野。光と原子を強く結合させることで、精密な量子制御が可能になる。

※7 内部協同係数
共振器量子電気力学系において、光と原子の結合の強さを共振器内部の損失と原子の自然放出レートの積と比べた指標。値が大きいほど、量子操作を高性能に実行できる。

論文情報

雑誌名:Physical Review Letters
論文名:Single-shot conditional displacement gate between a trapped atom and traveling light
執筆者名(所属機関名):
木倉 清吾(早稲田大学理工学術院)、後藤 隼人(理化学研究所量子コンピュータ研究センター)
花村 文哉(シンガポール国立大学量子技術センター)
青木 隆朗*(早稲田大学理工学術院/理化学研究所量子コンピュータ研究センター)
掲載日時:2026年5月12日
掲載URL:https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/234l-q12q
DOI:https://doi.org/10.1103/234l-q12q
*:責任著者

キーワード

量子ゲート、量子計算、量子通信、制御変位ゲート、共振器

研究助成

研究費名:国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ムーンショット型研究開発事業
研究課題番号:JPMJMS2268、JPMJMS256K
研究代表者名(所属機関名):青木隆朗(早稲田大学)

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モデル細胞でアルツハイマー病のメカニズムを知りたい【先進理工学研究科】

 

大学院ってどんなところ? 現在、早稲田大学には21の大学院があります。今回の「研究まっしぐら!」は、先進理工学研究科で研究に励む木村さんのキャンパスライフを紹介。大学院へ進学した理由をはじめ、学問の魅力だけでなく、一日の過ごし方も伝えます。

同級生や先生方との議論を通じて得られた生きる知識

大学院先進理工学研究科 修士課程 2年 木村 爽耶(きむら・さや)

私が所属している坂内研究室坂内博子教授・理工学術院、生物物理学研究室)では、「見る」技術を使って、神経細胞やそれを構成するタンパク質に起こる変化を調べることで、脳神経疾患のメカニズムや神経細胞の生理的機能を明らかにする研究を行っています。

安全キャビネットで実験中の様子。培養した神経細胞を実験に使うので、微生物の混入を防ぐ目的で、無菌環境下で滅菌操作に注意しながら実験を行います

私が脳神経の研究に興味を持ったきっかけは、高校生の頃に見たALS(筋萎縮性側索硬化症)という神経難病を患っている方のドキュメンタリー番組です。ALSは全身の筋力が低下する病気で、体が自由に動かない状態でも毎日を懸命に生きる患者の方に心を動かされ、「治療法がない病気に立ち向かう方の力になりたい」と感じました。ALSを含め、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患には、まだ根本的な治療法が確立されていない病気が多く、神経変性疾患の治療薬の開発につながるような研究がしたいと思うようになりました。

学部は、先進理工学部の電気・情報生命工学科でした。進学理由は、電気・情報・生命と広く学んでから研究したい専門分野を決められる点です。さらに、これまで治療法がなかった疾患の治療薬の開発も含め、今まで解決できなかった問題を学問横断的なアプローチで解決しようとしている点にも魅力を感じたからです。また、大学に入って生命科学を学ぶ中で 、情報が電気信号や化学物質の信号へと変わりながら神経細胞で伝達される現象を学んだ時の「神経って面白い!」というワクワク感から、脳神経の研究ができる坂内研究室を選びました。

その中で、私はアルツハイマー病のモデル細胞を作る研究を行っています。モデル細胞ができれば、アルツハイマー病の原因タンパク質がどのように相互作用して病気を進行させるのかを解明したり、どんな薬剤が病気の進行を抑制するのかを細胞レベルで調べたりすることができます。

アルツハイマー病では、原因タンパク質の一つである「タウ」 が結合して塊になった凝集体が見られます。これまでもタウの凝集体を再現するような動物モデルや細胞モデルは研究されてきましたが、タウ分子が複数結合した可溶性の「オリゴマー」など初期の凝集形成過程を再現したラットの神経細胞でのモデルはほとんど実現していません。そこで私は、細胞の内外でタウを増やしたり、二つの原因タンパク質(タウとアミロイドβ)を投与したりして、タウ凝集の初期過程を再現できないか研究しています。

顕微鏡で観察中の一コマ。 美しく撮影できた画像があると、うれしくなります

研究の魅力を感じる瞬間は、普段見えないものを見ることができたときです。例えば、観察したいタンパク質に蛍光物質を結合させ、顕微鏡で観察すると、タンパク質を可視化することができます。肉眼では見えないタンパク質の量や形態、細胞の中での局在が分かることも面白いですし、観察した細胞の画像は星空のようにきれいに見えることもあります。また、先生や同期・先輩と研究内容について話す中で、自分では思いつかなかったアイデアを得られる楽しさがあります。

神経細胞内にタウを過剰に発現させ、細胞外にもタウを投与した条件の細胞

そんな研究の小さな一コマにもささやかな楽しみを見つけながら、アルツハイマー病の原因であるタウの初期病理を再現することを目指し、これからも研究に励んでいきたいです。

研究室のメンバーとの集合写真。穏やかで温かい雰囲気ながらも真摯(しんし)に研究に取り組む方が多く、刺激を受けています。中段左端が坂内先生、上段左から3番目が筆者

ある日のスケジュール

ビオラを弾く時間は心の癒やしになっています

  • 07:00 起床・朝食
  • 09:00 研究室のセミナー(オンラインで論文紹介や進捗(しんちょく)報告を行います)
  • 11:00 TWInsへ移動(早稲田大学の生命系の研究室が集まった施設です)
  • 12:30 実験(生命科学系の実験では反応が出るまでの待ち時間も多く、その間に昼食をとったり論文調査をしたりしています)
  • 19:00 帰宅・夕食
  • 20:00 楽器練習(毎週末の市民オーケストラの合奏練習に向けて、空いた時間にビオラを弾いています)
  • 23:00 就寝準備
  • 24:00 就寝
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糖尿病薬が「重篤アレルギー」を防ぐ?

糖尿病薬が「重篤アレルギー」を防ぐ?
~糖尿病治療薬アカルボースが腸内細菌の代謝を変え、アナフィラキシーを抑制する仕組みを解明~

北里大学、慶應義塾大学、早稲田大学を中心とする研究グループは、II型糖尿病治療薬の一つであるアカルボースが腸内細菌の糖代謝を変化させ、それによって産生される腸内細菌由来代謝物がアナフィラキシーを抑制する機構を明らかにしました。
本研究は、北里大学薬学部微生物学教室の金倫基教授、慶應義塾大学薬学部創薬研究センターの矢加部恭輔特任助教(研究当時)、慶應義塾大学薬学部医薬品情報学講座の堀里子教授、早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻の竹山春子教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構の安藤正浩研究院准教授を中心とする研究グループの成果です。
アナフィラキシーは食物アレルギーの中でも最も重篤で、時に命に関わる急性反応として知られています。これまで、腸内細菌が免疫応答を調節し、アレルギー反応に影響を与える可能性が示唆されてきましたが、具体的な制御機構は十分に明らかではありませんでした。一方、糖尿病治療薬であるアカルボースは、食事に含まれるデンプンや砂糖などの糖質の分解・吸収を小腸で抑えることで食後の血糖値の上昇を抑制する薬剤として使用されています。
本研究では、アカルボースの「本来小腸で吸収されるはずの食事由来の糖質を大腸へ送り込む」という特性に着目し、腸内細菌叢※1と免疫応答への影響をマウスによる実験で検証しました(図1)。その結果、アカルボースは腸内細菌の代謝を変化させ、特定の細菌であるParabacteroides distasonisの増加とともに、代謝物であるコハク酸の産生を高めることが明らかになりました。さらに、このコハク酸がアレルギー反応の鍵となる肥満細胞の活性化(脱顆粒)を抑えることで、アナフィラキシー症状の指標の一つである体温低下を改善することが示されました。
また、この現象は単に薬剤投与だけではなく、食事中の糖(スクロースやマルトデキストリンなど)が大腸へ届くことによって初めて成立することも明らかとなりました。つまり、アカルボースは「薬剤」としてだけでなく、「腸内細菌に届く栄養環境を変える因子」として機能し、腸内細菌の代謝を変化させることで、コハク酸などの有益な代謝物の産生を促進していたのです。
さらに、実際の診療データに基づく医療ビッグデータ(JMDC医療機関データベース)を用いた解析により、アカルボースを含むα-グルコシダーゼ阻害薬を継続的に服用している糖尿病患者では、非服用の糖尿病患者と比較してアナフィラキシーの発症頻度が有意に低いことが確認されました。この結果は、動物実験で明らかになった腸内細菌―代謝物―免疫制御というメカニズムが、ヒトにおいても実際に機能している可能性を示しています。
本研究は、既存の糖尿病治療薬が腸内細菌を介してアレルギー反応を抑制するという、従来の概念を超えた新しい作用機構を提示するものです。今後、アカルボースや類似薬がアナフィラキシーの予防・治療に応用される可能性が期待されるとともに、「腸内細菌の代謝を操作することで免疫を制御する」という新たな治療戦略の基盤となる成果といえます。
本研究成果は、2026年5月12日(英国標準時)に国際学術誌『Nature Microbiology』(電子版)に掲載されました。

研究成果のポイント

糖尿病治療薬アカルボースの投与により、以下、①~⑤の実験結果のもと肥満細胞の活性化(脱顆粒)を抑制し、アナフィラキシーに伴う体温低下の軽減をすることが示された。
① 腸内細菌叢が変化し、P. distasonisの増加が認められる。
② 腸内のコハク酸濃度が上昇し、コハク酸は肥満細胞の脱顆粒を抑制する。
③アカルボースの作用には、スクロースやマルトデキストリンなどの消化性多糖が大腸へ到達することが必要である。
④消化性多糖が存在する条件では、P. distasonisは嫌気呼吸※2から発酵※3型代謝へ移行し、増殖およびコハク酸産生が促進される。
⑤医療ビッグデータ解析により、α-グルコシダーゼ阻害薬を継続的に服用している糖尿病患者では、非服用の糖尿病患者と比較してアナフィラキシー発症頻度が低いことが示される。

図1. 本研究の概念図 (Ⅰ)
アカルボース投与により、小腸で分解・吸収されなかったスクロースやマルトデキストリンが大腸に到達し、腸内細菌に利用される。(Ⅱ)大腸ではP. distasonisが増加し、糖が豊富な環境で嫌気呼吸から発酵型代謝へ移行することで、増殖とコハク酸産生が促進される。産生されたコハク酸は肥満細胞の脱顆粒を抑制し、アナフィラキシー症状を軽減する。(Ⅲ)さらに、医療ビッグデータ解析により、α-グルコシダーゼ阻害薬を服用している糖尿病患者では、アナフィラキシー発症頻度が低いことが確認された。

研究の背景

はじめに、アカルボースが食物アレルギー反応に与える影響を検証するため、卵白アルブミン(ovalbumin: OVA)に対するアレルギー応答を誘導したマウスを作製しました。アカルボースを投与したマウスにOVAを反復経口投与して下痢を誘導し、さらに腹腔内投与によりアナフィラキシーを誘発しました。その結果、アカルボース投与群では、下痢の発症頻度およびアナフィラキシーに伴う体温低下がいずれも抑制されました(図2A、B)。アレルギー反応の中心的役割を担う肥満細胞の活性化(脱顆粒)についてフローサイトメトリーで解析した結果、アカルボース投与群では脱顆粒した肥満細胞の割合が有意に低下していました(図2C)。
以上の結果から、アカルボースは肥満細胞の脱顆粒を抑制することで、食物アレルギーに伴う下痢およびアナフィラキシー症状を軽減することが示されました。

図2. アカルボースは食物アレルギー症状を緩和する
(A)下痢の発症頻度。
(B)アナフィラキシー誘導後の体温変化。
(C)アナフィラキシー誘導後における脱顆粒肥満細胞の割合。

次に、アカルボースによるアレルギー抑制機構を明らかにするため、既知の免疫調節因子について解析を行いました。アレルギー応答を促進する2型ヘルパーT細胞の割合は、複数の組織において対照群とアカルボース投与群で差は認められませんでした(図3A)。一方、アカルボース投与によりIgA産生B細胞の割合および血清中のOVA特異的IgAレベルが上昇しました(図3B)。IgAはIgEと抗原の結合を阻害することでアレルギー反応を抑制する可能性が示唆されているため、IgA欠損マウスを用いて検証を行いました。その結果、IgA欠損条件においてもアカルボースはアナフィラキシーに伴う体温低下を抑制しました(図3C)。
以上の結果から、アカルボースによるアナフィラキシー抑制効果は、従来想定されていた免疫因子に依存しない経路によって発揮される可能性が示されました。

図3. アカルボースによるアナフィラキシー抑制は従来の免疫因子に依存しない
(A)各種組織における2型ヘルパーT細胞の割合。
(B)IgA分泌B細胞の割合および血清中の抗原特異的IgAレベル。
(C)IgA欠損マウスにおけるアナフィラキシー誘導後の体温変化。

次に、アカルボースによるアナフィラキシー抑制作用が腸内細菌叢に依存するかを検証するため、抗菌剤投与下で比較を行いました。抗菌剤投与条件では、アカルボースはアナフィラキシーに伴う体温低下を抑制しませんでした(図4A)。そこで、関与する腸内細菌を同定するため16S ribosomal RNA遺伝子解析※4を実施しました。アカルボース投与群では Parabacteroides 属細菌が増加し、特に P. distasonis の増加が認められました(図4B、C)。さらに、無菌マウスに P. distasonis を定着させて検証した結果、体温低下が軽減されました(図4D)。
以上の結果から、アカルボースは P. distasonis の増加を介してアナフィラキシーを抑制する可能性が示されました。

図4. アカルボースは P. distasonis の増加を介してアナフィラキシーを抑制する
(A)抗菌剤投与条件におけるアナフィラキシー誘導後の体温変化。
(B)16S rRNA遺伝子解析により、アカルボース投与で有意に変動した細菌のうち上位15属を表示。
(C)全長16S rRNA遺伝子解析による細菌組成の変化。
(D)無菌マウスおよび P. distasonis 定着マウスにアカルボースを投与し、アナフィラキシー誘導後の体温低下を比較。無菌マウス非投与群の最大体温低下を基準とした差分を示す。

次に、腸内細菌由来代謝物の関与を明らかにするため、メタボローム解析※5を実施しました。その結果、アカルボース投与群ではコハク酸濃度が顕著に上昇していました(図5A)。コハク酸の増加は抗菌剤投与条件では認められなかったことから、腸内細菌由来であることが示唆されました(図5B)。次に、コハク酸の機能を検証するため、マウスにコハク酸を飲水投与してアナフィラキシーを誘導しました。コハク酸投与により体温低下の抑制および肥満細胞の脱顆粒抑制が認められました(図5C、D)。さらに、生体外培養系※6においても、コハク酸は濃度依存的に肥満細胞の脱顆粒を抑制しました(図5E)。
以上の結果から、アカルボース投与は腸内におけるコハク酸産生を増加させ、コハク酸が肥満細胞の脱顆粒を抑制することでアナフィラキシーの緩和に寄与する可能性が示されました。

図5. アカルボース投与により増加したコハク酸は肥満細胞の脱顆粒を抑制し、アナフィラキシーを軽減する
(A)メタボローム解析による代謝物プロファイル。
(B)糞便中コハク酸濃度。
(C)コハク酸投与後のアナフィラキシー誘導に伴う体温変化。
(D)コハク酸投与後における脱顆粒肥満細胞の割合。
(E)生体外培養系におけるコハク酸曝露下での脱顆粒肥満細胞の割合。

アカルボースは小腸におけるα-グルコシダーゼおよびα-アミラーゼを阻害し、未消化の糖質(スクロースやマルトデキストリンなど)を大腸へ到達させ、腸内細菌による利用を促進します(図6A)。そこで、大腸への糖供給の必要性を検証するため、飼料中の糖をグルコースに置換したグルコース飼料を用いました。グルコースは小腸で速やかに吸収されるため、大腸への糖供給はほとんど起こりません。この条件では、アカルボース投与はアナフィラキシーに伴う体温低下および肥満細胞の脱顆粒を抑制しませんでした(図6B、C)。さらに、通常飼料で認められた Parabacteroides 属細菌の増加も確認されませんでした(図6D)。次に、糖が細菌増殖に与える影響を検証した結果、スクロースおよびマルトデキストリンを添加した培地では、P. distasonis の増殖が促進されました(図6E)。さらに、細菌内の代謝状態を解析するためラマン分光法※7を適用しました。スクロースおよびマルトデキストリン存在下では、嫌気呼吸に関与するb型シトクロームの量が低下していました(図6F)。b型シトクロームは外部電子受容体を用いる呼吸鎖の構成要素であることから、この低下は嫌気呼吸の活性が抑制されていることを示唆します。すなわち、代謝が外部電子受容体に依存する嫌気呼吸から、代謝中間体を用いて迅速にエネルギーを産生する発酵へとシフトしていると考えられます。
以上の結果から、アカルボースは食餌中の糖を大腸へ供給し、P. distasonis の代謝経路を変化させることで、コハク酸産生を促進する状態へと再構成する可能性が示されました。

図6. アカルボースは食事由来の糖を P. distasonis に供給し、代謝経路の変化を誘導する
(A)通常飼料およびグルコース飼料における糖の分解・吸収の模式図。
(B)グルコース飼料下でのアナフィラキシー誘導後の体温変化。
(C)グルコース飼料下での脱顆粒肥満細胞の割合。
(D)通常飼料およびグルコース飼料摂餌時における Parabacteroides 属細菌の相対存在量。
(E)P. distasonis の増殖曲線。
(F)ラマン分光法による細菌内代謝状態の解析(酸化型・還元型b型シトクローム量)。

最後に、マウスで観察されたアカルボースによるアナフィラキシー抑制作用がヒトでも認められるかを検証するため、医療ビッグデータ(JMDC医療機関データベース)に登録された糖尿病患者を対象に解析を行いました。アナフィラキシー発症頻度と薬剤投与歴との関連について多変量ロジスティック回帰分析を実施した結果、α-グルコシダーゼ阻害薬、消化系薬剤(整腸剤など)、プロトンポンプ阻害薬が有意に関連していました(図7左)。このうち、α-グルコシダーゼ阻害薬はアナフィラキシー発症リスクの低下(オッズ比<1)と関連していました(図7左)。さらに、糖尿病患者をα-グルコシダーゼ阻害薬の服用群(18,026人)と非服用群(103,683人)に分けて比較したところ、アナフィラキシー既往は非服用群で63例、服用群で2例でした(図7右)。
以上の結果から、アカルボースを含むα-グルコシダーゼ阻害薬は、ヒトにおいてもアナフィラキシー発症を抑制する可能性が示されました。

図7. α-グルコシダーゼ阻害薬の服用はアナフィラキシー発症頻度の低下と関連する
JMDC医療機関データベースに登録された糖尿病患者を対象に、α-グルコシダーゼ阻害薬の服用群と非服用群におけるアナフィラキシー発症頻度を比較した解析およびその模式図。

今後の展開

本研究では、既存の糖尿病治療薬であるアカルボースが、腸内細菌の代謝を再プログラムし、アレルギー反応を抑制する新たな作用機序を明らかにしました。今後は、この知見を基盤として、腸内細菌代謝を標的とした新たなアレルギー予防・治療戦略の開発を目指します。
また、医療ビッグデータ解析においてもアナフィラキシー発症との関連が示されたことから、臨床研究を通じて因果関係の検証を進めるとともに、既存薬の新たな適応拡大やリポジショニングの可能性についても検討していきます。
さらに、腸内細菌の代謝シフトという概念は、アレルギーに限らず、代謝疾患や感染症など幅広い疾患に応用可能であると考えられ、本研究は「腸内細菌代謝を制御することで健康を維持・改善する」という新たな医療コンセプトの基盤となることが期待されます。

論文情報

掲載誌:Nature Microbiology (Springer Nature)  [Impact Factor (2024): 19.4]
論文名:Acarbose redirects gut microbiome utilization of dietary carbohydrates to suppress anaphylaxis in mice
著 者:Kyosuke Yakabe, Yukinobu Inoue, Yuki Yanagisawa, Shungo Imai, Shunnosuke Suwa, Masahiro Ando, Yuqing Wu, Rina Kurokawa, Srirat Tanakorn, Takeshi Haneda, Tsuyoshi Miki, Masahiro Ito, Akiyoshi Hirayama, Yosuke Kurashima, Shinji Fukuda, Koji Hase, Wataru Suda, Haruko Takeyama, Satoko Hori, and Yun-Gi Kim*(*責任著者)
DOI:10.1038/s41564-026-02350-2

本研究は、JSPS科研費(JP23K27409, JP23K18223, 22H03541)、AMED(19gm6010004h0004,  JP223fa627003, JP23gm1010009)、JST CREST(JPMJCR22N1)、FOREST Program(JPMJFR2354)、 JST ERATO(JPMJER1902)、セコム科学技術振興財団、公益財団法人小林財団、慶應義塾大学塾内研究費(潮田基金)の助成を受けたものです。

用語解説

※1   腸内細菌叢:ヒトの消化管内に存在する多様な細菌の集合体であり、互いに作用しあいながら複雑な生態系を形成している。特に大腸には数百種類、約30兆個の細菌が存在し、腸内細菌はこの部位に最も多く分布している。これらは消化、代謝、免疫などさまざまな生理機能に関与し、疾患との関連についても報告されている。
※2 嫌気呼吸:酸素の代わりに硝酸やフマル酸などの外部電子受容体を利用してエネルギーを産生する代謝様式。電子伝達系(呼吸鎖)を用いるため、比較的効率的にエネルギーを獲得できる。
※3 発酵:酸素や外部電子受容体を用いず、有機物を分解してエネルギーを得る代謝様式。代謝中間体を内部電子受容体として利用することで反応を完結させ、迅速かつ柔軟にエネルギーを産生できる。
※4   16S ribosomal RNA遺伝子解析:全ての細菌・古細菌(原核生物)に共通して存在する16SリボソームRNAをコードする遺伝子領域における特定の領域(可変領域)を解析することで、細菌種の同定が可能となる。
※5 メタボローム解析:細胞や組織、血液、糞便、尿などの生体試料に含まれる糖、アミノ酸、脂質などの代謝物質(メタボライト)の総体「メタボローム」を網羅的に同定・定量する手法。
※6 生体外培養系:マウスやヒトなどの生体から細胞を採取し、シャーレなどで培養を行い、試験する手法。
※7 ラマン分光法:物質に光を当てた際に生じる散乱光を解析し、分子の構成や化学状態を調べる手法。細胞や細菌の内部に含まれる分子の変化を、非破壊で評価できる。

 

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大学院進学の決め手は? 院生3人に聞く院生活と学び

左から、亀井さん、陳さん、並木さん

「大学院って、実際どんなことをするんだろう?」。授業や研究、日々の過ごし方まで、大学院のことは意外と知られていないかもしれません。「興味はあるけれど、自分が進学するイメージまでは描けていない」、そんな学部生も多いのではないでしょうか。今回は、分野も背景も異なる3人の大学院生にインタビュー。大学院に進学しようと思った理由や、院生として過ごす日常、研究との向き合い方など、普段は見えにくい“院生活の中身”を聞きました。加えて、大学院についてよくある疑問をまとめたQ&Aも掲載。大学院進学を検討する際に、ぜひ役立ててください!

▼大学院創造理工学研究科:並木 海大(創造理工学部出身)
主体的な学びによる「成長」と「楽しさ」を両立

▼大学院法学研究科:亀井 雄太(法学部出身)
修士号と大学院生活で培ったスキルは、実社会での武器

▼大学院社会科学研究科:陳 雨児(社会科学部出身)
生活そのものが研究につながり、学びを日常で実践できる環境

◎大学院に関するよくある質問

主体的な学びによる「成長」と「楽しさ」を両立

大学院創造理工学研究科経営システム工学専攻 修士課程 2年 並木 海大(なみき・みはる)

早稲田キャンパス 3号館にて

――いつ頃から、大学院進学を意識するようになりましたか?

学部に入学した頃は、就職するか大学院に進学するか決めていませんでしたが、学部3年生の頃、蓮池隆教授の研究室に入ったことをきっかけに、一気に大学院進学への意識が高まりました。身近な先輩たちが国際学会で発表する姿や、それを後押しする研究室の環境を目の当たりにし、「自分も憧れの先輩方のように、世界の舞台で発表したい」と思うようになったんです。また、専門家による査読(※1)を通過し、学術的価値が認められた論文を発表したいという気持ちも芽生え、より多くの経験を積める大学院への進学を志しました。

※1 学術論文や研究成果の内容を、その分野の専門家が第三者として評価する仕組み

2025年12月、オーストラリアのメルボルンで開催された国際学会で発表した様子

――大学院入学試験に向けて、どのような対策をしましたか?

学部時代からコツコツと勉強を続け、面接試験が中心の学内推薦入試に出願しました。面接に向けては、「大学院で何をしたいのか」「何に興味があるのか」を明確に伝えられるよう意識し、研究室の先生に相談しながら自分の考えを整理しましたね。

そもそも大学院は、研究室ごとに雰囲気や研究方針が大きく異なるため、どこで誰から学ぶかが重要です。そのため学部3年生の時、実際に研究室を訪問し、自分に合った環境かどうかをしっかり見極めながら決めました。

――今、取り組んでいる研究テーマを教えてください。

研究で普段使用している参考書

トラックや船のコンテナに対して、最適な荷物配置を算出するアルゴリズムを研究しています。積載効率を高めることで、「CO2排出の削減」や「物流の2024年問題」(※2)といった社会課題の解決につなげることが目的です。

もともと幼少期から海が好きで、大型船で荷物を運ぶ光景にロマンを感じていたんです。そうした興味に加え、高校や学部で培ったプログラミングや数理最適化のスキルを生かせる分野として、このテーマにたどり着きました。

※2 トラックドライバーの時間外労働に上限規制が適用されたことで、人手不足が深刻化し、輸送力の低下や配送遅延・物流コスト上昇が懸念されている問題

――学部生の頃と比べて、学び方はどう変わりましたか?

最も大きな変化は、自分の意思で能動的に学ぶようになったことです。学部時代は決められた授業をこなす受け身の学習が中心でしたが、大学院では興味のある授業を自ら選び、ゼミを主催・参加するなど、自ら主体的に時間割を組む生活へと変わりました。その結果、スケジュールを柔軟に調整でき、サークルやアルバイトも無理なく両立できています。また、学びの全てが自分の研究や関心につながるので、「もっと知りたい」と自然に思えるようになり、勉学・研究に対する負担感は大きく減りましたね。

静岡県伊東市の大室山にて。研究室の同期と伊豆川奈セミナーハウスに行き、研究だけではなく地元の鮮魚や自然を満喫したそう(右端が並木さん)

――修了後の将来の選択肢は、どのように考えていますか?

物流にも注力する総合デベロッパーに就職し、まちづくりの分野に進む予定です。所属する創造理工学研究科のモットーにもあるように、技術は社会実装してこそ真価を発揮します。これまで学んできた数理最適化や機械学習などの工学領域を、実際のまちや人々の暮らしに落とし込み、数十年、さらには100年先の社会において「この技術があったから生活が豊かになった」と実感してもらえるようなまちづくりに関わりたいと考えています。

 ――学部生にメッセージをお願いします。

「就職か、大学院進学か」で迷う気持ちはよく分かります。ただ、実際に進学してみて感じたのは、学部生の頃以上に日々充実しているということです。自分の裁量で時間を使えるからこそ、サークルや遊び、アルバイトも含めて、毎日を高い密度で過ごせますし、主体的に学ぶ2年間を通じて大きな成長も実感できます。楽しさと成長を両立できることこそが、大学院の大きな魅力だと感じています。

大学院創造理工学研究科
Webサイト:https://souzou.w.waseda.jp/

◆基幹理工学部・創造理工学部・先進理工学部の大学院進学について

基幹理工学部・創造理工学部・先進理工学部の約7割の学生が、大学院に進学しています。

◆大学院創造理工学研究科について

大学院創造理工学研究科は、建築学、総合機械工学、経営システム工学、経営デザイン、建設工学、地球・環境資源理工学の専攻に分かれています。専攻によって進路もそれぞれに特色があり、経営システム工学専攻・経営デザイン専攻修士課程修了者は、専門サービス業や電気機械器具製造業、情報サービス業などに進む学生が多いことが特徴です。詳しい学科・専攻別の進路は、こちらから確認してください。

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修士号と大学院生活で培ったスキルは、実社会での武器

大学院法学研究科 修士課程 2年 亀井 雄太(かめい・ゆうた)

早稲田キャンパス 2号館前にて

――いつ頃から大学院進学を意識しましたか? 

学部3年生になった頃です。ゼミの先生から「将来、世界で活躍したいなら修士号は大きな強みになる」と助言を受け、国際的なキャリアを意識して進学を考えるようになりました。ちょうど就職活動が始まる時期でもあり迷いはありましたが、社会に出るタイミングは2年遅れてもその分得られる価値は大きいと考え、進学を決意したんです。

――大学院入学試験に向けて、どのような対策をしましたか?

研究計画書の提出だけではなく、筆記試験や面接もある一般入試で出願したので、それぞれ対策を行いました。研究計画書の作成にあたっては、研究対象を国際法からロシア法へと変えたので、求められる知識の違いを意識しました。指導を希望する先生と面談し、「ロシア法の研究では何をするのか」などを聞きながら問題意識を整理し、その研究が「どう社会につながるか」という視点を意識して研究計画書に盛り込んでいます。

筆記試験では、特にロシア語の語学力が重要だと助言を受け、語学科目を最優先に1日6時間以上の学習時間を確保しました。ロシア語の文献読解や、ロシア連邦憲法の和訳を自作するなどして、語学力を鍛えたんです。また、面接に向けては、研究計画書の内容を基に、その問題意識に至った背景や、具体的な研究手法を自分の言葉で論理的に説明できるよう整理しました。

早稲田キャンパス 2号館にある院生専用の専修室での勉強風景。専修室では、違う研究をする院生と交流でき、例えば「ロシア法って何?」と聞かれるなど知的交流やちょっとした雑談もできるのが良いところだそう

――今、取り組んでいる研究テーマを教えてください。

渋谷先生からいただいた学術雑誌。クラシックという共通の趣味から、ロシア・ウクライナの作曲家やピアニストの話でよく盛り上がるそう

渋谷謙次郎教授の研究室に所属し、基礎法学の視点から、「ロシア法」を研究しています。学部生の頃は外交官を目指し国際法を学んでいましたが、学びを深める中で、「将来、自分が活躍する道はここではないかもしれない」と感じるようになりました。そこで、すでに学んでいたロシア語と、もともと興味のあったロシア文化、そして、法律に対する考え方が西洋諸国と大きく異なることにも面白さを感じ、ロシア法を専門に選んだんです。

――大学院の魅力はどんなところにあると感じますか?

異なる分野を極める人たちと語り合える場があることです。同じ法の領域の中でも、法哲学や法社会学、日本国憲法の専門家などと議論することで、自分一人では気付けなかった視点を得られます。例えば、日本の人権保障とロシアの制度を比較する問いを投げ掛けられ、研究を深めるヒントを得られたこともありました。

院生になり渋谷先生と初めて訪れた「森の風」(早稲田キャンパス 26号館15階)でランチをした際の一枚

――修了後の将来の選択肢は、どのように考えていますか?

研究能力や専門知識を生かせるシンクタンク業界を視野に入れています。大学院では文章を組み立てる時間が増え、大量の文献を読み込みながら、自分なりに解釈し論理的に再構築する力が求められます。こうして培った思考力や文章構成力、資料読解力を強みに、将来的には海外でも活躍できる人材を目指したいです。

――学部生にメッセージをお願いします。

自分で論理を組み立て、研究の道筋を描く大学院は、決して容易な環境ではありません。ただ、その分だけ大きく成長できる場でもあります。また、取得した修士号は、就職する際に一つの大きな武器になるはずです。というのも、2026年2月に約1か月間かけて留学生活を過ごしたアメリカで、修士号を取得した学生が、「専門的な知見や手法を学び、同時にそれらを現実の事象に当てはめ、理論立てて一つの資料にまとめるというスキルを得た」と話していました。そこで改めて大学院で学ぶことの意義を実感し、大学院で得た知見や手法に関するノウハウを実社会でも役立てるビジョンがより具体的に見えたんです。大変そうだというイメージにおじけづかずに、自己成長の機会として前向きに捉えて、興味があればぜひ一歩を踏み出してみてください。

大学院法学研究科
Webサイト:https://www.waseda.jp/folaw/glaw/

◆法学研究科修士課程修了後の進路

教育機関、官公庁、研究機関、民間企業など、多岐にわたる分野で活躍しています。また、修士課程修了後に博士後期課程へ進学し、研究をさらに深める学生も多いです。

主な就職先:総務省、文部科学省、地方公務員(茨城県職員、香川県職員など)、東京大学、(株)NTTドコモ、(株)朝日新聞社、三菱商事(株)、アクセンチュア(株)、裁判所事務官など

早稲田大学法学研究科パンフレットより。2018~2025年度の進路実績は、5月下旬ごろ公開予定。※クリックして拡大

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生活そのものが研究につながり、学びを日常で実践できる環境

大学院社会科学研究科 修士課程 2年 陳 雨児(チン・ユア)

早稲田キャンパス 14号館前にて

――いつ頃から大学院進学を意識しましたか? 

学部4年生の頃です。所属していたTAISI(社会科学部の英語学位プログラム)で多様な分野に触れる中、「社会問題には多角的な視点が必要だ」と実感しました。加えて、TAISIで実践的な学びは充実していた一方で、自分が関心を持つ環境問題について、より理論的かつ体系的に理解したいという思いが強まり、大学院進学を意識するようになったんです。

環境問題への関心は、幼少期の経験に根差しています。中国・北京の都市部で育ち、自然に触れる機会は多くありませんでしたが、園芸好きの祖父の影響で土に触れる中、「自然の寛容さ」を感じていました。成長するにつれて、大気汚染や気候変動を身近に実感し、「人間は自然の寛容さとどう向き合うべきか」を考えるようになり、環境政策や制度を深く学びたいと社会科学研究科への進学を決め、環境法を専門とする黒川哲志教授の指導を受けています。

――大学院に進むにあたって不安はありましたか?

言語の面での不安が一番大きかったです。学部の頃は全ての授業を英語で受けていたので、大学院では日本語で専門内容を理解・発信できるか不安を感じていました。でも実際に入学してみると、さまざまなバックグラウンドを持つ学生と助け合える環境で安心しました。授業ごとに使われる言語は違いますが、分からない言葉があっても、英語や日本語、中国語など、それぞれが得意な言語で教え合う環境があります。

ゼミで研究発表を行っている様子

――今、取り組んでいる研究テーマを教えてください。

食品ロスを減らしながら、社会の中で「食」を価値ある資源として循環させる仕組みを研究しています。特に、有機農業や都市におけるフードシステム、「ファーム・トゥ・テーブル(※3)」のような取り組みに注目し、それらが持続可能な食の在り方にどのように貢献できるのかを考えています。また、こうした実践が政策とどのように関わり合いながら、より循環型で持続可能な社会につながっていくのかという点にも関心を持っています。

※3 生産者と消費者が近い距離でつながり、環境に優しいサステナブルな食材を食卓に取り入れること

――大学院の魅力はどんなところにあると感じますか?

学びと日常が自然につながることです。学部時代は決められた時間割に沿って学ぶことが中心でしたが、大学院では自ら問いを立て、答えを探すことが求められます。そのため、授業外でも論文を読んだり考えを整理したりする時間が自然と増え、そうした日常の積み重ねがそのまま研究につながっていく感覚があります。

また、学んだことを生活の中で実践できることも魅力です。私の場合は、カリキュラム外でオーガニックファームに足を運び、土に触れながら食べ物が育つ過程を体感することで、研究テーマへの理解を深めていますね。

 

写真左:陳さんが通っている東京都板橋区にある都市農地「THE HASUNE FARM」で収穫した食材を使った料理
写真右:夏休み、北京に帰国した際に、有機農場で農作業ボランティアに参加したそう

――修了後の将来はどのように考えていますか?

人と人、人と自然との関係、そして社会全体の在り方が、よりやさしく心地良いものになることに関わりたいと考えています。子どもが安心して食事ができる環境や、自然の中でのびのびと過ごせる場など、日々の生活の中の当たり前を大切にできる社会づくりに貢献したいです。そのために現実の課題と向き合い、一人一人の暮らしに寄り添いながら改善していきたいと思っています。

――学部生にメッセージをお願いします。

進路の分岐点では、迷いや不安がつきものです。大学院進学を選んだ後も、「これで良かったのか?」と思うかもしれません。ただ、そうした心の揺れは自然なものですし、正解にこだわりすぎる必要はありません。今の自分の気持ちを信じて進路を選び、その先でまた考え直すこともできます。どの選択にもやり直しの余地があるので、過度に恐れず一歩踏み出してほしいと思います。

大学院社会科学研究科
Webサイト:https://www.waseda.jp/fsss/gsss/

◆大学院社会科学研究科の出身大学と進路先

大学院社会科学研究科の学びのキーワードは「学際」で、修士学生は50前後ある研究指導のいずれかに所属しています。学部を卒業したばかりの学生、実務経験の豊かな社会人、留学生など、多様なバックグラウンドを持つ学生が各国から集まり、社会的な課題に対しさまざまな視点から取り組んでいます。また、大学院社会科学研究科修士学生の出身大学は、約55%が外国の大学出身と国際色豊かな研究科です。修了後の進路は、小売業や出版業、情報サービス業などの民間企業から、国家・地方公務員など多様です。

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文:流石 香織
撮影:番正 しおり

大学院に関するよくある質問

Q. 大学院に進学した際の学費や奨学金が気になります。

A. 学費の情報は、入学センターWebサイトで一括して確認できます。

早稲田大学では、大学院生向けの多様な奨学金を用意しています。奨学課Webサイトでは、奨学金の一覧奨学金申込から採用までのスケジュールおよび奨学金制度の採用実績(受給状況など)についても掲載していますので、確認してみましょう。加えて、各研究科独自の奨学金制度も多く、入学前に申請できる奨学金制度を用意している場合もあります。さらに、全研究科の博士後期課程在学生を対象とした奨学金も充実しています。

Q. 修士課程を修了するのに2年かかるのが長く感じます。

A. 研究科によっては修士課程1年制を設けている場合があります。さらに、学部在籍中から先取り履修をすることで、2年分の学びを1年に凝縮して身に付ける「学部・修士5年一貫修了制度」を設けている研究科もあります。

Q. 就職状況が気になります。

A. 大学院生の就職活動では、学部生と比較して、さらに「課題解決力」を期待されるようになります。研究生活(自ら課題に対する研究計画を設定し、仮説を立て、検証・分析し、結果を論文にまとめたり、プレゼンしたりする)を通して「課題解決力」を身に付けることができれば、業種の選択の幅がぐっと広がります。

各研究科修了生の就職率・就職先はキャリアセンターWebサイト(2025年度の情報は5月下旬公開予定)や各研究科Webサイトで公開しています。

Q. 学部卒業後、一度就職してから大学院に入り直すことを検討しています。

A. 社会人経験を積んでから早稲田大学大学院で学び直す方も多く、中には社会人入試、AO入試などを実施している研究科もあります。また、働きながら学ぶ学生のために、夜間に授業を開講している研究科もあります。入学センターの専用Webサイトを活用し、自身のライフスタイルに合った研究科を探してみましょう。

大学院に関する詳細な情報は、各研究科のWebサイトなどで発信しています。また、入学センターWebサイトでは入試情報を始め、大学院の幅広い情報を提供しています。

▼他の研究科に在籍する大学院生について知りたい人は、下記関連記事のバックナンバーもチェックしてみましょう!

【次回Special Issue予告】5月18日(月)公開「タイムマネジメント術」

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【キープレーヤー】ロボットに義務と権利?…注意深い議論必要 AIロボ協会の尾形哲也氏〈下〉

🤖 AI Summary

【キープレーヤー】ロボットに義務と権利?…注意深い議論必要 AIロボ協会の尾形哲也氏〈下〉では、一般社団法人AIロボット協会の理事長で早稲田大学教授の尾形哲也氏が、ロボットの社会実装と倫理的な課題について語っています。

主なポイントは以下の通りです:

1. **技術と倫理のバランス**:利便性を高めるAIロボットにも潜在的な問題があることを指摘。人間と話すのが嫌になるような現象が起こっているとして、その対処法について言及しています。

2. **ロボットの見た目と感情模倣**:ロボットに人間らしい見た目をつけることで、人間とのつながりを保とうとする姿勢を述べています。これにより、ロボットの感情は単なる模倣であることを強調しています。

3. **権利問題の必要性**:将来的にはロボットに人権のような権利を与える可能性があり、技術者だけでなく社会学者や倫理学者も参加して慎重な議論が必要であると主張しています。責任の問題も考慮に入れる必要があります。

4. **研究のきっかけと背景**:尾形教授がAIロボットの研究者になった経緯を紹介し、加藤一郎先生との出会いやロボットの心を考える重要性について述べています。

これらの点から、ロボット技術の進歩とともに倫理的な課題にも対応する必要があるという尾形教授の見解が明確に示されています。
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【キープレーヤー】「データが最重要」AIロボ協会の尾形哲也氏〈上〉

🤖 AI Summary

【キープレーヤー】「データが最重要」A.I.ロボット協会の尾形哲也氏

1. **フィジカルAI(物理的AI)について**: 尾形哲也教授は、一般的な産業用ロボットが固定環境で同じ動作を繰り返す一方、フィジカルAIは多様な環境に対応できると説明。特に介護ロボットの開発が進んでいる。

2. **日本の課題**: 日本は製造業でのA.I.利用が少ないことから後れを取っているとの指摘がある。

3. **アプローチ**: 尾形教授はデータ収集と共有を通じた協会の取り組み、さらに産業界と学術界の連携強化が必要であると提言している。

4. **社会実装**: A.I.ロボットへの社会受容性が重要であり、規制やルール作りも同時に行うべきとの認識。

5. **将来展望**: 今後、A.I.とロボットの共同進化(共進化)を推進し、データ収集基盤モデルを公開することで新たな挑戦者を支援したい意向である。

これらの要点を通じて、尾形教授は日本がフィジカルAI分野で競争力を維持するためにはデータの重要性と産業界との連携が不可欠であることを強調している。
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原始生命を模した分子進化実験で絶滅に向かう進化を観察

🤖 AI Summary

この研究は生命が原始的な自己複製分子からどのように進化したのかという重要な問いに対する答えの一端を提供しています。以下に主なポイントをまとめます:

1. **研究方法と背景**:
- 研究者たちは人工的に構築したRNA分子の自己複製システムを使用して、これらの分子が特定の条件下で絶滅する方向へ進化することを明らかにしました。
- この手法は、実験室で進化的プロセスを模倣することで、生命誕生前の進化を観察するための効果的な方法です。

2. **これまでの結果**:
- 以前に行われた進化実験では、宿主RNAと寄生体RNAとの共存により多様なRNA配列が現れ、これらの分子は安定して複製を維持していました。
- 寄生型RNAとの競争は複製する分子を複雑化させ、生命的な特徴をもたらす可能性があるという仮説を支持しました。

3. **本研究の新しい結果**:
- 研究者が使用したフローリアクター(流体システム)では、RNAの混ざり合いの頻度が増加し、結果としてRNAの多様性が失われ、複製系が絶滅する方向へ進化しました。
- これは宿主RNAと寄生体RNAの間での相互作用により、多様性を維持することが困難になったことを示しています。

4. **結論**:
- 生命が原始的な自己複製分子から進化した際には、RNAの混ざり合いの頻度が低い環境が必要だったと考えられました。これにより、多様な配列が保たれて生命が持続的に複製できることを確保することができたと推測されます。

5. **実験設定**:
- 研究者は手動による「植え継ぎ法」と自動化された「フローリアクター法」を使用して、RNAの混ざり合いの頻度を変えることで進化的結果の違いを調査しました。

これらの結果は、生命誕生時の条件について新たな洞察を提供し、複製する分子からより複雑なシステムへと進化する過程を理解する上で重要な一歩となります。

原始生命を模した分子進化実験で絶滅に向かう進化を観察
~絶滅から知る生命の起源の条件~

発表のポイント

  • これまでの研究から、原始生命体を模した自己複製RNAを実験室で進化させると、寄生型のRNAが出現し、それとの共進化を通して自発的に複数のRNAに多様化することが知られていた。
  • しかし、頻繁にRNAどうしが混ざる環境で進化実験を行うと、宿主RNAの複製は寄生型のRNAによって阻害されやすくなり、その結果、RNAは多様性を失い、さらにより絶滅しやすくなるように進化することが分かった。
  • 本研究は、原始生命体が多様化し絶滅せずに現存生命へ進化していくためには、RNAどうしが混ざりにくい環境が必要だということを示唆する。
攪拌が稀な環境と頻繁な環境でのRNAの長期進化実験は全く異なる進化的結果をもたらした

 

概要

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻の湯川香東大学院生(博士課程)、市橋伯一教授(兼:同研究科附属先進科学研究機構/同大学生物普遍性連携研究機構)、早稲田大学理工学術院先進理工学部の水内良准教授らは、人工的に構築したRNA分子の自己複製システムが実験条件によっては絶滅しやすくなる方向へと進化(注1)することを明らかにしました。

生命がどうやって原始の自己複製分子から進化したのかを理解するには、実験室で分子を進化させてみる進化実験(注2)が効果的な手法となります。発表者らはこれまでに、自己複製するRNA(注3)を実験室で進化させると、寄生型RNAとの共進化(注4)を通して自発的に多様化し、絶滅することなく安定して進化し続けることを見出しました。本研究では、これまでとは異なり、フローリアクター(注5)を利用してRNAどうしが頻繁に混ざり合うような条件での進化実験を約5000時間にわたって行ったところ、もともとあった多様性が失われ、さらにRNAはより絶滅しやすくなるように進化することを見出しました。このような対照的な進化の結果は、フローリアクターの分子どうしが頻繁に混ざる環境によって引き起こされたと推察されました。この結果から発表者らは、原始生命体(注6)が多様化し絶滅することなく持続的に複製し続けて現在の生命へと進化していくには、RNAの複製に対してRNAどうしの混ぜ合わせが遅いような環境が必要だったと考えています。この成果は、生命誕生の条件のひとつを明らかにしたものだと考えられます。

本研究成果は、2026年5月8日(日本時間13時)に英国科学誌「Molecular Biology and Evolution」で公開されます。

発表内容

研究の背景と経緯

現在、生物の中では多様な機能を持つ多数の分子が協調して働いています。しかし太古の昔に生命が誕生したときには、まず生物の最も基本的な機能である、自分と同じものを増やす「複製」を行うRNAやタンパク質のような単純な分子が最初に出現したと考えられています。この複製する分子から、どのように多様な機能、複雑さが出現することができたのかはまだ大きな謎となっています。生命誕生以前の進化は化石にも残らないため、それを理解するための方法として、人工的に分子を進化させて疑似的にかつて起きたかもしれない進化を観察する進化実験が効果的です。

これまでに、タンパク質とRNAを用いた進化実験[図1]によって、複製する分子の進化に寄生体が重要な役割を果たすことが明らかになってきました。寄生体とは、生物においてはほかの生物(宿主)と共存しながらそれを利用して生きるもののことで、ウイルスや寄生虫をはじめ、多くの生物がこの戦略を取っています。これまでに行われた自己複製RNAの進化実験でもこうした寄生型のRNAが現れました。しかし、適切な環境を与えることで宿主と寄生体は共存することができ、互いに競争することを通して宿主・寄生体のそれぞれが複数種類の異なるRNAに分かれ、それらが共存するようになりました。これは、宿主-寄生体競争が、複製する分子をより複雑に、生命らしく進化させる原動力である可能性を示しています。しかし、寄生体は宿主に害を与えるものでもあります。どんな場合に、寄生体は分子を複雑化させる働きをするのでしょうか?

 

図1:RNAの自己複製システム

 

RNA複製酵素の情報を持つ宿主RNAから、タンパク質を合成(翻訳)するのに必要な成分を含んだ反応液によってRNA複製酵素が作られる。また、宿主RNAからはランダムにRNA配列の一部が失われ、複製酵素を作ることのできない寄生体RNAが生じる。複製酵素は宿主RNAと寄生体RNAの両方を複製する。

研究の内容

本研究では、これまでに行ってきた進化実験の途中のRNA集団を分岐させて、フローリアクターを用いて進化実験を行いました。これまでの進化実験中にはRNAは多様化し、さらに240回以上の継代を経てもRNA複製は安定して維持されていましたが、今回の進化実験では、これまでとは全く異なり、もともとあったRNAの多様性が失われ、また進化が進むにつれてたびたびRNAが絶滅するようになってしまいました[図2中・下段、図3]。複製分子がこのような進化をした場合には、生命には至りそうにありません。

これまでと今回の進化実験の違いを詳しく見てみます。これらの進化実験はどちらも、宿主と寄生体を共存させるために、区画化という手法を使っています。RNA複製を行う反応液は水であるため、油とは混ざりません。そこで、油の中の小さな水滴として分散させることで、簡単に細胞のような多数の区画にRNAを分けることができます。こうすることで、宿主RNAは、寄生体の効果によって数が少なくなると多数の区画に分散されることで寄生体から逃れることができます。その結果、RNAの濃度が振動するのがこの進化実験の特徴です。

2つの進化実験は、区画の一部だけを次の世代に残し、混ぜて新しい区画に分散させる方法において異なっています。多様化が起きたこれまでの進化実験は手動によるものでした。5時間のRNA複製反応ごとに全体の20%をRNAを含まない新しい反応液に移して混ぜ合わせていました(植え継ぎ)。これに対し今回は、継代を自動化するためにフローリアクター式を導入しました。こちらでは、反応液は常にゆっくりと流れ続け、その中で少しずつかき混ぜられています[図2上段]。この方法では今までの手動のやり方よりも、区画のあいだでRNAが頻繁に混ざり合うようになります。

図2:進化実験の手法とRNAの多様性・絶滅

 

植え継ぎ法では、5時間のRNA複製反応の後に一部を新しい反応液に移し、かく拌する。フローリアクター法では、常に反応液は少しずつ流れ続け、反応槽の中も常にかき混ぜられている。植え継ぎ法では3種類の宿主RNA(HL1~3)と2種類の寄生体RNA(PL2~3)が出現し、共存した。フローリアクター法では、1種類の宿主RNAと1種類の寄生体RNAのみになった。また、植え継ぎ法ではRNAは絶滅しなかったのに対し、フローリアクター法では複数回の絶滅が観察された。赤いバツ印が絶滅が起きた点を示す。

図3:植え継ぎ法からフローリアクター法にかけてのRNAの多様性の変化

 

進化実験中の複数のラウンドからその時点に存在するRNAをサンプリングし、その塩基配列から分子系統樹(注7)を構築した。異なる種類のRNAは異なる色で示している。フローリアクター法による進化実験は植え継ぎ法による進化実験の途中のRNAサンプルから開始した。植え継ぎ法で出現したRNA配列は点線で、フローリアクター法移行後に出現したRNAは実線で示されている。

この違いがどのように進化の結果を変えたのかを調べるため、区画間でのRNAの混ぜ合わせの頻度を変えて短い継代実験を行いました。混ぜ合わせの頻度を変えるために、RNAを含む区画を次の世代に移すまでの時間とそのときの移す割合を変えて、進化実験から得られた5種類のRNA(3種類の宿主RNAと2種類の寄生体RNA)を使って50回程度の継代を行ったところ、植え継ぎ法に近い条件(混ぜ合わせの頻度が低い条件)では宿主と寄生体のどちらも2種類ずつ、計4種類のRNAが共存できましたが、フローリアクター法に近い短い条件(混ぜ合わせの頻度が高い条件)では、宿主と寄生体のどちらも1種類ずつ、計2種類のRNAしか生き残りませんでした[図4]。この結果は、区画間でのRNAの混ぜ合わせが頻繁だと、RNAの多様性は維持できないことを示しています。

図4:多様性の維持

 

希釈までの時間と希釈の割合を変えて5種類のRNAを植え継いだ。植え継ぎ法に近い条件では、5種類のうち4種類のRNAが共存した。フローリアクター法に近い条件では、2種類のみになった。

次にRNAの絶滅について調べました。絶滅は、直接的にはRNAの分子数が振動の中で極端に少なくなると、反応液の中から確率的にすべての宿主RNAが取り除かれてしまうために起こると考えられます。そこで、どのような要素がRNAの濃度振動を激しくし、濃度を小さくするのかを調べました。まず、フローリアクター法における頻繁な混ぜ合わせの条件そのものがRNA濃度を下げる効果がありました。宿主RNAが十分に増えるためには、寄生体RNAから隔離された環境が重要です。頻繁に区画どうしが混ざり合うと、寄生体が広がりやすくなり、宿主だけの区画にも寄生体がすぐに侵入してしまいます。それによって寄生体が十分に少なくなるまで宿主がよく増えることができずに宿主RNAの濃度が下がってしまうと考えられます。

また、進化実験中に現れたRNAの性質を調べてみると、RNA自体も進化により絶滅しやすい性質へと変化していました[図5]。これには、寄生体が宿主に対して適応する効果とともに、宿主側が自分の複製に不利な性質を獲得してしまったことも影響していました。こうした宿主に不利な性質は、濃度振動が激しくなり、一時的に宿主RNAの分子数が極端に小さくなった場合に、遺伝的浮動(注8)により偶然獲得されてしまった可能性があります。フローリアクター法の進化実験において、RNA濃度が低くなったことがさらに絶滅しやすい方向への進化を起こしてしまったと考えられます。

図5:フローリアクター法での進化による絶滅しやすい傾向の出現

 

フローリアクター法によるRNA進化実験の進化前と進化後の宿主・寄生体RNAを、30分ごとに50%希釈する条件で3または4回植え継いだ。進化後のほうがRNA濃度がより低下するようになった。

まとめると、フローリアクター法という宿主と寄生体が混ざりやすい環境は、宿主RNAの複製を阻害しやすく、それがRNA濃度の低下とRNA多様性の減少のどちらにもつながります。また、宿主RNAの多様性が減少すると、寄生体の進化に対応しきれなくなり、宿主RNAはさらに濃度を低下しやすくなります。こうした濃度低下により、宿主RNAは遺伝的浮動による有害な変異の蓄積を起こしやすくなります。これはさらなるRNA濃度の低下につながり、結果的にRNAが絶滅してしまうほどにRNA濃度を下げてしまいます [図6]。つまり、自己複製RNA分子の混ぜ合わせの頻度によって、自己複製分子は多様化し、安定して進化する場合もあれば、多様化せずに絶滅へ向かって進化する場合もあるということになります。従来の生命の起源のシナリオでは、進化する能力を持つ自己複製分子が生まれれば、自然に生命へと進化すると想定されていましたが、本研究によって、話はそれほど簡単ではなく、条件によっては絶滅方向へ進化してしまう場合もあることが明らかになりました。

図6:フローリアクター法で起きた進化のまとめ

 

今後の展開

本研究によって、様々な場所が提案されている生命の起源の場所の候補について、新たにそこで起きる分子の区画化反応の条件を提案することができました。たとえば、原始的な環境での分子の反応においては、寒冷と温暖や乾燥と湿潤を繰り返すようなサイクルがその反応を促進した可能性が示唆されています。これらの区切りのあるようなサイクルで分子どうしが区画化される場合、それは植え継ぎ法に近いような長い反応時間を維持できる条件かもしれません。

植え継ぎ法による進化実験は現在も継続されており、宿主RNAと寄生体RNAが共存しながらさらなる進化が起きています。さらに複雑に協力しあうような進化が起きるのか、宿主や寄生体が新たな機能を獲得するのかなど、進化を通してより生命らしくなっていく様子が観察できることを期待しています。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
湯川 香東 大学院生(博士課程)
市橋 伯一 教授
兼:同研究科附属先進科学研究機構 教授/同大学生物普遍性連携研究機構 教授

早稲田大学理工学術院先進理工学部
水内 良 准教授

論文情報

雑誌名:Molecular Biology and Evolution
題 名:Experimental evolution toward extinction in a molecular host-parasite system
著者名:Kohtoh Yukawa, Tomoaki Yoshiyama, Ryo Mizuuchi, Norikazu Ichihashi
DOI: 10.1093/molbev/msag084
URL: https://doi.org/10.1093/molbev/msag084

用語解説

(注1) 進化
集団の中で、個体に少しずつ差異が生まれ(変異)、その差によって次世代への生き残りやすさが変化し、差異が子に遺伝することを繰り返して集団が変化していくこと。ここでは特に、RNA配列に変異が生じ、それによって増えやすさなどに差が生じてRNA集団の持つ配列が変化するというダーウィン進化をさす。

(注2) 進化実験
進化を人為的に起こす実験。生物や分子の集団を用意し、集団の一部を選択し、場合によっては人為的に変異を加えて複製し、選択することを繰り返す。選択において、特定の性質を持つものを人為的に選抜する場合には指向性進化実験といい、選択を加えず増えやすいものが増えることを繰り返す場合にダーウィン進化実験という。

(注3)自己複製するRNA
本研究においては、自己複製するRNAとして大腸菌に感染するQβファージというウイルスを元としたRNAを用いている。このウイルスは大腸菌に感染し、菌内部で自身のRNAから大腸菌の持つ因子を利用して自身を複製するRNA複製酵素というタンパク質を作る。このRNA複製酵素の情報を持つRNAを、大腸菌から作られたタンパク質合成に必要な成分を含んだ再構成翻訳系に添加することで、RNA複製が起きる。

(注4)共進化
異なる生物が互いに影響を与え合って連動しながら進化すること。たとえば花と花粉を媒介する昆虫や鳥が互いにその種に専門化していくような相利的な共進化もあれば、被食者と捕食者が互いに相手への対抗策を進化させるような敵対的な共進化もある。

(注5) フローリアクター
連続的に反応液が流れ続ける空間の中で化学反応を行う装置のこと。反応中の環境を一定に保つことができる。

(注6)原始生命体
現在の生命は、DNA(デオキシリボ核酸)に生物の設計図となるゲノム情報を保持し、その情報がRNA(リボ核酸)を介してタンパク質として現れ、機能を持つというしくみになっている。しかし、このようなしくみが生まれる前の原始的な生命においては、情報の保持と機能のどちらの役割も果たすことができるRNAが、自身で自身を複製する自己複製を行っていたと考えられている(RNAワールド仮説)。今回用いた自己複製RNAはタンパク質の翻訳を介して初めて複製ができるので、RNAワールドの自己複製体ではないが、自己複製する点においては同じ機能を持っているため、原始の自己複製体の実験モデルとして用いている。

(注7)分子系統樹

DNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列の類似性から、生物や生物の持つ配列の進化の歴史を樹状の図として示したもの。系統樹では、配列が近いものほど近くの枝に配置される。

(注8)遺伝的浮動

生物と自己複製RNA分子のいずれの場合においても、適応進化過程では生存や複製に有利な変異が自然選択によって集団内に固定される。しかし、生存や複製に有利でない場合でも、特に集団の数が少なくなると偶然によって集団内に固定されることがある。こうした偶然による集団内での変異の頻度変化は遺伝的浮動と呼ばれる。

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量子アルゴリズムを用いて複雑系材料開発を飛躍的に加速

量子アルゴリズムを用いて複雑系材料開発を飛躍的に加速
~量子回路学習の適用で高い精度の高エントロピー合金の硬さ予測を実証~

発表のポイント

  •  量子アルゴリズムの一つである量子回路学習を用いて、複雑系材料の代表格である高エントロピー合金の硬さの推定を行い、従来の機械学習モデルとの比較を行いました。
  •  量子回路学習は、従来の機械学習モデルと比較して、材料開発で重要となる、少数データによる未知の領域の予測性能が高いことを示しました。
  •  少数データで高い予測精度を実現する量子回路学習により、今後、複雑な構造を持つ材料の開発スピードが、飛躍的に加速されることが期待されます。

近年、材料開発においては情報科学を材料開発に活用する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)※1」の活用が進み、機械学習を活用することで従来の材料開発よりも効率化が図られてきました。一方で、新規材料開発における実験データの少なさと原子レベルの複雑性が障壁となり、学習データが少数もしくは無い場合の予測では、予測精度と過学習※2が問題となっていました。
早稲田大学理工学術院 山本知之(やまもとともゆき)教授と富士通株式会社の研究グループは、従来の機械学習が苦手とする「少数データからの未知領域(外挿※3)予測」において、量子回路学習(Quantum Circuit Learning)※4(以下「QCL」という)を用いて高エントロピー合金の硬度予測を検証しました。その結果、QCLは材料開発の予測に高い汎用性と精度を持つことを実証しました。本成果を基にして、複雑な構造を持つ材料の開発が飛躍的に加速されることが期待されます。
本研究成果は2026年4月20日に「Scientific Reports」に公開されました。

これまでの研究で分かっていたこと

近年の材料開発においては、情報科学を材料開発に活用する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」の活用が進み注目を集めています。その現状と、関連する課題は以下の通りです。

  • 材料開発における機械学習(MI)の普及
    従来は研究者の経験や勘に頼って、材料開発の実験を繰り返していましたが、機械学習を用いることで、時間とコストを大幅に削減できるようになりました。線形モデルや決定木、ニューラルネットワークなどの機械学習手法が、材料の性質予測に広く利用されています。
  • データの少なさと複雑性の壁
    材料開発への機械学習の応用における大きな課題は、学習に使える実験データが非常に少ない(数十から数百程度)こと、原子レベルの複雑な相互作用があげられます。このため、例えば、線形モデルを利用した機械学習では複雑な性質を捉えきれず、一方で深層学習などの高度な機械学習の手法は、十分なデータ量がないと精度を向上できないというジレンマがありました。
  • 未知領域への予測精度の限界
    既存の機械学習手法のうち、特に決定木やニューラルネットワークなどのモデルは、学習したデータの範囲内では高い精度を出せますが、学習データの範囲外(外挿領域)やデータの少ない未知の領域での予測(適用領域※5外)では、予測精度の著しい低下や、過学習に陥りやすいことが知られていました。

今回の研究で新たに明らかになったこと

本研究では、上記の課題を克服するために、量子コンピュータの原理を応用した「量子回路学習(QCL)」という新しい手法を複雑系材料開発に用いて、その有効性を検証しました。
具体的には、実験データが極めて少ない(数十〜数百件程度)上に、5種類以上の原子がランダムに配置し、原子レベルの複雑な相互作用(カクテル効果※6)を持つ「高エントロピー合金(High Entropy Alloy: HEA)」※7(図1)の特性予測に対して、QCLの有効性を検証しました。従来の機械学習では、データの少なさゆえに、未知の領域での予測精度の低下や、過学習が生じるという課題に対して、量子コンピュータの原理(重ね合わせやもつれ)を活用したQCLを用いることで、少ないデータでも原子レベルの複雑な相互作用を捉え、未知の材料設計に役立つモデルの構築を目指しました。
本研究で新たに開発・適用した、量子コンピュータの原理を応用した量子回路学習(QCL)の手法の特長は以下の通りです 。

  • 量子・古典ハイブリッドアルゴリズム
    現在の「ノイズあり中規模量子(NISQ)」※8デバイスでも動作するように設計されており、量子回路による計算と古典コンピュータによる最適化を組み合わせて学習を行います 。
  • 高い表現力と過学習の抑制
    量子ビット数に対して指数関数的に大きな基底関数を扱うことができるため、非常に高い表現力を持ちます。同時に、量子計算特有の制約(ユニタリ性)により、データが少なくても過学習が起きにくいと考えられます。
  • 特徴量の選定
    材料開発の汎用性を高めるため、結晶構造データを使わず、原子の混合エントロピーやエンタルピーなど、化学組成から計算できる24種類の数値を主成分分析で10次元に圧縮して入力に使用しています 。

このQCLによる新手法と、従来の線形・非線形モデルとで、力学的特性の代表的な指標であるビッカース硬さ※9の予測結果を比較した結果より、従来の機械学習では困難だった「未知の領域の予測」を、少ない実験データからでも従来の機械学習モデルよりも高精度に予測できることが明らかになりました。具体的に明らかになった点は以下の通りです。

  • 外挿予測に強い
    学習データの範囲を超えた高い硬度を持つ材料の予測(外挿)において、QCLは最もエラーが小さく、優れた予測性能を示しました。
  • 汎用性の高さ
    データの密度が低い領域(適用領域外)でも精度が落ちにくく、過学習を抑制しながら複雑な性質を表現できることが確認されました。
  • 少データへの適応
    データ数がわずか100件程度であっても、実用的な精度で予測が可能であることが示されました。

本研究により、QCLは新しい材料を開発する初期段階の強力なツールになり得る可能性を示しました。

図1.高エントロピー合金

 

研究の波及効果や社会的影響

本研究の成果がもたらす波及効果や社会的影響として、以下の3点が挙げられます。

  1. 新材料開発の劇的なスピードアップとコスト削減
    従来、新しい材料の開発は研究者の経験と勘に頼り、膨大な時間と費用をかけて実験を繰り返す必要がありましたが、その問題を解決するために機械学習が用いられるようになってきました。しかしながら、新材料開発においては少数のデータから予測することが要求され従来の機械学習の手法では十分な精度で予測を行うことが困難でした。本研究で示された量子回路学習(QCL)は、わずか100件程度の少ない実験データからでも、未知の材料の性質を高精度に予測できることが、複雑系材料の代表格である高エントロピー合金の物性予測を通して確認されました。これにより、開発の初期段階から効率的に材料設計できるようになり、次世代材料が世に出るまでの期間を大幅に短縮することが期待されます。
  1. 極限環境を支える「超高性能材料」の実現
    研究対象となった高エントロピー合金(HEA)は、従来の合金では到達できなかった硬さや強度を持つ、非常に高いポテンシャルを秘めた材料です。この技術によって設計された高性能材料は、航空宇宙産業のエンジン部品、次世代の原子炉、過酷な環境にある化学プラントなど、エネルギーやインフラの安全性を支える重要な基盤として期待されています。
  1. 量子コンピュータの実用化に向けた大きな一歩
    現在の量子コンピュータは「NISQ(ノイズあり中規模量子)」と呼ばれる、まだ発展途上の量子コンピュータの時代です。本研究は、この未完成な量子デバイスを古典コンピュータと組み合わせることで、材料開発という実社会の重要な課題に役立てられることを証明しました。これは、量子技術が単なる理論に留まらず、産業を大きく変える「パラダイムシフト」を引き起こす可能性を具体的に示した成果といえます。

課題、今後の展望

本研究では、量子回路学習(QCL)が複雑な構造を持つ高エントロピー合金(HEA)の物性予測に有効であることを示しましたが、実用化に向けて、以下の課題を解決する必要があります。

  • 計算時間の短縮
    現状、古典コンピュータ上で量子計算をシミュレートしてQCLを行うには、非常に長い計算時間が必要です。実用化に向けては、量子コンピュータの実用化やアルゴリズムの改良による更なる計算時間短縮が必要です。
  • 量子実機での検証と性能向上
    本研究の結果を踏まえ、実際の量子デバイス(実機)においてQCLの利点をさらに検証し、その優位性を実証し続ける必要があります。
  • 他の複雑系材料への適応
    QCLの利点を最大限に活かすために、他の複雑な材料開発の現場に適用できることを実証していくことが求められます。

これらの課題を克服することで、限られた実験データからでも未知の優れた材料を発掘できる、より効率的な材料開発手法の確立が期待されています。

研究者のコメント

機械学習は様々な分野において応用が進められていますが、材料開発においては、材料物性が作製プロセスに大きく依存するため、学習に必要な“良質な”データベースが少なく、また従来の性能を超えた材料を見出すという点が課題となっており、機械学習が効果を十分に発揮するところまでは到達できていないのが現状です。QCLがそのような問題を解決する可能性を持った手法であり、今回、量子コンピュータの実用化が進めば材料開発が画期的に変わっていく未来が想像できる結果を得ることができました。

用語解説

※1 マテリアルズ・インフォマティクス (MI)
機械学習などの情報科学の力を使って、新しい材料を効率よく見つける手法のこと。

※2 過学習 (Overfitting)
学習データを機械学習で学習しすぎて、ある特定のデータにのみ過剰に適合し、新しい問題(未知のデータ)に対して高い予測精度を出せなくなること。

※3 外挿 (Extrapolation)
すでに分かっているデータの「範囲の外側」にある、未知の結果を予測することです。新しい材料探索において、今までの限界を超える性能を予測するために非常に重要な要素なります。

※4 量子回路学習 (QCL: Quantum Circuit Learning)
量子アルゴリズムの一種で、量子ビットの重ね合わせや量子もつれをリソースとして利用し、回路内のパラメータを調整して特定の関数を近似する、最新の機械学習手法です。

※5 適用領域 (AD: Applicability Domain)
機械学習で正確に予測できるデータの範囲のこと。この範囲から外れると、普通の機械学習では予測を外しやすくなります。

※6 カクテル効果
色々な種類の元素が混ざり合うことで、それぞれの性質が組み合わさり、単独では出せない驚くような性能が発揮される現象のこと。

※7 高エントロピー合金 (HEA: High Entropy Alloy)
5種類以上の金属をほぼ同じ割合で混ぜ合わせた新しいタイプの合金。従来の合金(主成分元素に他の元素を混ぜるなど)とは異なり、複雑に混ざり合うことで、これまでにない優れた性質(非常に硬い、熱に強いなど)を持つ物質があります。

※8 NISQ (Noisy Intermediate-Scale Quantum) デバイス
開発が進んでいる「まだ少しエラー(ノイズ)が出やすい、中くらいのサイズの量子コンピュータ」のこと。本研究は、本性能のコンピュータでも役立つ技術を目指しています。

※9 ビッカース硬さ (Vickers hardness)
材料がどれくらい硬いかを表す数値です。ダイヤモンドの先端を材料に押し付けて、できた凹みの大きさで測ります。

キーワード

量子回路学習、材料開発、複雑系材料、高エントロピー合金

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Efficient Quantum Algorithm for the Design of Complex Materials: Quantum Circuit Learning
執筆者名(所属機関名):大崎颯太(早稲田大学基幹理工学研究科),星谷和紀(同),中村誠(富士通株式会社),木村浩一(同),山本知之*(早稲田大学基幹理工学研究科)
掲載日時:2026年4月20日
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-026-43584-8
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-026-43584-8
*:責任著者

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環境問題×教育に挑む! 科学的な視点を武器に学問と社会をつなぐ

🤖 AI Summary

矢野創大さんが早稲田大学進学の際の理由は、自然に興味を持ちつつも、より幅広い学問を自由に学べる環境があることや多くのサークルが活発であることが主な要因でした。また、高校で地球科学の先生から影響を受けたことも大きかったようです。

矢野さんは大学入学後、早稲田大学環境ロドリゲスという公認サークルに加入し、環境イベントの開催など個人での活動にも力を入れています。具体的には小学校への出張授業や企業の社内勉強会での講師、市民向けイベントなどで環境教育を行っています。

矢野さんが環境問題に関心を持ったきっかけは、大学入学後、同じ学科の先輩たちが多く在籍していたこととサークル全体の雰囲気が自分に合っているように感じられたことからです。特に「教育」アプローチに魅力を感じています。なぜなら一人の人間の力では限界があると考える一方で、教育によって解決する人数を増やすことができるという点が強調されています。

矢野さんが大学で行っている研究はLCA(ライフサイクルアセスメント)です。これを利用することで環境負荷を定量的に数値化し、現状把握と目標設定を行うことができます。具体的な例としては、レジ袋1枚の環境負荷とコットン製トートバッグの比較を行っています。

矢野さんは学生という立場の強みとして、異なる社会的立場の方々との連携が容易であると捉えています。しかし一方で、「大学生なのにすごいね」という評価に困惑する部分もあることを明かしています。

矢野さんが今後特に力を入れたい活動はサイエンスコミュニケーションです。科学的な知見や課題を広く社会へ伝える仕事で、行政や市民、企業など様々な立場に対して横断的にその役割を果たすサイエンスコミュニケーターを目指しているということです。

矢野さんはさらに環境問題の研究が領域によっては閉鎖的であり、それぞれの立場の間に隔たりがあることを指摘しています。この中間地域で橋渡し的な存在となりたいと考えています。

「環境問題と人々との橋渡し的な存在になりたい」

創造理工学研究科 修士課程 1年 矢野 創大(やの・そうた)

西早稲田キャンパス55号館にて

早稲田大学環境ロドリゲス(公認サークル)での経験をきっかけに、環境イベントの開催など個人での活動にも力を入れる矢野創大さん。小学校への出張授業や、企業の社内勉強会での講師など、各世代に向けた環境教育活動を行っています。そんな矢野さんに、環境問題に関心を持ったきっかけや大学での研究内容、今後の展望などを聞きました。

――早稲田大学創造理工学部環境資源工学科に進学した理由を教えてください。

中学生の頃から、好きなことを自由に学べ、研究にも強い他、多くのサークルがあり活発なイメージのあった早稲田大学に進学したいと思っていました。その中でも環境資源工学科に進学したのは、高校の地球科学の先生の影響が大きいです。その先生はとても優しくて面白く、生徒とコミュニケーションを取りながら授業を行ってくれたので、小さい頃から好きだった自然により一層興味が湧きました。岩石や地層を見ると地球の歴史を学べるだけでなく、自分たちが何気なく生きている環境の原理が分かって、ワクワクしますよね。そんな地球科学の知見を学べるのが、まさにこの学科だと先生に薦めてもらったんです。

幼少期に、家族で牧場に遊びに行った時の一枚。自然への興味が湧くきっかけになったそう

――環境問題に関心を持ったきっかけは何でしたか?

入学後、環境ロドリゲスというサークルに加入したのがきっかけです。同じ学科の先輩たちが代々多く在籍していたこと、またサークル全体の雰囲気が自分に合っているように感じ、加入を決めました。サークルでは環境問題に対して、「里山」「海」「地域活性」「教育」「商品開発」「プラスチック」の六つの企画に分かれて多様なアプローチを取っているのですが、中でも「教育」に魅力を感じました。環境問題は解決しようと思っても一人の力ではどうしても限界がありますが、教育というアプローチを取れば、解決しようと思う人数そのものを増やすことができるので、一番効果的だと考えたからです。

加入当時はコロナ・パンデミックだったので、教育イベントのオンライン開催が中心でしたが、次第に対面での実施ができるようになり、福井県鯖江市で子ども向けの環境教育イベントを開催することもできました。子どもたちの感想を見るととてもうれしく、活動をして良かったと感じました。

 

写真左:環境ロドリゲスで受賞した「第11回 環境省グッドライフアワード」の授賞式。団体代表としてプレゼンテーションを行った
写真右:鯖江市で行ったイベントの様子

――矢野さん個人ではどんな活動をしていますか?

小学校への出張授業や、企業の社内勉強会での講師、市民に向けたイベントなど、各世代に向けて環境教育活動を行っています。

サークル活動の中で知り合った方に、活動の場を紹介してもらうことが多いのですが、対象者に合わせて自分で企画を考えています。例えば、小学校への出張授業では、マイクロプラスチックという細かいプラスチック粒子が身の回りに潜んでいて、食物連鎖の結果、それを私たちも摂取してしまう、専門用語で言う『生物濃縮』という現象を伝えました。

子どもには理解が難しい内容で、言葉ではなかなか伝わらないので、遊びながら学んでもらうことを意識しました。子どもたちを小魚役、中魚役、大魚役で振り分けて、小魚役が集めた餌を中魚役がじゃんけんで奪い、さらに大魚役がそれを奪った結果、誰に餌が集中するかを競うゲームを通して、その現象を体感してもらったんです。実はプラスチックでも同じことが起こっている可能性がある、と伝えた時の子どもたちの驚いた顔は、とても印象的でしたね。先生たちからの反響も良く、手ごたえを感じました。

企業の社内勉強会では、環境教育から始まり、情報リテラシー教育も担当しました。「マイクロプラスチックは危険だから、今すぐプラスチック製品の使用をやめるべきだ」というような主張を耳にすることがありますが、実際はもっと多元的でさまざまな意見があると思います。また、科学的な視点を持って捉えると、その実現可能性や必要性、気候変動をはじめとする他の環境影響とのバランスが見えてきます。そこで環境問題を必要以上に怖がるのではなく、科学的に正しい情報を入手した上で判断すべきだということを訴えました。

 

写真左:2025年7月、東京都東村山市役所にて開催されたイベントで、講師兼ファシリテーターを務めた
写真右:『地球を笑顔にする広場2025秋』(TBSテレビ)のイベントに講師として登壇した。矢野さんは右から2番目

――大学ではどのような研究をしていますか?

伊坪徳宏研究室(理工学術院)に所属して、LCA(ライフサイクルアセスメント)に関する研究を行っています。LCAとは、製品やサービスにおける、原材料の調達から製造、輸送、使用、廃棄・リサイクルに至るまでの一連のプロセスで発生した環境負荷を、定量的に数値で評価する手法のことです。

例えば、レジ袋1枚のライフサイクル全体から発生する環境負荷の大きさと、エコバッグ(コットン製トートバッグを想定)一つのそれとでは、気候変動への影響という観点から考えると、後者は前者の50倍から150倍だといわれています。そして、エコバッグが本当の意味で「エコ」であるためには、最低でも50回から150回使用しないといけないという解釈ができます。このようにLCAを用いると、環境問題を感覚としてではなく数値として捉えられるので、現状をしっかりと把握した上で、解決に向けた目標設定をすることができます。

LCAを学ぶ前の環境教育活動では、環境問題とその対策をセットで知識として伝えることが多かったのですが、学んでからは、エコバッグのような落とし穴があることに気が付き、環境問題と向き合う姿勢自体を考えてもらえるような発信を行っています。

 

写真左:明星学園小学校への出張授業では、レジ袋とエコバックの環境負荷の差について考える授業を行った
写真右:2025年9月に行われた、伊坪研究室のゼミ合宿での研究発表の様子

――学生という立場ならではの強みはありますか?

活動を通して、さまざまな社会的立場の方と柔軟に連携できるところが、学生ならではの強みだと感じています。一企業に属してしまうと、物理的にも社会人としての立場的にも一定の制約が生じることもありますが、あくまでも一人の学生であることで、多くの場で幅広い活動ができています。

一方で、「大学生なのにすごいね」という言葉を掛けられることもあり、複雑な気持ちになります。色眼鏡を外して対等な立場で評価してもらうためには、今後さらに学びを深め、より一層活動の質を向上させる必要があると痛感させられます。

――今後、特に力を入れていきたい活動は何ですか?

サイエンスコミュニケーションです。サイエンスコミュニケーションとは、科学の研究成果や面白さ、課題などを人々に分かりやすく伝える活動のことです。そしてそれを行政、市民、企業などのさまざまな立場に対して横断的に行う、サイエンスコミュニケーターを目指しています。

現状、環境問題の研究は領域によってはやや閉鎖的で、それぞれの立場の間で分断があるように感じます。例えば、研究は研究で盛り上がっていても、それがなかなか政策に反映されなかったり、市民にとっては理解が難しかったりといった問題があります。

その中で必要となるのが、環境問題とさまざまな立場との中間に立つ橋渡し的な存在です。例えばさかなクンは、魚の専門性の高さと説明の分かりやすさ、面白さを全て両立していますが、魚について学問と社会とのつながりをうまく作っている存在です。そんなさかなクンの環境問題特化型と捉えると分かりやすいかもしれません。私は環境問題においてそのポジションを確立し、学問と社会が足並みをそろえて進んでいける未来を築きたいですね。

第922回

取材・文・撮影:早稲田ウィークリーレポーター(SJC学生スタッフ
文化構想学部 2026年3月卒業 浮谷 雛梨

矢野さんが撮影した風景写真

【プロフィール】
東京都出身。早稲田実業学校高等部卒業。趣味はカメラで、写真を撮りに遠くまで旅に出ることもあるそう。最近は、あまり目を向けられていなかった地元の風景を被写体にしているのだとか。2025年9月からnoteを開始。言語化することで自分の思考を整理したり、より伝わりやすい表現を模索したりしたいと意気込んでいる。
Instagram:ynst_pl5
公式Webサイト:https://lit.link/edulite

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理工・田中香津生主任研究員がJST創発的研究支援事業の2025年度新規研究課題に採択

🤖 AI Summary

早稲田大学理工学術院総合研究所の田中香津生主任研究員の提案が、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の2025年度創発的研究支援事業に採択されました。応募総数2,217件の中から書類選考と面接選考を通過し、計257件が選ばれています。

田中主任研究員は、令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞 理解増進部門」を受賞しており、今後の活躍が期待されています。彼の研究課題名は、「自律移動型ミュオグラフィによる地下密度分布マッピング技術の創出」です。

JST創発的研究支援事業は、2020年度に設立され、既存の枠組みにとらわれない自由で挑戦的・融合的な研究を推進します。長期的に7年間(最大10年間)にわたり支援し、異分野からの触発や切磋琢磨を通じて破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指しています。

この採択は田中主任研究員の研究活動における重要な成果であり、今後の研究にも大きな期待が寄せられています。

創発的研究支援事業 2025年度新規研究課題に理工・田中香津生主任研究員の提案が採択されました

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が募集した2025年度の創発的研究支援事業に、理工学術院総合研究所の田中香津生主任研究員の研究課題が採択されました。応募総数2,217件に対し、書類選考と面接選考の結果、257件が採択されたうちの1件となります。田中主任研究員は、令和7年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞 理解増進部門」を受賞しており、今後の活躍が期待される研究者の一人です。

2025年度 採択者

  • 田中 香津生(理工学術院総合研究所・主任研究員)
    【研究課題名】自律移動型ミュオグラフィによる地下密度分布マッピング技術の創出

 

JST創発的研究支援事業とは

2020年度に設立され、特定の課題や短期目標を設定せず、多様性と融合によって破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指す「創発的研究」を推進するため、既存の枠組みにとらわれない自由で挑戦的・融合的な研究を、研究者がその研究に専念できる環境を確保することを含め、原則7年間(途中ステージゲート審査を挟む、最大10年間)にわたり長期的に支援する事業です。また、創発を促進するため、支援期間中は異分野を含む多様な研究者同士が相互に触発し、切磋琢磨する「創発の場」を設けることで、破壊的イノベーションにつながるシーズの創出を目指します。

 

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令和8年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 受賞コメント

🤖 AI Summary

早keh, 以下是各获奖者的研究成果及其发表的评论:

### 科学技术奖 研究部门

#### 井上真 教授
**研究成果**: 热带林保全与社会公正的环境治理研究
**获奖评论**:
"首先,我要感谢所有推荐和评价我的各位。我从大学毕业后就开始了热带雨林保护的研究,特别是先住民等生活在森林地区的人们幸福和权利保障的社会问题。经过40多年的研究,我在‘共管理论’基础上发展出了‘协治论’,并将这一概念用于气候政策与地方发展的结合上。如果我的研究成果能进一步推动全球环境治理的进步,那将是我最大的荣幸。目前我正在领导一个由19个地区、14个国家组成的国际合作研究项目,希望在未来也能继续获得支持。”

#### 小泽彻 教授
**研究成果**: 非线性分散型方程的修正能量法
**获奖评论**:
“感谢文部科学大臣对我的研究的认可。从我作为博士生时提出的‘非线性散射方程的时间衰减评价中可能有效的拟共形能量’这一理念开始,这项工作已经进行了40年,并在最近10年有了重要的进展。该方法不仅用于理论物理的基础方程式,还影响了基础解析学中的函数不等式的研究。我非常感谢所有支持我的研究者、学生和同事的帮助。未来,我将继续致力于这一领域的深入研究。”

#### 釜野さおり 教授
**研究成果**: 性别与性别认同的统计数据及其社会差异
**获奖评论**:
“首先,我要感谢所有参与这项研究的人们以及为本项目付出努力的所有成员。我们专注于填补国内关于性取向和性别认同的数据空白,并通过全国随机抽样调查获得了宝贵的结果。这些成果不仅有助于揭示不同群体间的社会差距与认知差异,也将进一步推动该领域的研究进展。我将继续致力于提高性少数群体的生活质量。”

#### 清水洋 教授
**研究成果**: 通用目的技术的创新研究
**获奖评论**:
“感谢文部科学大臣对我的工作的认可,这对我来说是一个巨大的荣誉。蒸汽机和人工智能等通用目的技术能够广泛应用于各个领域,并显著提升经济生产率和社会发展。我通过实证分析来研究这些技术是如何诞生、扩散以及对企业和经济造成影响的。此外,我还考察了国家科研投资与企业衍生品对于这类技术创新的影响,希望能够为相关政策制定提供参考。”

### 若手科学者奖

#### 嶋川里澄 准教授
**研究成果**: 宇宙早期星系团中红色星系观测研究
**获奖评论**:
“感谢文部科学大臣对我的研究的认可。我通过使用 Subaru 和 James Webb 等望远镜进行的天体观测,致力于理解宇宙中的‘古代城市’——原始星系团内星系的形成与演化过程。这个研究领域充满了挑战和机遇,在探索过程中不断提出新问题并寻求答案是一个非常有趣的过程。这次获奖对我来说是一种鼓励,我希望能够继续在这一领域深入工作。”

### 研究支援奖 研发管理部门

#### 森本行人 准教授
**研究成果**: 促进日本人文社科研究管理人才的培养
**获奖评论**:
“感谢文部科学大臣对我的工作的认可。我一直致力于培育能够推动日本人文社会科学领域研究发展的人才。我们的工作不仅涉及基础教育和培训,还包括构建有效的管理和支持体系以确保研究质量。未来,我希望能够继续推动这一领域的进步,并为提高整体科研水平做出贡献。”

このたび、早稲田大学の研究者6名が、科学技術分野で顕著な功績があったとして、「令和8年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰」を受賞しました。

日本の科学技術の発展等に寄与する可能性の高い独創的な研究又は開発を行った者を表彰する「科学技術賞 研究部門」では、237件の応募から47件(56名)が選ばれ、人間科学学術院の井上真教授、理工学術院の小澤徹教授、社会科学総合学術院の釜野さおり教授および商学学術院の清水洋教授が受賞しました。

また、萌芽的な研究、独創的視点に立った研究等、高度な研究開発能力を示す顕著な研究業績をあげた40歳未満(出産・育児により研究に専念できない期間があった場合は、42歳未満)の若手研究者を対象とする「若手科学者賞」では、425名の応募者の中から101名が選ばれ、高等研究所の嶋川里澄准教授が受賞しました。

さらに、科学技術の発展や研究開発の成果創出に向けて、研究開発マネジメント活動を通じて研究開発の推進に寄与する活動を行い、顕著な功績があった者を対象とする「研究支援賞 研究開発マネジメント部門」では、13件の応募から4件(14名)が選ばれ、リサーチ・イノベーション・センターの森本行人准教授が受賞しました。

令和8年度科学技術分野の文部科学大臣表彰早稲田大学受賞者

左から、清水教授、井上教授、釜野教授、森本准教授、嶋川准教授

以下に、各受賞者のコメントを掲載いたします。

科学技術賞 研究部門

受賞業績:熱帯林保全と社会的公正の実現を目指した環境ガバナンス研究
人間科学学術院 井上 真 教授

受賞コメント
この度は、文部科学大臣表彰・科学技術賞(研究部門)をいただき誠に光栄です。まずは、推薦・評価に関わってくださった皆さまに深く感謝いたします。

私は大学卒業直後から熱帯林の消失・保全の問題、とりわけ先住民など森林地域で暮らす人びとの幸福や権利の確保という社会的課題に取り組んできました。現実の厳しさにもかかわらず40年以上にわたり研究意欲を維持できたのは、ボルネオ先住民の友人、国内外の学生や共同研究者、NGO活動の仲間、そして友人や家族の存在が心の支えになったからです。

本研究を通して、「コモンズ論」を深化・発展させ、ローカルとグローバルをつなぐ「協治論」(協働型ガバナンス論)へとスケールアップしました。また、先住民等の主体性や権利の保障といった社会的公正の実現に向け、気候変動政策と地域発展政策を統合するものとして森林政策を位置づけました。本研究成果がさらに多くの研究者や実践家に参照され、ひいては熱帯諸国の良い環境ガバナンスの実現に寄与できればこの上ない喜びです。

現在も科研費により世界14カ国19地域を対象とする共同研究を鋭意実施中です。引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 

受賞業績:非線型分散型方程式に対する修正エネルギー法の研究
理工学術院 小澤 徹 教授

受賞コメント
令和8年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(研究部門)を受賞いたしました。誠に光栄に存じますとともに、過分な評価に恐縮しております。

この研究は、「非線型分散波の時間減衰評価に有効な擬共形エネルギーはその高階版も構成出来る筈である」と後期博士一年生の時に着想を得た40年前に始まったものです。約10年前からは有力な共同研究者も得て、現時点でも様々な方程式に関して取り組んでいます。その発想は、有効な不等式の導出の背後には本質を担う等式が在る筈だと云う視点に広がり、理論物理学の基礎方程式や基礎解析学の函数不等式の導出にも効果を発揮しつつあります。

今回の受賞は共同研究者や研究支援者、研究室の学生の協力が有って初めて実現したものであり、関係者に深くお礼申し上げます。今後とも学問の研鑽を通じて本学の発展に貢献して参りますので宜しくお願い申し上げます。

 

受賞業績:性的指向と性自認のあり方に関する人口学的研究
社会科学総合学術院 釜野 さおり 教授
(法政大学グローバル教養学部 平森大規助教との共同受賞)

受賞コメント
この度は、文部科学大臣表彰・科学技術賞(研究部門)をいただき、大変光栄に思います。共同受賞者の平森大規さん(法政大学)をはじめ、2024年に逝去された岩本健良さんを含むプロジェクトメンバー全員でいただいた賞であると考えております。ともに進めてきた皆様に、心より感謝いたします。

本研究では、国内では十分に整備されていなかった性的指向および性自認に関する統計に着目し、社会調査におけるモデル設問の考案や全国無作為抽出調査の実施を通じて、性的マイノリティとそうでない人々との社会的格差や意識の差異を数量的に明らかにしました。

また、本研究は住民の皆様が調査にご回答くださったことにより成り立っております。調査の実施および回答にご協力くださったすべての方々に、深く御礼申し上げます。

扱うテーマの性質上、今後も多くの課題に直面すると考えておりますが、本受賞を励みに、性的マイノリティの生きやすさの向上につながる研究を継続してまいります。引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

受賞業績:ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション研究
商学学術院 清水 洋 教授

受賞コメント
この度は、文部科学大臣表彰の科学技術分野、研究部門をいただき、光栄です。これまで研究を支えてくれた多くの方々に深く感謝を申し上げます。

蒸気機関や人工知能のように、広範な分野で使われ、経済の生産性を上げ、社会を大きく変えるのがジェネラル・パーパス・テクノロジーです。この研究ではジェネラル・パーパス・テクノロジーが、いかに生まれ、波及し、企業や経済に影響を与えるかを実証的に分析しています。また、国の科学技術への投資や企業からのスピンアウトがこのような技術の生成や波及にどのような影響があるのかを分析し、政府の政策立案にも役立てられるようにしています。

まだまだ分からないことが多い領域であり、研究を進める余地がたくさんあることは研究者としては嬉しいことです。今後とも研究を進めていきますので、よろしくお願いいたします。

 

若手科学者賞

受賞業績:宇宙最盛期の原始銀河団で形成される赤色銀河の観測的研究
高等研究所 嶋川 里澄 准教授

受賞コメント
この度は、文部科学大臣表彰・若手科学者賞という栄誉ある賞をいただき、大変光栄に存じます。
本研究を支えて下さった共同研究者の方々、ならびに研究に専念できる環境を整えて下さっている事務局を含む大学関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。

私はこれまで、すばる望遠鏡やジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡などを用いた天体観測を通じて、「宇宙の古代都市」と呼ばれる原始銀河団における銀河の形成と進化の解明に取り組んできました。密集した銀河がお互いにどのように影響し合い、姿を変えてきたのか。微かな光から多様な進化の歴史を読み解く過程は、常に新たな問いとの対話であり、その探求を評価いただけたことは大きな励みとなります。

また、今回は図らずも兄弟での同時受賞となりました。専門分野は全く異なりますが、幼少期より互いに刺激し合い、切磋琢磨してきた弟と共にこの節目を迎えられたことは非常に感慨深く、新たな活力を得る機会となりました。今後も、本学における宇宙研究のさらなる発展と、真理の探究に邁進して参ります。

 

研究支援賞 研究開発マネジメント部門

受賞業績:日本の人社系研究マネジメントを担う人材育成への貢献
リサーチ・イノベーション・センター 森本 行人 准教授
(京都大学総合研究推進本部 稲石奈津子URA(上席)、大阪大学社会技術共創研究センター 川人よし恵特任准教授との共同受賞)

受賞コメント
この度は、文部科学大臣表彰 研究支援賞(研究開発マネジメント部門)という大変名誉ある賞を賜り、誠に光栄に存じます。まずは、推薦・評価に関わってくださった皆様、ならびに日頃よりご指導・ご協力を賜っている研究者、URA、事務職員の皆様に心より御礼申し上げます。

2014年に人文・社会科学系URAネットワークを立ち上げて以来、10年以上にわたり、複数の機関が連携する研究推進の基盤づくりと、職種や組織を問わないオープンな議論の場づくりを進めてきました。また、研究の価値をわかりやすく社会に伝え、異なる分野や組織との対話を通じて、新たな研究の創出につなげることを大切にしてきました。

本受賞は、こうした実践を支えてくださった多くの関係者との協働の成果であり、個人のものではなくコミュニティ全体の成果であると受け止めております。今後も、人文・社会科学の持つ力を社会へと接続させ、日本の研究力向上に貢献できるよう、一層精進してまいります。

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「脳の修復」の鍵はミエリンの“まきつき”にあり

「脳の修復」の鍵はミエリンの“まきつき”にあり
―まきつきの評価法開発と薬剤の特定―

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所神経薬理研究部の村松里衣子部長らの研究グループは、早稲田大学理工学術院梅津信二郎教授らと共同で、神経細胞のネットワークの恒常性を維持する働きがあるミエリン1)の修復の評価法を開発し、その機序を促進させる薬剤を見出しました。

脳は神経細胞だけではなく非神経細胞(グリア細胞等)からも成り立っており、どちらも機能の維持に必要です。ミエリンはグリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイト2)が形成する構造物です。さまざまな疾患や加齢に伴い、ミエリンは脱落し、それが脳機能の低下につながると考えられています。そのため、ミエリンを修復させることができれば、神経疾患による後遺症の軽減や加齢に伴う脳機能の低下からの回復が期待されます。

ミエリン修復は複数の段階から成り立ちますが、中でも最終段階であるオリゴデンドロサイトによる神経軸索への「まきつき」は神経機能回復に重要です(図1)。今回、研究グループは、まきつき能力を評価する新たな手法を開発しました。本手法は薬剤スクリーニングにも応用可能です。本評価系で見出したまきつき促進効果をもつ薬剤について、疾患モデル動物に対する効果を検討したところ、まきつきの促進効果が検出され、症状の改善も促されました。さらに、その薬剤の服用歴を有する健常者を対象としたコホート解析により、薬剤服用者ではミエリンを多く含む脳の白質が加齢による変化をうけにくい可能性が示されました。つまり、作成した評価法を用いてまきつき促進効果を検出する薬剤には、ヒトの脳の白質障害に対して治療効果が発揮されることが期待されます。

本研究成果は日本時間2026年4月15日に、米国の融合領域科学誌「Cyborg and Bionic Systems」に掲載されました。

図1.研究対象の”まきつき” まきつきの促進は、脳機能の改善に貢献。

(1)研究の背景

脳や脊髄には、ミエリンのもととなるオリゴデンドロサイトの前駆細胞が生涯にわたり豊富に存在します。オリゴデンドロサイト前駆細胞が増殖して、オリゴデンドロサイトに分化し、その後に神経軸索にまきつくことで、ミエリンが修復します。これまで、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖や分化を対象とした研究は盛んにおこなわれてきましたが、ミエリンの機能的な修復に必要な「まきつき」については、その機序の解明は進んでおらず、その背景には、まきつきを評価する方法が不足しているという課題がありました。

(2)研究の概要

オリゴデンドロサイトは生きた神経細胞だけではなく、工学的に作成された微細構造物にもまきつく性質があります。研究グループは、神経軸索を模倣したマイクロファイバーに対して、培養オリゴデンドロサイトのまきつき能力を評価する方法を作成しました(図2)。この方法は、ラットのオリゴデンドロサイト培養細胞の評価だけではなく、ヒトiPS細胞から作成したオリゴデンドロサイトにおいても用いることができました。

作成した方法がミエリン修復薬の探索に用いることができるかを検討するため、研究グループはすでに承認されている薬剤の中から、まきつきを促進させる薬剤があるかを検討しました。その結果、Dimemorfanという咳止め薬として使用されている薬剤に、まきつきを促進させる効果があることがわかりました。このDimemorfanによるまきつき促進効果は、同薬剤の既知の作用機序であるSigma-1受容体3)を介するものでした。

多発性硬化症のモデル動物などミエリンが脱落したマウスに対してDimemorfanの投与したところ、ミエリンの修復が促進され、ミエリン脱落による神経機能障害も緩和しました(図3)。さらに、Dimemorfanの服用歴を有するヒトの脳画像を解析したところ、加齢にともなう白質量の低下が抑制されている可能性が示されました。

図2.まきつきの評価法 ヒトiPS細胞から作成したオリゴデンドロサイトを用いた検討も可能。

図3.まきつき促進効果を発揮した薬剤の効果 疾患モデルマウスに対して同定した薬剤を投与すると、ミエリンの組織修復が促進し、神経症状も改善。

*図の一部はBioRenderで作成されました。

(3)今後の展望

ミエリンは、認知機能や運動機能の低下との関連が示唆されています。今回作成した評価法と同様の手法により、ミエリンの修復に有効な薬剤の探索が可能になるとともに、まきつきの新たな機序解明が導かれる可能性があります。これらを通じたミエリンを標的とした新たな治療法の開発が期待されます。

(4)用語の説明

1)ミエリン
神経軸索の周囲を覆う被膜のような構造物。神経活動のスムーズな伝達を支えている働きが代表的な機能。他にも、神経細胞への栄養供給や血液脳関門の維持等、脳の恒常性の維持の貢献する多彩な機能を有する。

2)オリゴデンドロサイト
中枢神経系に備わるオリゴデンドロサイトの前駆細胞は、生涯にわたり、増殖能や分化能力を備えている。オリゴデンドロサイトの機能を促進させてミエリンを修復させる薬剤は、開発はされてはいるものの、現時点で認可されているものはない。

3) Sigma-1受容体
神経変性疾患、精神疾患などさまざまな病態に関与することが知られる。受容体を活性化させると神経機能が改善することが、アルツハイマー病などのモデル動物で報告されている。

(5)原著論文情報

・論文名:Biomimetic microfibers for myelin-enhancer screening and neural regeneration
・著者:Lili Quan, Akiko Uyeda, Atsushi Sekiguchi, Ze Zhang, Kazuhisa Sakai, Tsunehiko Takamura, Ruijuan Zhang, Noritaka Ichinohe, Shinjiro Umezu, and Rieko Muramatsu(†責任著者)
・掲載誌: Cyborg and Bionic Systems
・doi: 10.34133/cbsystems.0565
・https:https://spj.science.org/doi/10.34133/cbsystems.0565

(6)研究経費

本研究結果は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)、脳神経科学統合プログラム、日本学術振興会・科学研究費補助金若手研究、基盤研究(B) の支援を受けて行われました。また、本研究はAMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)による支援を受けました。一部の研究試料は、東北メディカルメガバンク機構から分譲されました。分譲データは、ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(B-Cure) 基盤事業としてサポートされました。

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分子の「混ざり方」と「過去の状態」が振る舞いを左右

🤖 AI Summary

本研究は、生命の起源と進化に関する理解を深める重要な成果です。以下に主な特徴と意味合いをまとめます:

### 主な内容

1. **実験モデルの構築**:
- 自己複製RNAと寄生型RNAを使用した微小液滴(油中水滴)からなる実験モデルを作成。
- 液滴間の混合度を制御して、異なる混合状態での分子系の挙動を解析。

2. **理論模型の構築**:
- 自己複製分子と寄生型分子の増減や時間変化を記述する従来の理論モデルを拡張。
- 区画間の混合度を連続的なパラメータとして導入し、完全に混ざらない状態から均一な状態までの一貫した解析を行う。

3. **結果の解釈**:
- 混合が弱い場合、寄生型RNAが優勢になりやすい。
- 充分な混合がある場合、自己複製RNAと寄生型RNAが空間的に分離され、自己複製RNAが維持されやすくなる。
- 区画がよく希釈される条件では、自己複製RNAが維持されやすくなる傾向。

4. **長期的な複製実験**:
- 4種類のRNAが周期的に割合を変化させながら共存する振る舞いが観察。
- この共存は液滴間の混合が中程度である条件で理論モデルにより再現。

### 波及効果と社会的意義

1. **生命の起源に関する理解**:
- 分子の混ざり方と過去の状態(構成記憶)が分子系の振る舞いに大きな影響を与えることを示し、生命の初期環境についてより現実的な議論ができる基盤を提供。

2. **人工細胞や合成生物学への応用**:
- 液滴の混ざり方を制御することで挙動が変化するという知見は、進化する人工細胞の設計指針としての活用が期待される。

### 今後の展望

1. **長期的進化の影響**:
- ミックス状態によってRNAの多様性がどのように変化するかの検証が必要。

2. **異なる区画構造での現象の確認**:
- 選択的に異なるタイプの区画構造で同様の現象が見られるかどうかの調査も重要。

### 研究者のコメント

- 生命の起源と進化における重要な問題である自己複製分子の維持と進化を、分子の混ざり方と過去の状態(構成記憶)に着目して理論的に理解できることを示した。

この研究は、生命の初期状況や人工細胞技術の開発など、幅広い分野での応用が期待される重要な成果と言えるでしょう。

分子の「混ざり方」と「過去の状態」が振る舞いを左右
~RNA自己複製系で生命起源に関わる新たな視点を提示~

発表のポイント

  •  生命の起源では、自己複製する分子と寄生的な分子が互いに影響しながら進化したと考えられていますが、それらの振る舞いを左右する要因は十分に明らかになっていませんでした。
  •  自己複製RNAを用いた実験と理論モデルを組み合わせることで、RNAを含む細胞様の区画構造の混ざり方と過去の状態がその振る舞いに大きな影響を与えることを明らかにしました。
  •  生命がどのような環境で成立したのかという理解を深めるとともに、人工細胞などの新しいバイオ技術への応用が期待されます。

早稲田大学理工学術院の桑原涼歌(くわばらりょうか)(研究当時:学部4年)、水内良(みずうちりょう)准教授とパリ市立工業物理化学高等専門大学のBarnabe Ledoux、David Lacoste博士らの国際共同研究グループは、単純な自己複製する分子の振る舞いに液滴のような細胞様の区画構造が与える影響を、実験と理論の両面から明らかにしました。生命の起源において自己複製分子が持続的に進化していくためには、それらが微小な区画に封入されることが重要であると考えられてきましたが、区画同士の混ざり方が分子の複製に与える影響は十分に明らかではありませんでした。

本研究では、自己複製RNA分子 ※1 とそれに依存して増殖する寄生型RNA分子 ※2 からなる実験モデルと、RNAの増殖と区画同士の混ざり方を記述する理論モデルを組み合わせ、この混ざり方と、過去の状態が部分的に引き継がれる性質 (構成記憶) が、分子系の振る舞いに重要な影響を与えることを示しました。

本成果は、2026年4月15日(水)に米国科学アカデミーが発行する『Proceedings of the National Academy of Science of the United States of America (PNAS)』で公開されました。

図1 混ざり方によって自己複製RNAの振る舞いが変わる

これまでの研究で分かっていたこと

生命の起源では、RNAのような自己複製する情報分子があり、進化によって複雑化していったと想像されています。しかし、進化の過程では機能を失った寄生型RNA分子が出現し、情報が維持できなくなることが問題となります。このような状況を緩和する仕組みとして、分子を細胞のような小さな空間に分ける「区画化」が重要であると考えられてきました。区画化によって分子同士の相互作用が局所的に制限され、寄生型分子の影響が抑えられると考えられています。

一方で、従来の理論では、区画の内容が完全に混ざると仮定した単純化がしばしば用いられてきましたが、部分的な混合が起こる状況や、過去の分子組成がどの程度引き継がれるかという点が分子系に与える影響は十分に理解されていませんでした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、自己複製分子と寄生型分子の増減や時間変化を記述する従来の理論モデルを拡張し、分子同士を分けた区画が完全に混ざらない状態を扱う新たな枠組みを構築しました。特に、区画同士の混ざり方を連続的なパラメータとして導入することで、完全に混ざらない状態から均一に近い状態までの分子の振る舞いを一貫して記述できるようにしました。また、それぞれの区画の混ざり方に応じて過去の分子組成を部分的に保持する性質に着目し、この効果を「構成記憶」として捉え、理論に取り入れました。さらに、複数種類の自己複製分子と寄生型分子を同時に扱えるようにすることで、より現実に近い分子系の振る舞いを解析可能にしました。

次に、自己複製RNAと寄生型RNAを用いて、油中に分散した微小液滴(油中水滴)からなる実験モデルを構築しました。この系では、それぞれの液滴が独立した区画として振る舞い、内部でRNAの複製が進行します。液滴間の混合の程度を制御して実験を行ったところ、混合が弱い場合には液滴ごとの分子組成のばらつきが強く残り、その結果として寄生型RNAが優勢になりやすい一方で、十分な混合がある場合には自己複製RNAと寄生型RNAが空間的に分離され、自己複製RNAが維持されやすくなることがわかりました。また、区画がよく希釈される条件では、自己複製RNAが維持されやすくなる傾向も確認されました。さらに、蛍光分子を用いた解析により、液滴間で実際にどの程度分子が混ざっているかを定量的に評価し、理論で導入した混合パラメータと対応づけることに成功しました。これらの結果は、構築した理論モデルとよく一致していました。

加えて、複数の自己複製RNAと寄生型RNAを組み合わせた長期的な複製実験を行ったところ、4種類のRNAが周期的に割合を変化させながら共存する振る舞いが観察されました (図2)。このような共存が起こることは過去の研究から予想されていましたが、その仕組みは明らかではありませんでした。本研究では、この振る舞いが液滴間の混合が中程度である条件において、理論モデルにより再現されました。この結果は、分子の共存に区画同士の混ざり方が影響していることを示唆しています。

図2 4種類のRNAの長期的な複製実験

以上の結果は、分子の振る舞いが単に区画化されているかどうかだけでなく、区画同士がどの程度混ざるか、そして過去の分子組成がどの程度引き継がれるかによって決まることを示しています。

研究の波及効果や社会的影響

本研究は、生命がどのような環境で成立し得たのかという根本的な問いに対して、分子の振る舞いに影響を与える具体的な要因を示した点で、生命の起源に関する理解を前進させるものです。これにより、生命の成立に適した初期の地球環境について、より現実的に議論できる基盤が整います。

また、液滴に分子を封入し、その混ざり方を制御することで挙動が変化するという知見は、人工細胞や合成生物学の分野への応用が期待されます。例えば、進化する人工細胞の設計指針としての活用が考えられます。

課題、今後の展望

本研究では、区画の混ざり方がRNA自己複製系の振る舞いに与える影響を明らかにしましたが、長期的な進化に与える影響については今後の課題です。例えば、混ざり方の違いによって進化するRNAの多様性がどのように変化するかについては、今後の検証が必要です。また、これまでに様々な原始細胞の構造が提唱されていますが、異なるタイプの区画構造においても同様の現象が見られるかどうかを調べることも重要な課題です。

研究者のコメント

生命の起源では、自己複製する分子がどのような条件で維持され、進化へとつながる振る舞いを示すのかが重要な問題です。本研究では、分子の混ざり方と過去の状態 (構成記憶) に着目することで、その振る舞いを理論的に理解できることを示しました。この結果は、初期生命が存在した環境を考える上で重要な手がかりになると考えています。

用語解説

※1 自己複製するRNA
RNA はリボ核酸(Ribonucleic acid)のことであり、遺伝情報を記録可能な分子である。本研究で用いたRNAは、自身を複製するウイルス由来の酵素(複製酵素)の遺伝子をコードしている。これを無細胞翻訳系と呼ばれる、タンパク質や小分子からなる反応液と混ぜることで、遺伝子が読み出されて複製酵素が生産され、その結果RNAが複製される。

※2 寄生型のRNA
RNAは複製の過程で変異が生じ、情報が書き換わったり失われたりすることがある。本研究で用いた寄生型のRNAは、複製酵素の遺伝子の一部領域を欠損している。そのため、自ら複製酵素をつくることができず、周囲の自己複製RNAが生産する複製酵素に依存して複製する。

論文情報

雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文名:Compositional memory matters for early molecular systems
執筆者名(所属機関名):Barnabe Ledoux* (パリ市立工業物理化学高等専門大学)、桑原涼歌 (早稲田大学)、市橋伯一 (東京大学)、水内良* (早稲田大学)、David Lacoste (パリ市立工業物理化学高等専門大学)
掲載日時:2026年4月15日
掲載URL:https://doi.org/10.1073/pnas.2537522123
DOI:10.1073/pnas.2537522123
*:責任著者

キーワード

生命の起源、RNA、自己複製、進化、液滴、構成記憶、人工細胞

研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的研究 (萌芽)
課題番号:25K22442
研究課題名:原始細胞モデルにおける自己複製分子システムの進化
研究代表者名(所属機関名):水内 良(早稲田大学)

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極超音速実験機のマッハ5燃焼実験に成功

🤖 AI Summary

極超音速実験機のマッハ5燃焼実験に成功

学校法人早稲田大学(理事長:田中愛治)は、JAXAや東京大学、慶應義塾大学との共同研究で、国内初のマッハ5(時速約5,400km)燃焼実験を成功させました。この実験は、極超音速飛行において機体とエンジンの統合制御技術を開発するために行われ、太平洋横断時間短縮や高度100km以上に到達する「スペースプレーン」の開発につながる重要なデータを取得しました。

実験では、マッハ5飛行状態を模擬して極超音速風洞を使用し、耐熱構造や推進性能を確認しました。また、将来の極超音速機の実用化に向けた基礎データも集めました。

早稲田大学は、研究代表者である佐藤哲也教授が率いるチームで、極超音速気流を取り込む空気入口の設計と解析にも貢献しました。今回の成功により、極超音速技術の実用化に向けた一歩を踏み出せました。

今後は、観測ロケットを使用したさらに高度な飛行実験が計画されており、将来的には極超音速旅客機や「スペースプレーン」の開発につながる可能性があります。
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この要約では、実験の成功とその意義、そして今後の展開を簡潔にまとめています。必要であれば、さらに詳細な情報を追加することができます。例えば、具体的な結果や研究手法について詳しく説明することも可能です。

極超音速実験機のマッハ5燃焼実験に成功
~時速約5,400 kmで飛行する極超音速機の実現に向けた貴重なデータを取得~

発表のポイント

  • 国内初の極超音速実験機を用いたマッハ5(音速の5倍に相当する時速約5,400km)燃焼実験に成功しました。
  • 極超音速旅客機の実現に必要な主要技術を、マッハ5での飛行環境を模擬した試験で実証し、実用化に向けた貴重なデータの取得に成功しました。

学校法人早稲田大学(所在地:東京都新宿区、理事長:田中愛治)は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、「JAXA」)、東京大学、慶應義塾大学との共同研究において、JAXA角田宇宙センター(宮城県角田市)のラムジェットエンジン試験設備を用いて、我が国で初めて、極超音速実験機を用いた音速の5倍(時速約5,400km)に相当するマッハ5燃焼実験に成功しました。
本実験により、将来期待される太平洋を2時間で横断できる「極超音速旅客機」や、高度100km程度に到達する「スペースプレーン」の実現に向けた、貴重なデータを取得しました。
※ 早稲田大学の研究代表者は理工学術院 佐藤哲也教授です。

図1. 将来期待される極超音速旅客機の構想図ⒸJAXA


(1)本研究による開発状況および実験内容について

日本が先行して研究開発を進めている極超音速空気吸込みエンジン技術について、本研究では、マッハ5環境下で飛行実証し、機体とエンジンを一体として制御する機体/推進統合制御技術の構築を目指しています。

早稲田大学、東京大学、慶應義塾大学とJAXAとの共同研究チームは、観測ロケット等による飛行実証を見据えた極超音速実験機の設計・製作を行い、音速の5倍(時速約5,400 km)に相当するマッハ5飛行環境を模擬した燃焼実験※1を実施しました。早稲田大学では、本研究の取りまとめと、極超音速気流を吸い込む空気取入口の設計・解析を担当しました。今回製作した実験機の特徴・新規性、実施した実験内容は次の通りです。

極超音速飛行では、機体とエンジンの相互干渉が非常に強いことが大きな特徴です。飛行マッハ数や機体の姿勢によって機体に形成される衝撃波が変化し、エンジンに取り込まれる気流の状態が大きく変わります。また、エンジンの推力は機体の運動に直接影響を与えるため、機体とエンジンは互いに強く結び付いたシステムとして振る舞います。このため、極超音速機では、機体の空力設計、エンジンの燃焼設計を個別に行うのではなく、一体のシステムとして取り扱う「機体/推進統合設計・制御」が必要になります。

本研究では統合的設計を行い、極超音速飛行環境においても安定したエンジン作動と機体制御が可能となる構成として、必要最小規模である全長2mの極超音速実験機を実現しました。その際、マッハ5の飛行状態では空気の圧縮加熱によって機体周囲の空気温度が1,000℃ 程度に達します。このような高温環境に対応するため、耐熱材料と遮熱構造を組み合わせた軽量耐熱構造として設計し、高温環境下でも機体および内部の電子機器が正常に動作できる構造を構築しました。

上述の極超音速実験機を用いた実験にあたっては、JAXA角田宇宙センター(宮城県角田市)のラムジェットエンジン試験設備を使用して、マッハ5の飛行状態を模擬した極超音速風洞での燃焼実験を実施しました。具体的な実験項目及びその様子は以下の通りです。

① 極超音速実験機の燃焼実験(試験設備でマッハ5飛行状態を模擬)ⒸJAXA

② ラムジェットエンジンの燃焼作動ⒸJAXA

③ 実験機の耐熱性能の測定ⒸJAXA

④ 実験機の操舵翼の動作ⒸJAXA

(2)本実験の成果と今後の展開

今回の実験によって、これらの空力、推進、構造の統合設計の妥当性を確認することができました。さらに、耐熱構造の設計解析手法を検証するための機体表面温度分布の計測や、水素燃料を用いるラムジェットエンジンの排気が地球環境に与える影響を調べるための排気温度場の計測等を実施し、将来の極超音速機の実用化に向けた基礎データを取得しました。

本実験結果を踏まえて、極超音速実験機を観測ロケット等に搭載してマッハ5程度の飛行実験の実施を構想しています。極超音速飛行技術が確立されれば、太平洋を2時間で横断できる「極超音速旅客機」や、高度100km程度に到達する「スペースプレーン」の実現につながることが期待されます。

(3)研究助成

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名:観測ロケットを用いた極超音速フライトテストベッドの構築と機体推進統合制御の実証
研究代表者名(所属機関名):佐藤哲也(早稲田大学)

(4)用語解説

※1 風洞実験
航空機などの模型を風洞装置内に設置して、模型周囲に実際の飛行状態を模擬した空気流を流すことで、飛行状態で起きる現象を調査するための実験。

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組織侵襲性細菌が組織を壊す仕組みを解明!

組織侵襲性細菌が組織を壊す仕組みを解明!
~移植再生医療に応用の可能性~

発表のポイント

  • 糖尿病患者への膵島移植※1)などの先進医療を支える基盤技術の一つに、ドナー組織から目的の細胞のみを取り出す酵素製剤があります。細胞の足場であるコラーゲンを消化して組織をバラバラにする目的で、病原細菌由来のコラーゲン分解酵素※2)が使われています。
  • 1990年代に岡山大学の松下治名誉教授らが細菌から同定・命名した二種類の酵素遺伝子を基礎に、2016年に二種類の安全な組換え酵素が我が国の製薬企業から発売されました。しかし、これらの酵素が効率よくコラーゲンを消化する仕組みは未だ不明でした。
  • 今回の研究は、原子レベルで酵素の形と動きを調べ、組織侵襲性細菌3)がコラーゲンを連続して細切れにする仕組みを明らかにしたものです。この発見により組換え酵素の改良設計が可能になり、多様な移植医療、再生医療および治療に応用されると期待されます。

岡山大学の松下治名誉教授と岡山大学学術研究院医歯薬学域の武部克希助教(研究当時。現:北海道大学講師)、大阪大学大学院薬学研究科の河原一樹助教(研究当時。現:大阪公立大学講師)ら、愛媛県立医療技術大学の美間健彦教授、早稲田大学の小出隆規教授ら、米国アーカンソー大学のジョシュア・サコン(Joshua Sakon)教授らの国際共同研究グループは、組織侵襲性細菌がコラーゲン分解酵素によりコラーゲンを連続的に切断する仕組みを解明しました。

この研究成果は4月2日、英国の総合科学誌「Nature Communications」にResearch Articleとして掲載されました。

コラーゲンは、細長い三重らせんという特異な形のタンパク質です。細菌が作るコラーゲン分解酵素は、コラーゲンを取り込み、らせんをほぐして切断、その後らせん軸に沿って少しずつ前進し、コラーゲンを細切れにすると考えられます。この仕組みは、ヒトや動物が持つコラーゲン分解酵素が細長いコラーゲンの途中1カ所だけを特異的に切断する仕組みとは根本的に異なっていました。

本研究成果は、生命の進化と病原細菌による巧妙な感染機構の獲得を考える上で興味深い発見であるとともに、組換え酵素の改良設計を通じて多様な移植再生医療に応用されると期待されます。

 

(1)発表内容

<現状>

コラーゲンは、ヒトや動物の組織を形作る重要なタンパク質です。コラーゲンは3本のポリペプチド鎖※4)(α鎖)の三重らせん構造から成り、構造が極めて安定で、一般的なタンパク質分解酵素では分解されません。組織侵襲性細菌はコラーゲン分解酵素(細菌性コラゲナーゼ)を分泌してコラーゲンを分解し、組織を破壊して感染を急速に拡大します。一方で、この酵素は、その高い組織分解活性を利用して、糖尿病患者へ移植するための膵島細胞の分離や拘縮性疾患※5)の治療に応用されています。しかし、この酵素がどのような仕組みでコラーゲンを分解するのかは不明でした。

<研究成果の内容>

細菌性コラゲナーゼ単体、および酵素とコラーゲン様三重らせん型基質※2)の複合体の形と動きを、クライオ電子顕微鏡※6)を用いて観察し、この酵素がどのようにしてコラーゲンを細切れにするのかを明らかにしました。コラゲナーゼにはドーナツ状の部分があり、まずリングの一部を開閉して細長いらせん型コラーゲンをその内部に取り込みます(図2a, b)。次に、コラーゲン周囲の水分子を取り除いてらせん構造をゆるめ、1本ずつに分かれたα鎖をそれぞれリング内の別の場所に誘導します(図2c)。うち1本のα鎖は、らせん構造からループ状に曲げ出され、引き延ばされて活性中心※7)で切断されます(図1, 2c)。切られた部分が酵素から遊離すると、酵素は残る2本のα鎖を“レール”のように使い、三重らせん部分を探して、らせん軸に沿って前進し、1本のα鎖を切断する反応を繰り返すと考えられます(図2d-f)。

いったん前に進んで切断すると後戻りはできないため、細菌性コラゲナーゼは「らせんに沿って一方向に歩きながら三重らせんをほぐしつつ切断する」を繰り返すラチェット・ウォーキング型のコラーゲン分解を行うと考えられます。この仕組みは、ヒトや動物のコラゲナーゼが長細いコラーゲンの1カ所だけを特異的に切断する一撃離脱型の分解とは根本的に異なっていると思われます。

図1.細菌性コラゲナーゼは三重らせん型コラーゲンをほぐしてα鎖(赤)を引き出す。

図2.細菌性コラゲナーゼはコラーゲンの三重らせん部分を求めて前進と切断を繰り返す。

<社会的な意義>

生命の進化と病原細菌の成り立ちを考える上で興味深い発見であるとともに、この発見に基づく酵素の改良設計を行なうことで、幹細胞の分離、細胞シートの作製、再生軟骨の表面処理、人工組織の成形など、移植再生医療の分野で幅広く応用されると期待されます。

(2)論文情報

論 文 名:Bacterial collagenase harnesses collagen geometry for processive cleavage.
掲 載 誌:Nature Communications
著   者:Hiroya Oki, Katsuki Takebe, Adjoa Bonsu, Kazunori Fujii, Ryo Masuda, Nicholas Henderson, Takehiko Mima, Takaki Koide, Mahmoud Moradi, Osamu Matsushita*, Joshua Sakon*, Kazuki Kawahara*
D  O  I:https://doi.org/10.1038/s41467-026-71099-3 受理2026.3.13、掲載2026.4.2

(3)研究資金

本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」(若手・JP23K14519研究代表 沖 大也; 基盤C・JP23K06545研究代表 松下 治; 基盤C・JP24K10218研究代表 河原 一樹)、日本医療研究開発機構(AMED)「生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)」(JP22ama121003)、乳酸菌研究会助成金(2023, 2024研究代表 松下 治)、National Science Foundation (grant 2218054, 研究代表 Joshua Sakon)の支援を受けて実施しました。また、論文掲載に当たり、the University of Arkansas Libraries Open Access Publishing Fundの支援をいただきました。

(4)補足・用語説明

1)「膵島移植」ドナーの膵臓からインスリン分泌細胞(膵島)を分離し糖尿病患者に移植する治療法。

2)「酵素と基質」酵素は生体内で反応を促進するタンパク質(触媒)。基質はその作用を受けて分解・合成される物質。本研究では、酵素の細菌性コラゲナーゼが基質のコラーゲン分子を分解する。

3)「組織侵襲性細菌」ガス壊疽菌群、ビブリオ属菌などの病原細菌。

4)「ポリペプチド鎖」タンパク質の基本構造。多数のアミノ酸がペプチド結合(-CO-NH-)で直鎖状に連なっている。コラーゲン分子を構成する3本のポリペプチド鎖は、それぞれα鎖と呼ばれる。

5)「拘縮性疾患」ここでは、腱や腱膜などの線維組織にコラーゲンが異常に増えてしこりになり、本来の動きが制限される病気。デュピュイトラン拘縮、ペロニー病など。

6)「クライオ電子顕微鏡」生物試料を急速凍結し、生のまま電子顕微鏡で撮影する技術。タンパク質などの立体構造を、自然に近い状態で原子レベルの分解能で解析できる。

7)「活性中心」酵素の表面で実際に化学反応が起こる場所。

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自然界には存在しない構造を持つ2次元酸化鉄の作製に成功

自然界には存在しない構造を持つ2次元酸化鉄の作製に成功
~グラフェン/SiC界面が生み出す新物質~

発表のポイント

  •  自然界には安定に存在しない構造を持つ2次元酸化鉄の作製に成功しました。
  •  2次元物質のグラフェンと3次元物質のSiCの界面に鉄と酸素を導入する新たな手法により、この2次元酸化鉄作製を実現しました。
  •  スピントロニクスデバイスなどへの応用が期待され、さらに他の2次元遷移金属酸化物に展開することによって新たな量子物性の開拓につながる可能性があります。

早稲田大学の乗松航(のりまつ わたる)教授、物質・材料研究機構(NIMS)の榊原涼太郎(さかきばら りょうたろう)博士(研究当時名古屋大学所属)、日本原子力研究開発機構の寺澤知潮(てらさわ ともお)研究副主幹、東京大学の河内泰三(かわうち たいぞう)技術専門職員、福谷克之(ふくたに かつゆき)教授、名古屋大学の伊藤孝寛(いとう たかひろ)准教授の研究グループは、自然界には存在しない構造を持つ2次元酸化鉄の作製に成功しました。

酸化鉄※1は、様々な組成・構造を持つものが存在し、例えば、スピネル構造を持つマグネタイトFe3O4は紀元前から鉄につく磁石として知られており、コランダム型構造を持つヘマタイトFe2O3は主要な鉄鉱石でありヘモグロビンと同様の由来を持つ名前が示すように赤い顔料として用いられています。

当グループは、2次元物質※2であるグラフェンと、3次元物質である炭化ケイ素(SiC)基板の界面※3に、2次元的な構造を持つ酸化鉄を作製する方法を発見しました。さらに、形成された2次元酸化鉄を原子レベルで構造解析した結果から、この界面物質は自然界には存在しない構造を持つ酸化鉄であることを明らかにしました。本研究成果は、界面を利用することで従来の化学平衡では実現できなかった新しい構造を作り出す手法を示した点で重要です。

本成果は、2026年3月14日付けで、Wiley社が発行する学術誌『Small Methods』誌に掲載されました。

これまでの研究で分かっていたこと

遷移金属酸化物は、絶縁体から金属、超伝導体まで多彩な電子物性を示す材料として知られています。その中で本研究では、地球上に最も豊富に存在する遷移金属元素である鉄(Fe)とその酸化物に注目しました。鉄は、3d軌道の電子によるスピン分極のために強磁性体(磁石)として知られています。同様に酸化鉄でも、スピネル構造を持つマグネタイトFe3O4は古くから磁石として用いられてきました。酸化鉄はマグネタイト以外にも、塩化ナトリウム型構造を持つウスタイトFeOやコランダム型構造を持つヘマタイトFe2O3など様々な構造を持ち、構造によって物性が大きく異なることが知られています。そのため、新しい構造を持った酸化鉄材料の探索は、基礎・応用の両側面で意義深いと言えます。

ここで、グラフェンや遷移金属ダイカルコゲナイドなどの2次元物質は、構造の2次元性に起因して、3次元物質にはない物性や機能について、非常に活発に研究されています。その中でも、2次元物質グラフェンと3次元物質である基板の界面は、特異な現象の生じる場として注目されています。例えば、グラフェン/SiCヘテロ構造を作製し、水素雰囲気ガス中で加熱すると、水素がグラフェンとSiCの界面に侵入するインターカレーション※4と呼ばれる現象が生じます。このインターカレーション現象を、水素以外の元素やその化合物へと拡張することで、グラフェンとSiCの界面において、例えば2次元の窒化ガリウム(GaN)や2次元の酸化インジウム(InO)といった2次元半導体を作製できることが報告されてきました。このような背景の中で、インターカレーションによる2次元の酸化鉄の作製にも大きな期待が寄せられてきました。しかしながら、鉄は炭素やケイ素との反応性が非常に高く、先行研究と同様のアプローチでは鉄の炭化物やケイ化物が優先的に形成されてしまうため、2次元酸化鉄の形成はこれまで実現されていませんでした。

新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

2次元酸化鉄を作製する手法を確立できれば、これまでにない物性や機能を持った材料の実現が期待されます。そこで本研究では、グラフェン/SiC界面を、新たな2次元物質を形成するための結晶成長場とみなし、インターカレーション現象を利用することで2次元酸化鉄の作製を目指しました。実験と解析の結果、グラフェンの2次元性とSiCの結晶構造を反映して、自然界には存在しない構造を持つ2次元酸化鉄が形成することを見出しました。また、得られた2次元酸化鉄は室温では常磁性を示す一方で、低温(100 K)では反強磁性秩序を持つことが示唆されました。

様々な物質をグラフェン/SiC界面にインターカレーションする際、まずグラフェンとほとんど同じ構造を持つバッファー層と呼ばれる炭素原子層をSiC上に形成します。従来では、このバッファー層上に真空中で元素を堆積させ、そのまま加熱するというアプローチがとられてきました。これは、加熱中に酸素が存在すると、グラフェン/SiC界面に酸素が優先的にインターカレーションしたり、グラフェン中の炭素と反応してCO2として分解されるためグラフェンがなくなってしまうためです。しかしながら、この手法を鉄に適用した場合、鉄が炭素やケイ素と優先的に反応して、グラファイトやケイ化物が不均一に形成されてしまいます(図1)。

そのため、鉄やその化合物に関するインターカレーションの報告はこれまでほとんどありませんでした。それに対して本研究では、バッファー層上に真空中で鉄を蒸着したあと、試料をあえて一旦大気中に曝露したのち、再び真空中に導入して加熱処理を行うことで、酸化鉄のインターカレーションが起こり、グラフェンとSiCの界面に2次元酸化鉄が形成することを見出しました(図1)。

図1 インターカレーションによる2次元酸化鉄の作製方法

 

これらの、従来法と新手法で得られた試料断面の原子分解能電子顕微鏡像を図2に示します。従来法では、鉄がSiCと反応することにより多層グラフェンとケイ化鉄(Fe silicide)が不均一に形成されました。一方、新手法で作製した試料の高角環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)像では、グラフェンとSiCの界面に、矢印で示すような一様な輝点の周期配列が見られました。HAADF-STEM像では、原子番号の大きい元素ほど明るく観察されます。この界面の輝点領域において電子エネルギー損失分光による元素分析を行った結果、そこには鉄と酸素が含まれていることから、グラフェンとSiCの界面に酸化鉄の2次元結晶が形成されたことがわかりました。

図2 従来法と新手法での高分解能透過型電子顕微鏡(HRTEM)像と高角環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)像

 

形成された2次元酸化鉄がどのような原子配列を持っているのかを明らかにするために、第一原理計算によって最適化されたいくつかの構造モデルに基づいてHAADF-STEMシミュレーション像を計算し、図3に示すように実験結果と対応させました。その結果、SiCの直上では、FeとOがSiCと同じ四面体構造を持っていること、グラフェンの直下では、塩化ナトリウム型の八面体構造を持っているものとして矛盾なく説明できることがわかりました。このような構造を持つ酸化鉄は、我々の知る限り報告されておらず、グラフェン/SiC界面に形成された2次元酸化鉄は、自然界には存在しない構造を持つことが明らかとなりました。2次元酸化鉄がこのような特異な構造をとる理由は、SiC直上では鉄と酸素がSiCと同じ四面体構造の配列を取る一方で、その上側では塩化ナトリウム型構造のウスタイト構造へと緩和することによると考えられます。

このような構造を持つ2次元酸化鉄についてメスバウアー分光測定※5を行った結果、室温では常磁性を示すのに対して、低温(100 K)では反強磁性秩序を持つことを示唆する結果が得られました。

図3 2次元酸化鉄の構造解析の結果

 

研究の波及効果や社会的影響

本研究により、2次元物質であるグラフェンと3次元物質であるSiCとの界面において、自然界には存在しない構造を持つ2次元酸化鉄を作製できることが明らかになり、また、メスバウアー分光測定により、この2次元酸化鉄は冷却に伴って常磁性から反強磁性への磁気相転移を示すことが示唆されました。これらの結果は、スピントロニクスや低次元磁性などへの応用が期待されます。

酸化鉄を含む遷移金属酸化物には、高温超伝導を示す銅酸化物や、強相関電子系のマンガン酸化物などがあり、機能の宝庫と呼ばれています。本研究の方法論によって、これらの様々な遷移金属酸化物をグラフェン/SiC界面で2次元化できれば、より高温での超伝導や巨大磁気抵抗効果といった興味深い特性の発現が期待されるため、基礎研究と応用技術の両側面で様々な波及効果が期待できます。

課題、今後の展望

物質の性質や機能は、原則としてその原子配列、すなわち構造によって決まります。これまでに存在しない構造を持つ物質が得られれば、これまでにない物性や機能が現れることが容易に想像されます。よって、本研究で得られた特異な構造を持つ2次元酸化鉄特有の新規物性の実証と、その応用技術の開拓が今後の課題です。

研究者のコメント

世の中に存在する多くの物質の構造や物性は、これまでの人類のたゆまぬ研究によってほとんど理解されてきたと言っても過言ではありません。そんな現代において、異種物質同士の界面で生じる新物質や新機能の開拓は、今後ますます発展していくと考えています。2次元グラフェンと3次元SiCの界面で、これまで人類が見たことのない構造を持つ2次元酸化鉄が形成されたことはその成果の1つです。今後も、界面をキーワードにさらに多くの新物質・新機能の実現へとつなげていきます。

用語解説

※1 酸化鉄
鉄と酸素の化合物であり、組成・構造によって異なる物性を持つ。例えば、スピネル構造のマグネタイトFe3O4は磁石として、コランダム型構造を持つヘマタイトFe2O3は赤色顔料として用いられてきた。これまでに多様な酸化鉄の結晶構造が報告されており、構造によって物性も大きく異なることから、新しい構造を持った酸化鉄材料の探索は基礎・応用の両側面で意義深い。

※2 2次元物質
炭素原子1層のみで構成されるグラフェンや、ホウ素と窒素が同一平面内に配列した六方晶窒化ホウ素、遷移金属の原子層がカルコゲンの原子層に挟まれた構造を持つ遷移金属ダイカルコゲナイドなどに代表される物質群の総称。上下方向に共有結合をもたない2次元的な構造を持つことにより3次元の物質とは異なる物性や機能が見られ、近年大きな注目を集めている。

※3 界面
異なる物質同士が接している境界。一般に界面では、通常の物質とは異なる原子配列が現れることが多い。特に2次元物質と3次元物質の界面は、異種物質の導入や構造制御の可能な2次元空間とみなすことができ、新物質を作製する良質な結晶成長場となる。また界面では、互いに接する物質の対称性が自発的に破れることから、新規物性発現の場としても期待される。

※4 インターカレーション
SiC単結晶基板を加熱すると、表面に大面積の単一方位グラフェンが形成する。このグラフェン/SiC界面には様々な元素を挿入することができ、このような層状物質の界面への原子挿入は一般にインターカレーションと呼ばれる。グラフェンとSiCの界面において、水素、リチウム、銅、ゲルマニウムといった様々な元素のインターカレーションが報告されている。さらに単体だけではなく、窒化ガリウムなどの化合物のインターカレーションも報告されている。酸化物としては酸化インジウムのインターカレーションの報告はあるものの、酸化鉄のような遷移金属酸化物のインターカレーションの報告はこれまでなかった。

※5 メスバウアー分光測定
固体試料中の57Fe原子核が反跳なしにガンマ線を吸収する「メスバウアー効果」を利用し、原子核周辺の電子状態や磁気的状態を精密に測定する手法。

論文情報

雑誌名:Small Methods
論文名:2D Iron Oxide at the Graphene/SiC(0001) Interface
執筆者名(所属機関名):Ryotaro Sakakibara (NIMS), Tomo-o Terasawa (日本原子力研究開発機構)、Taizo Kawauchi (東京大学), Katsuyuki Fukutani (東京大学)、Takahiro Ito (名古屋大学)、Wataru Norimatsu (早稲田大学)
掲載日時:2026年3月14日
掲載URL:https://doi.org/10.1002/smtd.202501889
DOI:doi.org/10.1002/smtd.202501889

キーワード

2次元酸化鉄、界面、グラフェン、SiC

研究助成

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費
課題番号: 22KJ1535
研究課題名:インターカレーション法を利用したグラフェン/SiC界面での二次元超伝導体の作製
研究代表者名(所属機関名):榊原涼太郎(名古屋大学:助成当時)

研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究
課題番号:25K17917
研究課題名:二次元半導体における原子欠陥の理解と制御
研究代表者名(所属機関名):榊原涼太郎(NIMS)

研究課題名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究
課題番号:21K14500
研究課題名:グラフェンにおける水素イオン透過の低速水素イオン照射を用いた機構解明
研究代表者名(所属機関名):寺澤知潮(日本原子力研究開発機構)

研究費名:早稲田大学 各務記念材料技術研究所 環境整合材料基盤技術共同研究拠点共同研究プロジェクト
研究課題名:低環境負荷ナノカーボン材料の作製と評価
研究代表者名(所属機関名):乗松航(名古屋大学:助成当時)

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