矢沢永吉が最初にデビュ-したキャロル時代の曲が、Uチュ-ブに出てきた。
改めて聞いてみて、ああ彼はやはりビートルズになりたかったのだな、と実感する。
演奏のレベルが高く、特にギタ-陣の腕がいいことがよく解る。
当たり前だが20代の矢沢永吉の声は、今よりも張りがある。
だが、やはり特徴的なのは歌詞にふんだんに英語のフレ-ズを取り入れていたことだ。
ここにもビートルズへの憧れが色濃く出ている。
作詞を担当したのは今は亡きジョニ-大倉である。
彼が作る詞は日本語と英語の組み合わせが絶妙で「日本語と英語のごちゃまぜ歌詞」という今なら当たり前の作詞を始めたパイオニアだ。
「ファンキ-モンキ-ベイビ-」にある「愛されてるsatisfied」などは当時のファンのヤンキ-連中には単語の意味が解んないだろうな、と思いながら聞いていたことを思いだす。
このキャロルと入れ代わりに出てきたのが桑田圭祐が率いるサザンオールスタ-ズだ。
桑田圭祐は矢沢永吉に対するあこがれと反発を抱きながらも、彼と同じ「日本語と英語のごちゃまぜ路線」を一貫して歩み続ける。
矢沢の歌う歌詞の英語は本物ではないとか、洗練されていないと批判するだけあって、桑田の書く歌詞の英語は一段レベルが高い。
「夏をあきらめて」の中の「I 'll try to make it shine.」などは使役の動詞makeと第5文型を使った表現で、受験英語で英文法をまじめに勉強した世代の心をくすぐっていた。
キャロルは矢沢と大倉が対立して、わずか3年で解散してしまった。
作曲の矢沢と作詩の大倉という共に才能がある二人がぶつかるのは、当然の結末だっただろう。
その反対に、サザンは結成以来1名の脱退を経て、今でも続いている。
作詩と作曲を一人で担当する桑田圭祐という稀有な才能の持ち主が、方向性の分裂を防いでいる。
最初のバンド結成が大学の仲良しサークルだったことも長続きした理由だ。
矢沢永吉は老いを意識しながら、桑田圭祐は死を予感しながらも、どこまで歌い続けていくか、見ものである。