夢で逢えたら 大瀧詠一
大瀧詠一の再評価とブームが起こっている。
彼の名曲は数々あれど、いま最も歌われている曲はダントツで「夢で逢えたら」である。
この曲が初めて世に出たのは吉田美奈子のアルバムだったが、それを今でも持っている。
彼女を始めとしてなんと40人以上の女性シンガ-達がカヴァ-してきたが、誰一人としてヒットさせることは出来なかった。
だが、カヴァ-した中でただ一人の男性シンガ-、いや正確には男性グル-プ、鈴木雅之とラッツ&スタ-によって大ヒットすることにになった。
そもそも名だたる実力派女性シンガ-達が歌ってヒットしなかった曲を、鈴木雅之が歌ってなぜ大ヒットしたのか。
この謎が解けた気がした。
大瀧詠一の曲は作詩は多くが松本隆の手によるものであるが、「夢で逢えたら」は作詞作曲とも大瀧詠一本人である。
松本隆の世界観を曲にすることで、多くの歌手に楽曲を提供し、熱狂的なファンを得てきたが、この曲は大瀧詠一の心の奥底を垣間見せた数少ない曲なのである。
数多の女性シンガ-が歌ってもヒットしなかったのは、ラブソングとして歌ったからである。
女性が、自分の恋する男性のことを思って、夢の中で逢えることを「夢見て」歌った曲ではなかったのだ。
これは今は遠くにいて会えない女性、つまり母親を想って書いた曲なのだ。
大瀧詠一は母子家庭に育った。
母親は小学校の教師だったために、仕事が終わるまで一人で彼女の帰りを待ち続けるという生活を続けた。
幼い時は、特に母親が恋しい。
母親を独占できるのは、一緒に添い寝してくれる時だけだ。
だから母親のそばでいつまでも眠り続けたいと願う。
夢の中で彼女は私に駆け寄ってくる。
仕事で一人ぼっちにさせた我が子を抱き上げる母親。
母を恋うる歌は、男はちょっと気恥しいので、ストレ-トには歌わない。
それとなく歌にする。
忌野清志郎の「デイドリ-ムビリ-ヴァ-」も矢沢永吉の「マリア」もそうである。
大瀧詠一本人が歌う「夢で逢えたら」にはセリフが入っている。
「今、僕枕を抱えて眠っています。もしももしも夢で逢えたら、その時は力いっぱい抱きしめてください。」
「抱きしめたい」ではなく「抱きしめてください」なのだ。
幼子に戻った僕を抱きしめてほしいと、母親に語りかけている。
田代まさしのセリフが入っているラッツ&スタ-版のセリフは
「ずうっと考えていたことがあるんだ。今なら言える。君をそっと背中から抱きしめて............」
............にはどんなセリフが入るのか、それは聞く人が想像するだけだが「お母さん、ありがとう、いつもあなたを想っていた」かもしれない。
田代まさしも13歳の時、両親の離婚によって母親と離別している。
継母とソリが合わずに家出した田代を同居させ、我が子のように可愛がったのが鈴木雅之の母だった。
この曲をラッツ&スタ-が紅白歌合戦の舞台で歌った時、間奏の時、田代まさしのセリフを聞いて涙が流れたと大瀧詠一本人が語っている。
大瀧の母への想いと田代の母への想いがシンクロした瞬間だった。
この曲に込めた真意は今は確かめるすべはない。
大瀧詠一の最大のヒットソングはこれからも多くの人々に歌いつがれていく。