石原慎太郎は生前よく「俺は畳の上じゃ死なねえぞ!!」と言っていた。
まるで矢沢永吉の「サブウェイ特急」の歌詞のようなセリフだ。
「聞こえないぜ。そんな小声で、ビクビク。地下鉄みたいに吠えて見ろよ。エリナリグビ-は、教会で死んだそうだぜ。でも、俺は畳じゃ死なねいぞ。」
松本隆の作詞だ。
石原慎太郎が今生きていたら老骨に鞭打って、ウクライナの戦場に単身、義勇兵として向かっていただろう。
「日本の政治家どもは口先ばかりで、何もしようとしない。我々はウクライナとともにあるなんて、寝ごと言ってる暇があったら、バイデンのケツを叩いて参戦させろ。だからアメリカは信用できない。」
と吠えまくっていただろう。
「俺と一緒にウクライナに行く気のある漢(おとこ)は、すぐに集まれ。」と檄を飛ばしただろう。
と考えていたら、なんと本当にウクライナ大使館の日本人義勇兵募集に80名の元自衛官が、集まったそうだ。
日本政府は大慌てで止めにかかっているが、世界中から義勇兵が集まって来るだろう。
ポ-ランドは、ウクライナの空軍兵に自国の最新戦闘機を、貸すという行動に出た。
ポ-ランド国内の基地からウクライナ兵の操縦する戦闘機が飛び立てば、ほとんどNATOが参戦したのと同じ意味になる。
ポ-ランドは第2次世界大戦中に、ナチスドイツとソ連の両方から侵略されたが、アメリカもイギリスも助けようとはしなった。
ナチスドイツの集中砲火を浴びたワルシャワの街から、世界中に向けてSOSの声を発したが、多くの戦死者を一般市民から出し、ヒトラ-に占領されても、誰も助けには来なかった。
今、同じことをウクライナに対してはしてはならないとポーランドの国民も政治家も考えている。
50万人以上のウクライナ人が隣国ポーランドに逃げ込んでいるが、彼らを保護支援しているのは、ポーランド人だ。
ウクライナはポーランドから受けた恩義を、永遠に忘れないだろう。
紙に書かれた軍事条約は簡単に反故にされる。独ソ不可侵条約しかり、日ソ中立条約しかりだ。
何の条約を結んでいなくても、助けに来てくれる国と国民こそ友好国とするに足りる。
東アジアで唯一の友好国台湾が、中国から侵略を受けた時、日本と日本人はどうするのか。
石原慎太郎が生きていたら、今どのような行動をとっただろうか。