足利義満が始めた「日明貿易」が日本国内にもたらした大量の明銭は、図らずして日本をグロ-バル経済に引き込んだ。
当時の明は永楽帝が即位すると、鄭和をリ-ダ-として長距離交易を盛んに行い、アジア全域のみならずアフリカ東海岸にまでその交易路を伸ばしていた。
明はグロ-バル経済の中心にあり、明銭=銅銭は当時の基軸通貨であった。
現在のドルと同様、世界中で流通し、貿易の決済に使われた。
ところが、明国内の銅山では、銅を掘りつくしてこれ以上銅銭を発行できない事態に陥った。
そこで紙幣である「大民宝しょう(金へんに少)」を発行したが、インフレを引き起こし、その回収を行ったために、逆にデフレが発生した。ちょうど明治時代に松方財政によって日本がデフレ不況になったのと同じパタ-ンだ。
そこで明では、民衆が貨幣不足解消の手段として銀を貨幣として使い始めた。
信長の時代、日本はこの銀の生産量が爆発的に伸びていった。
信長の利権を受け継いだ家康は生野銀山を始めとして、多くの銀山を開発したために、日本の銀は明のみならず、世界の市場を席巻した。
日本は世界の通貨供給の主役のひとつとして、世界経済のリ-ダ-に躍り出る寸前までいった。
この時、家康の前に現れたのが、ヨーロッパでスペインと覇権争いを繰り広げていたオランダだった。
この先のお話は、昨日のNHKTVを見た人にはよくお判りでしょう。
再放送があるので、その時はお見逃しなく!!