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中1重要 数学連立方程式の応用文章題 ただの附中2年生より優秀

昨日の連立方程式の応用文章題の出来は全員が素晴らしかった。
1題1題の解答が、完璧なレポ-トとして仕上がっていた。
附属中の校内テストは数学の問題を、文章で解答させる形式だが、昨日の解答なら満点答案としても
通用する。
今度の8月附属中期末テストは、残念ながら、連立方程式どころか、普通の方程式もテスト範囲に入っていない。
能力を発揮する場がないが、中1学年末テストには、方程式も範囲には入るだろう。
もっとも、そのころは、中2数学の全範囲を終えて、中3数学の準備に入っているが。
8月3日の授業では1次関数に入るので、1ミリ方眼紙と定規は必ず持参しよう!!!

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高1重要 今日の化学は夏休み恒例の「モル計算徹底演習」

今日の化学は前半の山場の1つ「モル計算徹底演習」です。
これが自由自在に出来ないと化学は脱落です。
化学の脱落は、理系進学の放棄とイコ-ルです。
国公立、私立を問わず、理系の全学部学科のほとんどが,化学が指定入試科目だからです。
さらに今年から静高では化学は高2スタ-トになり、数学同様、高速で進みます。
じっくり時間を変えるべきモル計算もあっという間に、終えてしまった。
2学期以降は、理系で化学脱落者が大量にでるのは間違いない。
そこで、今日からのモル計算演習は、無駄口をきかずに、必死で解こう!!
あなたの近未来は、今日からの演習にかかっている。

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開誠館のユニフォ-ムは「井伊の赤備え」

甲子園初出場を決めた開誠館のユニフォ-ムを見たら、全国の高校野球ファンは、びっくりするだろう。
殆ど一昔前のノンプロチームのユニフォ-ムだ。
NPBのプロチ-ムでも、気恥ずかしくなるような派手なデザインである。
発案者は明らかに、徳川四天王の一人、井伊直政が率いた「井伊の赤備え」と呼ばれた深紅の鎧具足のイメ-ジを真似している。
井伊直政は四天王の中では、最後に家康の家臣になったので、家康が配慮して武田遺臣団をそっくり直政に与えた。
軍功や能力ではさすがに酒井,本多、榊原にはまだまだ及ばないので、見た目を派手にしていかにも強そうに見せる工夫だ。
開誠館のユニフォ-ムの中でも、そで下に出ているアンダ-ウエアは光輝く赤で、まさに現代の赤備えだ。
キャップから覗く長髪と、ど派手なユニフォ-ムは、全国の野球少年の眼を引き付けて、スカウトもよりやりやすくなる。
県内高校野球は、私立高校が群雄割拠して上位を占めているが、8強の中でいずれは2,3校に絞られていく。
開誠館はその有力候補だ。
常葉菊川はユニフォ-ムをNYヤンキ-スそっくりにして春の選抜優勝、夏の甲子園準優勝を成し遂げた。
スポ-ツでは、ワクワクするような見た目は少年達の心を引き付ける。
エセ文武両道では、現代っ子はワクワクしないのだ。


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中3重要 歴史合格ノートカードの利用法

昨日作成した歴史合格ノート暗記カードは4つに分かれています。
①明治大正から平成までの近現代史
②江戸から幕末までの近世史
③平安鎌倉室町の中世史
④古墳時代から奈良時代までの古代史
これを年代が新しい順の①から④と教科書とは逆の順に覚えていきます。
①も最後からおぼえていく。
年代の逆順で覚える理由は、1つの重要事件の要旨を文で覚えると、その次の文は重要事件の原因となる事件や関連事項がでてくるので、一連の出来事の因果関係が理解しやすい。
歴史学習は「因果関係の連鎖」を理解することが、最優先だ。
特に日清日露戦争から第一次世界大戦、日中戦争、第二次世界大戦、太平洋戦争までは国外国内の事件が全て連鎖的に相関的につながっているので、それらを短い文として声に出しながら覚えていく。
③②も大航海時代から西欧の植民地支配までの海外の歴史が、信長から幕末までの日本と歴史に大きな影響を与えている。
ペリ-来航も、アメリカの中国植民地支配という野望の、第一歩だったことが逆暗記のカードをめくれば理解できる。
1856年のペリ-来航の14年前に、イギリスによって香港が事実上の植民地(南京条約)となり、中国の植民地化を狙っていたアメリカは先を越されて焦っていた。
日本を足掛かりに、中国を植民地化しようとするアメリカの野望への歩みは、1861年の南北戦争(アメリカ国内の内戦)によって一時中断する。
だが、アメリカの中国支配への野望は、1905年、日露戦争でアメリカのセオドア.ルーズベルト大統領が講和条約の仲介をしたことで、再度浮上する。
この時、日本は満州地域での権益をアメリカにも提供することを約束していた。(桂―ハリマン協定)
日本はそれを反故にしたために、甥のフランクリン.ル-ズベルト大統領は日本への敵意を燃え上がらせていった。
それが1941年の太平洋戦争まで発展するが、そのことの発端は1856年のペリ-来航にまでさかのぼるのである。






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