昨日のNHKBSで、40年前の日本シリ-ズで起こった伝説の奇跡「江夏の21球」の再放送がオンエアされた。
「江夏の21球」は、当時ベストセラ-となった山際淳司の著書のタイトルからとった名前だ。
1983年、日本シリ-ズ広島VS近鉄の第6戦、3勝2敗と広島が日本一まであと一勝と迫った日の試合、広島1点リードで迎えた9回1アウト満塁で「江夏の奇跡の1球」は生まれた。
江夏と広島カープにとっては絶対絶命のピンチだ。
バッタ-は石渡、監督の西本は彼に最初から3球とも振りに行け、と積極策を指示した。
ところが石渡は江夏の初球を見送って、1ストライクとなった。
そこで西本は積極性がないと見て、スクイズを指示した。
江夏が投球モーションに入り、ボールがリリ-ス直前のトップの位置にまで来たときだ。
江夏には、石渡がバットを動かしてスクイズの姿勢に入るのが見えた。
その瞬間、彼が投じたボールは、大きく上に外れる軌道を描いて飛んで行った。
はた目には暴投に見えたが、江夏は瞬間的にスクイズを外す投球をした。
江夏の投球は大きくカ-ブを描いて捕手水沼のミットに収まったが、石渡のバットはその軌道の上を振って空振りした。
スクイズのサインで本塁直前まで来ていた3塁走者は、タッチアウトとなり2アウト2塁3塁となる。
さらに石渡はその後、江夏のカーブに大きく三振してゲームセット。
広島の初めての日本一が決定した。
さて、この江夏のスクイズ外しの1球は偶然だったのか。
広島の古葉竹識監督は、広島では「スクイズを外すときは、最初のサインで決めた球種で外すと決めていて、キャンプの練習中から全ピッチャ-はその方針で練習をしていた。カーブのサインで投げ初めて途中でストレ-トに変えることは握りが変わるので、きわめて難しい。カーブのサイインだったら、そのままでスクイズを外す。」と述べている。
この時がまさにその場合で、江夏はサイン通リのカーブの握りのまま、大きく上に外してホームベース上で見事に変化し落下して捕手のミットに収まった。
絶対絶命のピンチの時、普段と変わったことはできないものだ。
日ごろから準備していて、ピンチの時の行動を練習しておく。
そしていざそんな時になったら、ここぞとばかりにその技を繰り出す。
入学試験も全く同じだ。
共通テストも高校入試もまさかという場面に、必ず遭遇する。
予想外の問題、様子外の時間消費、などなど数えきれない。
近年の共通テストは数学と理科で問題傾向が大きく変わって、平均点がガタ落ちになることが度々ある。
1年前の数学IA、今年の生物は大幅な傾向変化で平均点が一気に30点台まで下がった。
例年は60点台の平均点が30点台まで半減急降下するのだから、何万人もの受験生がパニックに陥った。
だが「お手上げ問題の時はこうするというフロ-チャ-ト=危機回避マニアル」を作っている生徒も多数いた。
彼らは、その危機回避マニアルに従って消去法で回答したので、高い正答率を確保した。
このおかげで医学科に受かった生徒もいる。
まさかの絶対絶命は、人生には必ず起こる。
江夏を救ったのは智将古葉竹識の万全の準備であった。